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117話〜これが罰〜

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「全ての事象は無から生まれ、無へと還る」

 眼下に広がる魔族軍へと、俺は槍を向ける。

「その理に例外は無く、命もまたその理の一部」

 その槍は俺が持つ聖装とは別の物。

「ならばお前達もその理に則り」

 夜のように黒く、軒先にできた氷柱のように鋭い槍。

「お前達も無へと還れ」

 そう言って俺は槍を真横に振るった。

 直後空を暗雲が覆い、眼下の魔族軍へと紫電が降り注ぐ。
 絶え間なく降り注ぎ、鳴り響く雷鳴は魔族達の悲鳴をかき消し、飲み込み、上書きする。

 更に紫電に打たれた魔族はその身体を青黒く変色させ、更に石化していく。

 石化し、動かなくなっていく魔族達。
 それを見てまだ石化していない魔族達は我先にと背を向けて逃げ出す。

 が、その魔族達も次々と紫電によって石化させられていく。

「流石はハヤテ。見事に使いこなしたわね」
「……聖装とは勝手が違うが、良いな。コレ」

 隣に浮かぶラナスティアは微笑みながらそう言うと俺の肩に頭を預けるように寄りかかる。

「にしても本当に良いのか? この槍をもらって」
「良いのよ。だって私、それ使えないから」
「そうか……なら良いんだが」

 ラナスティアから手渡された槍。
 属性を宿しているとするなら雷だろう。
 現に空から数多の紫電を降り注がせる事ができているので間違いないだろう。

 魔族だけを石化させる紫電。
 本来ならば俺に扱えないはずの槍。
 だが俺はミナモの、魔族であるティヤキの血を取り込んだ事もあり、扱えるようになっていたのだ。

 ラナスティアやロウエンが言うには、半人半魔なのだそうだ。



 気付けば戦える魔族はいなくなっていた。
 戦いはこちら側の圧勝。
 というより、戦いにすらならなかった。

 戦いも終わり、帰ろうとここに来た時と同じようにラナスティアに転移を頼もうとした時だった。

「ハヤ兄!!」
「ユミナ? どうした。もう帰るぞ」

 ユミナに呼ばれて降りる。
 捕虜だろうか、誰か連れて来ている。

「こいつ見付けてさ……どうする?」

 俺と離れ、新手が来ないかどうか見張っていたユミナが連れて来たのはよく知っている顔の相手。

「へぇ……偉いぞ。ユミナ」

 ここに連れて来られるまでだいぶ痛め付けられたのだろう。
 身体中傷だらけの相手。

「ミナモもカガリも皆怒っていて……その、ここまでやるつもりはなかったんだけど」
「仕方ないさ。抵抗されたんだからな」
「え? ……」
「抵抗されたんだ。押さえ付ける為にやるのは当然だ」
「あ、うん……えっと」
「にしても災難だったな。今まで見下していた相手に捕らえられるとはな……なぁ、セーラ」

 ユミナが連れて来たのは俺達を裏切り、数多の人の人生を狂わせ、魔族へと寝返り、捕らえらられて今は火山で身を焼かれているはずのセーラがいた。

 俯き、もう死を覚悟した様子のセーラ。

 そんな彼女を見て俺は微笑んでこう言った。

「さ、行こうか。体が痛むだろ? ほら、お腹も空いただろうしさ」

 想像していた言葉と違ったのだろう。
 目に涙を溜め、ハッと顔を上げるセーラ。

「ラナスティア。彼女も共に転移を頼む」

 そう言って俺は、セーラも共に転移で帰った。
 帰ったのだが……





「それは本当か?」
「はい。魔族に寝返りましたセーラを捕らえました」

 俺はセーラを家に置くと一人、クラング王城へと転移していた。

「そうか……また火口に放り込むか」
「いえ、彼女の身はこちらで預かります」
「それは、どういう事だ? ハヤテ」
「ウゼル様、お言葉ながら奴にとって最大の屈辱は俺達のように、今まで下に見ていた者に見下される事です。それは火に焼かれるよりも応えましょう」
「う、うむ……それは」
「ですので、私の下で屈辱を送らせます」
「……」
「今回は、それの報告にだけ来ました」
「報告だと? まさか、こちらで話し合いはしない気か?」
「はい。ですので私はこれで」
「……待てハヤテ。聖勇教会の事で話があるのだが」
「……なんでしょうか?」

 思わず黒い風が吹き始める。
 その風を見てその場にいる者達に緊張が走る。

「……フリジシカ皇国にローライズ教国、モフランティカ獣国にリヒティンポス神国。協力を申し出る国が続々出ていてな。もう少し、待ってくれるか?」
「……分かりました。では俺はこれで」

 そう言って俺は、家に向かって転移。
 一瞬で俺は王城から姿を消したのだった。





「ただいま」
「お帰りハヤ兄!!」
「おかえりなさい。ハヤテ」

 転移終了と同時に出迎えてくれるユミナとエンシ。
 遅れてカガリ、ミナモ、マリカが出迎えてくれる。

「やっぱり皆といるのが一番だよ……」

 そう言いながら皆を抱き寄せる。
 俺の腕では当然、全員を抱ける訳ではないけれど、手を精一杯伸ばして抱きしめる。

「あらあら、お熱いわね」

 そんな所にやって来たのはラナスティア。
 そう、俺達が来ているのはラナスティアの屋敷。
 ここが新しい拠点となったのだ。

 一応ウインドウッドの家も拠点として引き続き使ってはいるが、こっちでやる方がいい事もある。
 それは

「ラナスティア、セーラはどうなった?」
「ラナ、で良いわよ。彼女ならちゃんと仕上がっているわ。見てみる?」
「あぁ。頼む……じゃあ皆、また後でな」

 皆と別れ、ラナスティアと共に地下へと降りる。

 そこに並ぶ牢。
 その中の一つにセーラが転がっている。

「一分が一日に感じるように弄って、ハヤテ。貴方が上だってたっぷり教え込んだから」
「つまり?」
「あの子はもう貴方に逆らえないわ。でも、貴方の注文通り彼女の心を折らないで縛っておいたわ」
「そうか……ラナならできると思ったよ」
「ふふっ……話してみる?」
「あぁ……おい、久しぶりだな。セーラ」

 牢の中のセーラに声をかけると反応があった。

「な、何よ……こんな所に押し込めて。私に恨みでもあるの?」
「無いとでも思ったか? 俺を裏切り、アニキを裏切り、数多の人の人生を地獄に変え、人類を裏切ったお前を恨んでいないとでも思ったか?」
「……ふん。じゃあ何? 私をここで殺す?」
「いや、殺しはしない」
「ハッ!! そうよね。アンタにそんな度胸ないものね!!」

 牢の中から俺を睨み付けるセーラ。
 だが俺の目にはその姿は、雨の中捨てられて心細いあまり、来る人全員に吠える子犬にしか見えなかった。

 そんなセーラに俺は新たな役目を教える。

「お前には俺の下でメイドをしてもらう」
「……は?」
「聞こえなかったか? お前はこれから俺のメイドになるんだ」
「メ、メイドってあのメイド?」
「あぁ。主人の周りの世話をするあのメイドだ」
「え、アンタ……何か変な物でも食べた?」

 新しい役目が信じられないのか、目をパチクリさせるセーラ。
 だが、それが彼女の新しい役目であり、俺から与える罰だ。

「う、嘘でしょ? そうよ、恨んでいる相手をメイドにする物好きいないもの」
「残念だけど本当だ。君には、俺の下で、死ぬまで尽くしてもらう。その身も、心も、全てを俺に捧げるんだ」
「冗談じゃないわ!! 何が悲しくってお前なんかに……」
「ハヤテ……」

 思わず怒鳴るセーラだったが、ラナがそれを遮るように俺を抱き寄せそのまま触れるだけの軽いキスを交わす。

「ち、ちょっとアンタら!! 何して……」
「これで契約は私から貴方に移ったわ。これであの子は貴方の物よ」
「……ありがとうな。ラナ。本当に助かったよ」
「ちょっと私を無視して話を進めないでよ!! ……ぐぅっ!?」

 突然言葉を切り、苦しみ出すセーラ。

「ダメでしょ? メイドがご主人様にそんな口を聞いちゃ」
「ガッ……ゴッ……ギュエッ!?」

 喉を押さえ、床をのたうち回るセーラ。

「そろそろ良いんじゃない?」

 それを見てラナが聖母のように微笑みながら俺に囁く。
 それを受けて俺もお仕置きを止める。

「ゼバァッ!? ハァッハァッ……な、何を……」
「簡単よ。貴女の中に流れる魔力を弄って、ハヤテと繋げたの」
「!?」
「ハヤテと繋げて、彼の魔力が流れるようにしたの」
「そ、それって……」
「あぁ安心して? 流れると言っても彼の生命に支障はきたさないから」
「いや、そうじゃなくて……」
「大丈夫よ。貴女が聞きたい事は分かっているから。なんで、さっき苦しくなったか……でしょう?」

 ラナの言葉にコクコクと頷くセーラ。
 そんなセーラを見てラナはニンマリと笑ってこう言った。

「ハヤテが貴女に流す魔力を切ったからよ」
「……そ、それってまさか」
「そ。貴女の中を、ハヤテからの魔力供給が無ければ生きられないように弄ったの」

 その瞬間、セーラの顔は驚愕の色に染まった。

「貴女はもう、彼がいなければ生きられない体にされちゃったって事よ」

 ニッコリと。
 慈悲深い聖母の若き笑顔で告げられるのは、俺に生殺与奪の権を握られているという残酷な事実。

 そこから更に伝えられるのは魔力だけでなく、俺の感覚までが共有されているという事。
 痛覚は勿論、味覚、聴覚、嗅覚、はてには俺が受けた快楽までもがセーラに共有されるというのだ。
 この共有は俺の方で何を共有するか共有しないかを選べるようにもしてもらった。

 そして俺が魔力を切れば苦しむ。

 俺には向かえば魔力が切られて苦しむ。
 反抗しようにもできない体にセーラは作り変えられてしまったのだ。

 それを知ったセーラの顔は今度は驚愕から絶望に変わる。

 だってそうだろう。
 今まで下に見て来た相手に命を握られる。

 自分が上に行くための踏み台として裏切った相手に命を握られるのだ。

 屈辱だろう。

 耐えられない程に屈辱だったのだろう。
 だからセーラは牢の中で迷う事なく

「ッン!!」

 舌を噛み切って自害した。
 が、そんな事を俺は許さない。

 魔力を送り、彼女を再生する。

 文字通り、俺は彼女が死ぬ事を許さない。
 許してやらないし、認めてやらない。

 そして生き返ってやっと分かったのだろう。
 やっと、自分の全てを俺に握られている事をセーラは理解したのだ。

「んじゃまぁ……」
「な、何よ……こ、来ないで!! 来ないでってば!!」

 牢に入り、最後の仕上げにかかる。
 やる事はただ一つ。

「やっぱ最後は、俺の手でどっちが上か教えてやらないとなぁ……」
「やだ……やだ!! ヤダァァァァァッ!!」

 地下牢に響き渡るセーラの絶叫。
 だがそれはラナがかけた防音魔術のおかげで誰にも聞かれる事はなく、セーラは今の今まで下に見続けて来たハヤテに、どっちが上でどっちが下なのかをその身と心に徹底的に教えこまされたのだった。



「と、いう訳で新しいメイドだよ。ほら、皆に挨拶ね」
「……セ、セーラ、です。よろしくお願いします」
「お、おいハヤテ。良いのか?」
「大丈夫大丈夫。もうコイツ、俺からの魔力供給が無ければ生きられない命だから」

 そう言って俺は、メイド服姿のセーラの腰を軽く叩く。

「っ……今まで、大変なご迷惑をかけて本当に申し訳ありませんでした」

 今までのセーラは何処へやら。
 すっかりしおらしくなり、皆に向かって頭を深々と下げるセーラ。

「……本当にセーラか?」
「何だアニキ、疑っているのか? なんなら確かめてくれても良いぞ?」
「……いや、良い」

 眉間に皺を作りながら首を振るアニキ。

「怖がらなくて平気だよ。もうコイツは俺達に逆らえない。何かが俺の耳に入れば魔力を切られちゃうからな。なぁ? セーラ」
「っ……くっ」
「お? なんだその目は。お前に意見する権利が残されていると思ったか?」
「こんな事……ただの私刑じゃない!! 裁判も無しに……人のする事じゃないわ!!」
「……うるせぇな。お前」
「ヒアッ!?」

 セーラの頬に手の甲がめり込み、数メートル吹っ飛ぶ。

「お前が今までやって来た事を考えたら、命があるだけ御の字だろ……違うか?」
「っ……」
「魔力、減らしちゃおうかな~?」
「ッ!? そ、それだけは!!」
「ん~、じゃぁさぁ、する事があるよねぇ?」
「っ……」
「ねぇ? セーラ」

 俺の言葉に、ゆっくりと動くセーラ。
 唇を噛み、膝をつき、両手を床につく。
 そして深々と頭を下げ、額を床につける。

「ど、どうかハヤテ様の……ご主人様の貴重な魔力を、わ、わた……私に融通して下さい。お、お願い、しま、す……!!」
「……仕方ないなぁ。そこまで言われたら」

 セーラの頼みを聞いて俺は

「分けてあげないとねぇ?」

 セーラの頭を踏み付けて、魔力を分けてやる事にした。

 殺すんじゃない。
 死なせるんじゃない。

 そんな方法では奴は逃げてしまう。
 死という名の逃亡だ。

 俺はそんな事させない。

 セーラは俺の下で飼い続けてやる。
 俺の気が済むまで。
 ずっとずっと飼ってやる。

 そして気が済んだ時、お前はやっと旅立てるんだ。

「さて、と。次は聖勇教会か……アイツ等、絶対に許さない」

 セーラの頭から足を退かし、次の標的を思う。

 モーラの墓を荒らした罪、その命で償ってもらう。

「……待っていろ」

 静かに呟く。
 そんな俺の周囲には、黒い風が吹いていた。










「は、ははっ……何だこりゃ」

 時は戻って魔族軍との戦。
 ロウエンは槍を振るい、空から紫電を降り注がせるハヤテを見て笑っていた。

「これが……これが勇者の、いや」

 言葉を一度切り、目を細めて彼は呟く。

「勇者と魔族のミックス。今までにも数は少ないがいた幻の勇者……あぁこれだ。これなんだよ」

 普段と違い、鋭い目でハヤテを見る。

「争いを無くす為には必要なんだよ。争おうと思う事がバカバカしくなる程に強大な力が。ハヤテ、お前がそれになれ。いや、お前ならなれる」

 ハヤテ達に一度して見せた事のない顔で彼は呟く。

「俺みたいに家族を失う者をもう生まないためにも」

 誰にも聞かれないただの独り言。

「お前が抑止力となれ」

 その言葉は熱を持っていた。
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