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62話〜シスターと狼〜
しおりを挟むジンバ達と別れた俺は城の廊下を歩いていた。
「ろ、ロウエンさんお久しぶりです!! 今度また剣を教えて下さい!!」
「おう、いつかな」
「あらロウちゃん久しぶりね~。またお茶会に来てね」
「これはこれはレディ。はい、いつかまた」
「あらやだロウ坊。元気そうでなによりだわ。てっきりくたばったかと思ったわよ」
「これはこれはババア。貴女こそまだお迎えは来ていないようだな」
廊下を歩きながら顔見知りと簡単な会話をしつつ先へと進む。
俺が向かったのは礼拝堂。
王城の中でも厳かであり、神聖な空間だ。
だが好き嫌い言っている場合では無い。
そこに行けば、俺が会いたい人に一番会える確率が高いのだから。
(相変わらず、あまり好んで来たくは無い所だな)
礼拝堂。
外から差し込む陽の光がステンドグラスを照らし、女神像と女神像に祈りを捧げるシスターを照らしている。
魔の血を引く俺にとって、この場は好き好んで長居したい場所とは言い難い。
が……
「これはこれは。珍しいお方が」
リンッと鈴の音が鳴るような、澄んだ声が聞こえる。
声の主は女神像に祈りを捧げていたシスター。
「お久しぶりですね。ロウエンさん」
「あぁ、久しぶりだな。シスターイリス……元気そうでなによりだ」
碧眼を細め、にっこり笑うシスター。
彼女の名はイリス。
この城に仕える聖職者の一人で、祝福を受けた者。
そして
「はい。貴方に救われた命ですから」
かつて、俺が命を救った相手だ。
「お元気そうで、本当に良かったです」
花のように明るく笑うイリス。
「お茶の用意をと思ったのですが、余裕は無いのですね」
「既に、お知りなのですね」
「はい。貴方の事も、ハヤテさんに起きた事も」
「なら話は早い。これから何が起きるかを教えていただきたいのです」
「……分かりました」
花のように笑っていた彼女から、城に仕えるシスターとしての彼女の顔に変わる。
「まず私の祝福、天啓によると……」
天啓。
それはイリスが受けた祝福。
未来を見せ、知らせる祝福。
ただ、ハッキリ見える時もあればボンヤリとしてイメージの時もあり、またある時は夢の中で読んだ本の内容がそうと言う時もあるのだそうだ。
「勇者の覚醒を急いで下さい」
「勇者? ……それは」
「光の勇者。過ちを犯し、それを悔いている勇者です」
「カラトの事か」
「はい。覚醒を急がないとまた闇に呑まれます」
「成程……他にはどうだ?」
「北より怪我人が助けを求めて来ます。絶対に断らないで下さい。貴方達の為になりますから」
「北からだと? ……どういう事、と聞いたところでだな」
「はい。後程詳しく話しますので今は……」
「分かった。他にはあるのか?」
「同じく北に邪な気がおります」
「……脱走したラギルか?」
「分かりません。ただし気は二つ。非常に強い恨みを抱いた者です」
「そうか……」
仮にラギルだとしてもう一つは誰だ。
(未だに遺体が見つかっていないセーラか? だがあの怪我で治療も受けずにまだ生きてるか? )
いや、遺体が見つかっていないのなら生きている可能性だって十分にある。
事情を知らない善良な人に拾われて治療を受ける事ができた可能性だってある。
こればかりは分からないからな。
「勇者の覚醒の事ですが、急いで下さい」
「それはどうしてだ?」
「今の彼の光はまだ弱々しいもの。早く覚醒せねばその光は闇に呑まれ、二度と輝きません」
「その闇ってのは何なんだ?」
「……恐らく、北の地にいる二つの邪な気。それが関係していると思われます」
「成程な……参考にするよ」
「はい。次の話に移りますが、北から来る怪我人。彼は助けを求めて来ます」
「彼って事は男か……歳は分かるか?」
「ハヤテさんとそう遠くないかと」
「成程……で、どんな助けを求めてくるんだ?」
「愛する人を救いたいと言って来ます」
「……恋愛関係か。面倒だな……断ってはいけないんだな?」
「はい。お願いします」
「分かった」
「最後ですが、北に存在する二つの邪な気ですが、怪我人が今いる国にいます」
「北の国……教国か?」
「おそらく、位置的にはそうでしょう」
「分かった。多分片方はラギルだ。間違いない」
「分かるのですか?」
「何となくな……奴なら俺達に、というよりハヤテを恨んでいてもおかしくない」
「……悲しいですね」
「そうだな……俺は慣れたが、アイツはどうだか」
俺はもう何年も傭兵として過ごして来た事もあり、そう言った事には慣れている。
だがハヤテは違う。
信じていた兄に恋人を奪われたと思っていたらその恋人が実は黒幕であり、彼に想いを寄せていた幼馴染の心を操った挙句死ぬ原因を作られた。
普通なら人間不信になるレベルだと俺は思う。
だがハヤテは違った。
ミナモやエンシ、フーにウルやルフのおかげでアイツは何とか持ち堪えた。
それだけじゃない。
兄ともまだ完全にではないが和解した。
よくよく考えたら恨んで憎んで仕返しをしたいと思っても不思議ではないのに……
(真実を知れたからなのか、それとも……)
本人も気付かない所で火種は生まれているかもしれない。
ただでさえ奴が受けた祝福は陰の属性を持っており、在り方は魔に近い。
故に闇に落ちやすいのだ。
(……最近は妙な風も吹かせていたし……注意した方が良いか)
最近、黒い風を見た。
まだ数回。
片手で数える程の回数ではあるが、奴が怒りを覚えた時にその現象は起きている。
多分それは、魔に近いが故にだろう。
だが理性があるから抑え込めているのだ。
そう思うと、アイツが感情を爆発させたらどうなるか……想像したくないな。
「あの、ロウエンさん?」
「ん? ……あぁ、すまない」
どうやら気付かぬ内に顔が険しくなっていたらしく、イリスが不安そうに顔を覗き込んできた。
「気にするな。こっちの問題だ」
「ハヤテさんの事ですか?」
「……それも天啓か?」
「よく分かりませんが、ロウエンさんは仲間をとても大切にする方です。今の仲間も大切にしているはずです」
「買い被りすぎだ」
「大丈夫ですよ」
そっと、彼女は俺の手を握って言う。
「貴方は彼にとって必要な人。だから彼と貴方は出会ったのです」
「……」
「貴方の受けた祝福はそういうものでしょう?」
「……俺の祝福はそんな綺麗なものじゃない」
「それでも、人としての貴方が受けた祝福は貴方の言う祝福とは違うはずです」
「……誤魔化せないな。お前は」
「えへ」
「えへ、じゃねぇよ」
「すみません。ですが、やっと笑ってくれましたね」
ニコリと。
まるで綿のように柔らかく笑むイリス。
「貴方達にはこれから何度も、苦難が訪れます。でもそれを乗り越えると私は信じております」
「何度も、か……」
「はい。その度に影は強くなり、光を飲み込もうとするでしょう。その彼を、貴方の火で優しく照らしてあげてください」
「……俺は狼だ。そんな力は」
「確かに、一匹狼という言葉もあります。ですが狼は本来群れる物。ハヤテさん達はきっと、貴方の居場所になってくれますよ」
「……だと、良いんだがな」
「今の貴方には分かっているのではありませんか?」
「……ふん」
「分かりやすい方ですね」
「お前程じゃないさ……」
ニコニコと太陽のように笑うイリス。
彼女はだいぶ変わった。
拾った当初は誰も信じられない。
自分以外は敵だといったギラついた目をしていたのに、今は違う。
慈愛に満ちた、温かい目をしている。
ここに来て、彼女は良い人達に出会えたのだろう。
そう思うと、俺はここに連れて来て良かったと思う。
「どうか、貴方が今いる群れを守ってあげてください」
「……別に、群れじゃないさ」
「素直じゃないですね」
「うるさいな……」
「ふふっ、それはごめんなさいね」
コロコロと笑うイリス。
と、そこへ別のシスターが礼拝堂に入って来る。
「シスターイリス様。そろそろお時間です」
「……もう、ですか」
「はい。こちらへ」
「……だいぶ、偉くなったんだな」
「全ては祝福のおかげです」
次に見せた彼女の笑顔はどこか、枯れかけの花のように見えた。
彼女は知らない内に城の中でそこそこの立場の人間になっていたようだ。
「そうか……良かったよ」
「私としては昔の頃の、教会の孤児院で皆さんと過ごしていた頃の方が好きですけどね」
「お前らしいよ」
「……ロウエンさん」
「ん?」
「最後に、とても大切なお話があります。すみませんが、もう少しだけ待っていてください」
「分かりました」
呼びに来たシスターを下がらせ、俺を見上げてイリスは話し始める。
「西から新たな勇者が来ます。ですがその勇者は力に溺れております」
「また勇者か……これで三人目、か」
「はい。ですがこの勇者は既に力に溺れ、傲慢の化身となっております」
「かつてのカラトと一緒か」
「はい。カラトさんとハヤテさんのように、一対の勇者が産まれる事自体珍しい事です。まだ何が起きるか、私にも分かりません」
「……警戒しようが無いが、警戒する必要があるって事か」
「はい……え?」
「……ふっ、すまんすまん。にしても、勇者が三人か」
「いえ。他にもいます」
「何? 本当か?」
「……はい」
「……面倒、だな」
「勇者が皆、手を取り合ってくれれば良いのですが……」
「それが叶っていれば、味方を裏切って魔族に寝返る勇者なんていないさ」
「……そう、ですね」
過去に一人いた、裏切りの勇者。
彼は魔族になり、今も生きている。
そして数多の人から幸せを奪い去った。
到底許される事ではない。
「あの、シスター」
「……ごめんなさいロウエン。今回はここまでです。時間が」
控えていたシスターがイリスを呼ぶ。
「あぁ、済まないな。ありがとう」
「……勇者とは、この世に平和をもたらす者です。どうか、貴方達の行く先が光で照らされますよう。祈っています」
最後にそう言って礼拝堂を去るイリス。
「また勇者……か」
イリスが言うには西から来る勇者は傲慢に身を落とした存在。
なら、味方に引き込む必要は無さそうだ。
そう結論付けて俺は北道を引き返す。
(にしても、イリスも成長していたな……)
特に、胸が。
まぁこれは口が裂けても言えないな。
この手の発言をイリスはあまり好まない。
(……俺も帰るか)
イリスの言う、俺の群れに。
せっかくだ、何か土産でも買って帰ろう。
菓子でも買って行けば喜ぶだろうか。
女子連中は喜ぶだろうが、男子連中は……
(……アイツ等は何でも食うし、良いか)
そんな事を考えつつ、知らず知らずの内に表情を崩しながら城を後にした。
「それでは皆様!! 行って参りますわ!!」
場所は変わってオーブ王国。
皇国の北西にある国では今まさに、国民達の声援を受けながら勇者パーティーが旅立とうとしていた。
「勇者様~!!」
「魔族なんてぶっ潰してくださいねー!!」
国民の言葉に手を振って返す勇者。
その背後を三人の仲間が歩く。
ショートの金髪に果汁の様に澄んだ赤い目をした少女。
名はリナシア。
腰に剣を下げている彼女は動きやすい様にか、彼女の鎧は急所だけに配置されている。
そんな彼女は国民の言葉にぎこちない笑みで返している。
その隣を歩くのは肩より少し長めの金髪に宝石の様に澄んだ翠眼の少年。
彼の名はカナトと言う。
杖を持ち、ローブで身を包んだ彼は魔術師だ。
その彼の背後を歩くのは頭の後ろで銀髪を一纏めにし、鋭い目で国民達を見ている青年。
彼の名はガリア・スティンガー。
着ている鎧はオーブ王国騎士団の物であり、彼が持つ盾には彼の家の家紋が刻まれている。
そんな彼等の先頭を行くのは一人の少女。
「勇者様~!!」
「頑張ってくださーい!!」
声援を一番受ける少女の名はマリナ・フィーリア・オーブ。
オーブ王国の第二王女にして、勇者の祝福を受けた者。
その髪は腰を僅かに超す程長く、燃えるように赤く、先端に行くに連れて橙色になっている。
更に目も同じく炎の様に赤い。
「皆さんの期待に応えますよう頑張りますわ!! 次に私がこの国の地を踏むのは、魔王の首を取り、魔族との戦いに勝利した凱旋ですわ!!」
「「「ウオォォォォォッ!!」」」
マリナの言葉に割れんばかりの歓声をあげる国民。
その様子を王城から見ているのは彼女の父であるマーカス・ダラ・オーブ。
現オーブ国の王である。
「うむうむ。我が娘、相変わらずかわゆいのう」
「にしてもよろしいのですか? もう少し護衛を付けなくて」
娘の晴れ舞台を見ながら微笑む王に側近が尋ねる。
「良い良い。可愛い子には旅をさせるものじゃ。ぐっふっふっ……大きくなって帰って来ておくれ。我が愛しのマリナちゅわ~ん」
顎髭を右手で、でっぷりとまではいかないが前に出た腹を左手で撫でながら微笑む王様を見て顔を顰める側近。
「それでは皆さま、行って参りますわ!!」
国民に向かって投げキッスをしながら旅立つマリナ。
そんな彼女を見て眉を顰めるリナシア。
「同じ事言ってるな……」
と呟くカナト。
「これも仕事。これも仕事。これも仕事……」
と呟きながら歩くガリア。
そんな事に気付かないマリナは先にズカズカと歩いて行く。
「さぁさぁ行きますわよ魔族共!! この私!! 勇者マリナが成敗してあげますからね!!」
ズカズカ歩きながら彼女は言う。
「でもまずは仲間を増やしましょう!! フッフッフッ……私はマリナ・フィーリア・オーブ。オーブ王国の第二王女にして勇者!! 欲しい物は何でも手に入れてみせますわ!!」
幸先が不安だなと、背後の三人は思うのだった。
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