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107話〜秘密の休息〜

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「……ただいま」

 タケリビ山にセーラを捨てた俺はそのまま真っ直ぐ家に帰って来ていた。
 時間帯は既に深夜。
 月が空のてっぺんを過ぎた頃、俺は家に着いた。

 フーもルフも眠っている。
 ウルも、家に入るとお気に入りの所に行ってサッサと寝てしまった。

 当然皆寝ているから出迎えは無い。

「……疲れたな」

 ソファーに身を沈めて少し休む。

 やっと終わった。
 やっと終わらせた。
 やっと終われた。

 疲れた。
 本当に疲れた。

 そう思いながらソファーに背中を預ける。

 眠い。
 目が冴える。

 疲れた。
 力が漲る。

 何かがおかしい。
 いや正常だ。

 魔族の血を受け入れてからこんな感じだ。
 セーラに雷を落としている時も、魔力が切れたと思ったら満タンになっている。

 人として見るなら、明らかな異常が起きているのだ。

「……魔族としては普通なのかな」

 セーラは即時回復効果を持っていた。
 なら俺の魔族としての力は魔力の即時回復なのだろうかと思ってしまう。

 その魔力による超常的な回復速度。
 いや、仮にそうだとしても全てが早過ぎる。

 それとも、俺のスキルが何か変わったのだろうか。
 もしそうなら何が変わったのだろうかと思い、自己スキルチェックをしてみた。
 結果、見慣れないスキルが一つだけあった。
 魔力生成・流。
 魔力補給の上位スキルである魔力生成スキル。
 魔力生成はその名の通り魔力を得られるスキル。
 魔力生成・炎なら炎の力を借りる事で魔力を生成する。
 俺が持っていた魔力補給・風なら風が吹けば魔力を作れたし、ロウエンが持つ魔力生成・熱ならば熱があれば魔力を作れるのだ。

 が、この魔力生成・流は聞いた覚えがない。
 いったいどんな力なのだろうかと思っていると……

 ガチャ……

 とそっとドアが開く音がした。

「……あ、ハヤテ」
「エンシ……眠れないの?」
「はい……まぁ、少し」

 やって来たのはエンシだった。

「ハヤテも眠れないのですか?」
「うーん……眠れない、とは少し違うかな」
「そうですか。あ、何か入れましょうか」
「あ、良いよ別に」
「せっかくですから」
「……じゃあ、お願いしようかな」
「はい。少し待っていて下さいね」

 そのまま何か作り始めるエンシ。
 しばらくしてやって来た彼女はカップを二つ持っていた。

「……これは?」
「ミルクココアです」
「ミルクココア?」

 村育ちの俺には聞き慣れない名前。
 エンシさんから渡されたカップを見ると中には茶色い飲み物が入っている。

「はい。幼い頃、眠れない私のために父がよく作ってくれたのです。熱いのでお気を付けて」
「お、おう……ありがとう」

 カップを受け取り、ミルクココアを飲む。
 甘さの中にほのかな苦味。
 優しい味がして、とても落ち着く飲み物だ。

「……美味しい」
「それは良かったです」

 ミルクココアを飲みながら、隣に座ったエンシの肩に寄りかかる。 

「やっと……」
「はい?」
「やっとセーラを終わらせたよ……」
「そう」
「何度も逃げられたけど……やっと」
「……」
「やっと、終われたんだ……」
「うん、頑張ったね」

 そう言うとエンシはカップをテーブルに置き、俺を抱きしめる。

「……辛かったですよね。頑張りましたね。偉いです……ハヤテは、強いです」

 抱きしめたままそう言ってくれた。

 それがとても嬉しくって。

 とても痛くて。

 とても辛くって。

「……あ、あれ。ハヤテ?」
「……ご、ごめんなさい……疲れているみたいで……ちょっと」
「……大丈夫だよ」

 エンシの腕に少し力が込められる。

 凄く、落ち着く。

 忘れていた。

 小さい頃に求めていた温もり。

 俺には与えられなかった温もり。

「……ぁっ」

 気付けばエンシを抱きしめていた。

 逃したくない温もりだったから。

 アニキには与えられていた温もり。

 自分では想像する事しかできなかった温もり。

 母親という、年上の女性から与えられる温もりだった。

「ハ、ハヤテ?」
「……っ」

 アニキには与えられていた温もりを実感し、彼女を抱きしめる腕に力が入ってしまう。

「……離れないで」
「え?」
「……」
「……大丈夫ですよ。私は、ずっといますから」

 そう言って俺はエンシを抱きしめる。

 それが本当に望んでいた物ではない事は十分理解しているつもりだった。

 それでも今の俺にとっては、彼女から与えられる温もりが本物だった。

 今まで頑張って来たんだ。
 だから今だけは、少しだけ甘えても良いよね……





「ん~……」

 ハヤテがエンシに温もりを求めている頃、ロウエンはウインドウッドの外れにある草原に来ていた。

「……出て来いよ。来てんだろ?」

 誰に話しかける訳でもなく、それでいて全方向に言葉を向ける。

 すると先程まで誰もいなかったのに、突如彼をを囲むように数人が姿を表す。

「おうおうセッカクにキガン、ライエンにスイコまでいるじゃねぇか」
「兄さん……」
「やめなさいスイコ。彼は裏切り者です」
「そうだよスイコ姉さん。アイツは、一族の長を継ぐために父上からカイナという継名つぐなまでもらったのに……家族を捨てた裏切り者!!」
「……リカエン兄さん。戻ってくる気は無いんですか?」
「おいおいライエン。リカエンなんて随分と懐かしい名前じゃないか……一瞬反応できなかったぜ」

 いつも通りおどけて返すロウエンを囲むのは彼の姉弟達だ。
 白い髪のセッカク。
 幼さの残るキガン。
 おっとりとした顔のスイコ。
 逆立った金髪のライエン。
 その中央に立つのはロウエンことカイナ。
 いや……

「リカエン。我等一族に戻れ」
「……おいおい、お前まで来たのかよ」
「貴様の双子の姉であるセッカクが刃を納めている今が期限だぞ」
「そんな事言われて、はいそうしますって言う俺だとでも?」
「……困った兄上だ」
「学ばねぇ弟だな……」

 彼の誠の名を呼びながら現れる青年。
 黒い髪に浅黒い肌。
 ただし、右頬から喉元にかけて大きな傷痕が走っている。

「戻れ、リカエン」
「断るよ。今の俺は、今の環境を気に入ってんだ……戻る気はさらさら」
「……なら、悪いがここで」
「……俺とやる気か?」
「無論だ……」
「今ならまだ間に合うけれどどうする? この前戦って私と互角じゃ、この人数差は」
「ククッ、おいおい勘違いすんなよセッカク。まさかあの時の俺が、本気だったとでも言う気か?」

 初めは笑っていたが、言葉が終わる頃に彼の笑みは消えていた。

「……なぁ、カクロウ。お前、やる気って事は分かってんだよな?」
「……はぁ、この人数で来て正解だったようだね」
「逆だよ逆。俺をどうこうしたかったらな、ロウヒョウを連れて来い。じゃねぇと……」

 直後、ロウエンを囲む全員が得物へと手をかける。

「……テメェラ全員あの世行きだぞ」

 刀と太刀を抜きながらそう言うロウエン。
 その赤い目には、青い輪が浮かんでいた。

「そら、命懸けの兄弟喧嘩と洒落込もうぜ」

 ハヤテ達が知らない所で、ロウエンが力を解放した。
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