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112話〜戦の終わらせ方〜

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 ハナイ王国の使者が来て二日。
 こちらからは攻める事はなく、またハナイから攻めてくる事もなかった。

 こちらからは氷壁の上へと氷の階段が作られており、向こうの様子を見に行く事ができるのだか、ハナイ王城は水の中でポツンと孤立していた。
 あれでは籠城しようにも長くはもたないだろう。

 民の事を思うのなら、さっさと降伏するべきだ。
 それとも何か逆転の策でもあるのだろうか。
 俺なら聖装の力で氷壁に穴を開けて水を抜く。
 言うのは簡単だが、やるのは難しい。
 俺の思う以上に簡単に水を抜く方法が相手にはあるのだろうかと思ってしまう。

 そしてその答えは二日後、明らかとなる。

「先日送り返された使者の首を見て国王は大変お怒りでした」
「そうか。それがどうかしたか?」

 二人目の使者がやって来てのだ。
 今度は女性の使者。
 日に焼けた肌にキリッとした目。
 俺の隣に座るレイェスさんを見て怯まず、国王からの書状を読み上げている。

「一つ、貴国が負った損害は全て我が国が補償する。一つ、我が国は帰国との友好を望んでいる。一つ、此度の悲しいすれ違いを正し、友好な関係を築く。一つ……」
「あぁもう良い。黙れ」
「黙れだと? 貴女、いくら皇国で強いからってそれはないんじゃない?」
「ほう? 我が友好国へと攻めると言った蛮国を迎え撃ち、貴国を水底へと沈めた事が恨めしいのか?」
「当たり前でしょ。もし許されるのなら貴女をこの手で」
「それこそ無理だな。貴様のような格下では私の部下に勝つ事すら無理だろうよ」
「くっ……話を戻すが、この話は受け入れてくれますね?」
「当然断る」
「そんな!? 何故ですか!!」
「何故? 簡単な事。その条件を受け入れたとして、我が国に利益が無い。それだけで断るのには十分なのだよ」
「そんな……」
「さ、て。話は終わりかな? 終わりなら次は私の番だ」
「な、何よ……」

 使者の女性を見てニヤリと口元を歪めるレイェスさん。

「このような不毛な時間を過ごさせたのだ。少しぐらい私を楽しませてくれても罰は当たるまい」
「だ、だから何を……」

 使者の言葉を遮るように、レイェスさんは指をパチンッと鳴らした。
 直後使者の尻と背が凍り、椅子の背もたれにガッチリと固定される。

「な!? これはいったい!!」
「言ったはずだ。少しぐらい楽しませてもらうとな」
「な、何をする気ですか!!」
「何、とは不思議な事を聞く相手だな。自分の置かれた状況を少し考えてみたらどうだ?」
「何ですって?」
「好んで相手を手にかける程、私は血に飢えておらん。が、この状況だ。女を求める部下達は割といてな……」
「ま、まさか……」
「部下達に飴をやるのも上司の務め。そうは思わないか?」
「くっ、この下衆が!!」
「ハハハッ!! 私をどんな人間だと思って来たんだ? 話せば全て受け入れる優しいバカだと思ったか? そうだとしたら随分と安く見られたものだな。なぁ? 王国の使者よ」
「あ、貴女と言う人は!! こちらが誠意を持って接しているというのに!!」
「勘違いするなよ温室育ちが」
「っ!?」

 ピキリとレイェスさんの周囲の温度が下がる音が室内にこだまする。

「本当なら一人目と同じように送り返してやりたいのだが、彼がいるので我慢してやっているのだぞ」
「それは脅しですか」
「脅しではない。事実だ」
「……殺したければ殺しなさい」
「ほう?」
「私が血を流せば再び国王は怒りましょう。そしてそれは反撃の狼煙に」
「ならんな。その程度では反撃にはならん。貴様等が起こせるのはせいぜい反乱だ。そんなもの、私が何度でも凍てつかせてやろう」
「……バケモノめ」
「褒め言葉だな。それと安心しろ。お前に危害を加える気は失せた」

 そう言って使者を椅子に繋ぐ氷を溶かすレイェスさん。

「これで動けるだろう。疾く、失せよ」
「……此度の仕打ち、全て王に知らせさせてもらう!!」
「勝手にしろ」

 使者を自由にするとさっさと部屋を出て行くレイェスさん。
 彼女を追うように俺も部屋を出ようと歩き出す。
 そんな俺に使者はこう言った。

「あんな女に味方するなんて。勇者も地に落ちましたね」
「それは君の立場から見た事だろ。俺達からすれば、攻め込んで来たお前達の方が悪だよ」
「悪ですか……」
「さっさと自分の国に帰れ」

 そう言い放って部屋を去る。
 確かに彼女からすれば俺は悪だろう。
 だが、俺からすれば俺達が正義だ。

 それは譲れない。

 そしてそれから三日後。
 遂にハナイ王国が動いた。



「……随分と待たせてくれたな」
「これはこれはハナイ国王に王妃。よくおいで下さいました」

 砦の一室。
 そこにはマントを羽織り、厳しい顔付きの男性と美しい女性が待っていた。
 サラミ・イセンク・ハナイ国王とマリヤ・マリア・ハナイ王妃。
 皇国と戦を行い、そしてレイェスさんの氷壁によって城下を水の下に沈められたハナイ王国の長だ。

「して、此度は何の用で」
「何の用だと!? 此方が二度使者を送ったにも関わらず貴殿はその申し出を断ったではないか!!」
「旨味が一切無かったからな。あぁハヤテ。お前は隣にいてくれるだけで良いからな」
「え、あ、おう」
「貴様が勇者とか言う青二才か」
「まぁ、そうなります、ね」
「貴様も我が国の騎士を!!」
「そりゃ攻めて来たんなら迎え撃つでしょ」
「何だその言い方は。まるで自分達が被害者のような言い方では無いか!! 貴様が娘と会わなかったのが全ての始まりだというのに、責任を逃れる気か!!」
「娘? 初耳なんだが」
「何だと!?」

 怒りの形相で机を叩く国王。
 その目はまるで、愛しい娘が眼中にないのか!! とでも言いたそうだった。
 そんな彼を制するように口を開いたのはロウエンだった。

「そりゃまぁ仕方ないだろ。誰に会うかを決めたのは俺達じゃない。ウゼルだからな」
「ロウエン、それ本当?」
「あぁ。少なくとも俺は決めていないぞ」
「じゃあ、俺が怒られる道理は」
「無いな」
「良かった~」

 ホッと胸を撫で下ろす俺。
 対する国王は変わらず、怒りの形相で俺の事を見ている。

「貴方。今日はその話をしに来たわけではありませんよ」
「っ、すまない」

 その国王を王妃が宥め、落ち着かせる。
 相手は相手で立場がハッキリしているのだろう。
 国王はすっかり黙ってしまった。

「夫が申し訳ありません」
「いや構わん。互いに事情を知らなかっただけだからな」
「そう言って頂き、大変ありがたく」
「だ、が。今回の戦は別だ。そっちが勝手に攻めて来たんだからな」
「申し開きのしようがございません」
「こっちとしては援軍として呼ばれただけだからな。詳しい話はレイェスとやってくれや」
「と、言う訳だ。さっさと始めてさっさと終わらせてもらう」

 肩を竦め、話から身を引くロウエン。
 それと入れ替わるように話し始めるレイェスさん。

 淡々とした口調で要望を伝えるレイェスさん。
 だが実態は要望という名の命令に近い。

 皇国が受けた被害は全てハナイ王国が補償する事はもちろん、領土の何割かをこちらに渡し、更には人質を要求したのだ。

 それは少しやり過ぎではないかと思い、口を開こうとしたが、ロウエンに制されてしまった。

 だが相手側もそれは飲めないらしく、せめて領土だけは見逃して欲しいと頭を下げて来た。
 というのもハナイ王国。
 決して豊かな土地とは言えないのだ。
 農作物が採れるのは一部の土地のみ。
 レイェスさんはその土地を寄越せと言ったのだ。

 それに対して王妃は、自分が人質となるから土地を見逃して欲しいと言い出した。

 王族である王妃自らが人質になると言い出したのだ。
 それには国王も驚いていたが、王妃の目が真剣な事もあり何も言えないでいた。

 それを聞いたレイェスさんは少し考えた後、こう言った。

「土地を見逃す代わりに、マリヤ王妃。更にはナナイ王女とリディア王子も人質として渡せ」
「何だ!? 俺の後継ぎを寄越せと言うのか!?」
「理解が早くて助かるよ。なぁに、安心しろ。取って食いはしない」
「しかし……」

 国王の言いたい事は分かる。
 二人とも彼の子だ。
 更にリディア王子は男。
 王位継承順位は一位だと思う。
 その彼を人質として寄越せと言っているのだ。
 更にはそのナナイ王女まで。

「何を渋っている? こちらは危害を加えるつもりは無いと言ったはずだが? それとも貴国はこちらの言う事が信用できないのか?」
「ぐっ」

 本当なら突っぱねたいはずだ。
 だがそれは無理だ。
 あれだけの氷壁を作り出すレイェスさん。
 騎士団総出でかかっても勝てないだろう。
 それ程までに戦力差のある相手に、領土には手を付けないでくれと言って何も無いと思ったのだろうか。

「……分かりましたわ」
「マリヤ!?」
「二人の事は私が説得し、お連れいたします」
「殊勝だな」
「その代わり、加えてお願いがございます」
「何だ?」
「私達が約束を守った暁には、あの氷壁を消していただきたいのです」
「……あぁ、良いだろう。いつまでも堰き止めておく訳にもいくまい」
「ありがとうございます」
「話は以上か? なら疾く帰り、二人を説得するが良い。無論、貴公等が来るまで氷壁は消さん。以上だ」
「では、失礼いたします」
「……」
「貴方……」
「……いつか見ておれ。くっ」

 マリヤ王妃と共に砦を去り、城へと帰るサラミ国王。

 こうしてこの戦は終わりへと向かう事となる。
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