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113話〜エンシの休日〜
しおりを挟む「っと!! ……はぁ、こんなもんかな」
私はウインドウッドにある群狼の家の庭で薪割りを終え、一息ついていた。
薪割りの邪魔にならないように纏めていた髪を解く。
ハヤテがロウエンと共に戦に行ってしまって数日。
私達は留守番をしつつ、平和に穏やかに過ごしていた。
が、そんな中でも問題は発生する。
「……硬いな」
自分の腹筋を見て肩を落とす。
腹筋だけではない。
騎士として鍛えて来たこともあり、女性の中では筋肉がついている方だ。
ハヤテはカッコ良いと言ってくれているが時折心配になる。
彼と夜を過ごす事もあるが、その時に彼は逞しいと言ってくれた。
彼としては褒めてくれているつもりかもしれないが、素直に喜べない。
私とて女だ。
カッコ良い、逞しいと言われるよりは可愛いとか綺麗だと言われた方が嬉しい。
そう思いながら汗を拭う。
その時、家の前をエルフの子達が歩いて通った。
皆、可愛い。
他にも王都からの手紙を届ける配達人や行商人も来ている。
中には女性の配達人や行商人もいるが、皆化粧をしていて綺麗だ。
私も化粧をしたら変わるだろうか。
家の都合上、パーティーに顔を出す事もあったから一応知っている。
が、好んでしたいとは思わない。
化粧をする時間があったら鍛えていたからだ。
そのせいで王城の騎士達の一部からは筋肉女と言われたり、ゴリ女と言われたりしたが、断じてそんな事は無い。
筋肉は普通の女性と比べてある方なだけであって、ムッキムキな訳ではない。
もしそうならアビスドラン戦の前に私を襲った宵森の蛮鮫を返り討ちにできていたはず。
そうだ。
私はムキムキでは無い。
力自慢でも無い。
確かに、城の中で私に挑んできた騎士達は全員返り討ちにしてやった。
あれは彼等が油断していたからだ。
断じて私の力が強かった訳じゃない。
うん、きっとそうだ。
そう思いながら自分の腹筋に触れる。
「か、硬い……」
思わず項垂れてしまう。
まだ割れていない。
その事にホッとしてしまう。
いや、別に気にしていないぞ。
筋肉があるから嫌われるとか気にしていない。
いや筋肉が凄いわけじゃない。
同年代の女性と比べたら少しある程度なだけだし、騎士としては少ない方だと思う。
「……いや、そう思ってしまうという事は不安に思っているのかもしれないな」
そう思いながら家に入る。
今日の夕食当番ではないのでさっさと風呂に入る事にしよう。
「あ、先にお風呂入っちゃったよ~」
「ユミナとカガリか。その様子だと仲良く入ったようだな」
「いつまでも子どもじゃないもんね~」
そう言いながら脱衣所を出て行く二人。
その二人を見送り、風呂に入る支度をする。
と、そこで私は気付いてしまった。
「……そうか。その手があったか!!」
私に足りない物。
可愛いと、綺麗だとハヤテに言ってもらうのに必要な物。
それは……
「私の下着……飾りっ気が一切無いな」
そう、私の下着は白か黒の単色。
飾りが一切無い。
まさに着れれば良いというデザインの物だったのだ。
対するユミナとマリカは明るい色の可愛い下着だ。
ハヤテと付き合うようになってからはそういうのが増えた気がする。
そして一番凄いのはカガリだ。
可愛い系に大人っぽい物。
異性を惑わせる物。
いろいろ持ってる。
彼女に似合う下着を見繕ってもらおうか。
彼女なら良いのを選んでくれるはずだ。
と、考えてやめる。
いや、やはり自分で選ぼう。
誰かに選んでもらっては、それは誰かに買われた物。
やはり、彼には自分を見て欲しい。
他の誰でも無い。
私そのものを。
そう思いながら私は湯船に浸かった。
翌日、私は王都に来ていた。
理由は昨日の通りだ。
「さて、目当ての物は何処で……」
やはり服屋だろうか。
最近、下着専門店ができたと聞く。
そこに行ってみるのも面白そうだと、私は最近できたと噂の店に行ってみる事とした。
「いらっしゃいませ。おや、貴女様は」
「誰かと思えば貴方は……ホウサイじゃないか」
なんとその店は私の知り合いがやっている店だった。
「な、何故エンシ様が……はっ!? もしや遂に殿方が!?」
「遂にとはなんだ遂にとは……まぁ、当たりだがな」
「なんとおめでたい!! して、ここには何をご所望で?」
「んんっ。その、だな……と」
「はい?」
「との……」
「との?」
「殿方が喜びそうなのを探しに、だな」
「成程成程……それでしたら、ここで一番の者に手伝わせましょう」
「ん? 貴方が探してくれるのではないのか?」
「何を言いますかエンシ様。そのような下着は相手の殿方にだけお見せする物!! 殿方が見る前に私が見る訳にはいきません!!」
「だが、手伝いが」
「その者は女性ですのでセーフです!!」
「……そういうものなのか?」
「そういうものなのです!! おーい!! フェルトはいるか!!」
「はーいここにー!!」
ホウサイに呼ばれて来たのは一人の少女。
多分だがユミナよりも若く見える。
「この方の所望する品を共に探せ。良いな?」
「はい!! お任せ下さい!!」
「ではエンシ様。ごゆっくり」
「あ、あぁ。ありがとう」
フェルトという名の少女に手を引かれながら店内を進む。
そして私はまさに、宝探しとも言える経験をさせてもらった。
彼女は共に私に合う物を探してくれた。
目を輝かせながら私とハヤテの話を聞き、その都度ならばこれが良い、ならばこちらが良いですと新たな品を持って来て見せてくれた。
可愛いデザインに大人のデザイン。
貴族の娘が使いそうな豪華なデザイン。
様々な物を見せてもらった。
「……これ」
その中から一つ。
手に取った。
「それがお気に召しましたか?」
「あぁ。これが良い……これが、良い」
その言葉を聞いてフェルトはニッコリと笑ってくれた。
「そうですね。エンシ様がお気に召しましたのなら、ハヤテ様もきっと気に入ってくれますよ」
「そうか? そう思うか?」
「はい。自分の恋人が美しくなる事を嫌がる恋人はいませんから」
「そ、そうか……美しくなる、か。なんだか照れるな」
「事実をお伝えしただけです。もっと自信を持って下さい!! エンシさんなら大丈夫です!!」
「そ、そうだな!! よし、これを頂こう!!」
「ありがとうございます!!」
気が変わらぬ内にそれを購入する。
「ありがとうございました!! その、頑張って下さいね!!」
「あぁ。フェルトもありがとうな!!」
品物が入った袋を胸に抱いて店を後にする。
帰路、私は少しずつ不安になっていった。
ハヤテはこれ身に着けた私に何と言ってくれるだろうか。
可愛いとまでいかずとも、綺麗だと言ってくれるだろうか。
似合っていると言ってくれるだろか。
それが不安だ。
もしも似合わないと言われたらどうしようか。
前までの、今まで通りの方が良いと言われたらどうしようか。
不安が少しずつ大きくなってくる。
自分の恋人が美しくなる事を嫌がる恋人はいませんから。
そこでフェルトのあの言葉を思い出した。
大丈夫だ。
ハヤテはそんな事を言わない。
きっと、きっと素敵だと言ってくれるだろう。
だって、だって。
だって私が選んだ物は私の髪とハヤテの髪の色と同じ色。
水色と緑色の縞模様。
二人の色が入っているのだから。
だから、だから。
「……早く帰って来ないかな。ハヤテ」
気付けば私の足取りは軽いものになっていた。
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