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127話〜領主として〜

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「お、ここにいたか。お気に入りか? ハヤテ」
「ロウエン……飯か?」
「ばか言え。さっき食ったばかりだろ……ボケるにはまだ早いぞ」

 せっかくハヤテが屋敷の庭にある木陰で惰眠を貪っていたのだが、やって来たロウエンによって起こされてしまった。

「何の用だよ……まさか、一緒に昼寝しに来たか?」
「ばか言え。俺は男と寝る趣味は無い」

 俺の言葉に肩をすくめながら返すロウエン。

「魔族の体には慣れたか?」
「んー……まぁ、ボチボチかな」
「そうか……」

 そう言って隣に座るロウエン。

「エルードでお前と出会って、仲間になってお前の知り合い達も仲間になって……早かったな」
「……そうだな。アニキに置いてかれて、セーラに裏切られて、モーラを助けられなくて……」
「勇者の力に目覚めて、新しい勇者よ力も得て」
「魔族の血も受け入れて、その魔族の領地を得て」
「あの頃じゃ想像もできねぇな」
「あぁ、時々夢じゃ無いかって思うよ」
「ククッ……そうか……」

 俺の言葉に肩を震わせながら笑うロウエン。
 一番最初にできた仲間であるロウエン。
 今でも俺は彼が何を考えているのかは分からないし、未だに勝てると思えない相手だ。
 時々手合わせをしたりするが、一本取るのが難しい相手だ。

 超えたい壁であり、頼れる右腕だ。

「んで、そんな話をするために来たのか?」
「そんな訳あるか。エンシが探していたぞ」
「エンシが?」
「あぁ。午後は領内の見回りに行くんだろ? 探していたぞ」
「……あっ」
「忘れてたな?」
「い、いやぁ? 忘れてなんかないぞ?」
「そうか? なら良いけどよ」
「あ!! 探しましたよハヤテ!!」
「わふ!!」
「ワウ!!」
「っと、噂をすれば……だな」

 ウルとルフを連れたエンシが駆け足でやってくるのが見える。

 その服装はこっちに来る前と変わっており、濃紺と群青色の軍服を着ており、髪型もポニーテールにしている。
 他にもウルは濃紺の、ルフは群青色のスカーフを首につけている。

 今ここにいないが、フーも元気に過ごしている。

「全く、探しましたよ。ちゃんと仕事して下さいよ」
「悪かったって……仕方ないだろ? 寝不足なんだから」
「寝不足って……ちゃんと寝てくれないと」
「昨日寝かせてくれなかったのは誰かな~?」
「うぐ……と、とにかく!!」
「分かってるよ。見回りだろ? ちゃんと行くさ」
「な、なら良いのですが……ってロウエン!! 何ですかその顔は!!」

 昨晩の事を言うと顔を赤くするエンシ。
 その様子をニヤニヤ気味の顔で見ていたロウエンに矛先が向けられる。
 が、当のロウエンはさして気にした様子は無い。

「その顔って言われてもなぁ……良いもの見せられたらこんな顔もするさ」
「笑いながら言わないでください」
「いやいや、スマンスマン」

 ついに肩を震わせて笑い始めるロウエン。
 その姿は少し意地悪な親戚の叔父さんに見える。

 そんなロウエンにイジられるエンシが何故か可愛いなと思いつつ、そろそろ助け舟を出す事にした。

「んじゃあ迎えも来たし、俺はそろそろ行くよ。ウル達も来るか?」
「ガウッ!!」
「ワフッ!!」
「よし、じゃあ行くぞ」

 そう言って俺はウル達を連れ、エンシと共に屋敷へと戻るのだった。






「全く……酷い目に遭いましたよ」
「エンシでもロウエンには勝てないか~」
「彼はある意味化け物ですからね……常にこちらの本心を見抜いているような気がします」

 着替えながらエンシの話を聞いているが、あの数分でだいぶ疲れたようだ。

「エンシは休んでいるか?」
「いえ、私も行きます。一応、警護担当ですから」
「おかげで安心して過ごせているよ」
「そうですか。それなら良かったです」

 着替えながらエンシに普段の礼を伝える。
 そんな俺の言葉に微笑みながら返してくれるエンシ。

 エンシ・リバランス。
 元クラング王国の騎士だった彼女はアビスドラン討伐後に俺達の仲間に加わった。
 そんな彼女も、今は人を捨てた。
 彼女だけじゃない。
 群狼に属する女性は皆、ミナモの血を飲んで半魔族化した。

 原因は俺にある。
 俺が半魔族化したせいで、皆と同じ時を過ごせなくなったからだ。
 それをミナモから聞いた彼女達は俺と同じ体になる為に血を飲んだ。
 拒絶反応が出る可能性があったにも関わらず彼女達は血を飲み、そして受け入れた。

 結果彼女達は俺と同じ時を過ごせるようになったのだが、その代償として人ではなくなってしまった。

 それが申し訳ない。
 ただ、彼女達は気にしていないように俺の前では振る舞っている。
 だから俺は謝る事ができない。
 気にしているけど気にしていないフリなら謝れるのだが、本当に気にしていないのに謝れば彼女達にそれこそ気を使わせてしまう。
 それだけは避けたいのだ。

 それが、俺には逃げているように見えて仕方ないのだ。

「だいぶ着るのも慣れましたね」
「まぁ、手伝ってもらってたしね。助かったよ」
「もう手伝わなくても平気そうですね」
「そう、かも……ね」

 無事に着替え終わり、二人で部屋を出る。
 今日行う見回りはそんな大層なものでは無く、領地に越して来た人達の様子見のようなものだ。
 そのついでに危険なモンスターが近くにいないかを確認する。
 今日の見回りの目的はそれだ。





「皆さん、ここでの生活にもだいぶ慣れたみたいですね」
「そうだね。本当に良かった」

 領地であるタルガヘイムは寒冷地。
 暖かい日でも涼しい程度までにしかいかない地。
 その地は冬になると極寒の地になり、木だけでなく地も凍り、対策しなければ魔族の肺ですら凍らせる程の極寒の地へと変わる。
 が、これ本当はラナが天候操作魔法の一種である寒冷化魔法を用いた結果だった事を教えてもらった。

 ただその寒冷化魔法によって危険なモンスターは領地内に入れず、領民達は平和に過ごす事ができたのだそうだ。
 ただその反面、冬が大変なんだそうだ。

 ただこの寒冷化魔法、天候操作の中では難しい部類に入るのだそうだ。

 ただその寒冷化魔法を涼しい顔で使えるあたり、ラナは凄いのだろう。

 そんな彼女が何故、俺に協力を申し出て来たのかはまだ分からない。
 最近では、俺の前世が彼女の恋人だったのかなとか思ったりしている。
 が、そんな事は口が裂けても言えない。
 なんと言うか、言っちゃいけない気がするのだ。

「ハヤテ。次行くワカバさんの家ですが、お土産は持って来ましたか?」
「あぁ、忘れずに持って来たよ」

 エンシの言葉に意識を戻す。

 今日見回りの際に、様子を見に行く家庭があったのだ。
 その家庭には最近赤ん坊が生まれたばかりだったので、お祝いを持って行く事にしたのだ。

 用意したのは群狼の女子達なのだが、何を用意したのだろうか。
 正直言って、気になる。
 が、綺麗に梱包されているので見る事ができない。
 まぁ渡せば見れるかと思いながらワカバさんの家へと向かう。



「ワカバさんこんにちは~」
「あら、ハヤテさん。それにエンシさんも。こんにちは」

 尋ねた俺達を出迎えてくれたのは一見すると男性にも見える女性。
 若干ツリ目気味の紅葉色の髪の女性。
 彼女はワカバさんの奥さんのカエデさんだ。

「子どもが生まれたと聞いたので、そのお祝いにきましだっ!?」
「ハヤテ、もう少し言葉を選んで」

 エンシの肘鉄が脇腹に突き刺さるように打ち込まれる。

「え……あっ」
「もう……すみません。あの、おめでとうございます」
「あはは、ありがとうね。旦那呼んでこようか? 今チビの相手しているから」
「あ、いえ。まだ忙しいでしょうし、またの機会に」
「そう? じゃあ」
「あ、これお祝いです。汚れても汚れが落ちやすい服です」
「ほうほう……ありがとうございます」
「あと他にも……」
「お~、枕にこれは……風呂に入れる香料かい? 本当にすみませんね」
「いえいえ。お祝いですから」

 エンシは俺から荷物を受け取るとカエデさんに渡し、お土産の中身を説明している。

 その説明もすぐに終わり、見回りに戻る俺達。

「……何でエンシがお土産渡したんだよ」
「ハヤテはもうここの領主だ。そういう事は私達従者にさせれば良いのだ」
「でも俺が持って来たぞ」
「そういうものだ。渡すのは従者の役目。それが……領主や王といった、人の上に立つ者の常識だ」
「……そういう、ものなのか」
「そういうものだ。さ、残りの見回りを済ませて帰ろう」
「そうだな……誰かさんのおかげで寝不足だし、帰って昼寝するとするかな」
「さっきも寝ていたのにか!?」

 驚き、歩みを止めたエンシを置いていくように先に歩を進める。
 そんな俺を追いかけるように慌てて駆け出すエンシ。
 少し前まではこんな穏やかな時間は想像できなかった。
 セーラに対する憎しみや怒りをずっと胸に抱えていた。
 それか終わったと思ったらその次は聖勇教会だった。

 あの時は負の感情しかなかった。

 陽の光から程遠い、鬱蒼と茂った森の奥深くにある洞窟の中のように。
 深く、深く深く。
 それでいて侵入者に対しては苛烈に容赦しない洞窟のヌシのように激しい。
 そんな心だった。

 でもそれらが片付いて、こっちに来て、ゆっくりだけど陽の光が当たるようになった。
 長い冬が終わって春が来て、雪や氷が溶けるように。
 俺の心も少しずつ、氷が溶けていると思う。

 その氷が溶け切ったら、前の俺に戻れたら、アニキや母さんと仲直りできるだろうか。

(親、か……)

 ワカバさんとカエデさんは結婚して夫婦になって、子を授かって親になった。
 カエデさんは人だがワカバさんは違う。
 ワカバさんはミノタウロス族の青年だ。

 種族は違っても互いに愛し合った結果、結ばれて子を成した。
 二人だけじゃない。
 この領内には同じような家族が他にもいる。
 そこにあるのは安らぎと温もりだ。

(親になれば……環境が変われば、俺も変われるのだろうか)

 その家庭の事を思い出し、少し考えて俺はエンシに尋ねた。

「……なぁエンシ」
「何ですか?」
「俺の子ども、産んでくれないか?」

 俺の問いにエンシは言葉を返す事なく、また表情を変える事なく固まったのだった。
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