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126話〜錆びる剣〜

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 私は、唐突にクビを宣言された。
 続けて妻との離縁まで求められたのだ。
 そしてそれを私に伝えた本人は怒り爆発寸前といった表情だった。

「え、えっと……私が何か」
「何かしたか、か……ふむ、しらを切るか? それも良いだろう。だが、正直に罪を認めるのなら手心を加えてやらん事もないぞ」
「で、ですが」
「ですがもクソもあるか!! この馬鹿者が!!」

 ドンッと音を立ててテーブルを叩き、私を睨み付けるライアックス。
 その迫力に、私は思わず一歩下がってしまう。

「自分の家庭だけならいざ知らずよその家庭まで壊すとは、このおおたわけが!!」

 その怒号に窓ガラスがビリビリと震える。
 今は座っているが、もし彼が立っていれば私は今頃殴り飛ばされていただろう。

「いや違うな……娘を裏切った事も許せんがなによりも!! 貴様を今まで支えてきた部下を裏切る行為が許せん!!」

 顔を真っ赤にし、唾を飛ばしながら怒鳴るライアックス。

 そこから彼は私に向かって怒鳴る怒鳴る怒鳴り散らす。
 あまりに怒鳴り過ぎて途中で咳き込んでいた。

「はぁ、はぁ……話は以上だ。さっさと去れ」

 言いたい事を言い終え、私に去るよう話すライアックス。
 だが私は去らない。
 だって大切な話があるからだ。

「失礼ですが団長」
「何だ? まだ言い訳するつもりか?」
「いえ、クビにするのでしたら退職金を払っていただかないとこちらとしてもっ」

 私が言い終わる前に凄まじい音と、顔面を強い衝撃が襲った。
 次に浮遊感が体を襲い、体前面に激痛が走った。
 そして落下する感覚と体の右側に衝撃が走る。

(な、何が!?)

 何が起きたのか分からなかった私は急いで起き上がり、ライアックスの事を見る。
 見ると彼は立ち上がっており、その右拳は硬く握りしめられていた。
 殴られたのだと理解すると同時に、自身の鼻から血が垂れている事に気付く。

 だが私とライアックスの間にはデスクがあったはず。
 それがあれば殴る事は不可能なはず。
 そう思っていたのだが、そのデスクが無くなっていた。

 ライアックスはデスクを跳ね除けて立ち上がり、私の顔面を殴ったのだ。

 そして殴られた私は壁までクルクル回りながら飛び、壁に激突して止まったのだ。

 やっとその事を理解した私だったが、災難はまだ終わらない。

 ズンズンと私に近づくと襟を掴んで投げ飛ばすライアックス。

「退職金なぞどの口で言うかぁぁぁぁぁっ!!」

 私を立ち上がらせて殴り倒すライアックス。

「団長!! 何事ですか……あ」

 室内の音に気付いたライアックスの部下数名が部屋に飛び込んで来るが、その光景を見て察したらしい。

「終わりましたらお呼び下さい」

 とだけ言って部屋を出て行った。

 そこから地獄が始まった。

 ライアックスによる暴行。
 言葉による攻め。
 私の顔はみるみる腫れ上がっていった。

「お前のような奴と娘を結婚させたのが一生の不覚だわ!!」

 私を殴って気が済んだのか、やっと解放するライアックス。

「最後に言っておくが、お前の退職金はジュリアスの家に払っておいた」
「なっ!? 何故そんな事を!!」
「何故だと?」

 ギロリ、と振り返りながら私を睨むライアックス。

「お前、俺が知らないと思ったか?」
「……ま、まさか」
「お前、彼の退職金を騙し取っただろ……全て分かっているんだぞ!!」

 そう、私はアイツの退職金を掠め取っていたのだ。
 ジュリアスに払われた退職金を彼は忙しいからと、代わりにハイドリシアに受け取らせて私の懐に入れていたのだ。

 それがどこからかバレてしまい、私に払われるはずの退職金がジュリアスへと払われてしまったようだ。

「安心しろ。お前達に使われぬよう、パルメチズにあるジュリアス殿の家に送った」
「そんな!? あ、あれは私の金だ!! そうだ、差額……差額を返して下さいよ!!
「寝ぼけた事を言うな!!」

 再びの怒号に遂に窓ガラスが割れる。

「お前が彼を、彼の娘さんをどれだけ傷付けたか分かっているのか!! お前は騎士として、いやそれ以前に人として犯してはいけない過ちをしたのだぞ!! それなのにお前と言う奴は……失望したぞ、バラマ」

 遂に私に背を向けるライアックス。

「……さっさと出て行け。私が、お前を殺す前に。さっさと出て行け。私とて、義理とはいえ息子だった者を切りたくはない」
「お、お待ち下さい……今、今放り出されては職が」
「それを招いたのはお前だ」
「た、隊はどうなるのですか!! 私の隊は!!」
「お前ごときの代わりなぞごまんといるわ!! いや、お前以上の人材なんぞごまんといるわ!!」
「そ、そんな……」
「それにお前は我が騎士団にとって、教導隊を失うと言う大損害を与えたのだぞ。その損失の責任を追求しても良いんだぞ?」
「……」
「分かったらさっさと出て行け」
「お、お願いです!! どうか!! どうか!!」
「……」
「お願いです!! どうか、あの……一番下でも良いですから!! どうか」

 したくはないが、床に額をつけて叫ぶ。

「……ふむ、ではお前に任務を与える」
「に、任務ですか!?」

 私のこの態度にライアックスはある任務を言い渡した。

「ジュリアスをここに連れて来い。それができればお前を底辺騎士として雇ってやる」
「あ、ありがとうございます!!」
「ただし!! ジュリアスには迷惑をかけるな。彼が来るのを拒んだ時は諦めろ。良いな?」
「は、はい!!」
「よし、では行け」

 それがライアックスが私にかけた最後の言葉だった。

 それから私は急いである所へと向かった。
 それはハイドリシアとの逢瀬に使っていた一軒家だ。
 二人の愛の巣であるそこに行き、今後の事を考えようと思ったのだ。
 が、私の考えは甘かった。






 一軒家に着いた私は何の疑いもなくドアを開けた。
 一刻も早く落ち着こうと、二人で愛を誓い合った寝室へと向かう。
 向かい、寝室のドアを開けた。

「あら、随分と早かったわね」

 私は、耳を疑った。
 そこにいたのは実家に帰ったはずの妻レイシアだったのだ。

「な、なんで君がこ……」
「あら、妻がいちゃいけないのかしら?」
「い、いや……」
「にしても驚いたわ。外で女を作るに飽き足らず、子まで仕込むなんてね」

 朗らかに笑いながらそう話すレイシア。
 だが私の心中は穏やかではない。
 あの笑い方をしている時はレイシアのはらわたが煮え繰り返っている時だからだ。

「え、えっと……あの」
「良いの良いの。言い訳なんて良いから」

 ニコニコ笑顔で話すレイシア。
 気付けば私は正座していた。
 そんな私を見てレイシアは首を傾げて話し始める。

「あらあら何を固くなっているの? ここは貴方が最愛の人と過ごす愛の巣、でしょう? ほら、いつも通りに過ごしなさいよ」

 ニッコリと微笑み、細めた目で私を見下ろすレイシア。
 その目を見て私は全て知られている事を理解した。
 そして彼女が何をしようとしているのかも理解した。

 彼女は、私の口から全てを聞きたいのだ。
 言い訳も謝罪も。
 全てを私の口から聞こうとしているのだ。

 だから私は両手を床につき、額を床につけて謝った。

「本当に済まなかった!! 君とバルカンを裏切って、私は……本当に済まなかった!!」

 そこから私は本当に愛しているのはレイシアとバルカンである事、ハイドリシアとは遊びだった事、自身の子を孕ませてはしまったが生活に問題が無い程度のお金を渡して別れるつもりだった事を話した。

 それを黙って聞いているレイシア。

 そんな彼女に私は続けた。
 今まで以上に家庭を大切にするから離縁だけは勘弁してほしいと。
 そう言うと彼女が動いた。

「へぇ? 私の方が良いのね?」
「あ、当たり前だよ!! 旦那がいるのに他の男にホイホイ肌を見せるような女が良いわけないだろう?」
「そう……」

 そう言うと立ち上がり、クローゼットへと向かうレイシア。

「言い忘れていたけど、お客さんがいるのよ」
「き、客?」

 そう言ってレイシアはクローゼットの戸を開けた。

「そ、そんな……」

 開けられたクローゼットの中を見て私は目を見開いた。
 その中にいたのは縄で縛られ、タオルか何かを捻った物を噛まされたハイドリシアだった。

「貴女より私の方が良いそうよ?」

 クローゼットの中からハイドリシアを引きずり出すレイシア。
 その顔は朗らかな笑みのままである。

「残念だったわねぇ。せっかく愛してもらえたと思ったら、私の方が良かったそうよ」

 そうハイドリシアに話しかけるレイシア。
 そんななか何故レイシアがハイドリシアをここに連れて来たのか分からない俺の前の床にある物が放り投げられる。

「……こ、これは」
「ナイフぐらい見れば分かるでしょう?」

 投げられたのは小さなナイフ。
 これで何をさせる気なのか分からずにいるとレイシアが呆れた様子で話す。

「貴方、私達の方が大切ならこの女の中にいる、不義の子を殺しなさい」
「……え?」
「そうしたら、お父様にまた貴方を取り立てるように言ってあげる。悪い話じゃないと思うけど?」

 そう言いながら私にナイフを握らせるレイシア。

「さぁ、ケジメ。つけましょ?」
「い、いや……何もここまでしなくても」
「貴方、何か勘違いしていないかしら?」
「か、勘違い?」
「えぇ。これ程の事をしたのだから……貴方が綺麗なまま終われると思ったの?」

 そう言いながらナイフの切先をハイドリシアへと向けさせるレイシア。

 私は、私はその刃を……



 私はハイドリシアを抱きしめながら謝っていた。
 結論から言うと、私は子殺しをしなかった。
 罪があるのは私であって、子では無いからだ。

 だがそれはレイシアの望んだ答えではなかった。
 彼女は私に向かってこう言った。

「家族を裏切ったくせに、御託だけはいっちょまえなのね」

 そう言って彼女は去った。

 こうして私は家族を失い、新しい家族を得たのだ。
 そして私は、ジュリアスを探す旅に出る事となる。
 もう一度、騎士となるために。





 ただそんな私達の事を家の外から見ている者がいるとは、想像もしていなかった……
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