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105話〜悪因悪果は止まらない〜

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「さぁ、まずは誰から潰してあげようかしら!!」

 魔族から魔物へと変貌したセーラ。
 スライムと一体化し、巨大化したセーラ。
 そのあまりの姿に、俺達の他に中庭に駆けつけた騎士や術師は顔を背け、人によっては吐いたりしている。

「おいおいハヤテ、どう仕留める」
「ロウエンこそ、何か案は無いのか?」
「俺としては切り刻むぐらいしかねぇな」
「なら、そうするしかないだろ!!」

 セーラへと突撃する俺達。
 背後からはユミナとミナモに加えてフーが援護する。

「お前等如きが!!」

 フーのアシッドブレスがセーラの皮膚を焼く。

「止められると思ったか!!」

 だがその皮膚は瞬く間に再生した。
 それだけではない。

「ハアァァァッ!!」
「ゼヤアァァァッ!!」

 俺達がセーラの体をどれだけ傷付けても、即座に回復されてしまう。
 切り付けても、切り落としても、次の瞬間には再生しているのだ。

「こりゃ……取り込んだスライムの効果か?」

 ロウエンが呟くが、おそらく当たりだろう。

「もう、終わりかな? じゃあ……」

 メジュメジュと音を立てて、再生した右腕を蠢かすセーラ。
 その腕は人の腕から形を変え、カニのようにハサミ状の腕へと変貌していく。

「……おいおい、こんな相手したのいつぶりだよ」
「……ユミナとミナモはウルとルフに乗って援護を」
「分かった!!」
「分かったわ!!」
「フーはエラスを乗せろ!!」

 接近戦を苦手とする二人を機動力のあるウル達に、エラスをフーに乗せて距離を取らせる。

「あのスライムの部分をどうにかしねぇと再生能力は消えんだろう……まずはそこからだな」
「その手段は?」
「あの女もろとも焼き尽くす」
「……できるのか?」
「あぁ。できるできないで言えばできる。が」
「が……なんだよ」
「それは使えない」
「は? なんでだ……っと!!」

 会話を妨げるように打ち下ろされた尾を躱すが、その尾の側面から細い触手が無数に生え、俺達を追う。

「ちっ……芸の細かい化け物だな!!」
「そらそら逃げろ逃げろ……でないと捕まえちゃうよ!!」

 迫る触手を刀で切り飛ばすロウエン。
 その様子から触手自体の耐久性はそこまで高くない様だ。

「風刃!! 水刃!!」

 俺も聖装を振るい、風の刃と水の刃を飛ばして触手を迎え撃つ。

「行きます……カガリさん、マリカさん。援護を頼みます!!」
「はい」
「分かりました……」
「ハハッ!! 男を知らぬ娘と堕とされた魔族!! 更にはハヤテにご執心のバカ騎士で、私を倒せると思ってんのかァァァ!!」

 セーラへと突き進むエンシ、カガリ、マリカ目掛け、角から紫電が放たれる。

「倒せると思わなければ!!」
「エンシさんの言葉に乗りはしません!!」

 その紫電をカガリは爪で、マリカは剣で弾いてエンシの道を切り開く。

「ハヤテと貴女の因縁……私が断つ!!」

 振り下ろされた右腕を跳んで躱したエンシはもう一度右腕を踏み付けて跳び上がる。

「生意気言ってんじゃ……」
「水よ唸れ!! 氷よ星の光をここに!!」
「ア? ……ま、待て待て待て!!」

 エンシが構える槍の刃に三叉の氷刃が纏わされる。

「我が氷刃は深淵を捉え抉る!!」
「待てっつってんだろぉぉぉぉぉぉっ!!」
「穿つ!! 深淵穿ちの三叉槍トリナイア・スティングアビス!!」

 セーラの胸の中心に突き立てられる氷刃。
 それはセーラの上半身を瞬く間に凍りつかせていき……

「成敗!!」

 槍が引き抜かれると同時に、その上半身は粉々に砕け散った。

「よし!!」
「後はあのスライムをどうにかすれば!!」
「流石はエンシ様!!」

 その光景を見て周囲の騎士達から歓声が上がる。
 が……

「待て、何か様子がおかしい……下がれエンシ!!」
「えっ? ……カヒュッ!?」

 ロウエンの言葉に反応する前に、エンシの足が地面から離れた。

「ッ、ククク……だぁから、待てって言ったのにねぇ!!」

 耳障りな声と共に、そいつはいた。
 エンシによって砕かれたはずのその身は既に左腕以外が再生していた。

「っ、くっ……な、何故……」
「あぁ~。言ってなかったねぇ……この子はね、侵入した相手と文字通り一つになる特性があるの。そのおかげで、私は吹き飛ばされても再生できた」
「っぐ……」

 右腕のハサミでエンシの首を捕らえ、高々と持ち上げるセーラ。

「でも私は確かに、貴女を」
「あ? あぁ~それね。アンタは私の心臓も全て砕いたのにって言いたいんでしょ? でもね、それは簡単に対処できるのよ……良い? あんなの一個しか無いから弱点になるの。なら、何個も作っちゃえば良いじゃない!! アァ~ッヒャハハハハハハッ!!」

 その言葉を聞いて俺達は驚愕のあまり動けなかった。
 心臓が何個もある? 
 急所が何個もある? 
 だとするならロウエンが言った通り、セーラごと焼き尽くすしか無い。
 だがその手段は此処では使えない。
 王城の中でそれだけの火力を使うのは非常に危険だ。

「っ……」
「おっと動くなよ~? 動いたら」
「ッ!?」

 エンシの鼻先に自ら顔を近付けるエンシ。

「この女の体、私と同じようにしちゃうからねぇ~?」

 それを聞いて、俺達が動ける訳無かった。



 その後、俺達は一方的に嬲られた。

 俺達男性陣はその太い尾で叩きのめされた。
 女性陣は尾で吹き飛ばされた際にウル達の背に乗ったユミナ達が受け止め、その後距離をとったおかげで魔手から逃れられている。

「ちっ……おら来いよクソ女ども!! じゃねぇとお前達のだ~い好きなハヤテがもっと痛め付けられちゃうよ~?」
「あぐっ……」

 それに業をにやしたセーラは左腕を蛇の尾のように変形させ、俺の首に巻き付かせて吊し上げた。

「両手に花ならぬ、両手に人質ね」

 反抗的な目を向ける騎士達がいれば、俺達を見せ付けてその動きを抑える。
 それを見てニンマリとした笑みを見せるセーラ。

「ほらほら来い来~い。早く来ないと~」

 メキッ、ミシッ……ミシミシッ……」

「ッグ!? ……ガッ!!」
「愛しのハヤテ君の首が潰れちゃうよ~?」
「っ……卑怯、なぁっ!?」
「うるせぇなぁ……女騎士はだ~まってろよ」
「うぐぁぁぁぁっ!?」
「ぐうぅぁぅっ!!」
「ほらほらサッサとこっち来いよ!!」

 目を見開いて叫ぶセーラ。
 だが、俺はまだ諦めていない。
 いや俺だけじゃ無い。
 その場にいる全員がまだ諦めていない。

 その証拠に倒れたままのロウエンとアニキは爪先を地面に突き立てるように当てており、いつでも動けるように待機している。

 ユミナも矢筒に手を伸ばしており、マリカも鞘に納めた剣をいつでも抜けるように構えている。

 問題はその後だ。
 俺達が解放されてから、セーラを倒し切るだけの火力を果たして用意できるだろうか。
 今のままでは否だろう。

 だが、策が無い訳では無い。
 が、それは非常に危険な賭けでもあった。

 前が聞いた事を思い出す。
 俺の中で起き始めている変化。
 それを、俺にしかできない方法で終わらせればもしかしたら。

 だがそれはおそらく、この身に対してとてつもない負担を強いる行為。
 例えるなら、ゆっくり時間をかけて子どもから大人になる所を、いきなり大人に変えるような物だ。
 反動は多分、俺が経験した中で一番になるだろう。
 だが、それで皆が救えるならと腹を決める。

 幸いな事に、俺の勇者・陰は俺の望む通りに理を変える事ができる。
 ならば俺の中で起きる変化を完了させる事は、理論的には可能なのだ。

(……行くぞ!! )

 俺はその力を使った。
 変化が起きていたのは俺の勇者・風の力。
 それがどうやら、外部から入った魔族の血と結び付き、新たな力を生み出そうとしていたのだ。

 その新たな力が生み出されるまでの時間をゼロにした。
 いや、厳密にはゼロでは無い。
 ゼロと思える程に、成長の時間を圧縮したのだ。

「アッ……グアァァァァァァッ!!」
「あれ? あたし何かしたっけ? ……まぁ良いか」

 結果、俺の体を激痛が走る。
 それこそ、爪先から髪の毛一本一本の先まで。

 俺ができたのはあくまで変化の完了。
 完了するまでの時間を無くす事はできないのだ。
 生まれた赤子が一瞬で大人になったとしても、その一瞬の間に確かに成長する時間はある。
 そしてその一瞬の間に、成長の過程で生じる成長痛が凝縮されていると言えば分かりやすいだろうか。

 俺も、それを今感じているのだ。
 痛みに続いて体の内側が熱い。
 目が眩む。
 気を失いかけても痛みで目が覚める。

 メキメキッと音を立てて何かが俺の中に入って来る気がした。
 これを乗り越えなければおそらく、変化は完了しない。
 そして直感だが、この入ってくる何かは多分魔族の血。
 ミナモを通して俺の中に入った、魔族の血だ。

 それが今、俺と一つになろうとしている。
 本来なら長い時間をかけて、ゆっくりと馴染むはずだった血。
 その血によって生じた変化。
 その変化が進むと共にゆっくりと俺と一つになるはずだった血は今、俺の願いを受けて強引に、短時間で一つになろうとしていた。

 その反動が俺を襲っているのだ。

 まるで俺の皮の中に、もう一人の俺が入ってくるような。
 そんな違和感、嫌悪感、窮屈感を新たに感じる。

 セーラに吊るされていなければ地面をのたうち回っていただろう。
 この点に関してはセーラに感謝だ。

 そして、変化は訪れる。
 ぼんやりと、頭の中にある光景が浮かび上がる。
 草原だ。草原が見える。
 ただ、普通の草原ではない。
 絶えず吹き荒れる風は暴風。
 降り注ぐのは横殴りの雨。
 そして空からは雷が落ちている。
 まさにその様は……

「っ!! ……き、たぁ!!」
「はぁ?」
「今だロウエン!! アニキ!!」
「この時を!!」
「待っていた!!」

 俺の言葉に二人は即座に反応。
 地を飛ぶように加速し、ロウエンは刀で、アニキはスキルと祝福で強化した手刀でセーラの腕を切り飛ばす。

「っと……遅くなって悪いな」
「いえ、私は平気です」
「大丈夫かハヤテ!!」
「アニキ……俺は平気だよ……」

 やっと自由になったエンシはロウエンに抱き抱えられ、俺もアニキに支えられながら地面に戻る。

「アァァァァァッ!? わ、私の腕がぁ……なぁ~んてなぁ!!」

 ただ、両腕を切り飛ばされたはずのセーラは、その腕を既に再生させ終えている。

「動くなって言ったのに……言う事を聞かないなんて悪い子だねぇ……」

 ニシリニシリと笑いながら右腕を空高く掲げるセーラ。

「そんな悪い子には……お仕置きしてあげようねぇ!!」

 それを俺達目掛けて振り下ろすが

 ガカァァァンッ……

「ンビュゥッ!?」

 突然の落雷がセーラの身を焦がす。
 青白い雷が次々と落ちてセーラの身を焦がす。

「おっ……おぉ……あはぁ……」

 プスプスと煙を立てながら、焦げたその身を再生させるセーラ。

「なんだ今のは……」
「空は晴れていたぞ……」

 中庭の周囲の騎士達が口々に言う。
 確かに今は晴れており、雷が落ちてくるなんて思えない。
 そう思っているのだ。

 が、俺の周囲は違う。

「……ハ、ハヤテ……お前」
「まさか……お前」
「ハヤテ……」

 パチパチッと空気の爆ぜる音を立てながら立つ俺を、ロウエン達は驚いた目で見ている。
 そして

「ハ、ハヤテ……なんだ、なんだその目ハァ!!」

 セーラが叫ぶ。
 目を見開いて、俺を見て叫ぶ。

「そんな目で、私を見るな!! お前は!! お前はぁ!!」

 唾を飛ばしながら叫び、触手を伸ばすセーラ。
 だがその触手は、俺の足元から現れた雷撃によって粉微塵に散らされる。

「な、なんだその力!! 何なんだその力は!!」

 狼狽えるセーラをよそに俺は確信する。

「あぁ、これならお前を倒せる……」

 そして最後にこう呟いた。

「無理をした甲斐があったよ……」
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