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93話〜次の行方〜

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「ひぃ~、濡れた濡れた」

 外でウルとルフの体を洗い、体を拭いて家に戻る。
 体を拭いている最中にウルが体を振ったせいでびしょ濡れになったりしたが、楽しいので良しだ。

 そんな俺達を出迎えたのは……

「やっほ~。やっと来れたよ」
「……貴女は」
「……知り合いか? ハヤテ」

 家の中でそれぞれ得物を手にし、所々赤く染まった服を着た女性を囲む群狼のメンバーと、笑顔で俺に手を振る女性だった。

「と、とりあえず皆。武器を納めてくれ」
「だけど……」
「良いのですか?」
「あぁ。彼女は多分、今は俺達の敵じゃないから」
「……そう言うなら、まぁ」
「仕方ない、か」

 皆、納得できない表情ではあるが得物を納めてくれた。

「で、こいつは誰なんだ?」
「あぁ、この人は」
「挨拶が遅れたね。私の名前はナサリア。ハヤテのご先祖さまであり恋人であったグリフィルに封印された勇者だよ」
「何!?」
「そして、君の母親にお告げを与えた天使様にして、君に勇者の力を与えた者だよ」

 ニコリと微笑みながら衝撃の事実を伝えるナサリア。

「おいちょっと待て。お告げをした天使? どう見たって人間……力を与えるって……それに封印ってどう言う事だ」
「あぁ、それはねカイナ。話すと長くなるんだけどねぇ……簡単に言うと、寝取られた恋人に封印された私は、彼の子孫であるハヤテに自分の勇者の力を分け与えたって訳!! これで良いかな?」
「うん。とりあえず情報が多いから整理したいな……ハヤテ、説明しろ」
「い、いや……俺も面と向かって会うのは初めてで」
「はっきりしないな……」
「いや、うーん……翼が出る時に何度かこう、会った?」
「何で疑問系なんだよ。まぁ良い……とりあえず知り合いなんだな?」
「あ、あぁ」
「そうだよ~。生まれた日から立った日、おねしょして隠した日もぜーんぶ、見守っていたよ~?」
「嘘だろ!?」
「ふふん」
「いやお前なぁ……本人前にして言う事じゃ、あぁもうハヤテほらしっかりしろ。おねしょくらい誰だってするから!!」
「ヤメロォ!?」
「す、すまん……とりあえずユミナ。こいつ任せた」
「うぅ……」
「うわ、傷抉って放置かよ……」
「ガル」
「わう……」
「すまん……」

 ユミナに寄り添ってもらい、何とかメンタルを立て直す。
 小さい頃の事とはいえ、他人におねしょを見られたのはかなり恥ずかしい。



「それで、何の用だ」
「うん? まぁまぁ皆さん落ち着いてくださいよ……そんな露骨に殺気を出されますと、昂ってしまいますよ」
「……やりにくいな」

 とりあえず椅子に座り、ナサリアの目的を聞こうとするのだが、群狼全員の警戒心が凄い。

「皆……少し落ち着けって」
「そうそう。警戒するのは大事だけど、し過ぎは逆効果だよ~?」
「……ちっ、やりにくいな。それで、何の用でここに来た」
「泥棒退治に来た」
「泥棒? ……俺達の誰が何を盗んだってんだ」
「……それはソイツだよ。そこの、クズ」
「……俺?」

 ナサリアが指をさし、クズと呼んだのはアニキだった。

「アニキ、何盗んだんだよ」
「ったく……今度は盗みかよ」
「濡れ衣だ!! 俺は盗みなんか」
「したじゃないか。私がハヤテにあげた力を盗んだじゃないか」
「……え?」
「君の持つ勇者・陽の力。それは私がハヤテに与えた勇者の力の一端だ。この泥棒め」
「いやそれ不可抗力だろ!?」
「そんな事知らないね。お腹の中にいた君が悪い」
「はぁ!?」
「という訳で、彼から奪った力を返すんだ」
「ちょちょちょっと待てよ!!」
「その過程で君は死ぬけれど、ハヤテを傷付けた君に生きる資格も価値も無い。潔く死ね」
「えぇぇぇっ!?」
「ちょっと待ってくれ」

 流石にそれを見逃す訳にはいかない。
 そう思い口を開くとナサリアはその動きを止めた。

「何か問題でもあるの?」

 俺を見ながら首を傾げるナサリア。
 多分、兄弟だから見逃してくれは通用しない。
 だから俺は、普通ならば言わない理由を言う事にする。

「問題はある……アニキを、アニキを殺して良いのは」

 その時だった。

「俺を殺して良いのはハヤテだけだ!!」

 アニキの驚きの発言だった。
 その発言には流石にロウエンも驚いており、言葉を失っている。
 そんな事お構いなしにアニキは続ける。

「確かに俺はハヤテを傷付けた……ガーディアナで戦って、どれだけ苦しんでいたかも知った。見えていなかったものが見えた気がしたよ。それと同時に俺がするべき事も分かった気がしたんだ……」
「ふぅん? それって何?」
「……償いだ」
「償い?」
「そうだ……それが終わるまで俺は死ねない。俺なりの償いが終わった時、ハヤテが満足していなかったら俺はその時この命を差し出そう」
「……へぇ?」
「おいアニキ!?」
「これは俺なりのケジメだ」
「俺はそこまで望んじゃ……」
「まぁ、それなら良いかなぁ……じゃあハヤテが満足しなかったら、その勇者の力は命の火を消して返してもらう。彼が満足したら命だけは助けてあげるよ」
「……方法があるのなら命を奪わない方でやってくれよ」
「それは……ちょっと嫌かなぁ」
「どうしてだよ!!」

 俺の時にナサリアはコップから水をこぼすように呟く。

「……だって、グリフィルに似ていないんだもん」
「そんな理由で!?」
「そんな理由? 私にとっては大事な理由だよ。とても重要。グリフィルの綺麗な緑の髪と似ても似つかない金髪。風に愛された彼と違い、風に乗る事すらできない。でもハヤテは違う。美しい緑の髪に風から魔力を編める才能。まさに、グリフィルの生まれ変わりだよ」

 うっとりとした目で俺を見ながら話すナサリア。

「成程……昔の男の姿を重ねているって訳か」
「そうなるね。でも良いでしょ? それぐらい……」
「否定はせんよ……」
「……あぁ、ハヤテの女達は心配しないでおくれ? 私は確かに彼を愛している。君達以上に愛している。けれど安心しておくれ。私の愛は、恋人に向ける物というよりは子に向ける物だから。だから、君達が彼の子を産んだら大切に愛する事をここに約束しよう」

 ユミナ達を見回しながら笑顔でそう言うナサリア。

 ここに来て俺はやっと理解した。
 今まで彼女と会った時は怒りに支配されていたせいで気付けなかったが、今はっきり気付いた。

 彼女は壊れている。
 そして彼女自身、それに気付いている。
 気付いていながらそれを肯定して進んでいるのだ。
 何故。
 簡単だ。
 彼女が愛した男が愛した自分だから否定しない。

 彼女はおそらく、その時の彼が好き過ぎるあまりにその行いの全てを受け入れたのだろう。
 だから封じられたにも関わらず恨み言を言わない。

「さて、私はそろそろ行こうかな」
「おや、愛しのハヤテの側にいないのか?」
「うん? まぁね……まだ全快からは程遠いから力を蓄えにね。それに、私にもまだやる事があるんだよ。だからしばらくはまたお別れかな……寂しいけれど、またね」

 そう言ってナサリアは水に砂糖が溶けるようにスッと姿を消し、去った。

「……嵐みたいだったな」
「あぁ。疲れた」
「にしてもやるじゃないかぁ。ケジメなんて初めて会った時からは想像できない言葉だぜ」
「うっ、まぁ……な」
「成長した……な。でも、嘘でもそういう事は言うな。仮に本当にケジメと思っていても、本人の前で言う事じゃない。良いな?」
「……それは、すまん」
「分かれば良い。今はもうお前も仲間だ。消えて良い命ではないんだ」
「……ありがとう」
「よし、分かったら今日の分の薪割り行ってこい」
「おう!! ……ん? いや今日の当番はロウエンだろ!?」
「ちっ、気付いたか……まぁそれは置いといて」
「え……」

 アニキの言葉を無視してソファーに座るロウエン。

「ハヤテ、勇者について知りたくはないか?」
「……えっ、何か知っているのか?」
「うーん、俺もわりかし長生きしているからな。ある程度は知っているが、専門家程では無い」
「そうか……」
「だが、専門家のあてが無いわけではない」
「本当か!?」
「あぁ。マインスチル王国って国は知っているか?」
「え、あぁ一応地図で見た程度だけど……そこにいるのか?」
「いや。そこから北に進んだ所に、リヒティンポス神国という国があってな」
「リヒティンポス神国?」
「あぁ。俺も詳しい事は知らないが、神族の末裔が住んでいる国らしい」
「神族の末裔って、エルフとか聖霊とかか?」
「多分な。もしかしたら本当に神の血を引く者が暮らしていたりしてな」

 ニヤリと、素敵な笑みを浮かべながら話すロウエン。

「神の血を引く者……もし本当なら会ってみたいな」
「行くか?」
「……皆はどうだ? 行ってみるか?」
「リーダーはハヤテなんだから、ハヤテが行く所に私達は着いて行くよ」
「ってユミナは言っているが、皆はどうだ?」

 群狼のメンバーを見渡しながらそう問いかけると、皆無言で頷いてくれた。

「よし、じゃあ行こう。リヒティンポスに」
「そうと決まれば旅支度だ。距離が少しあるからな。しっかり支度しておけよ?」
「出発はいつにする?」
「なるべく早い方が良いだろう……明後日はどうだ?」
「明後日か。それなら大丈夫だろ」
「よし、じゃあ明後日な」

 ロウエンのその一言で解散し、それぞれ支度に取り掛かる俺達。

 神族の末裔が暮らすリヒティンポスにいったい何が待っているのか、俺は今から楽しみで仕方がなかった。










「ふむ……理論上は可能だな」

 魔王城の書庫で数多の本に囲まれつつ、一冊の本を眺めながら物思いに耽るエンジ。
 その本の題名は掠れた古代文字のため、読む事はできない。

 が、内容は理解していた。

(俺が仕留め損ねたアイツは既に勇者・光になっていた……この本の通りなら原初の勇者はまず勇者・光と勇者・闇に分かれ、そこから数多の力へと枝分かれしていった。つまり、逆もまたできるやもしれん)

 本をパタリと閉じ、棚に戻す。

(俺が持つ力も結局はそこから枝分かれした物。ならば、集めた力を受け入れる器になる事も可能か……その為の技、技術をアイツは持っている)

 エンジが思い浮かべるアイツとは……





(合わせる分たれた力は一つに戻すべきだ。そしてその力は争いに対しての強大な抑止力へと変わる)

 旅支度をしつつロウエンは考える。

 原初の勇者から別たれ、そこから更に増えた力。
 ナサリアの口ぶりからすると、その分かれた力を元の一つに合わせる事はやはり可能なようだ。

 ならばするべきだと彼は思う。
 元あった形に戻すべきだと彼は思う。

 娘とは再会できたが、愛した妻はもう会えない。
 そんな事を繰り返さない為に。
 今の仲間にそんな思いをさせないために。

(器にするのはハヤテかカラトが最適だとは思うが、一応俺にも勇者の血は流れているし……行けるだろうか)

 ただ、それを決行する前に彼等に承諾は取るとしよう。
 と、そこまで考えて彼はふと笑った。

(……どうやら、だいぶ丸くなったようだな。俺も……少し前の俺なら否応無く一つにしていただろうに)

 そう思いながら天井を見上げながら彼は思う。

(しっかりしろよ……俺)

 はぁ、とため息を吐きながら彼は悩むのだった。
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