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91話〜シキメグリ〜

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 ハヤテ達が久しぶりにのんびりと過ごしている頃、帝国の東にハクガネ皇国という国がある。
 距離にして馬車で三日程行った所にあるその国はシラハ・ハクガネ皇王が治めている国だ。

 そこにある冒険者育成学校。
 そこには将来冒険者を目指す少年少女、更には第二の人生として冒険者を目指す大人達が通っている。

 そして、そこに俺も通っていた。



「ほーらシキ!! 早く早く!!」
「分かってるってハルカ。そんなに走ると転ぶぞ?」

 黒い学生服を着た俺の先を走るのは幼馴染のハルカ。
 薄ピンク色の髪は陽の光を浴びてキラキラと輝いているようだ。
 血色の良い肌に桃色の双眸。
 確実に美少女と呼ばれる類の子だ。

「おーはーよー」

 次に声をかけて来たのはミナツキ。
 活発そうな笑顔。
 ニカッと開かれた笑みには八重歯が生える。
 日に焼けた肌、橙色の髪は頭の後ろで一つに纏めている。
 ガサツではあるが、よく相談に乗ってもらっている。
 幼馴染の一人だ。

「シキ~、おはよ~」

 次に俺に声をかけて来たのは少年とも少女とも判別できない、まさに中性の子だ。
 名前はアキトと言い、この子も幼馴染だ。
 この子はとある魔族の血を引いているせいで性別がまだ固定されていない。
 以前書物で見た、初代ハクガネ皇王の故郷である極東の地で見られる紅葉を思わせる鮮やかな赤い髪にこれまた美しい黄色いまなこ
 性別が女になれば男から、男になれば女からの人気は爆発するだろう。

 そして最後に

「おう、おはようなシキ」

 背後から俺の肩に腕を回し髪をワシャワシャする青年。
 彼の名はトウカクと言い、血が通って無いのではないかと思わせる程の白い肌に、これまた白い髪。
 そして、薄水色の眼をしている。
 ちなみに彼はアキトの兄でもある。
 彼も幼い頃は性別が定まっていなかったそうだか、俺と出会う頃には男になっていた。

 そんな幼馴染達と共に学校に向かう。
 今日はなんと卒業の日。
 今日俺達は冒険者育成学校を卒業し、冒険者としての一歩を踏み出すんだ。

 俺には明るい未来が待っているんだと、期待に胸を膨らませながら俺は校門をくぐった。





「担任として、私は本当に嬉しいです!!」

 グスグスエッグエグと、担任であるエルフの男性が俺達の前で泣きながら話している。
 その姿を見ながら俺はここでの思い出を思い返す。
 皆と協力して優勝を勝ち取った対抗戦や、移籍を巡って歴史を学んだり。
 そんな事を思い返す俺に向けられる視線。
 それは、ついこの前まで恋人だった者の物だった。

 その視線を無視しながら俺はその日の事を思い出す。
 それは二週間程前の事。
 友人であり獣人族のベクマと、彼の恋人でありエルフのミンティーがこう言って来たのだ。

「お前の恋人のホノカが知らない男と腕を組んで歩いていたと」

 それを聞いた時、俺はそれを信じなかった。
 何かの見間違えだと思った。
 でも、ミンティーが見せてきた水晶を見て事実だと分かった。
 その水晶には、その瞬間を静止画として記録する機能があったのだ。
 そしてそこには確かにホノカが知らない男性と腕を組みながら街を歩き、店に入っていく姿が写し出されていた。
 その姿はさながら、デートをしている最中に見えた。

 それから俺はその水晶を借り、トウカクの所に相談に行った。
 彼も初めは驚いていたが、借りた水晶を見てからは態度を改め、しばらく俺に預けてくれとまで行って来た。
 その時の彼の目は怒りで釣り上がっており、赤ん坊が見たら多分泣いていたと思う。

 それから彼が行ったのはいわゆる、調査だった。
 友人のエルフや妖精、天狗と共にホノカとその相手について調べ上げたのだ。

「結論から言うが、新しい恋を探すんだな」

 つまり、ホノカを取られたのだ。

「ただ、やられっぱなしってのも面白くないだろ? ほれ」
「……これは?」
「これをホノカの親に見せてやれ。そうすれば多少はスッキリするだろ。どうせお前は冒険者としてこの国を出るんだろ? なら問題は無い」
「……これは、俺が見て平気なものか?」
「やめた方が良いものだ」
「そっか……ありがと」

 俺の礼に笑顔で返すトウカク。
 実は俺からホノカを奪った相手は、トウカクの父親の幼馴染の息子。
 なんとトウカクはそいつにストレートに聞いたのだ。

「彼女できたのか?」

 と。
 そしたら相手はニヤニヤ笑いながら、その時の事を録画した水晶を見せてくれたのだそうだ。
 それをトウカクは別の水晶に転写コピーさせてもらい、それを俺に渡したのだ。

 俺の為にそこまでしてくれたのだ。
 受け取った水晶は今、俺の手元には無い。
 両親にはホノカの事を既に伝えてあり、卒業と同時に俺はこの国を出ると言ってあるので問題は無い。
 その際に一人でいるのかと聞かれたが、既にパーティーメンバーは決めてあるし、相手も承認済みなので問題は無い。

 ではその水晶は今どこにあるのか。
 ホノカの家に送った。
 アイツの家は厳しいので、今頃大変な事になっているだろう。
 トウカクが言うには、相手の両親も厳しい人らしいのでどうなるか楽しみだ。

 そんな事を思い、ニヤつくのを堪えながら先生の話を聞く。
 俺にだって感情はある。
 やられたままでは面白くない。
 アイツがどんな目に遭うか、楽しみだ。

 そうこうしている内に話か終わり、生徒に卒業の証であるバッジが配られる。

 そして最後にここを去る前にする事がある。
 パーティー申請書を提出するのだ。
 提出した申請書は集会所から出張して来てくれているギルドの職員が処理してくれる。
 そのおかげで卒業と同時にパーティーを作り、旅立つ事ができるのだ。
 この制度、結構ありがたい。

 こうして俺は、パーティーを組むメンバーと共に申請書をササッと書き、ササッと提出して旅立つ。
 まず目指すのは隣のウィザルド帝国。
 クラング王国の東に位置する国家で、ハクガネ皇国とも長い付き合いの国だ。
 そしてそこは魔術についての研究が盛んで、携行できる魔道具の開発が進んでいる。
 その魔道具をパーティーメンバーの一人が是非欲しいと言うので、まずはそこに向かう。

「……さて、そんじゃ行くか」

 俺はパーティーのメンバーを見渡してそう言う。
 全員頷いたのを確認してウィザルド帝国を目指す俺達。
 俺達のパーティーの名はシキシーズン。
 俺とハルカとミカツキと、アキトとトウカクで作ったパーティーだ。





 シキが新たな仲間と共にウィザルド帝国に向かって歩き出した頃、彼女は俯いて学校を後にしていた。

 彼女の名前はホノカ。
 腰まである栗色の髪。
 パッチリした目にメリハリのあるスタイル、女性にしては高い身長。
 可愛いより美人顔の女性で、この学校では騎士科に在籍していた。
 彼女こそシキの恋人だった女性で、置いていかれた女性だ。

「どこに行っちゃったんだろう……」

 トボトボと家路に着くホノカ。
 彼女が落ち込んでいるのには理由がある。
 恋人であるシキが見付からず、パーティーの申請書が出せなかったのだ。

 彼女はとある理由からここ数週間、シキと過ごす時間が減っていた。
 それまでは歳相応のカップルとして過ごしていたのだが、そんな彼女の前に彼が現れた。
 それは彼女とシキと同郷の歳上の青年だった。

 彼は同郷という事もあり、二人が交際している事を知っていた。
 そして彼は人生の先輩だからと言って相談に乗るなどしていた。
 そして、ホノカがある程度信頼した時に彼はこう言ったのだ。

「うん。じゃあ俺とデートとかの練習してみようぜ。いざ本番って時にグダッたらシキくんもガッカリするだろうしさ」

 そう言って彼は半ば強引にホノカの練習相手となった。
 もちろん、下心を隠して。

 そうして始まるデートの練習。
 食事をしたり買い物をしたりだった。
 が、それは徐々にエスカレートしていった。

「キスだって上手くないと幻滅されんじゃない?」

 デートスポットでの練習中にそう言われたのだ。
 初めはそれを渋ったのだが、彼は続けてこう言ったのだ。

「黙ってお前の胸の中にしまっておけばシキには初めてのキスになるだろ? なら問題ないって。な? な? な?」

 そう言われて彼女はその場の雰囲気にも流されてしまい、初めてのキスを捧げてしまったのだ。

 そこからはゴロゴロと転がる石のようにあっという間だった。
 断ろうとすればお前が黙っていればシキにとって初めてと変わらないと言われたのだ。
 それでも渋れば

「お前は愛するシキの為に努力しない気か?」

 そう言って彼女を説得。
 そして彼女もいつの間にかこう思うようになった。

 これは愛するシキのため。
 だから浮気じゃない。
 だから私が責められる事ではない。

 そう思い、自分を正当化したのだ。

 それを、そんな彼女の姿を。
 いつものように練習をする彼女の姿を、シキの友人で曲がった事を許せない獣人族と、その獣人族の恋人で汚れた事が嫌いなエルフに見られているとも知らずに。





「ただいま……」

 陽が傾き、空を緋色に染める頃。
 ホノカは家に着いた。
 家のドアを開け、明日からシキを探さないとと思っている彼女の目に飛び込んで来たのは

「ふ、ふぶぅ……」

 家の中央で正座させられ、ボコボコに殴られたのだろう。
 顔をパンパンに張らせ、片目に至っては内出血で青くなっている男性の姿だった。

「フ、フグリさん!?」
「ほう、コイツを知っているんだなぁ……ホノカァ……」

 男性に話しかけるホノカに、両手をボキボキ鳴らしながら出迎えるのはホノカの父親。
 クマと見間違える程のガタイ。
 ガッシリとした顎。
 丸太のように太い腕。
 そして額にはブっとい血管が浮かび上がっており、激怒中である事が見て取れる。

 そしてその父親の後ろにはシキの両親が座っている。

「え、えっと……」
「おい」
「はいっ!!」
「俺、言ったよな……付き合っている最中に他の人を好きになるのは構わんが、別れてからソイツと付き合えって、言ったよな!!」
「はいぃぃぃっ!!」

 父親の怒号に一瞬で正座するホノカ。

 彼女の父親は、交際相手がいる時に別の相手を好きになる事は認めているのだ。
 ただその新しい相手と付き合う前に、前から交際している相手とは別れろと口酸っぱく言っていたのだ。

 それをホノカは破った。
 それに父親は大激怒しているのだ。
 しかもその娘の交際相手は小さい頃から知っているシキ。
 家族ぐるみでの付き合いをしている相手を裏切った事に対してもキレているのだ。

「この度は、うちの愚息が本当に……」
「何と言ったら良いか……申し訳ありません」

 シキの両親に謝っているのはフグリの両親とホノカの母親だった。

「い、痛いデフ……」
「お前よりシキさんの心の方が痛め付けられてんだよ!!」
「このバカ息子が!! お前はもう何も喋るな!! ここドアホ!!」
「ビブッ!!」

 両親にはボコ殴りにされるフグリ。
 母親に至っては持って来たと思われる片手鍋でシバいている。

「で、でもこれはいったい……」
「これはいったいだど? よくそんな事が言えたな!!」
「こんな物送り付けられて……見てみたら……っ、あんたって子は!!」

 そう言ってホノカの母親が見せたのはとある水晶。
 そこに映し出されている映像を見て彼女は両手で口を覆った。

 だってそこに映し出されていたのは

『シキィ……愛してるよぉ~』

 髪を乱しながら己を映す水晶にそう言うホノカの姿。
 ただし、隣に寝るフグリに腕枕されながらだ。

「な、なんでこれが……まさか撮っていたの!? ねぇフグリ!!」
「そ、それは……」
「正直に言わんと、オカンの手でオマンを女にするよ!!」
「ひ、ひいぃぃっ!! ずびばぜん!! 撮っていましたぁぁぁっ!!」
「なんでそんな事したんだ!! 言え!! 言わんと俺の手でお前を豚の餌にしてやる!!」
「そ、それは……」

 顔をグシャグシャにして話し始めるフグリ。

 泣きながら話す為、何度も両親には怒鳴られながら言い直すフグリ。
 どうやら彼はホノカに惚れており、シキから奪う為にこんな事をしたのだと言う。

「お前ってやつは……」
「前言撤回だね……家に帰ったらお前を女にしてやる!!」
「そ、それだけは勘弁してくれ母ちゃん!!」
「勘弁してくれはコチラのセリフだよっ……」
「あ、貴方……」

 ここでシキの父親がやっと口を開いた。
 表情は冷静だが、その言葉の裏には激しい怒りが見え隠れしている。

「さっきから聞いていたら、君はうちのシキに対して一度も謝らないね」
「そ、それはここにアイツがいないから……」
「いなかったら謝意を見せなくて良いとでも言う気かい?」
「それは……」
「申し訳ないが不愉快だ」

 そう言って席を立つシキの両親。

「申し訳無いが、ホノカ君」
「は、はい!!」
「もう家の息子には関わらないでくれ」
「えっ……でも」
「良いね?」
「は、はいぃ……」

 有無を言わせぬ言い方にカクカクと震えるように頷くホノカ。
 それを見てシキの両親は自分達の家へと帰って行った。

 ホノカとフグリの両親は、家のドアが閉まるまで深く頭を下げていた。
 ドアが閉まり、頭を上げ、次に口を開いたのはホノカの父親だった。

「……あぁは言われたが、シキくんを追いかけて謝って来い」
「え!? ……だ、だって私悪気があってした訳じゃ」
「それでも彼を傷付けた事に変わりは無い。行きなさい」
「でも……」
「行け!!」
「ひゃい!!」

 父親の怒声に頷くホノカ。
 それを見てフグリの父親も言う。

「お前も行って謝って来い」
「はぁ!? なん」
「女になりたいかい?」
「っ……で、でもよぉ」
「謝って許してもらうまで、家の敷居は跨がせん!! 分かったか!!」
「そ、そんなぁ!?」

 こうしてホノカとフグリによるシキへの謝罪の旅が、追い出される形で始まるのであった。

 が、ちっとも反省していないこの二人。
 彼等が向かったのはなんと、ウィザルド帝国ではなく、マインスチル王国だった。
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