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115話〜嵐の前の静けさ〜

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 我が名はウル。
 絶賛疲労困憊中である。



 私はレイブウルフと呼ばれる魔獣故、スタミナはある方なのだがこうも頻繁に走らされては流石に疲れる。

 ハナイ王国との戦を終えた我等は真っ直ぐクラング王国へ帰還、王からゆっくり休めと言われ我等の家でのんびりと過ごしていたのだが……

「ハクガネ皇国が魔族に攻め入られたため、援軍として向かって欲しい」

 王国の騎士の言葉を受け、我等の群れの長はすぐに支度を整えて発った。
 正直言うともう少し休みたかったのだが仕方がない。
 私は長を背に乗せて駆けた。
 仲間の騎士達と合流し、ハクガネと魔族達の合戦場へと向かった。

 が、向かっている最中である知らせが届いた。

「ハヤテ様の故郷が焼かれている」

 それを聞いた長は驚き、目を見開いたが魔族との戦いへと向かおうとした。
 だかそんな長を騎士は王からの命と言い、故郷へ戻るように言ったのだ。
 長はそれを聞くやすぐさま転身。
 我等は長の故郷であるカザミ村へと急いだ。

「頼む、間に合ってくれ」

 私の背で長はそう呟いていた。





「……あぁ」
「ハフゥ……ワフゥ……」

 燃え尽きた村を見ながら言葉を失う長の足元で、我は疲労の溜まった身体を少しでも休ませようと伏せていた。

「…………」
「……わう兄さん
ガァウ静かにしていろ
「……うぅはぁい

 妹が話しかけてくるが、今はそれどころではないと諫める。

 先輩であるフーも静かにしているのだ。
 今は長達の動向を待つしか無い。

 そんな時だった。

「カ、カラト!! ハヤテ!!」

 女性がこちらに向かって走って来る。
 匂いが我が長に似ている事から、どうやら肉親らしい。

「母さん……」

 長の兄がその女性へ歩み寄る。
 やはり肉親だったようだ。

「あぁ、来てくれて良かった。家が……もう」
「何があったんだよ……」
「騎士がね、急に来て火を放ったのよ」
「そんな……アルさん達は!?」
「アルさんとラウさんが屋敷に私達を入れてくれてね……だから生き残る事ができたのよ」
「そっか……良かった」
「でも家が……あぁ、ハヤテ。よく来てくれたね」

 母親はヨタヨタと長へと歩み寄ってくる。
 が、今それはよした方が良いだろう。
 長からは、良くない匂いがする。

 だが残念な事に、彼等の言葉を我等が分かっても、我等の言葉は普通の彼等では分からない。
 だから忠告ができない。

「ね、ねぇハヤテ。その……しばらくはこっちにいられるのよね?」
「……」
「ね、ねぇハヤ……」
「退け……」
「えっ……な、何するの」

 長が母親を突き飛ばしたのだ。

「お、おいハヤテ!?」
「……見に行かなきゃ」
「おいハヤテ!! どこに行くんだ!!」

 怒鳴る兄をよそに長は何処かへと歩き出す。
 それを追いかける様に私も立ち上がり、歩き出す。

 長が向かった先は私にも見覚えのある所だった。

「あ……ぁぁっ……」

 長はそこを見て、膝から崩れ落ちた。

「アァァァァッ!!」

 叫びながら固く握りしめた拳を地面に叩きつけた。

「ウアァァァッ!?」

 長が見たもの。
 何を見て崩れ落ちたのか。
 何を見てここまで叫び、拳を地面に叩き付けているのか。

 和解目前まで行ったあの人を私も覚えている。
 記憶を失い、悩んでいた彼女の顔を覚えている。
 撫でてくれた時の笑顔を覚えている。

 そして彼女は今、この村で眠っている。
 静かに眠っていたはずだった。

「許さない……許さない……許すものか……ッ!!」

 彼女が眠っているはずの墓は、見るも無惨に踏み荒らされていた。

「どこの騎士だ!! 誰が指図した!! 許さない!! 許さない……許すものか……許すものかァァァッ!!」

 長は天に向かって叫ぶ。
 この場にいない襲撃者に向けて、怨嗟の雄叫びをあげる。

 私はその、悲痛と憎悪をない混ぜにし、雄叫びをあげる長を見上げる事しかできなかったら。





 後日、我等はクラング王国の王城に来ていた。
 その理由は簡単なもの。
 カザミ村の襲撃者が分かったのだ。

 それは聖勇教会と呼ばれる組織の戦闘部隊だったのだ。
 何故分かったのかと言うと、近くにある村に逃げ込んだ者が呼んだ助けによって、その教会の騎士を一人だけではあるが捕らえる事に成功したのだ。
 その村の名前はエルード村。
 長達が以前立ち寄った事のある村で、その時に野盗として村を襲い、その後その村の警護の役に就いた物達が助けに来たのだ。

「聖勇……教会……」
「あぁ。どうやら生き残った者達の証言からするとそれで間違いはなさそうでな」

 長と王が何やら話しているが、良くない話のようだ。
 長からは噴火寸前の不気味さを感じ取る事ができる。
 だが、それに気付く人間はこの場にいない。

「私としてはこれを見過ごす訳にはいかなくてな。文を出そうと思う」
「……文、だと?」
「あぁ。これが聖勇教会全体の意思なのか、それとも一部が行ったものなのかを調べなくてはならない」
「……そうか」
「うむ。済まないが、今は堪えてくれ」
「……」

 表情を変える事なく、王の話を聞く長。
 だがその時、一人の騎士が部屋に入って来た。

「ウゼル様、ローライズ教国より使者が来ましたがその……」
「どうした?」
「その……教国経由でして」
「構わん。通せ」
「ハッ」

 王の言葉を受け、使者を部屋に通す騎士。
 だがその使者というのが問題だった様だ。

「ローライズ教国より参りました。聖勇教会のスティラ・アウローラです」
「う、うむ……よく、来たな」
「教王様の言葉もありますが、ハヤテ様。良くご無事で。そのお姿を見て私は本当に安心を」
「……本当にそうか?」
「……はい?」

 ポツリ、と。
 葉から雨粒が一粒、そっと落ちる様に出された言葉。
 その言葉に温度はなかった。
 だがその言葉を皮切りに、長の言葉に温度が宿る。

「村を焼かれた俺がどんな顔をしているか見て来いとでも言われたか!!」
「ひっ!? ……えっ、わ、私は」
「とぼけるな!! ……カザミ村を焼いたのはお前の所の聖勇教会だと分かっているんだ!!」
「そ、そんなの何かの間違いです!!」
「見た者もいる!! 捕らえた者もいる!! それでも……」

 立ち上がり、スティラへと詰め寄った長は

「とぼけるつもりか!!」

 そのまま彼女を殴り付けた。

「ヒウッ!? ……うっ、くぅ」
「言え!! 誰が火を放った!! 誰が言い出した!! 誰の命で俺の様子を見に来た!!」
「し、知らないんです!! 本当にっ!! ぐあっ!!」
「言え!! 言え!! 言えぇっ!!」

 何と長は王の眼前で彼女を殴り始めた。

「ち、ちょっとハヤテ」

 ミナモが止めようとするがロウエンがそれを腕で静止する。

「言え……言え!!」
「本当に!! 本当に知らないんです!!」

 私でも分かる。

 今の長は怒りで我を見失っており、冷静な判断を下せなくなっている。
 その結果、相手の言葉が耳に届いていないのだ。

「ずいぶんと口が固いのだな……」
「ほ、本当に……本当に……知らないんです……信じて、下さい……」

 蹲り、うわ言の様に繰り返しているが、長はおそらくそれを気にしないだろう。

「ウゼル……部屋を一つ、借りるぞ」
「え? ……まぁ、構わんが」
「いや、牢で良い……借りるぞ」
「おい待て。一体何をする気だ?」
「何をって……簡単な事よ」

 そのまま彼女の髪を掴み、顔を上げさせる長。

「うぁぅ……」
「口で話さぬのなら、身体に聞くまでよ」
「……そ、それだけは!! それだけは!!」
「ちょっと待てハヤテ!! 流石にそれは」
「ウゼル……借りるぞ?」

 口だけの笑みを作り、王にそう言うや彼女を引っ張って牢へと向かう長。

 それを追う私。

 向かう先は牢なのだが……





「嫌だァァァッ!!」
「さっさと話さないからこうなる!!」
「本当に!! 本当に知らないって言ってるじゃないですかァッ!!」
「まだ嘘を言うか!!」
「本当なんです!! 本当なんですってば!!」

 牢への入り口。
 そこから先に誰かが行かぬ様に座り、長が出て来るのを待つ。
 ただ私は耳が良いので、牢の中で何が行われるかが分かってしまう。

 何かが破かれる音。
 何かを打つ音。
 怒声。
 くぐもった泣き声。
 時折り甲高い悲鳴が聞こえる。

 人間がここにいれば顔を顰めるだろう。
 だが、私にはそんな気分は起こらない。
 強い者が弱い者を押さえ付け、繁殖する。
 私からすればそれは自然の摂理。
 何も不思議な事は無い。

 そんな事を思いながら私は長の帰りを待った。



「……ここまでやって吐かないとは。本当に知らないのか」
「おいハヤテ、その辺にしねぇとソイツ壊れんぞ」
「……エンシに言って何か服を用意させろ」
「ったく……」

 長が戻って来た。
 といかんいかん、いつの間にか私は眠ってしまっていたらしい。

「わざわざ呼びに来たのか?」
「わざわざっていうかなんていうか……」
「どうした?」
「お前に客だ」
「俺に?」

 片目を細めて尋ねる長。

「あぁ。魔族の女が一人。お前に協力したいそうだ」
「……魔族の女。ロウエン、ソイツの事をお前は知っているか?」
「名前は聞いた事がある相手だ。ま、会うのは初めてだがな」
「……分かった。今行く。場所はどこだ?」
「さっきウゼル達と話していた所だ」
「分かった」
「っておいおい。スティラは放って行くのか!?」
「さっきも言っただろ。エンシに言って服を用意させろと」
「それまで放っておく気か?」
「そうだと言ったら、何だ?」
「うっ……っと、良い所にいたな。ウル、エンシを呼んでこい。それまでは俺が見張る」
「……勝手にしろ」
「だ、そうだ。行け、ウル」

 致し方ない。
 そう思いつつ、私はエンシを呼びに歩き出したのだった。



「ほんとうに……ほんとうに、知らないん、です……」

 エンシが来るまでの間、ロウエンが見張る牢の中で彼女は泣いていた。
 信じていた教会がした事を知って泣いた。

 いいやそれだけではない。
 その教会のした行いの結果、火山の噴火では収まらない程の怒りを蓄え、今まさに爆発させようとするハヤテを見て彼女は、動物的本能で恐怖を察知した。

 そしてその予想は当たる。

 聖勇教会は、一人の勇者の逆鱗に触れたのだ。
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