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124話〜与えられる役目〜

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 ジュリアスさん達を仲間に加えて新生リスリーとなった俺達は今、クラング王国に来ていた。
 理由はジュリアスさんの娘さんであるアバランシアさんの祝福を知るため。

 その程度なら皇国で見れば良いと思ったのだが、皇国は皇国でなにやら行事の用意があるらしく、今は限られた人しか見れないのだという。

 その為俺達はクラング王国の教会まで来ていたのだ。

「ではよろしくお願いします」
「はい、ではアバランシアさん。お父様もこちらへ」
「あ、はい」
「はい」

 神父に連れられ、別の部屋に入る二人。

「さて……二人きりになってしまったね。どうしようか、カナト」

 残された俺とステラさん。
 その言い方からやっと二人きりになれたような感じだがそんな事はない。
 ジュリアスさんは俺とステラさんの仲に気付いており、時折二人きりにしてくれたりしてくれたのだ。
 ただ毎日二人きりの時間を作るのは難しく、二人きりになった時は色々と大変だった。

「うーん、どうしましょうか……」
「私は二人きりで過ごせるのなら良いかな。あぁ、ジュリアス達がいらないという訳では無いよ?」
「分かってますよ……ってどこ触ってんですか!!」
「うん? 君の可愛い」
「そういうのは、あの、話を……」
「私は我慢弱いのでな。早く話さんと……」

 俺の顎を優しく持ち上げなが見つめてくるステラさん。
 うん、今日も美人だ。

「いやいやじゃなくて、ここ教会ですので」
「ちっ……」
「今舌打ちしました?」
「キスでも良いが?」
「黙ります」
「ちっ……」

 舌打ちをしつつ俺から離れるステラさん。

 一応付き合いはじめてある程度の時間を過ごしているのだ。
 接し方も分かってきている。
 おかげで、ステラさんが今本気か冗談かも分かるようになってきた。

 のだけど、ステラさんの様子を見るに冗談に見えないのは気のせいだろうか。

「まぁ、仕方ないか……教会で襲う訳にいかないし」

 冗談じゃなかったようです。
 うん、危なかったな。
 ただ、機嫌を損ねられても困るので

「ステラさん」
「……なんだい? あっ」
「俺はステラさんの事好きですから」

 そう伝えながら頭を撫でる。
 こうすると、余程の事がない限りステラさんは機嫌を直してくれる。
 今回も直してくれたようだ。

「好きって……そんな事、知っているよ」
「本当ですか? ちゃんと伝わっていますか?」
「あぁ、ちゃんと伝わっているよ。昨晩だってベッドの上で」
「そういうのは二人きりの時にしてください」
「今がそうじゃないか」
「誰か来るかもしれないじゃないですか」
「む、それもそうだな……すまない」

 苦笑いしながらそう言うステラさん。
 そんな俺達の所に近付く気配。
 それを俺より先に感じ取り、イチャつくのをやめて騎士の顔に戻るステラさん。

「あれ、神父様は?」

 その直後現れたのは一人の少女。
 リンッと鈴の鳴るよな声で話す少女。

「えっと、貴女は?」
「あ、いけないいけない。申し遅れました。私、シスターをやらせていただいています。イリスと申します」

 ニコリと微笑むシスターイリス。
 彼女は俺とステラさんを見ると一度頷くと口を開く。

「そうですか。貴方がお告げにありました方なのですね」

 そこからされた話を、俺は到底信じる事が出来なかった。



 その日の夜。
 俺は宿の部屋でステラさんと過ごしていた。

「……どうしたんだい? 元気が無さそうだけど」

 俺の髪をすきながら尋ねてくるステラさん。

「……あの」
「教会で言われた事かい?」
「……はい」

 彼女の言葉に頷く。

 俺が教会でイリスから言われた事。
 それは、俺の祝福についてだった。

「癒す者って言われても……分からないよ」

 癒す者。
 それの役は文字通り。
 傷を治す者。
 治癒者とも言われているが、ただ治す者ではない。
 伝承通りならその者は肉体の傷だけでなく、相手の心の傷すら癒すのだと言う。

 そしてその者はあの日、彼女の前に現れる男女二人組の年下の方だとお告げがあったのだと言う。
 そう言うだけ言うと彼女は俺の手を握り、頑張ってくださいねと言って去って行った。

 その後ジュリアスさん達もイリスに会ったらしく、アバランシアさんは嬉しかったのかテンションが高かった。

「……そうだよね。急に言われても分からないよね」

 ただ、ステラさんは優しい声音でそう言ってくれた。

「でもさ……」

 髪から手を離してステラさんは続ける。

「君は心の痛みを他人より知っている。そんな君だからこそ、その祝福が宿ったんだと思うよ」

 背後からそっと抱きしめながらステラさんが話す。

「大丈夫。君ならやれるよ」

 この言葉に温度があるとするなら、心地よい温かさだった。
 疲れた時に入る風呂のような温かさ。
 その温もりが俺には救いなのだ。

 最愛の人を奪われるという形で、俺は心の痛みを知った。

 まだその痛みは完全には癒えていない。
 でも、ステラさんに出会って少しずつではあるが癒えて来ている。

「ステラさん……」

 彼女がいなかったら俺はどうなっていただろうか。
 多分、今ここにはいないだろう。

 彼女は俺を文字通り救ってくれているのだ。
 癒し、救ってくれている恩人なのだ。

「……ありがとう、ございます」

 だから、この言葉が自然と出た。
 それをステラさんは静かに、頷いて聞いてくれた。

 そんな中、俺はある人物の事を思い出していた。
 もう、声が思い出せない。
 顔もおぼろげにしか思い出せない相手。
 彼女達は今、どうしているだろうか。
 そう思っていると

「こら。今別の女の事を考えていたね?」
「声に出てました?」
「いんや。でも分かるよ。全く……私という相手がいながら……仕方がない人だ」

 やきもちの感情を込めながらそう言うステラさんは、珍しくどこか可愛かった。





 カナトが穏やかな時間を過ごしている頃、ある町では小さな歪みが生まれていた。
 とある理由から炭鉱で働かされていた彼は、見張りの隙を突いて脱走していた。
 彼の名はフグリ。

「はぁ……はぁ……ふぃ~」

 彼は今、男を埋めていた。
 というのも彼は今逃亡者なのだ。
 炭鉱から逃げた事、更には逃げるために盗みや時に殺しをした事もあり、今では追われる身となっていた。

 そして今埋めているのもそんな追手の一人。
 やや雑に土を被せて後は立ち去るだけ。
 そんな時だった。

 パキッと、背後で小枝を踏む音が聞こえたのだ。

「っ、誰だ!!」

 跳ねるように振り返るフグリ。
 その視線の先にいたのは一人の女性だった。

「な、なんだテメェは」

 その女は美しかった。
 ただ、それと同じくらい不気味で恐ろしい雰囲気を纏っていた。

「私が誰だって良いさ」
「な、なにを」
「私はただ、君に力を与えに来たのだから」

 そう言って彼女はフグリの胸に手を突き刺す。
 苦痛に顔を歪め、手を引き抜こうと抵抗するフグリ。
 だが、女性の手を抜く事は叶わなかった。

 やがて彼女はやる事は済んだと言うように手を引き抜き、それに伴い倒れるフグリ。

「お、俺に、何をした!?」
「簡単な事さ」

 しゃがみ、相手と目線を合わせて話す女性。

「君に祝福を与えたんだよ。狂戦士のね」

 そう、満面の笑みで話す女性。

「お、俺に祝福を? あ、アンタはいったい……」
「フフッ、自己紹介が遅れたね」

 立ち上がり、余裕のある笑みで彼女は告げる。

「私はナサリア……勇者を導く者、かな」

 目を細めて、そう告げた。
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