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76話〜善意の悪意〜

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「入りますよハヤテさん」

 部屋の戸をノックし、盆を持ったマドカさんが入って来る。

「まだ痛みますか?」
「あ、あぁ……」
「でしたら、あの……これを」
「……済まない」

 差し出された緑色の錠剤を受け取り、一緒に持って来ていた水で流し込む。
 焼き魚の肝の十倍苦い薬だったが、おかげで頭痛がゆっくりと引いていく。

「……だ、大丈夫ですか?」
「……えぇ。おかげさまで」
「いやぁ、良かったです~。我が家に伝わる秘薬なんですが、効いて良かったですよ~」
「え、そんな……貴重な物だったんじゃ?」
「いえいえ大丈夫ですよ。まだまだありますから」
「そ、そうなんですか」

 感謝をしつつ、秘薬って貴重なんじゃないのかなと思う俺だった。



 その頃家の外では……

「ハヤテさんのおかげで助かりましたね」
「そうだなぁ。おかげであのクソ騎士共は帰って行ったし、めでたしめでたしだな」

 村の住民達が掃除をしていた。
 昨日逃げて行った騎士達が残して行った鎧や地面に刺さっていた矢を集めていたのだ。

「にしても驚いたな」
「あぁ。死んじまった奴は生き返るし、大怪我を負っていた奴の怪我は治るし」
「あれこそが奇跡ってやつなんだろうな」
「だな。しかも復活したら怪我が治った奴らは皆パワーアップしているって言うしよ」
「すげぇよなぁ。ほんとハヤテ様々だ」
「ちげぇねぇな……っとあれ、確かハヤテさんの所のウルじゃねぇか?」
「お、本当だ。俺達の手伝い……じゃなくてありゃ散歩だな」
「だな。さって、俺達もさっさとやる事やっちまおうぜ」
「おうよ!!」

 遠くを歩くウルを眺めながら二人は箒で、ハヤテがばら撒いた黒い羽を集めていく。
 皆がハヤテに感謝しながら掃除をする中、ウルはたまたま目の前に落ちていた黒い羽を……

 パクリ

 食べてしまったのだった。



 痛みが引き、落ち着いた俺は村を歩いていた。
 歩いていると子ども達や村の人が俺に向かって手を振ってくれるので振り返す。
 騎士達を撃退した事から割と好感を持たれているみたいだ。
 ただ、俺の心中は暗雲が漂っている。
 というのも、エンシさんの具合が良くならないのだ。
 この村で医者をしている魔女が言うには

「心と体の意思が統一されていないせいでバランスが崩れ、その結果体調が戻らないのだろう」

 との事。
 確実にグラスメントの野郎のせいだ。
 絶対にアイツが使った聖奴隷とかいう効果のせいだ。
 次会ったらぶっ飛ばしてやると思いつつ、エンシさんのお見舞いに向かう。

(にしても聖奴隷って何なんだよ……)

 言葉の響きから良くない事なのは分かるが、と考えながら歩く。
 パキリッと道に落ちていた小枝を踏んだ時だった。

「……ん? ここは」

 周囲の景色が一変した。

「……海……海岸か?」

 ザザァンと打ち寄せる波。
 足元は真っ白な砂に変わっている。
 紛れもない海岸だ。

「……さっきまで村にいたのに、どうして」

 まさか敵からの攻撃かと思い、周囲を見渡す。
 敵と思しき姿は見当たらないが、やられてすぐにグラスメントの奴等が仕掛けて来たのだろうか。
 警戒しつつ、辺りを様子を伺っていると

 チャプ、チャプ……

 という水が跳ねる音が聞こえる。
 更にその水音に混ざって女性の無邪気な笑い声と聞こえる。
 敵かと思い、声のする方を見る。
 そこにいたのはただ海の水と戯れる女性の姿だった。
 水が遊び相手とでもいうように水と楽しそうに戯れる女性。
 粉砂糖を思わせる白い肌。
 目は紅玉のように紅く、ブロンドの髪は陽の光を反射してキラキラ輝いている。

「……あら? あらあら?」

 女性の様子を見ていると向こうも俺に気付き、水との遊びを切り上げてこちらへと歩いて来る。

「こうして会うのは初めましてね」
「……こうしてって、俺達に面識は」
「あるわよ? 昨日……背中を押してあげたじゃない」
「……背中を? 昨日……」
「その怒りを吐き出せば良いよ」
「っ!?」
「思い出してくれた? 嬉しいなぁ~……私の名前はナサリア。君の前の聖剣の担い手で……君に感謝する者だよ」
「……俺の、前の」
「うん。それで、君と同じく……」

 スッと背伸びし、彼女は耳元で囁く。

「勇者のスキルを持つ者、だよ」
「……そんな先輩が、俺に何で感謝を……つか、そんな前の人だったらもう」
「うん。普通なら死んでいるね」
「なら」
「普通なら、ね?」
「……何か事情でも?」
「うん! バンバンあるよ~!! 聞いてくれる?」
「……聞かないと帰してもらえないんだろ?」
「よく分かったね~!!」

 ニッコリと満面の笑みで頷くナサリア。

「まず私はナサリア」
「それはもう聞いた」
「年齢は……花も恥じらう少女ですわ!!」
「うさんくせぇ……」
「泣きますよ?」
「おーおー勝手に泣け」
「……ハヤテさんって身内かどうかでだいぶ接し方変わりますよね?」
「別に良いだろ」

 敵が味方も分からない奴に、親しくする訳ないのに

「私は君の事が好きだよ?」
「あーそうかい。んで、話は終わりか?」
「あ、ごめんごめーん。私のスキルも君と同じ勇者関連でね、勇者・反ってやつだったんだ~」
「勇者……反?」
「うん。まぁ初めは勇者・炎っていうスキルだったんだけどね~」
「勇者・炎?」
「うん。あれ、知らないの? もー、王国とかの人って意地悪だね~? 勇者にも色々と種類があってね、私の勇者・炎はその名前の通り炎属性の技を得意とする勇者なの」
「そ、そうなのか……じゃあ他にも種類があるのか」
「そうだね。私のパーティーには他にも氷や雷の勇者がいたかな~……」
「そ、そうなんだ」
「ごめんね。それで私達は当時の魔王を倒せる力が無くてね、なんとか封印はしたんだよ」
「大変だったな」
「大変だったよ~」
「んで、何でそんな前の人が俺と話しているんだよ」
「それがさぁ……封印されちゃって」
「は?」
「封印されちゃったんだよ~」
「何やらかしたんだよ……」
「んー? 私はただ、王様の言う王国に仇なす存在を片っ端から倒していたらね、王様にそこまでやるなと言われてね」
「そりゃあ……なぁ」
「だから、私が持っていた聖剣で封印されちゃってね……私の存在を抹消するわ、その時の戦いで聖剣は折れて聖槍と合体させられちゃうわさぁ」
「そりゃあ怒られるだろ……って、俺の聖装が今の形になったのってアンタの時だったのか」
「えへへ、お恥ずかしいです~」

 ニシシッと頭をかきながら笑うナサリア。

「でもね、君のおかげで封印が緩んでね……やっと外に出られたんだよ」
「そうかいそうかい。良かったな……んで、何で封印だったん? お前みたいな危ない奴、殺せば良いのに」
「辛辣~♪ そんなの簡単な事だよ。彼等は聖剣に選ばれた勇者じゃなくてね。力を十全に発揮できず、むしろ担い手である私を傷付けた代償として燃え尽くされたんだよ」
「……じゃあ、封印された恨みを晴らすために、俺に聖装を返せと?」
「そんな事塵程にも考えてないから安心してよ」

 にこやかに笑うナサリア。

「まぁさ、ほら。君がどんな話を聞いたか知らないけどさ、現実なんて案外ショボいもんだよ」
「そうか……んで、話を戻すけど何の用だよ」
「君のお供のが今どんな状態か、教えてあげようかと思ってね」
「……何?」
「知りたくなーい?」
「知りたくない、と言えば嘘になるな」
「じゃあ教えてあげる。今の彼女の状態は心と体で求める相手が違うアベコベ状態」
「心と体で求める相手が違う?」
「そ。体は術者を求めるけれど、多分彼女は想い人を常に思い続ける事で対抗しているんだろうね」
「……魅了を精神力で耐えているって所か?」
「そういう事かなぁ。でも驚きだねぇ。普通なら耐えられないはずの魅了に精神力だけで対抗するなんてね……余程その相手の事が好きなんだねぇ」
「……そのエンシさんにあんな事をして……許さねぇ」

 怒りからググッと拳を握る。
 そんな俺の手をそっと握るナサリア。

「大丈夫。君なら彼女を救えるから安心して」
「そ、そうなのか?」
「うん。勇者の先輩である私の言う事を信じなさーい」
「……分かったよ」
「よろしい。んじゃあ私はこの辺で」
「え、終わりか?」
「うん。今回の用はこれを伝えるだけだったからね」
「……お前、暇人か?」
「まっさかぁ……私はただ、君にお礼がしたいだけさ」

 俺が封印を緩めたお礼と言っていたが、俺は封印を緩めた覚えは無い。
 もしかしたら、誰かと勘違いしているんじゃないだろうかと思ってしまう。

「さて……私はそろそろ行くよ。やっと動けるだけの力を取り戻せてきたからね。今度は封印されないように気を付けるよ」
「……なぁ、本当に俺の前の聖剣使いはアンタだけなのか?」
「うーん、どうだろうね。記録から消される勇者だってごまんといるからねぇ……それに封印されてからは外の景色を見れるようになるまでだいぶ時間がかかってね。君が産まれる一週間ぐらい前に意識だけ目覚めたんだよ。だから私の中では君の先輩は私だけど、もしかしたら私の後輩で君の先輩は他にもいるかもね」
「……そうなのか」
「まぁそんな些細な事どうでも良いじゃん。さっ、君は早く行った行った。彼女が待ってるよー」
「あ、おい!!」

 まるで集めた落ち葉が風で吹き散らかされるようにナサリアの姿が薄くなり、消えて行く。

「大丈夫。近い内に、会いに行くから」

 そう言って彼女の姿は消えた。



 気が付けば俺は医者も兼ねている魔女の家に着いていた。

「こんにちは。そろそろ来る頃だと思ったわ」
「ネシアさん。こんにちは。エンシさんの具合はどうです?」

 家の戸を開け、俺を出迎えたのは柔らかい印象の女性。
 彼女がこの家の主であり、この村で医師もしている魔女のネシアさんだ。
 フワフワの紫の髪におっとりとした目。
 大きな黒い帽子を被っている。

「うぅん……あまり優れているとは言えないのだけれど」
「そうですか……会えますか?」
「ん? ……えぇ、会える事は会えるけれど」
「じゃあ、少しだけお見舞いを」
「……分かったわ。でも危ないと思ったらすぐに呼んでね?」
「分かりました。では」

 ネシアさんと別れ、エンシさんのいる部屋へと向かう。

「……エンシさん、俺です。大丈夫ですか?」
「ハ、ハヤテ……くん!? ……どうしたの!?」
「お見舞いに来たんですけど、大丈夫ですか?」

 戸をノックし、開けて中の様子を伺う。
 すると……

 ガシッ

「うわっ!?」

 中から伸ばされた両手が俺の肩を掴み、部屋の中へと連れ込む。

「いっ……てて。って、エンシさん?」

 部屋に連れ込まれ、俺はエンシさんに布団の上に押し倒されていた。

「あぁ……ごめん……ごめんよハヤテ君。私は、私はもう……君への好意を抑えきれない!!」

 俺に覆い被さりながら俺を見下ろすエンシさん。
 その目には涙が浮かべており、頬も熱があるように朱色を帯びている。

「ご、ごめんよ……っ!! ……ダメ、だ。早く、逃げて……くれ!!」

 跳ね上がるように体を起こし、苦しそうに胸を掻きむしるエンシさん。
 いや、苦しいのだろう。
 こんな苦しんでいる仲間を放っておいて良いのだろうか。
 良い訳が無い。

「エンシさん」

 なんとか正気を取り戻してもらおうと彼女の名を呼ぶ。

「あ、ァァァ……うわあァァァッ!!」

 だが彼女は泣きながら俺に倒れ込み、そのまま唇を重ねたのだった。

「ごめん、なさい……ごめんなさい……」

 エンシさんはずっと俺に謝り続けながら、その抑えきれない好意をぶつけるのだった。





「んっ、んんー……っと。久しぶりの肉体。この熱も懐かしいわ」

 その日の夜。
 封印が解かれ、アクエリウスの神殿の奥から外の世界へと現れる女性。

「ん~、この姿じゃ引かれちゃうわね」

 自身の姿を見て女性は思案する。
 というのも彼女の姿はボロ布をその身に纏っているだけだったのだ。
 どうしようかと考えた後、彼女は指を鳴らす。

 するとどういう事だろうか。
 彼女が纏っているボロ布は真っ白な純白のワンピースへと姿を変えていく。

「髪もこれじゃダメだなぁ」

 痛んだ髪を見てまた思案。
 もう一度指を鳴らすと痛んだ髪は艶やを取り戻していき、月光を反射してキラキラと輝く。

「さぁこれで準備はできた。まだすぐに逢いには行けないけど待っていてね。今度こそ」

 月を見上げながら彼女は笑顔で語る。
 誰に聞かせるでもなく語る。
 ニィッと口を釣り上げ、狂気と狂喜を宿した目で月を見上げながら語る。

「あぁ、あぁ……愛しのグリフィル。貴方は私じゃなくて弓の子を選んじゃったけど気にしないで? 貴方の子孫は貴方も同然。ちゃんと、幸せになるように……」

 ニヤァァァッと歯を見せながら笑い

「私が愛してあげるからぁ」

 次に向かって叫ぶ。

「あぁ、でも……そうする前に、ハヤテを悲しませた教会には少しお仕置きをしてあげないとねぇ」

 笑みは瞬く間に消え、彼女の表情は憤怒一色に染まっていた。
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