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121話〜親離れ〜

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 聖勇教会を潰して二週間。
 ハヤテはそこそこ忙しい日々を送っていた。
 まずやったのはモーラの墓の手直し。
 荒らされた墓を直し、周囲に花の種を植えてきた。
 可能なら俺の所へ墓を移そうかとも思ったが、やはり故郷で眠りたいと思うのでカザミ村に再建した。

 それから俺はクラング王国へ向かい、ウゼルに話をした。
 領地の件についてだ。
 以前、ラナが俺に言っていた領土の件を正式に受ける事にしたと伝えに行ったのだ。

 初めは驚いていた様だったが、群狼で話し合って決めた事だと伝えたところ、納得して頷いてくれた。
 そして最後に

「良い国を作ってくれ」

 そう言ってくれた。

 その後、俺はラナから姓を与えられた。
 それはフェルムガスト。
 どうやらラナのご先祖さん達の名前を借りたらしい。

 ハヤテ・フェルムガストが俺の新しい名前だ。

 またその際にラナも名前を教えてくれた。
 彼女の本当の名前はラナスティア・フェリシアクロ。
 その名を教えてくれた日の夜、彼女は協力者から正式に恋人となった。
 といっても力関係は俺の方が上。
 皆の前では前通りに振る舞っているが、二人きりになると可愛い姿を見せてくれる。

 そんなある日、一通の手紙が届いた。
 差出人はカザミ村のアル。
 手紙の内容を読んで俺は驚いた。
 なんと、アルと奥さんの間に子どもが生まれたのだそうだ。
 その事を聞いたユミナ達はとても喜んでいた。
 純粋に喜ぶユミナとマリカ。
 赤ちゃんを見てみたいねと話すカガリとミナモ。
 今後の為に話を聞きに行きたいなと呟くエンシ。

 そんななかで、セラは泣いていた。
 子どもの父親を奪う事にならなくて良かったと、泣きながら言っていた。

 何があったのか訳を聞いてみた所、以前アルの事を殺そうとした事があったのだという。
 その事を泣きながら話すセラ。

「あの頃の私は本当にどうかしていた……なんで、なんで私、あんな事しちゃったんだろう」

 そう泣きながら呟くセラ。

「ふぅ~ん。じゃあ、謝りに行くか?」

 俺としてはこの前行ったばかりだったので行くつもりはなかったのだが、アルに子どもが産まれたお祝いも兼ねて行くのも良いだろう。
 そう思った俺は早速

「カザミ村まで」

 カザミ村までへの転移門を用意。
 そこを潜れば一歩で目的地へと到達する。
 理を破壊できる、陰の力のおかげだ。
 ただ、あまり遠過ぎると頭が痛くなる。
 内側と外側から同時に金槌で殴られる様な痛みが襲ってくる。
 一応、カザミ村までなら少し痛む程度なので問題はない。





 さて、村の中心に転移門を使って現れた俺達。
 急に現れた俺達に村人達は驚いているが、気にせずアルの元へと向かう。

「あれ、ハヤテさんに……皆さんまで。どうしたんですか?」

 突然の訪問にも関わらず、快く家に招き入れてくれたアル。
 彼は俺達を応接間に通すと一旦部屋を出て行き、なんと奥さんを呼んで来てくれた。

「ハヤテさん、紹介します。こちら、妻のステラです」
「妻のステラです」

 そう言って頭を下げる栗色の髪の女性。
 雰囲気からして大人の、とても魅力的な女性だ。

「すみません。こちらに少し用があったので寄ったのですが……ご出産、おめでとうございます」
「それはどうもご丁寧に。ありがとうございます」
「いえ、急に本当に申し訳ありません」

 それから二言三言話すとステラさんは赤ちゃんの待つ部屋へと戻って行った。

「本当に急に来たのに……申し訳ないです」
「いえいえ。こちらこそろくなもてなしもせずに申し訳ない」

 互いに謝りながら話すなか、俺の背後ではセラの脇をユミナが突いて促している。

「……あ、あの」
「うん? 君は……」

 久しぶりの再会。
 だがアルにはセラの事が分からないようだった。
 まぁ無理もないだろう。
 今のセラはあの頃と違い、ケモ耳と尻尾を生やしている。
 おまけに服装はメイド服。
 あの頃の面影は、あまり無いだろう。

「あの……セラ、です。あの時、夜に襲った」
「セラ……夜。あぁ!! セーラさん!?」
「っ、はい」

 セラがセーラである事に驚くアル。

「あの時の事、本当にごめんなさい!!」

 そんなアルに向かってセラは勢いよく頭を下げ、半分泣きながら謝っていた。
 それを、もう済んだ事だからと言ってアルは許した。
 確かに許されない事をしたかもしれないが、結果僕は生きているからと言って許したのだ。

 それでも謝り続けるセーラ。
 えずきながら、泣きながら。
 床に頭を擦り当てながら謝るセラ。

 そんなセラの傍らにしゃがみ、その背をさするアル。
 そのまま彼はこう言った。

「ならば、貴女が見て来た事を教えてほしい」

 と。
 その提案をセラは受けた。
 自分が犯して来た過ちを、見て来たものを話した。
 やっている時はすごく楽しかったが、今では夢に出て来て苦しいと。

 そう、苦しそうに話すセラの背を撫でながらアルは聞き続けた。
 その顔に怒りは無く、憐れみの色だけが見えた。



 その後、セラの謝罪が終わってから俺達が向かったのは俺の家。
 ずっとウインドウッドで過ごしていたし、ここしばらく顔も見せていなかったのでついでに寄ってみたのだが……

「え、えっと……」
「お母様は休んでいてくださいな」

 久しぶりに会った母さんはとにかく驚いていた。
 まぁ、そりゃそうだろうな。
 ミナモにユミナにエンシ、カガリにマリカ、ラナとセラと女性を七人。
 更にはフーとウルとルフも連れて来たのだ。
 ロウエンはアルと話があるらしく、別行動中だ。

 当たり前だが、家の中は一気に狭くなった。

 そんな中で人当たりの良い笑みで俺を生み育てた人と話すラナ。
 急に来た俺達と、連れて来た皆を見て戸惑った様子の母親。
 そんな母親に向かってラナが今の俺の状況を説明する。
 説明、といっても簡単なものだ。

 俺が聖装に選ばれた事。
 複数の勇者の祝福に目覚めた事。
 魔族の血を受け入れ、半人半魔になった事。
 人と魔族が笑って暮らせる国を作ろうとしている事。
 その国を作るためにラナが領土を提供した事。

 その話を聞いて母親は目を見開いて驚いていた。
 そうだろうな。
 黒焦げのパンを食わせて追い出した子が勇者で、期待していた兄より凄くなっていたんだからな。

「え、あの……それでカラトは」
「アニキなら家で留守番しているさ」
「そ、そう……本当に母さん、酷い事を」
「そんな事気にしないでよ。俺ももう、気にしていないしさ」
「ハヤテ……」

 俺の言葉を聞いて目に涙を見せる母。

「そのなんて言うか……」

 続けて話そうとしたのだが、母は俺の言葉を遮るように口を開いた。
 
「あのねハヤテ。お母さんもあれから考えたのよ? 悪かったわって思っている……だから、ね? 仲直りして家族をやり直しましょう? にしてもハヤテが勇者なんてねぇ。母さん嬉しいわぁ」

 砂糖をたっぷり入れたコーヒーのように、甘ったるい声で話す母親。
 その顔には気色悪い程に人当たりが良く、不気味な笑みが貼り付けられていた。

 その笑顔を見て俺は悲しかった。

「お兄ちゃんより凄いなんて、お母さん嬉しいわぁ。これからもっと活躍したりするのかしら。綺麗なお嫁さんもたくさん貰って、それで……」

 そんな事を言っているが、気にせずユミナ達に先に家から出るように言い、母親と向き合う。
 対する母親は俺が話しを聞いてくれると思ったのだろう。
 その、気色悪い笑みを濃くしている。

 そんな母親に向かって俺は片手を向けた。
 俺にまた何か言おうとしていたが、その前に力を発動させる。

 そよ風のように吹き抜ける力が、母親の髪を揺らす。

「え……ぁ……っ」

 か細い声を漏らし、母親がその場に崩れ落ちたのを確認して俺は家を出る。

「お、そっちも終わったか」
「ロウエン。そっちの話はもう良いのか?」
「話したい事はしっかり話したさ」
「そうか……んじゃ、帰るか」

 家の外で待っていたユミナ達と、アルの所から戻って来たロウエンと合流し、再び転移門を作り出す。

「……我が家へ」

 目の前に作り出された転移門へと踏み出し、俺は故郷を去った。



「ん、んん……」

 ハヤテ達が去ってしばらくした頃、ハヤテの母親は目を覚ました。

「いけない……珍しくお客さんが来たからはしゃぎ過ぎたわね」

 頭を軽く振りながら立ち上がる母親。
 少し早いが夕飯にしようと思い、台所へと向かう彼女。
 そんな彼女の視界にふと、ある物が入る。

 それは記録水晶と呼ばれる物。
 亡くなった旦那が生前、家族の思い出を残そうと王都に行った際に買って来た物だ。

 そこに映し出されている二人の少年。
 その姿を見て彼女は首を傾げる。

「カラトと一緒に写っている子……誰だっけ?」

 息子カラトの隣に立つ緑髪の少年を見て首を傾げる母親。
 確かに自分には息子がいる。

 双子の息子がいる。

(あれ……双子の……えっと、弟は)

 兄はカラトだが、弟の方がどうしても思い出せない。
 産んだ事は覚えているのだが、弟に関する思い出だけがゴッソリと抜け落ちたかのように思い出せない。

 まるで思い出を箱に押し込め、鍵をかけてしまったかのように。

(何? 何を忘れているの!? 私は、私はいったい……)

 何を忘れているのかが分からないまま頭を抱える母親。

「何を、忘れてしまったの?」

 ポツリと呟いた言葉。
 何を忘れたのかが分からないまま呟かれた言葉は、誰に聞かれる事もなく室内に霧散していった。











「聖勇教会についてですが……」
「やはり残党がいるか」
「はい」
「予想はしていた事。驚きはしないさ」
「予想はしていましたか……ですよね。現在残党狩りが各国で行われていますが」
「状況は芳しくない、か……」
「はい。捕らえたとしてもその場で」
「……敬虔な信徒だな」
「笑い事じゃありませんよ」
「というと?」
「アイツ等勇者に、いえ……ハヤテさんに復讐を考えています」
「……その情報の出所は、って聞くまでもないか」
「はい。奴等、死ぬ前に叫んでいたそうです」

『この恨み、偽りの勇者に必ず届ける』

「と……」
「偽りの勇者……ね」
「大丈夫だとは思いますが、警戒だけはしておいて下さいね」
「そりゃそっちもだろ」
「……そう、ですね」
「ま、墓を荒らして家を吹っ飛ばされたんだ……ここを襲うなんて馬鹿な真似はしないと思うが……」
「そこまで熟慮できる輩だと良いのですが……」
「ま、こっちでも目を光らせておくさ。なんなら俺の伝手を使うか?」
「……そうですね。備えあれば、ですからね」
「分かった。腕の立つ、良いのを呼んでおくよ」
「ありがとうございます」
「気にするな……にしても、残党か」
「どうかしましたか?」
「……いや、何でもない。すまんがそろそろ行くよ」
「あ、済みません。たいしたもてなしもできずに」
「土産一つ持って来なかったんだ。気にするな」










「にしても、お母様にあんな事して良かったの?」
「……良いんだよ。あれで……」
「私に隠し事はまだ無理そうね」
「っ……うるさい」

 家に戻ったハヤテはラナスティアと共に休んでいた。
 そんな中交わされる会話。
 揶揄うような口調のラナに対し、ハヤテはふてくされ気味だ。

「自分との関わりを断つ事で、母親を守ろうと思ったのでしょ? でも本当は側にいて欲しかった。でもあんな事を言われたから」
「……良いんだよ。もう」

 ハヤテは、本当は母親を迎えに行ったのだ。
 家を出た時は半ば追い出される形だった。
 将来兄が勇者になると言って期待し、弟であるハヤテは兄の次として育てられた。
 それでも育ての親。

 情を捨て切れなかったハヤテは共に暮らせないかと思い、カザミ村に来たのだ。

 が、結果はこれだった。

 ハヤテはやっと自分の母親の事を理解した。
 彼女は、ハヤテが勇者である事が嬉しいのではない。
 自分の子が勇者である事が嬉しいのだ。

 自分の子が勇者なら、自分も裕福な暮らしができる。
 金のなる木程度にしか思っていないのだ。
 少なくとも、ハヤテはそう受け取ってしまった。

 だから彼は母親の中にある、自身の出生後の自身に関する記憶を封印した。
 だから母親の中には、ハヤテを産んだ時の記憶はあるが、育てている時の記憶は一切無い。
 ハヤテが封印したから、もう思い出せない。
 双子の親のはずなのに、覚えているのはカラトの事だけ。

 それが、ハヤテの親離れ復讐でもあり、守り方だった。

 だがラナは知っている。
 自身と親の繋がりが無くなったからと言って敵はそんな事を考えてはくれないと。
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