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86話〜羽化、孵化〜

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 グリトニー達はひとしきり虐殺を済ませると高笑いしながら帰って行った。
 そこに残されたのは泣き崩れる子ども、変わり果てた家族を前に膝をついて俯く男性、動かなくなった恋人を抱きしめて泣く女性。
 動かなくなった家族の前で、自分の腹に刃物を突き立てて動かなくなった男性もいる。

 まさにそこは地獄だった。
 医者も連れて行かれて帰って来ない。
 そのせいで怪我人の治療も満足にできない。
 遅れて来たエラスとミナモが治癒スキルを使っているが、二人では到底足りない。
 やっと治療の順番が来ても、既に手遅れになっている人が続出した。

 助けられたはずの命が、目の前で消えていく。
 本来民を守るはずの騎士と勇者の手によって、彼等は死んでいく。

「ユーカ……ユーカァ」
「……クロ、ト……無事で、良かった」

 そんななか、泥まみれになった彼女を抱き抱えながら青年は泣いていた。

「ごめん、ね……私」
「も、もう良い。喋らなくて、良いよ……」

 ボタボタと大粒の涙を溢しながらも、なんとか笑顔を作る青年。

「あの、ね……もう、痛く……ないん、だ……不思議だね……」

 少女の腕と足は本来曲がらない方に曲がっており、殴られた痕、数カ所は鬱血して色が変わっている。
 にも関わらず彼女は青年に笑顔で話し続ける。

「ごめんね……クロト。私、貴方のお嫁さんに……なれない、みた……い」
「なに言ってんだよ……なりたかったって、なるんだろ? 俺達、家族になるんだろ?」
「うん……うん……家族に、なりたかった……な……」
「……ユーカ? ユーカ!!」
「……私、もう……クロトのお嫁、さん……になりたかっ……た……」
「ユーカ……ユーカ!! ユーカァ !! うわぁぁぁぁぁっ!! あぁぁぁぁぁっ!!」

 カクッと全身から力が抜けた少女を抱きしめ、慟哭する青年。

 そんな彼に声をかけようとして、ロウエンに肩を掴まれて止められた。

「今のアイツに何を言っても慰めにはならん。それはお前が一番分かっているんじゃないか?」

 そうだ。
 モーラを失った時の俺と、彼は同じだった。

「それに、大切な人を失って悲しんでいるのは彼だけじゃない。大切な人との約束を果たせなかったのも、彼だけじゃない」
「……それは」
「彼だけを救うな。彼だけを救おうとするな。彼だけに救いの言葉を与えるな。良いな」
「……」
「まだ息がある者もいる。まずはそっちを救え」
「……あ、あぁ」

 ロウエンに促され、傷の痛みに苦しむ人達の手当てを手伝う。
 手伝うと言っても、俺に出来るのは傷口にタオルやハンカチを当てて押さえたり、手を握って励ます程度。
 俺は、他人に使える治癒スキルを持っていない。
 俺が使える治癒スキルは、自身を対象にしたものなのだ。

「お、にい……ちゃん」

「ありがとうの、若いの……」

「あぁ、貴方の手は……あったかいんだ、ねぇ……」

 俺の目の前で、救えたはずの命が消えていく。
 手と手の間からこぼれ落ちていく命。
 必死にすくおうとしても、それは何の抵抗も感じさせずにこぼれ落ちていく。

 だから。
 だから俺は

「い、痛い!! 痛いよ!!」
「大丈夫よ!! お姉ちゃんが治してくれるから!!」
「痛い痛い痛いぃぃっ!!」

 暴れる子を押さえ付ける母親。
 その子の傷に治癒スキルを使うエラス。
 その子の傷から血が流れないように押さえる俺。
 激痛のあまりに俺と母親に押さえ付けられながら暴れて叫ぶ少年。
 その子の叫びを聞いて俺は、この子は生きていると感じ、喜びを感じてしまった。
 でも……

「っ……治りが遅い」
「エラス? ……どうしたんだよ」
「スキルの使い過ぎだな。このペースじゃ」
「ロウエン……助かるんだよな……この子、助かるんだよな!?」

 俺と出会う前は傭兵をしていた事もあり、簡単にではあるが治療をできるロウエンは、少年の傷から俺の手をどかして様子を見るや無言で立ち上がった。

「お、おい!!」
「エラス。向こうの嬢ちゃんの治療をしてやれ」
「えっ……」
「どういう事だよロウエン!!」
「ソイツはもう助からん。なら、手遅れの者をいたずらに延命させるより、助かる命を救う事に余力を使った方が良い。エラス、お前だっていつまでも治療できる訳じゃないだろ?」
「それは……」
「現に顔色が悪いぞ」
「……」
「治療を続けろエラス」
「ハヤテ……」

 少年の傷を押さえながらエラスを見る。

「やらなきゃ分からないだろ!!」
「分かる。この傷で助かった者を、俺は見た事が無い」
「ロウエンが見た事無くても、助かるかもしれないだろ!!」
「かもしれないで続けられる程、ここに余裕は無い!!」
「でも!!」
「もう!! ……もう、良いです」
「でも、もう少し頑張ってみま……」

 そこで俺は気付いた。
 母親が泣いている事に。
 さっきまで暴れて泣き叫んでいた少年が、静かになっている事に。

「……あっ」
「エラス、あっちを頼む」
「……」
「エラス?」
「わ、私……私」
「おい、エラス?」
「私、救えなかっ……助けたかったのに」

 自身の手を見て震えるエラス。
 彼女の心にも限界が近付いていたのだ。

「……そこで後悔している暇があるのなら、少しでも助けたらどうだ」
「で、でも私!! 私は!!」
「ここで俺と問答している間に、また一人死ぬぞ!!」
「っ……い、行ってきます」
「分かったら良い。ハヤテも……ハヤテ?」

 ロウエンが俺を見て動きを止めた。
 何故なら俺は……

「頼むエラス。治療を続けてくれ……治療を……ミナモ、ミナモでも良い……頼む」

 近くで苦しんでいた少女の傷を押さえながらエラスとミナモを呼んでいたのだ。
 でも、その子は……

「おい……」
「なぁ、頼むから……」
「おいハヤテ」
「早くしないと……出血だけでも止めないと」
「おいハヤテ!!」
「早くしないと死んじゃう!!」
「彼女は既に死んでいる!!」
「……そんな、そんな訳……」

 俺はロウエンに立たされ、現実を突き付けられる。
 確かにさっきまでは生きていたのだ。でも、俺が傷口を押さえている間に亡くなったにも関わらず、俺は傷口を押さえ続けていたのだ。

「な、なら翼……」
「翼? 翼ってあの……」
「あの翼の羽さえあれば、生き返らせられるんだ」
「ハヤテ、お前何を」
「本当なんだ。だからだから翼さえ出せれば……」

 そう言ってロウエンから離れ、翼を出そうとするが

「……あれ? 何で、何で出ないんだ……」

 翼が出ない。
 いつもなら吹いていた黒い風も吹かない。
 何も、何も起きない。
 何もできない。

「……少し、休んでいろ」

 ロウエンはロウエンで俺が疲れているのだろうと判断すると、さっさと別の怪我人の所へと行ってしまった。

 そんな中でもどんどん人は死んでいく。
 俺が休んでいる間にも。
 俺が動けない間にも。
 それは待ってくれない。

「翼さえ、あれば……」

 そんな呟きをこぼすと同時に、俺は気付いた。
 気付いてしまった。
 俺は、あのグリトニーと同じように勇者の力に頼っていた事に。

「あ……」

 プツンッと何かが切れる音が聞こえた。

「あぁぁ……」
「ハヤテ? ちょっとエンシさん来て!!」
「どうしたんですか……って、ハヤテ!!」

 俺の異変に気付いたユミナとエンシが駆け寄ってくる。

「アァアアァァァァァァッ!?」

 その二人と目の前で俺は頭を抱えて叫んだ。

 その姿はある者の目には発狂と映り、またある者の目には慟哭と映り、またある者の目には錯乱しているように映った。
 だが、どれも違う。
 いや、全てが正解で全てが違うのだ。

「ハヤテ!? ハヤテ!!」
「しっかりしてください!! ハヤテさん!!」

 ユミナとエンシが呼びかけて来るが、何を言っているのかが分からない。

 そんな俺を置いて行くように、彼等は進む。

「もう、もう限界だ!!」
「そうよ!! こんな横暴、許されて良いはずが無いわ!!」
「行こう皆!! 皆で行けばきっと!!」

 民の我慢は限界の限度を超えた。
 吹き出す怒り。
 止まらぬ憎悪。
 それは新たな怒りを呼び、新たな憎悪を生む。

 そしてそれは、この国の至る所で起きていた。

 国の至る所で国に対する不満が爆発し、鍬や斧といった農具を持って暴徒と化した民衆が城に向かって進行し、その民衆を迎え撃つために騎士達が出動した。
 そして驚く事に、今の国の体制に不満を持つ一部の騎士達が民衆と共に立ち上がったのだ。

 騎士によって民は斬られ、民に押さえ付けられた騎士の頭に斧が振り下ろされ。
 用意された投石器から投げられた石によって民は潰され。
 自身に火を放った民が騎士へと突っ込んで行く。

 至る所で死が生まれた。
 至る所で怒りが生まれた。
 至る所で悲しみが生まれた。
 至る所で憎しみが生まれた。

 子を失った親がいた。
 恋人を失った者がいた。
 連れ添った相手を失った者がいた。
 同期を失った者がいた。
 親友を失った者がいた。
 妹の婚約者を失った者がいた。

 悲しみと、憎悪と、怒りがガーディアナ帝国を埋め尽くしていた。

 そしてそれは風に乗って国の中を走る。
 そしてその風は……



「アァァァァッ!! ウワァァァァァッ!!」
「ハヤテ!! ハヤテッ!!」
「ヴアァァァァァッ!!」
「きゃっ……いっ」
「ユミナさん!! ハヤテさん……いったい」

 風に乗った負の感情が俺に流れ込む。
 魂に叩き付けられるように、刻み込まれるように、俺の中に負の感情が流れ込んでくる。

 苦しい。
 苦しい。
 苦しい。
 胸が押さえ付けられるような苦しさ。
 助けて欲しい。
 どれだけ叫んでも、どれだけもがいても、まるで底無し沼に落ちたように、苦しさは絡み付いてくる。

 何度払っても、何度抜け出したと思っても絡み付いてくる。
 その感触は、人の手みたいに俺を捕らえて離さない。

 このまま行くと、俺の心が限界を迎える。
 キャパを超えてしまう。
 負の感情に呑み込まれてしまう。
 そう思った時だった。

 伸ばした俺の手を誰かが掴んだ。
 それと同時に俺はさっきまでいた所と違い、真っ暗な森に立っていた。
 そして目の前に立っているのは俺の前の聖剣の担い手だったナサリア。
 前と違い、服が少し汚れているように見える。

「ナサリア……さん」
「あはっ。私の事、覚えていてくれたんだね。嬉しい」
「こんな時に、何の様ですか!!」
「翼が出せないんだよね?」
「……何でそれを」

 俺の言葉を聞いてニヤ~ッと妖しく笑うナサリア。
 トスリトスリと草を踏んで歩み寄るナサリア。

「大丈夫大丈夫。君の勇者としての力を使えばちゃんと翼は出てくれるよ」
「でも……それは」
「君が嫌いな勇者と同じ?」
「……っ」
「違うよ。君は、世直しをする為にその力を使う。あのデブとは違うよ」
「……でも」

 反論しようとした所で俺はナサリアに抱きしめられた。

「大丈夫だよ。皆が君を否定しても、私だけは絶対に否定しない。私だけは君の味方でい続けるよ」
「……それは、前に言っていた感謝のせいですか?」
「……ううん。そんな事無いよ。私はただ」

 彼女は囁く。

「個人的に君を好きになってしまったんだよ」

 甘い声で吹き込んだ。
 心を溶かすような声で。
 春に木漏れ日の中で行う昼寝のように、温かい声で。
 彼女は囁いた。

「例え君が君を否定しても、私は君を肯定するよ。だから、ね……また、怒りを吐き出そう。そうすれば君はまた、羽ばたけるよ」

 優しく微笑むナサリア。
 その笑みは聖母のようで、子どもを見守る親のようだった……

「それに代々勇者・陰の祝福を受けた者はね、世界にいらない物を排除して来た存在なの。だから、君がいらない物と判断すればそれはね、勇者・陰がいらない物と判断したって事になるの」

 優しい笑みのまま、ナサリアが続ける。

「だから、君の怒りは正当な物なんだよ」

 彼女の言葉は、乾いた土に水が吸い込まれるように、俺に吸い込まれていった。




「ハヤテ……」
「ハヤテ、さん……」

 気付くと俺の前でユミナとエンシが座り込んでいた。
 その様子からだいぶ俺の事を心配してくれたようだ。
 あぁ、申し訳ない。
 申し訳ないと思いながら立ち上がる。
 それと同時に、水面に泥水を一滴落とした時のように、黒い波紋が俺から出る。
 出て、中に戻る。

「……ユミナ!! エンシ!! ハヤテを押さえろ!!」

 その様子を見てロウエンが叫ぶ。
 彼が叫ぶ中、俺の背から二対の翼が現れる。
 一対はカラスのように真っ黒な鳥の翼。
 もう一対は風の翼。

 その翼を羽ばたかせて飛び上がる。
 そして飛ぶ。
 奴の元へ向かって飛ぶ。
 この怒りを吐き出す為に、俺は飛んだ。



「何だありゃ……鳥か?」
「いや……鳥にしてはデカい。ありゃ……」
「人じゃねぇか!!」

 俺に気付いた騎士達が俺を見上げる。

「おいどうした!! さっさと暴徒の鎮圧を……って何だよアイツ」
「……グリトニー……追いかけて来て、良かったよ」
「あ? ってテメェ、聖装使いじゃねぇか。そうかそうか。俺達のゴミ掃除を手伝いに来てくれ」

 腹をボリボリ掻きながら話すグリトニー。
 の隣にいた騎士が吹っ飛んだ。
 鎧はベコベコにヘコみ、隙間からは粘着質な赤い液体がニトリと漏れ出ている。

「なっ、テメェどう言うつもりだ!!」
「おかしな事を聞くな貴様」
「んだと!?」
「俺は、勇者・陰の祝福を与えられし者。故に俺は、その使命を果たす」
「勇者・陰、だと? ……」
「それって確か、歴史に名をほとんど残さないせいでどんな力を持つのかほとんど分かっていない祝福じゃ」

 騎士の一人が呟くが、この国では勇者・陰がどういうものなのかあまり伝わっていないようだ。

「はっ、まぁ良い。ようはテメェは俺の敵なんだな? ならやる事はただ一つヴェェェェェ……」

 グリトニーが言葉を言い終わるより先に、彼の身体は突如巻き起こった風によって上空へと打ち上げられ……

「ぇぇぇえええええっ……ゲェッ!?」

 地面に叩き付けられた。
 姿が見えなくなる程上空へ打ち上げたのに、奴は生きていた。
 ただ、ダメージはデカいようで呻いている。

「う、うぐぅぅ……いでぇぞぉ……テメェゆるざねぇ!! アイツをブッ殺せ!! 弓兵射て!! 射てぇ!!」

 グリトニーの命令で矢が放たれる。
 が、その矢は俺の羽ばたきによって生まれた風によって吹き散らかされる。

「ちっ、術師隊!! 奴を撃ち落とせ!! 詠唱開始!!」

 術師隊が詠唱を開始。
 長々とブツブツ呟いているのを見ながら俺は呑気だなぁと思ってしまう。
 俺が待つと思ったのだろうか。
 あぁ、思ったから長々とやっているのだろう。
 待つわけ無いのに。

「我等に害成す敵を焼き焦がせ!!」
灼熱の白太陽アルディエンテ・ブランコ・デルソル!!」

 放たれる数多の白い火球。
 名前の割にはたいした事のない火球。
 それを見て俺は残念に思った。
 だって

「それなら、いじる事もなかったな」

 直後、放たれた火球は来た道を辿り、術師同士を焦がした。

「な、何をやっている!!」
「分かりませんよ!! 自分達はちゃんとアイツを狙って」

 とか言い争いをしている。

「へぇ……俺の勇者の力ってこんな事もできるんだな」
「な、貴様いったい何をした!!」
「何って、簡単な事さ。お前達の魔術を放つ相手。それをお隣の仲間に固定しただけさ」
「そんな事、出来るわけが」
「でも、現にできた。俺も驚きだったけどさ」

 実際俺も驚いている。
 というのも俺の勇者・陰。
 ロウエンから軽く聞いた内容よりエゲツない力を持っていた。

「まぁ、俺は俺の勤めを果たさせてもらう」
「な、何をする気だ!!」
「安心しろ、俺は死人を出さん。ただ、怒れる民の手伝いをするだけだ」

 バサァ……っと翼をはためかせ、更に飛び上がる。

「発動効果を設定。内容、重力による圧壊。効果範囲設定。効果範囲はガーディアナ帝国、国主の城。効果対象は非生物に設定」

 やりたい事を可能にする為の効果設定を行う。
 一言で言うなら、即席魔術の構築だ。
 常人なら不可能な事でも、勇者・陰では可能なのだ。

 掲げた掌の上に生み出される黒い球。

「詠唱破棄。超重力特異点の形成を確認」

 事務的に続ける俺の言葉に、術師達は騒然とする。
 詠唱を破棄して術を行使しようとしているのだから当然だろう。

「安心しろ。効果対象は非生物に設定してある。城だけが消えるさ」

 そう。
 どれだけ強かろうがそれは生物に対しては何の効果も持っていない。
 あくまで、民衆の怒りの矛先であるガーディアナ女帝が住んでいる城を消し飛ばすのが目的の物。
 自分達に被害は及ばないと聞いて術師達は安心してくれただろうかと思い、見てみるが余計ザワついていた。

「そんな。そんな細かい対象を決める事が……」
「そんな事ができるはずが……」

 その目は驚き半分、恐怖半分といった具合だった。

 ただ、いつまでも彼等に構ってはいられない。
 怒れる民衆の為にも、そしてこの国を立て直す為にも

「ガーディアナ女帝よ。現実を見る時だ」

 掌の黒い特異点を城へと放り投げる。

 はずだった……

「やめろォォォッ!! ハヤテェェェェッ!!」

 文字通り、アニキが飛んで来た。
 そして俺を殴り飛ばすべく右ストレートを繰り出してくる。
 が、その拳は俺に触れる事なく、宙で止まる。

「……何のつもりだ。カラト」
「やらせない……それだけはやらせないぞ!!」
「……邪魔をするのか。裏切るだけでは飽き足らずに」

 グズリグズリと怒りが沸騰する。

「なら、まずはお前から黙らせる!!」
「お前は、俺が止めてみせる!!」

 特異点を消す俺と、頭上に二重の光輪を出現させるアニキ。

 俺は邪魔なアニキを消す為。
 アニキは俺を止める為。

 相反する目的の為に、俺達はぶつかった。



 その光景を少し離れた所にある家の屋根から見ている男性が一人。

「……遂に到達したか。ことわりを破壊する者と、理を守る者に」

 彼はその光景を見て右の口端を僅かに釣り上げる。

「……面白くなって来たな。なぁ、主」

 ハヤテを見て彼は久し振りにそう呟いた。










 時は遡る。

「私は間違っていると思う。人類だけを守るんじゃなくて、魔族との共存も目指すべきよ!!」

 一人の女性が男性と言い争っている。
 時は遥か昔。
 聖装すら存在しない程昔。

「そんな事できる訳ないだろ!!」

 女性と言い争っている男性は同時の勇者にして、一番初めの勇者。
 故に、古文書にはこう記されている。
 原初の勇者と。

「どうして……そんな事しか考えられないの!?」
「俺達が受けた命は魔王を倒して人類の平穏を守る事。そこに魔族の事は入っていない!!」
「それじゃいつまでたっても平和は訪れない!! 魔族からも憎まれて、何度も争いが起きるわ!!」
「そうすればその度に俺が魔族を殺すさ!!」
「そんなの絶対間違っている!!」

 彼女の強い思い。
 それが変化をもたらす。

「……これは」
「っ、力が……」

 突如湧き上がる力に驚く彼女と、力が抜け落ちたように感じる男性。

 この時、勇者の力が分けられたのだ。
 原初の勇者という、強い光の次に生まれた第二の勇者。
 その第二の勇者が生まれた事で、原初の勇者は第三の勇者へと名を落とした。

 勇者・闇と勇者・光。
 陰と陽を表す勇者の誕生だった。



 それから数日経ったある日。

「どうしても、ダメなのね」
「悪いなガスティリア。俺達は分かり合えんのさ」
「……残念よ。リヒティリウス」
「……済まないとは思う。だが人類の為にも、不穏因子は見過ごせん。ここで死んでくれ」
「……そう。残念よ……でも、私と願いは消えない。きっと、いつか誰かが」
「そうか。そうだと、良いな」

 そう言って勇者・光の力を持つリヒティリウスは、勇者・闇の力を持つガスティリアをその手に持った剣で斬り殺した。

「……安心しろガスティリア。君の故郷にいる君の子は、フーヴァンの面倒は私が見る。安心して、逝くと良い」

 そう言って彼は立ち去る。
 パーティーメンバーであり、愛する妻のいるテントへと戻る。

「……終わったの?」
「あぁ、終わったよ。これでまた、人類の平穏に一歩近いたんだ」
「そう……」
「あぁ、セラフィア。こんな戦い。早く終わらせたいね」
「そうね……」

 愛する妻を抱きしめるリヒティリウス。
 だが残念な事に彼の願いは遥か未来になっても、まだ叶っていないのだった。
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