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79話〜黒い感情〜

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 俺が目を覚ましたのは教国にある聖勇教会の一部屋だった。
 眠る前にあった頭痛は綺麗に消えており、目覚めは清々しいと言えるレベルだ。

「ハヤテ!! 気が付いた!?」
「ハ、ハヤテ!!」
「……ユミナと、エンシさ……エンシ」

 二人が覗き込んでくる。
 二人共、目が充血していてほんのり赤い。

「二人共、怪我は……大丈夫か?」
「私達の心配より自分の心配しなさいよ!!」
「そうですよ!! あんな技を使うなんて……どれだけ心配した事か……っ!!」
「本当よ!! 急に飛んじゃうし!! そしたら太陽みたいなの作り出しちゃうし!!」
「何も言わずに地形を変える威力を使うなんて……カラトがいなければどうなっていたか……」
「アニキが? ……アニキは無事なのか?」
「はい。隣の部屋でお休みになっているわ」
「……そうか。良かった」
「よくありません!!」
「……えっ?」

 語気を強めるエンシを思わず見上げる。

「彼は彼で慣れない技を使ったせいか、消耗が……その」
「……アニキも勇者に目覚めたか?」
「……おそらく。ですが突然の事でしたので消耗が激しく」
「……そっか。でもおかげで二人は無事だったんだね……良かった」

 そう、アニキに感謝しながら二人を抱き寄せる。
 二人の温もりが凄くありがたい。

 あの時感じていたのはガオンに対する怒りと恨み、それと激しい頭痛。
 それが強かった。
 だからこそ、二人の温もりがありがたいのだ。
 肌を通して感じる熱、匂い、彼女達の震え……全て、感じる事ができて嬉しいのだ。

「……あまり、無理はしないでください」
「……私達の事、少しは頼って」
「うん……ごめん」

 二人の言葉にそう返しながら、ギュッと腕に力を込める。

 その時、部屋の扉が勢いよく開けられた。

「勇者様!! お目覚めになられたと聞きまし、て……」

 部屋に来たのはスティラだった。

「えと、あの……何を……取り込み中でしたか?」
「え、あ……えっとその」
「まぁ、私達はハヤテの恋人だからな。恋人と抱き合っても不自然はあるまい?」
「な、なるほど……こ、恋人ですか。つまり恋人になれば私も」
「あ、そういえばスティラさん。ロウエンがどこに行ったか知らない?」
「はえ? ロウエン様ですか? ……確か王城で捕らえた魔族の尋問していると聞きましたが」
「ありがとう。そっか……行ってみるか」
「え、勇者様がですか!?」
「……悪い?」

 スッと目を細めてスティラさんに尋ねる。

「あ、い……いえ……」
「じゃぁ支度したら行くからさ、少しの間僕達だけにしてくれるかな?」
「……え、支度……ですか? あの、私でよろしければお手伝いを」
「ううん。スティラさんだと大変だからさ、少し部屋に三人だけにして欲しいな……いや、してくれ」
「……あ、……はい」
「あ、そうだ。支度が終わるまでの間にウルとルフを呼んで来てくれるかな? 部屋の前で待機させておいてくれよ」
「ウルさん達ですね。分かりました」

 頼みを聞いてくれたスティラさんが部屋を出て行った後、俺はユミナとエンシと共に支度を始めた。



「お待たせ。ちょっと待たせ過ぎたか?」
「あ、いえ……その、お二人は?」
「ん? あぁ、疲れちゃってね。今寝ているからさ、静かにしていてあげて。一応ウルとルフを側に置くから護衛とかはいらないからさ」
「は、はぁ……」
「じゃあ王城に行こうか」

 支度をする事一時間。
 俺はベッドで眠るユミナとエンシをウルとルフに任せ、俺はスティラさんと共に王城へと向かった。



「ロウエン、来たぞ~」
「ん? ……ハヤテか。よく来たな」

 王城へ着いた俺が通されたのは地下牢。
 そこでロウエンと数名の騎士によって捕らえられた魔族への尋問が行われていた。

 捕らえられた魔族というのは頭部にヤギのような角を生やし、背中にはコウモリのような翼を生やし、悪魔のような尻尾を生やした女魔族だ。

 彼女はY字になるように鎖で両腕を天井と繋がれ、足枷に繋げられている鎖の先には重りが下げられており、腕も足もピンッと張っている。

 水責めをされたのだろう。
 体は濡れており、髪は顔に張り付いている。

 騎士が持つ竹の棒で叩かれたのだろう。
 身体の至る所が赤くなっている。

「うっ……うぅぅ……おま、えは……」
「この人、何か言った?」
「いや。全くもって何も。自分は普段ガオンの補佐をしている者の代理で来たぐらいしか言わなくてな」
「ふぅん……ちょっと良い?」
「あ、勇者様!?」

 キィ……と扉を開けて中へと入る。

「き、きさま……勇者、なのか?」
「へぇ……可愛い顔してんじゃん」
「っ、触る……な」

 女魔族の顎を掴んで顔を上げ、その顔をみる。
 アーモンドの形の目は血の様に真っ赤。
 顔に張り付いている髪は暗い赤紫。
 キッと俺を睨みつけているが、微かに開いている口から忙しなく繰り返される呼吸を見るに、余裕は一切無いようだ。

 それもそのはず。
 彼女の腕と脚を鎖と繋いでいる枷は魔力霧散の効果を持っており、彼女の魔力が回復した途端に空気中に放出してしまうのだ。
 つまり、彼女は抵抗するだけの力に達する前に力を強制的に放出されてしまうのだ。
 しかも普通なら一つで足りるのに、それが三つも着けられているのだ。呼吸をするのだって苦しいはずだ。

「……苦しい?」
「っ……なに、を……っ?」
「お、おいハヤテ!?」
「ほら、これで少しは楽になるんじゃないかな?」
「っ、貴様!! バカにっ……がっ!?」

 放出ペースを上回るペースで、彼女に俺の魔力を注ぎ込む。
 おかげで幾らかは楽になったのだろう。
 途端に反抗的な口を聞いてきた彼女だったが、サッと俺が手を離した事で彼女の中の魔力が放出。
 また苦し気な表情へと変わった。

「名前、なんて言うの?」
「……っ、人類ごと、き……言う名はな」
「まだ話す余裕があるか……」
「……ロウエン」
「ん?」
「邪魔して悪かったね」

 そう言って俺は一歩下がり、ロウエンに譲る。

「だ、そうだ。休憩は終わりだ」
「っ……」
「どうやってあそこにあれだけの大軍を送ったか、それとエンジが遺跡で何をしていたのかを話してもらおうか」
「ふっ、言うわけがないだろっ!? ……ぐうぅぁっ」

 彼女を黙らせるようにロウエンの右ストレートが鳩尾に突き刺さる。

「悪いな。お前の声が小さくてよく聞こえなかった。ちゃんと話してくれ」
「……ふっ、ちゃんと耳掃除をしたほうがいいんじゃはぁっ!?」

 今度は背後から騎士が竹の棒で背中を叩く。

「もう一度言うぞ? よく聞こえなかったんだがなぁ?」
「っ、……ぺっ!!」
「……まだ、やる気なんだな。おい、布被せろ」
「ハッ!!」

 彼女に唾を吐きかけられたロウエンは騎士の一人に指示を出す。
 すると指示を受けた騎士は彼女へ布を被せる。
 一見すると頭をスッポリと覆う頭巾だが、身体の前後を隠すように長い布がついている。

「……やれ」

 ロウエンの指示を受け、別の騎士がスキルを使用する。
 一人は放水スキル。
 もう一人は加熱スキル。
 その二つが合わさる事で熱湯が生み出される。
 そしてその熱湯は、彼女の頭からかけられた。

「アッ!? ……ァァァァァァァッ!! 熱い!! 熱い熱い熱い!! 熱いィィィィィッ!!」

 ロウエンが指示したのは、熱湯責めだった。
 それも、スキルを使う事で絶えずかけ続ける凶悪なもの。
 熱湯に濡れた布が体に張り付くせいで熱さは続く。

「し、知らない!! 私は知らないぃぃぃっ!! 本当!! 本当なのに!! 何で信じてくれないのよ!!」

 彼女は熱湯の熱さに半狂乱になりながら叫ぶ。

「本当の事を話せ!!」
「そうすりゃ楽にしてやるよ!!」
「ウギィィァァッ!? 貴様等ァ !! 覚えていろよ!! 力を取り戻した暁には、お前達のその首!! ねじ切ってやぁぁぁぁぁっ!!」

 熱湯に電撃が加えられ、彼女の身体が陸に打ち上げられた魚のようにビクビク震える。

「おーい?」
「生きて、るよなぁ?」

 ペチペチと魔族の尻を叩きながら様子を伺う騎士達。

「……ちっ、気絶してらぁ。どうします?」
「ふむ……ハヤテ、どうする?」
「……なぁ、この城にアレってあるか?」
「アレ、とは?」

 少し前の俺なら思い付かない方法。
 それを可能にするアレがあるかを確かめ、あるそうなので持って来るように俺は頼んだ。



「う、うぅん……」
「おっ、起きたぞ」

 彼女が起きたので尋問の続きを行うべく、俺も立ち上がる。
 布を取られた彼女は焦点の合わない目を彷徨わせており、まさに疲労困ぱいといった様子だ。

「さて、お前への尋問を再開する。が、再開するにあたってちょっとやり方を変えさせてもらう。ハヤテ」
「お前にコレを着けさせてもらう」

 そう言って彼女の鼻先に突き付けるように見せるのは黒い首輪。
 それを見ようとゆっくり焦点を合わせる魔族の女性。
 焦点が合い、その首輪を見た彼女の顔色はみるみる悪くなっていく。

「い、いや……それだけは!!」
「嫌だよなぁ? まぁでもさ、コレを着ければ君は嘘を吐けなくなるだろ?」
「やめろ!! それだけはやめろ!! やめてくれ!!」

 ゆっくりと首輪を近付ける。

「い、嫌だ!! 来るな!!」

 子どものように首を左右に振る彼女。

「それを着けられたら私はお前達に隷属する事に……それだけは!!」

 そう。
 この首輪の名は隷属の首輪。
 着けた対象に隷従を誓わせるアイテムだ。
 コレを着けて隷従させ、正直に話せと命令すれば彼女は嘘を吐けない。
 そう思い、騎士に頼んで持って来てもらったのだ。
 当然、後でアイテム代は払おうと思う。

 そして、その隷属の首輪を眼前に突き付けられている彼女はというと……

「ヒッ!? ヒィッ!! 来るな!! 寄るな!! やめろやめろやめろ!!」

 吊らされ、逃げる事ができないにも関わらず、逃げようと体を揺らして暴れている。
 暴れるたびに胸が揺れ、布面積の少ない服を着ているせいもあってか、俺の中の黒い欲望を刺激してくる。

「まぁまぁそう言うなって。俺の所のリーダーは、仲間には優しいんだぜ?」
「そう言ってもらえると非常に嬉しいよ……と言うわけで、全て話してもらうぞ」
「や、や……ヤメロォォォォォッ!!」

 首輪が着けられると同時に、彼女の絶叫が牢内に響き渡った。



「……成程。それで全部か?」
「はい。これで、全てです……」

 キッと俺の事を睨み付けながら、従順な口調で話す彼女。

「……ありがとうカガリ。よく話してくれたね」

 ペットを褒めるように頭を撫でてやる。
 彼女から聞きたい事も聞く事はできた。
 しかもカガリという彼女の名も聞く事ができた。

「にしても、成程。ガオンには大切にされていたんだな」
「ガオン様と言え!!」
「カガリ、許可無く発言するな」
「はい、ハヤテ様」

 カガリに命令し、黙らせる。
 キッと反抗的な目で俺を見るが、口を開く事はできない。
 首に着けられた隷属の首輪による絶対主従関係。
 コレの契約により、俺が上でカガリが下。
 そうなっているのだが、まだ彼女の中には俺に対する反抗心とガオンに対する忠誠心が残っているのだ。
 というのも彼女はガオンに命を救われた事があるのだそうだ。
 そして、ガオンも彼女を信頼している。

「……さて。コイツの契約者はハヤテだ。あとは好きにすると良い」
「良いのか? 教国的にはコイツを罰したいんじゃないのか?」
「まぁそうだが、今回の件はローライズ王の許可も取ってある。勇者様に一任させてもらうよ」
「おいおい、良いのかよ……それで」
「良いのだ。それで、同じく捕らえたガオンはどうする?」
「……好きにして良いのか?」
「ローライズ王の許可さえ取れればな」
「そうか……なら」

 そこで一旦言葉を区切り、カガリを見て考える。

 ガオンは許せない。
 だからといって暴力のまま痛めつけて殺しては面白くない。
 何より、奴に簡単に死なれては困る。
 ならどうするか。
 奴の目の前で大切な者を奪って絶望させ、モーラと同じ最期を迎えさせてやる。
 そうでなければ、俺の怒りは収まらない。

「……カガリ、一つ勝負をしよう。あぁ、発言して良いよ」
「……勝負、だと?」
「そう、勝負だ。君が勝てばその首輪を外し、ガオン様と共に魔族領に帰してあげる。なんなら、俺にその首輪を着けてくれても構わない」
「貴様、正気か?」
「もちろんさ。さぁ、やるか? やらないか?」
「……当然だ。その勝負受けてやる!!」
「そう来なくっちゃな……」
「だがその前に、この体を自由にしてくれないか? これでは勝負のしようが無い」
「分かった分かった。じゃあ手と足のを外してあげるよ」

 目で騎士達にカガリを自由にするよう指示をし、彼女を解き放つ。

「じゃあ一対一でやるから、皆さんは部屋から出てもらえますか?」
「それは構いませんが……」
「じゃ、俺達は休憩所で一服しているか……終わったら声をかけて下さいね」
「分かりました」

 ゾロゾロと牢を出て行く騎士達。
 全員が出て行ったのを確認して、俺はカガリにこう言った。

「さて、じゃあ命令だ」

 命令。
 その言葉を聞いて彼女が目を見開き、慌てて口を開くが

「俺が許可するまで口を開けたまま黙れ」

 そのまま発言できないカガリに次の命令をする。

「俺が許可するまでスキル、魔術の一切の使用を禁止する」

 これで下準備ができた。
 途端に俺を睨み付けるカガリ。
 だが俺はそんな事気にしない。
 ガオンを絶望させる為。
 モーラの仇を討つ為に必要な事。
 それに俺は彼女が望んだ、腕と脚の枷は外してあげたのだ。
 その時に彼女は、首輪を外してくれとは言っていない。
 だから俺は何も、約束は破っていない。

「あ、あぁ……あぁぁぁっ!!」

 口を開けたまま唸るカガリ。
 そんな彼女へと手を伸ばした。
 俺の中で暴れ回る、黒い風が導くままに。
 俺は彼女の心身に、どちらが上で、誰が主人で、何をしても敵わないのだと教え込んだ。





「…………」

 ガオンは捕らえられた。
 勇者に敗れ、大怪我を負い、動けずにいる所を騎士達に捕らえられ、城まで連れて来られて閉じ込められた。
 それでも飯は食わしてもらえたし、部屋の中で軽い運動をする事ぐらいは許された。

 すぐに俺は処刑されるとばっかり思っていたので不思議に思い、見張りに聞いた所俺の処遇は勇者が目を覚ましてから決めるのだそうだ。
 どうやら勇者は先日の戦いでの疲労からか、眠りについているそうだ。

「……カガリは無事だろうか」

 そして何より、俺が心配なのは部下の女魔族だ。
 剣にも魔術にも長けた彼女を俺は気に入っていた。
 戦士としても、女性としても気に入っていた。
 そんなある日、彼女が当時付き合っていた相手が戦で亡くなったと聞いた。
 悲しんでいた彼女を慰めはしたが俺は手を出さなかった。
 付け込んだと思われたくなかったからだ。

 その日からだいぶ日は経った事もあり、俺はこの戦で勝ち、自分の領地に帰ってから彼女に想いを伝えて四番目の妻として迎え入れようと考えていたのだが……

「これでは無理だなぁ……」

 これでは生きて帰れるかも分からない。
 領地に残して来た家族は無事だろうか。
 そう思っていると

「ゆ、勇者様!?」
「悪いな。少し席を外してくれ」
「は、ハッ!!」

 出て行く見張りの騎士と入れ替わるように部屋に入ってくる勇者。
 緑の髪の青年と俺を隔てるのは魔封じの呪いがかけられた鉄柵だけだが、その鉄柵が俺の手を勇者に決して届かせない。

「……何の用だ」
「お前の処遇を伝えようと思ってね」
「……殺すのか」
「当然だ。だがただでは殺さない。お前は、仇だからな。たっぷり絶望させてやろうと思ってな……」
「……ふん。痛めつける気か?」
「どうだか……あぁそうそう、お前に会いたいと言う人がいてな。連れて来たよ。おい」

 勇者に呼ばれ、誰かが部屋に入って来る。

「なっ……」

 入って来た人物を見て俺は目を見開いた。

「無事だったか!! カガリ!!」

 俺の大切な部下で、想いを伝えようと思っていた相手。
 体中に見れる傷が痛むのか俯いてはいるが、良かった。生きている。

「良かった。良かったカガリ……よく生きていてくれた」
「ガオン……さまぁ」
「カガリ、すまない……俺が不甲斐ないばかりに」
「ガオン……さまぁ……」
「……何とか交渉して、お前だけでも祖国に帰らせてもらえるよう……」
「ガオンさまぁ~……私は祖国に帰りませんよ~?」

 嬉々とした表情で顔を上げて話すカガリ。
 その首には、黒い首輪が着けられていた。

「カガリ……それは……」
「私、勇者様の奴隷になったんですよ~。だからもう~、魔族領には帰れないんです~」
「何だと!? 勇者貴様!! ……うぐっ!?」
「……勇者様、と言ってくれませんか?」

 手から飛ばした衝撃波で、カガリは俺を壁まで吹き飛ばした。

「申し訳ありません勇者様ぁ……あんなのが私の今までの上司だったなんて、恥ずかしいです~」
「カガリ!! 目を覚ませ!!」

 俺の言葉を聞く事なく、カガリは勇者の腕に抱き付き、肩に頭を預けている。
 その姿はまるで恋人のようだ。

「お前、カガリに何をした!!」
「何って……別に? ただ隷属契約をした以上、どっちが上かを心身に教え込んでやっただけだが?」

 片目を細め、片目を見開きながら話す勇者。
 本当にアイツは勇者なのか? 
 戦いの時だって、あの黒い翼や太陽の如き光球。
 おぞましさと本能的恐怖を与える彼が勇者とは思えない。
 ましてや、捕らえた魔族を隷属させるなんて。

「そしたらこうなってなぁ……」

 カガリの頭を撫でる勇者。
 彼は、俺に向かって仇と言っていた。
 あぁそうかと理解する。
 仇である俺に、変わり果てた彼女の姿を見せて絶望させようと言うのだろう。
 それは、俺にとってはとても辛い光景だった。

 想いを伝えていなかったとはいえ、妻として迎えたいと思っていた女性が、目の前で敵だった異性に抱き付き、頭を撫でられてウットリとしている。

「あ、……ハハ……」

 俺の口からは、乾いた笑みがこぼれていた。

「……ハハッ」

 対する勇者は、堪えきれないといった様子で笑っていた。

「アハハハッ!! ウフハハッ!! ウハハハハッ!! ククククッ!! ザマァみろ!! 奪われた俺が!! ここまで強くなったぞ!!」

 片手を顔に当てながら狂ったように笑う。
 どうやら俺は、とんでもない化物を目覚めさせてしまったのかもしれない。
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