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78話〜白い太陽〜

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 その日、人魔両者の歴史に刻まれる大事件が起きた。

 それを見て騎士の一人は呟いた。

「何が起きている?」

 一人の術師は呟いた。

「奇跡だ」

 魔族の一人が呟いた。

「化け物だ」

 それは輝いていた。燦々さんさんと輝いていたのだ。

 その日、その場にいた者達は勇者の力の片鱗を目の当たりにする。

 その日、その場にいた者達は勇者の力の恐ろしさを思い知った。

 その日、白く輝く二つ目の太陽が彼等を照らした。





 どこだ……奴はどこにいる……

「グエェェッ!?」

 迫って来たゴブリンを槍で切り倒す。

「グギャアァァッ……」

 目の前のオーガを風刃ウインドエッジで切り刻む。

「どこだ……どこにいる……」
「グッ、ゲッ……ガッ!?」

 オーガを踏みつけ、槍を突き刺してトドメを刺す。

「どこにいる!! ガオン!!」

 怒りのままに叫びながらオーガから槍を引き抜き、奥にいるであろうガオンの名を叫ぶ。

 出て来い。早く出て来い。でないと……

「でないとお前の大事な部下の命!! ここで散る事になるぞ!!」

 勇者が言うべきでは無い事を言いながら、目の前の敵を切り倒し、突き倒す。
 近くのゴブリンの首を掴んで別のゴブリンへと投げ付ける。
 大きな口を開けて迫るモンスターには、風の鎧を纏った片腕を口に突っ込み、その体内で風を解き放ち、中から破壊する。

「き、鬼神だ……」
「お、俺達も勇者様に続けー!!」

 戦闘で戦う俺の姿を見て、後方の騎士達が自分達を鼓舞するように叫んで続く。

「あ、勇者殿!!」

 うるさい。
 黙れ。
 俺はお前達に構っていられない。
 側に来るな。
 巻き込んでしまう。
 それは、俺としても望んでいない。
 だから……

「うわっ!? 勇者様!?」
「危ないではないですか!!」

 先程よりも巨大な風の刃、三日月の風刃クレッセント・ウインドで周囲の味方を牽制しつつ、敵を刻む。

「ひ、怯むな!! かかれー!!」
「力量差も分からぬ者が!!」

 槍を構え、刃に風を纏わせ、横薙ぎに振る。

「俺の前に立つな!!」

 複数の三日月の風刃を同時に放つ、三日月の風波クレッセント・ウェーブで数十の敵を纏めて切り倒す。

「ちっ、あの坊主は化け物か!!」
「味方がまだいるが致し方ない……ヒュージエレファントを放て!!」

 向こうで鎧を着たオーガが何か話している。
 直後、大型モンスターがこちらに向かって駆け込んで来る。
 巨大な牙に長い鼻。
 ヒュージエレファントと呼ばれる大型モンスターがこちらに向かって突っ込んで来る。
 それも、仲間であるはずのゴブリンやオーガ、ゴーレムを吹っ飛ばしながら突っ込んで来るのだ。
 それもそのはず。
 奴の首にある鞍には誰も乗っておらず、代わりに背中や尻に無数の槍が刺されている。
 おそらく、槍を刺して暴れさせているのだろう。

「なりふり構ってられないってか……なら」

 風を集める。集めて集めて集めて。
 そして放つ。

「こっちもやっちまうか!!」

 無数の風の槍がヒュージエレファントの身体を貫き、数多くの風穴を開ける。

「な、なんと……」
「味方ながら、恐ろしい力だ……」

 ズズズゥゥゥン……と地響きを起こしながら倒れるヒュージエレファント。

「お、オデのエレプァンをよくも!!」
「……」

 おそらく、飼い主だろう。
 オーガが棍棒を振り上げて走って来る。
 多分、そいつの仲間だろうか。
 俺と戦わせても勝てないと分かっているのだろう。
 家には他の魔獣達が待っているだろと言ってそのオーガを必死に引き止めている。

「そんなに大事なら……戦場に連れて来るなよ」

 黒く染まった三日月の風刃でオーガの棍棒を切り飛ばす。
 警告だ。
 これ以上来るなら次は首を狙う。
 奴に情けをかけた訳ではない。
 ただ、待っている魔獣達が可哀想だと思ったせいで、手元が狂ったのだ。

 棍棒を切り飛ばされ、へなへなと座り込むオーガをよそに先に進む。
 飛ばした風の色が黒になっていたし、そろそろ我慢の限界も近い。
 いや、我慢する必要があるのだろうか。
 どの道ガオンが出て来れば爆発するのだ。
 なら、初めから爆発させていても良いのではないかと思ってしまう。

 そう思っていると

「流石は勇者。見事なり!!」

 ゴブリン達を下がらせ、一人の魔族がノッソノッソと前に出て来る。
 筋骨隆々の肉体。
 下顎から天に向かって鋭い牙が生えている。

「お前が……」

 奴が……

「我が名はガオン!! 魔族軍の大将な……」
「そうか、お前が……」

 奴の名乗りを遮る。

「あぁ探した……探したぞ!! お前がさっさと出て来なかったから!! お前の部下を切る羽目になったぞ!!」
「なっ……まずは名乗りを」
「知るか!! 名乗り? 正々堂々と決闘でもするつもりか!! ふざけるな!! 俺はここに私怨で来た……仇を討つためだけに来た!!」
「なっ……なんだこの風は……」

 ズルズル……と地を這いながら黒い風が吹き始める。

「やり直せるかもしれなかった……分かり合えるかもしれなかった……だがその機会をお前が潰した!!」

 ゾルゾルと黒い風が吹く。

「だから、この戦いに誇りも何も無い。ただの恨み晴らし……貴様の誇り、俺の恨みで呑み滅ぼす!!」

 背中に翼が生える。初めから四枚の翼。同時に激しい頭痛が襲うが、今はその痛みのおかげで意識を失わないでいる。

「s……s、sァ……ァ……sォ、nォkゥ、bィィィ……」

 ギチギチギチ……と翼が弓形に反り返り、力が込められる。

「yォ……コ……セェェェェェ!!」

 溜め込んだ力を解放するように翼を羽ばたかせ、ガオンへと迫る。

「ふむ……様子はおかしいが、勇者ならば相手に不足なし!!」

 鉄板のような形状の大剣を振りかざし、俺を迎え撃たんと構えるガオン。

 その首を取るべく、俺は槍を振るった。



「お、おい……」
「ありゃ本当に人間か?」
「天上人……じゃねぇのか?」

 ドォン……ドォン……という、俺とガオンがぶつかる音を聞きながら騎士達が呟く。

「ヌォン!!」
「kィkァnゥ、hィkァnゥ!!」
「勇者ともあろう者が、力に飲まれるか!!」

 力に飲まれる? 
 違う、俺は……アニキとは違う!! 

「rァィmェィyォ!!」

 槍を天へと掲げる。すると瞬く間に暗雲が垂れ込める。
 雲の中からはゴロゴロという音が徐々に大きくなっていき……

 ガガァァァンッ!! 
 ドゴォォォンッ!! 

 周囲の至る所に落雷が起こる。
 敵味方問わず、雲の下にいる者へと平等に落ちる雷。
 味方側も敵側も術師が慌てて防御結界を展開して落雷を防いでいる。

「貴様、味方に!?」
「mィkァtァ?」

 頭が痛くて、奴が何を言っているのか理解できない。
 頭が痛くて、分からない。
 でも、目の前の魔族は倒さなきゃいけない。
 頭が割れそうな痛みでも。
 奴は、奴だけは!! 

「ォmァェdァkェhァ !!」

 俺の叫びに続くように、絶えず落ちる雷が一つの束になってガオン目掛けて落ちる。

「ッヌン!!」

 落雷を大剣で受け止めるガオン。
 雷の威力も相当なはずだが、それを赤熱化しつつも受け止め続ける大剣も大概だ。

「ガオン様!!」

 側近だろうか。
 女性魔族がすかさず防御結界を張り、雷を受け止める。
 頭にはヤギのような角、背中にはコウモリの翼、悪魔のような尻尾を生やした魔族だ。

「ただの落雷ならば……属性反射エレメントリバース!!」

 雷が反射させられ、俺が天から落ちる雷を相殺。
 無力化する。

「属性反射による無力化……私の得意分野ですわ」

 属性反射。
 文字通り、その技の属性だけを反射して無力化する技術。
 俺が先程使った三日月の風刃なら風属性、先程の落雷なら雷属性が入っている。
 中には非属性と属性を合わせた術もある。
 その場合、その属性部分だけを反射させ、非属性部分とぶつける事で無効化するのだ。
 どちらにしろ、簡単に言えば内部で同士討ちさせて無効化しているのだ。

 ただ、属性だけを反射されるのは面倒だ。
 非属性と属性を合わせて撃ったとしても属性分反射されて無効化される。
 ならば非属性部分を強化し、属性部分を弱めにすれば良いかと思えばそうもいかない。
 どの道属性分は反射され、総威力から引かれてしまうのだ。

 ならば、どうするか。
 簡単な事だ。

「何を……」
「ァ 、ァァァァァ…………hァbァ……tァ kェ」

 翼が羽ばたき、俺の頭上に渦を作りながら白い光が集まり、光球が生み出される。

「あれは……いったい……」

「ィkェ」

 光球から白い光線が放たれる。

「ッ!? 属性反射!!」

 女魔族が再び属性反射の結界を展開する。
 が……

 パリィン……

 ガラスが割れるような音を立てながら結界が割れた。

「そんな!?」

 当然止まる事の無い光線は地を削りながら駆け抜け、後方に控えている奴の部下を飲み込んだ。

「クッ……貴様!!」
「属性反射が効かなかった……まさか、無属性……無属性であの威力を!?」

 やはり、あの攻撃は効くようだ。
 そうだ。
 反射されるのなら、属性を持たない純粋な魔力をぶつけてやれば良いのだ。
 属性が付与される前の魔力をぶつけてやる。
 それだけの簡単な事。
 それぐらい、頭痛の最中でも思いつく。

「なんて攻撃……」
「属性反射が効かないのなら、純粋に頑強な結界を……」

 属性反射が効かないなら純粋に硬い結界を用意すれば良い。

 ならば俺は、その結界を破るだけの威力をぶつけてやれば良い。

「mォ……rァ ……ィmァ、kァtァkィ……」

 分かり合えるかもしれなかった。
 彼女は苦しんでいた。
 それでも前に進もうとしていた。
 お前が、お前が皇国を襲わなければあんな事には!! 
 俺達は仲直りして、前と全く同じとはいかずともやり直せたかもしれなかったんだ!! 

 翼を羽ばたかせて浮かび上がり、奴に対する怒りと自分自身に対する怒りを込めて両手を天に掲げる。
 黒い風が渦を描きながら頭上に集まり、黒い球を生み出す。
 そこに込められた風属性の魔力を無属性へ変換する。
 イメージするは全てを焼き尽くす灼熱の熱球。
 そのイメージを体現するように、先ほどまで黒かった球は白く輝き始める。
 その光球はやがて、上空の暗雲を吹き飛ばす。

「なんなんだあれは……」
「あれだけの力を制御するなんて……彼は本当に人間なの?」

 ガオンと女魔族が呟く。

「何が起きている?」

 後方の騎士が呟く。

「奇跡だ」

 光球を見た術師が呟く。

「kォrェdェ、ォwァrィ……dァ!!」

 光球を地面に投げ付ける。



 光球が触れた所から、湯気が立ち上る。

 触れた所から、地面が溶ける。

 そして光球が弾けた……





「なんだよありゃ……」

 その時、カラトは騎士のサポートを行なっていた。
 といっても敵と戦いつつ、怪我をした騎士達の撤退をサポートするような、結構忙しい事をしていた。

 そんな中俺は、突如空を暗雲が覆ったと思いきや、吹き飛ばされるように晴れていく様を見て呆然としていた。

 その暗雲を吹き飛ばした元凶を見て更に言葉を失う。
 何故ならその元凶は

「……あれは、太陽か?」

 本来なら天に座し、皆を温かく照らすはずの太陽。
 それが今は地にあり、敵味方問わず灼熱の光で照らしている。

 地に現れた二つ目の太陽。
 それが文字通り地へと沈んでいく。
 途端に地が削られ、熱風が吹き荒れる。

「こりゃ、マズイぞ!! 術師!!」
「は、はい!!」

 近くにいる術師に声をかけ、結界を急いで展開する。
 三重、五重、七重……十二重、重ねられるだけ重ねる。
 そして……

 ゴッパァァァァァァッ!! 

 熱風と吹き飛ばされて来た土や岩が結界に叩き付けられる。
 これだけなら耐えられる。そう思った直後だった。

 バキバキバリバリバリバリィッ!! 

 という、凄まじい勢いで結界が割れ、ヒビが入る。

「んなっ!?」
「こ、これは……」
「これはまるで……」
「魔力の、洪水……」
「ダメ、私……は……」
「お、おい!! しっかりしろ!!」

 術師が耐えきれずに倒れると同時に結界が一枚割れる。

 このままじゃマズイと判断し、他の術師の負担を少しでも下げようと聖なる城壁ホーリーウォールを展開する。
 だが、強固で本来ならば城壁攻略用兵器による攻撃すら防ぐはずの聖なる城壁ですら、結界を割り進んで来た魔力の洪水を止める事は容易く無かった。

「……このままでは……」
「お前等は退がれ!! ひたすら退がって皆を守れ!!」
「ですが!!」
「これでも俺も勇者なんでな……心配すんな!!」

 騎士に、倒れた術師を任せて俺は城壁の展開に集中する。

 当たり前だが、ハヤテは俺の弟だ。
 俺がセーラに誑かされなければ、旅を共にして、人類のために戦っていたはずだ。
 でもそれは、俺が弱かったから叶わなかった。

 全ては俺が弱かったから。
 ならば強くなろうとガムシャラに動いた。エクメノの下でレミーナに、いや二人に教えをもらった。

 そんな中、教えられた言葉がある。

『貴方は勇者では無いわ。けれど、その答えは既に貴方自身の中にあるわよ』

 答えは確かに俺の中にあるのだろう。

「あぁ確かに答えはあるさ!!」

 あんな酷い事をした自分を受け入れてくれたハヤテ。
 受け入れてくれた群狼の皆。
 彼等を、ハヤテの攻撃で吹き飛ばす訳にはいかない。それだけが、カラトを立たせていた。

「俺はアイツのアニキなんだよ!!」

 グッと両足に力を込める。

「アイツ程じゃなくて良い!! あんな派手な技は使えなくて良い!! でもせめて……せめて!!」

 腕への負荷が強くなり、所々から血が吹き出す。

「アイツと対になっているって言うんなら!! アイツの仲間を守れるぐらいの力を俺に寄越してみせろぉぉぉっ!!」

 喉から血が出るのではないかという勢いで叫びながら、両腕に力を込める。

 その願いが天に届いたのかは分からない。

 その思いがスキルを次の段階にステップアップさせたのかは分からない。

 何がきっかけかは分からない。

 でも俺は、望む力を手に入れる事ができたんだ。






「あ、あれは……」

 騎士に担がれながら撤退する術師の少女は確かに見た。
 カナトの頭上に、二重の光輪が現れていたのを。
 それはまるで……

「天使、さま……」
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