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108話〜水辺に咲く花達〜

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「え、ロウエンは行かないのか?」
「あぁ悪いな。寝不足でよ……悪いが、お前達だけで行ってきてくれ」
「そっか……じゃあゆっくり休んでな」
「おーう……」

 眠たそうに欠伸をするロウエンを家に残し、俺達は家を出る。

 久し振りにのんびり過ごそうと、ウインドウッドから少し歩いた所にある湖に泳ぎに行くのだ。

 この話が出てから女性陣は王都まで行って買い物をしていたみたいだが、弁当のおかずでも買いに行ったのだろうか。

 そんな事を思いつつ湖へ向かうと、既に村の人達で賑わっている。
 最近整備されたこの湖。
 ウインドウッドのエルフ達はもちろん、クラング王国や隣国、果てにはマインスチルからも訪れる人がいるそうだ。

 透明度の高い澄んだ水。
 湖を囲う豊かな緑。
 そしてエルフ達による出店。
 この湖は瞬く間にウインドウッドの観光娯楽資源となった。

「では私達はこっちですので」
「お、おう。また後でな」

 デッカい建物の前でエンシ達と分かれる。
 アニキが言うにはここで男女分かれて着替えるらしい。

「それにこう言う所ではな、水着ってのに着替えるんだよ」
「なんで?」
「なんでって……そういうもんなんだよ」
「へぇ~」
「って訳でほら。お前の用意したから」
「え、下だけなの?」
「男はな。女は上も着るけどよ」
「そうなんだ……詳しいな」
「まぁな」
「流石は遊んでいただけある」
「うぐっ……や、やめろ。あの頃の世間知らずな自称勇者の頃の話はやめてくれ」
「……ふっ」
「本当にやめてくれよ!?」

 怯えるアニキをよそに着替える。
 その隣でまだか? と言うようにチラチラと俺達を見るウル。

「お待たせ。行くか」
「……グォウ」

 膝丈の水着、とやらに着替えて建物を出る。

 ウルがその場にストンと座ったので、皆はまだ着替え中のようだ。

「結構賑わっているな」
「そうだなぁ……村の人達も楽しそうにしているし、良かったな」
「そうだね……ウル、先に泳いでくる?」
「……グゥ」

 俺の提案にプイッとそっぽを向いて答えるウル。
 だが耳はしきりに向きを変えており、周囲の音を拾っている。
 が、その音の方向にあるのは主に出店。
 肉や魚を焼く音を拾うのに集中しているようだ。
 普段はキリッとしているが、こういう所がまだ残っているあたり可愛い。

 とそこへ

「お待たせ~!!」
「お待たせして申し訳ございません」
「エンシがね~遅いから~」
「ユミナさん達が私の」
「はいはい、ごめんねごめんね~」
「やはりカラト達の方が早かったですね」

 エンシ達がやって来た。
 皆水着に着替えていたが……

「……可憐だ」
「ガァウ」

 女性物の水着は初めて見たが、皆とても綺麗だった。
 皆色は違い、形としては女性物の下着に似ている。とか言ったら一部にぶっ飛ばされそうだ。

 ユミナは白地に緑色の水玉模様。
 エンシは水色と青のボーダーにパレオとか言う布を腰に巻いている。

 ミナモは青地の生地だが、布の縁と紐が黒い。
 そして背中側で上の水着と下の水着が紐で繋がっている。
 うん、よく分からん。

 マリカはシンプルに桃色一色。

 カガリは黒地に赤のボーダー。
 そしてフード付きの上着を羽織っている。

 そして最後にエラスだが……

「お前、デカいんだな」
「死ね!!」
「ごぶぅっ……」

 見たまんまの感想を言ったアニキは、エラスの渾身の右ストレートを受けて宙を舞い、湖に頭から沈んだ。

「全く……ほら、行くよ」
「あ、はい」

 そんな中俺達はアニキをそのままにし、移動したのだった。



「ひぃ~……酷い目に遭ったぜ」
「アニキが悪い」
「ガウ!!」
「わう!!」
「グルル~!!」
「ウル達まで……ぐすん」
「デリカシーの無いカラトが悪い」
「ぐっ……済まん」

 エラスに言われて静かになるアニキ。

「ま、まぁまぁエラスさん。せっかく泳ぎに来たんですし」
「……それもそうですね。はぁ、私もまだまだですね」
「綺麗なパンチでしたよ!!」
「ユミナさん、お願いですから忘れてください」
「いやいや!! あんな綺麗なパンチ忘れられませんよ!!」
「わ・す・れ・て・く・だ・さ・い」
「ひっ!?」
「良いですね?」
「は、はいぃ……」

 エラスの笑顔による威圧により、カクカクと頷くユミナ。

「さ、さぁさ。そんなトゲトゲしてないで泳ぎましょうよ!!」
「マリカさんの言う通りですね。さ、ご主人様。行きましょう」
「あ!! カガリずるい!! 抜け駆け!!」
「申し訳ありません。私泳げませんので教えていただきたいのですが……」
「無視すんなー!!」

 俺の両脇に引っ付くマリカとカガリ。

「はいはーい。そんなカガリに私が泳ぎを教えてあげよーねー」
「え? あっ、ちょっとユミナさん!? 
「はーい!! 行くよー!!」
「あっ、待って下さい!! あの、ちょっと~!!」

 背後から羽交い締めされ、ユミナに引きずられていくカガリ。
 まぁユミナは泳ぎが上手いし、問題ないだろう。
 二人の後をウルとルフも追いかけて行ったし、変な人に襲われる事も無いだろう。

「……空きましたね」
「え?」
「ではこちらには私が」
「お、おいエンシ」

 カガリが離れると今度はエンシが腕に抱き付く。
 片側はマリカ。
 もう片方にエンシ。
 まさに両手に花の状況なのだが、それを楽しむ余裕はない。
 というのも……

「ささ、二人が戻ってくる前に行きましょうか」
「そうですねエンシさん!! ハヤテさん、行きますよ!!」
「い、行くって何処に!? 泳ぐんじゃないの?」
「えぇ、泳ぎますよ」
「じゃあ……」
「ですが向こうでもっと面白い事をしていますので」
「向こうで? ……何をやってるの?」
「フーさんによる、高所飛び込みです」

 そう言ってエンシが指差した方にいたのは

「やっ……ふ~!!」

 飛び上がったフーの背中から水面目掛けて飛び込むミナモの姿だった。

「……面白そう!!」
「でしょ!! ほら、行きましょう!!」

 行きましょうと言いながら俺から手を離して駆け出すマリカ。

「おう、アニキも行こうぜ!!」
「お、お~う」

 アニキとエラスも誘い、フーとミナモの元へと向かう俺達。

「うお~!! 何あれ楽しそー!!」
「私達も行きましょう!!」

 フーとミナモに気付き泳いで向かうユミナと、水面を走って向かうカガリ。
 その二人を追いかけるようにウルとルフも泳いで向かう。
 うん、可愛い。

 こんなに楽しい時間はすごい久しぶりだなと思いつつ、ロウエンが来れなかった事を残念に思いながらフー達の元へと向かう。



 ハヤテ達が湖で楽しんでいる頃、ロウエンはというと……

「ありがとうねぇ。お茶にしようかねぇ」
「おう、婆ちゃん。悪いな」
「良いのよ~」

 村内の家の戸の修理をしていた。
 その家に住むエルフはエルフの中でも高齢であり、あまり力仕事はできない女性だった。

 暇だったロウエンは散歩中にその女性と出会い、戸の建て付けが悪くなっている事を聞いて直しに来たのだ。

 お茶を入れた婆ちゃんに誘われて休憩に入るロウエン。

「どう? 直りそう?」
「もう少しで直りそうだ。安心しろって、ちゃんと直すから」
「ありがとうねぇ……本当に。おじいちゃんがいたら頼めたんだけどねぇ。一人じゃ何もできないね……」
「……良いんじゃねぇの?」
「……え?」
「一人で全てする必要は無いだろ。だってそんなのつまんねぇだろ」
「つまんないかい?」
「そうだろ。だって一人で全部できるって事はよ、仲間がいらねぇって事にもなっちまう。それって、一人ぼっちって事だろ。そんなの、つまらないだろ」
「……つまらない、か。ねぇロウエンちゃん」
「ん? なんだよ婆ちゃん」
「それはね、寂しいって言うんだよ」
「……あぁ。そうかもな」

 そう呟きながらお茶を飲むロウエン。

「そうか……俺は、寂しかったのか」

 小さな呟き。
 婆ちゃんに聞こえないように小さく呟かれた言葉。
 それは呟いた本人にも聞き取れないほど小さな呟きだった。





「ック!! アァァァァァッ!!」

 魔族領にある屋敷で彼女はお仕置きを受けていた。

「おいおい、お前一人で全員分受けるって言ったんだろうが。ちゃんと言った事は守れよ?」
「わ、分かっています……ち、父上……」

 その体を鎖で雁字搦めにされているのは白い髪の女性。
 そしてその女性を見下ろすのはエンジ。
 そう、お仕置きを受けているのはセッカクだった。

「全く勝手に兄弟連れて行って……なんの成果も得られず帰って来たとは……情けないねぇ」
「も、申し開きのしようも……」
「ったりめぇだ!!」
「あぐぅ……」
「ったく……蹴られた程度で転がるなよ。行くのが大変だろうが」
「も、申し訳ございま」

 ポキッ

 と音を立てて指が折られる。

「っ……!! くうっ!!」
「良いんだぜ。今から兄弟全員で連帯責任に変えてもよ」
「そ、それだけは……責は全て私が受けます。ですからどうか!! 弟達は!!」
「……随分とお優しいねぇ。双子のアイツとは大違いだ」
「リカエン……カイナと私は違います……」
「ほう? ……まぁ良いか。どれだけ頑張ろうが、お前に継名を与えるつもりは無いからな」
「やはり、ロウヒョウに……ですか」
「そうだなぁ……まぁいらねぇって言われてもリカエンにはカイナをあげちまったからな。どの道新しいのを考えねぇとな」
「……そうですか」
「まぁそんな事より」

 ポキッ

「クァッ!! ……ウゥッ!!」
「まぁそう心配すんなって。終わったらどうせスイコが治してくれるからよ」

 唇を噛んでセッカクは耐える。
 失敗した自分達に、父親がどんな責を与えるかを知っているから。
 だから彼女は耐える。
 全てをその身で引き受ける。

 例えどれだけ傷付こうと。
 彼女は呻きながら耐える。
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