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61話〜赤い目の狼〜

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 群狼にマリカが来て、ハヤテが彼女と話して、父親に対して怒った日の翌日。
 ロウエンは王都へ来ていた。
 理由は簡単。
 見合い話を持って来たクソの事を知らせるため。
 そこまでして聖装に選ばれた者が欲しいかと思いながら王城へと入る。

「ウゼル……に会うのは難しいだろうしなぁ。ジンバに会えれば良い方か」

 そんな希望を呟きながら廊下を歩く。赤い絨毯が敷かれた廊下。

(にしても今日は人が少ねぇな……)

 いつもなら神官やら口うるさい侍従を見るのだが、今日は何故か空気がピリついている。
 それに先程から見かけるのは騎士だけ……

(……あぁ、成程な)

 歩みを止め、俺は右の廊下に飛び込む。

(面倒だな……)

 俺が廊下に飛び込むや追うために走り始めたのだろう。
 ドタドタという慌ただしい音が背後から聞こえる。
 数からしてそこまで多くはないが、丁字の曲がり角の先には常に誰かがいる。
 どこかへ追い込む様に、常に左右どちらかの道に騎士がいる。

(あの程度の騎士達なら振り切れるが、成程……まぁ良いか)

 何で騎士が俺を追っているのかを理解した俺は乗ってやる。
 おおかた裏で手を回したのはアイツだろう。
 そう考えながら俺が辿り着いたのは広い部屋だった。
 謁見の間程ある広い部屋には既に騎士が待機しており、俺をU字に囲う様に立っている。

「……成程、追い込まれたって訳だ」

 白々しいとは思うが、演技はしてやる。

(騎士の大半は……女か。男もいる事はいるが、皆線が細いな。しっかりしているのは片手程か)

 話しながら騎士の匂いから性別と体付きを読み取る。

「待ってましたわ!! 反逆の徒にして恩忘の徒よ!!」
「あん? 誰だお前」

 騎士のリーダーだろうか。
 鎧を着込んだ女が一歩前に出て声を張る。
 腰より少し長めの金髪はクセのないストレート。
 勝気な目は疑う事を知らないと言わんばかりに澄んだ薄緑の瞳。

「私の名はアリスティア・セイバーエッジ!! 護国のつるぎを担いし剣士なり!! 悪漢よ!! 我等が剣にで成敗されよ!!」

 アリスティアと名乗った女の言葉に続く様に騎士達が剣を抜く。

(ったく……)

 剣の構え方、足の開き方、やる気の有無を見てどの程度の力量なのかを見る。
 ハッキリ言って、敵では無い。
 おそらく、この平和な城内での仕事で鈍ったのだろう。
 実際、戦場に行く騎士と城内の騎士では練度に差が生まれる事がある。

(こりゃ少し骨が折れそうだ……)



 私、アリスティア・セイバーエッジは目の前の光景を信じられないでおりました。
 城に侵入した悪漢を打ち倒すべく完璧な陣を敷き、待ち構えていたのに。

「ぐあぁぁぁっ!!」
「きゃぁぁう!!」
「ごはぁっ!?」

 次から次へと、私の部下が素手で倒されていくのです。
 ある者は投げ飛ばされ、ある者は足をかけられ、ある者は張り倒される。
 鎧を着ているにも関わらず、最も簡単に倒していくのです。

「そ、そんな……私の部下達が」

 私の部下達はとても優秀だ。
 午後のティータイムの時のお茶菓子のセンスも抜群。
 私が嫌いな食材が料理に入っていた場合、私の代わりに食べてくれる。
 剣の鍛錬だって手を抜いた事は無い。
 皆常に己の剣をピカピカに磨いており、鏡の様に美しい剣に仕上げている。
 その、私の自慢の部下が……

「にしても拍子抜けだな。全員お飾りか?」

 悪漢は息を乱す事なくこちらを見て余裕の笑みを浮かべている。

「ぐぬぬ……」
「おのれ!! ここはこの私、俊敏のエレナが行きましょう!!」
「エレナだけでは心許ないですね。壁壊しのアンナも行かせてもらいますわ!!」

 私の両脇に立っていたエレナとアンナが前に出る。
 エレナはレイピア、アンナは巨大な槌を担いで悪漢を睨み付ける。

「ミーシャ。貴女にもお願いしますわ」
「仰せのままに」

 私の背後に控えていますミーシャも得物であるボウガンを構える。

「三人、か……」
「怖気付いたかしら?」

 レイピアの切っ先を向けながら、自慢の金髪を掻き上げながら話すのはエレナ。

「そうよねぇ。ミンチにされたくはありませんもなね」

 そう言うのは黒髪をお団子ヘアーにしているアンナ。

「まずは足から狙う……これが、基本」

 ボウガンに矢をセットして呟くのは緑髪をショートボブにしているミーシャ。
 三人はそれぞれ別の雰囲気を放っている。
 エレナは獅子、アンナはクマ、ミーシャは鷹といった感じ。

「やあぁぁぁっ!!」
「だぁぁぁっ!!」
「外さないから……」

 果敢に攻めかかる三人。
 我が隊自慢の三人。
 訓練の時、相手が屈強な男でも勇敢に立ち向かうエレナ。
 何度倒されても立ち上がって立ち向かうアンナ。
 どんなシチュエーションの時でも冷静に立ち回るミーシャ。
 三人は我が隊で最強なのです。

「えっ?」
「嘘!?」
「……なっ?」

 なのにその三人が宙を待っていた。
 エレナはレイピアによる自慢の一突きを躱され、懐に潜り込んだ悪漢に肘を撃ち込まれて吹っ飛ばされる。
 アンナは振り下ろした槌を踏み付けられ、担ぎ直す事が出来ない内に蹴り飛ばされた。
 ミーシャに至っては一発も撃つ事無く、吹っ飛んだ来たアンナに押し潰されてしまった。
 まさに瞬殺でした。
 あの悪漢、ミーシャと自分の間にアンナが来る様に立ち回り、ミーシャに撃たせなかったのです。

「っ、こうなったら仕方ない!! 全員で突撃です!!」
「「「おぉーっ!!」」」

 一人の騎士が叫び、それに応じた騎士達が一斉に悪漢に襲いかかる。
 ですが悪漢は落ち着いた様子でこう言ったのです。

「バラバラだな……」

 そう言って一人、また一人と投げ飛ばして行ったのです。
 ある程度大柄の騎士は蹴り倒され、引き倒される。

「そ、そんな……こんな事では!! くっ!!」

 その光景を見て私は意を決して剣を抜き構える。

「そこの悪漢!! よくも私の可愛い部下を!! ローザ様近衛隊隊長の名にかけて!! この剣と我がセイバーエッジ家の名にかけて!! ここで討たせてもらいます!!」

 剣の切っ先を向け、高らかに宣言する。のですが相手は

「やはりローザか……全く」

 私が敬愛するローザ様を呼び捨てにしたのです。

「くっ!! 貴様!! もう容赦はしませんわ!! 三枚におろしてやります!!」
「おう来いよ小娘」
「っ!?」
「呆けてんなよ?」

 今度は相手から動いたのです。
 彼の回し蹴りが腹部に直撃。
 動きやすさを重視した為に私の鎧は薄い。
 でも頑丈な鉱物を要所要所に使っているので急所の防御性は高い。
 高いはずなのに彼は表情一つ変える事無く私を蹴り飛ばす。

「うっ、ぐぅ……」
「隊長!!」
「っ、がはっ!!」

 何とか息を吐きお腹を見るが、見て私は驚いた。
 だって、お腹の鎧がベッコリとヘコんでいるのだ。

「そ、そんな!?」

 あり得ない。
 騎士の大剣を受け止め、アンナの槌の一撃を受けても傷一つ付かなかった鎧がへこむなんて。
 その事に驚いていると悪漢はなんて事も無いように話す。

「やけに鎧が薄いがお前、死にたがりか?」
「くっ、私の為に職人達が作った鎧を……許さんぞ!!」
「おいおい……」

 立ち上がり今度は私から切り掛かる。
 そんな私を見て悪漢は呆れた様子で肩を落としますが

「教本通りのつまらん剣だな」
「う、……」

 パシッと。
 剣の腹に掌を当てて軌道を外に逸らし、そのまま肘を打ち込む。

「そっ、があぁぁっ!?」
「確かに教本は大事だ。基礎があっての剣だからな」
「がっ!? げっ、ごふっ!?」
「ただまぁ基礎だけってのは良くは無いな。すぐに対策もされてしまうからな」
「げっ、はっ……うごっ!!」
「まぁ、伸び代はありそうだがなぁ……」
「うっ、うぅ……」

 話しながら私の剣を躱し、カウンターで一発一発を丁寧に打ち込む悪漢。
 そのせいでもう私はフラフラ。
 今は剣を支えに立っている状態。

(な、何なのアイツ。強い……)

 赤い目の悪漢。
 無駄の無い、力み過ぎず脱力し過ぎない状態で私をジッと見ている相手はおそらく、私より確実に格上。
 今の私達では勝てない。でも……

「悪漢を、見逃す訳には行きません!! こうなったら、差し違えても!!」

 我が剣に力を込め、刀身を光で輝かせる。

「私の後は貴女に頼みますよ……エリナ」
「た、たいちょおぉぉぉぉっ!!」
「はぁ……盛り上がってんなぁ」
「悪漢!! 覚悟ぉぉぉぉぉぉっ!!」

 天井にぶつからない程度に飛び上がり、悪漢へと切り掛かる。
 倒せずともこれなら傷を受ける事ぐらいできるはず。

「ハアァァァァッ!!」

 だが私は反動で動けずに彼にカウンターでやられるだろう。
 だが大丈夫。我が隊はエリナが後を継いでくれるはずだから。そう思った時でした。

「そこまでェェェェェェッ!!」

 雷が落ちたのかと思う程に大きな声を上げながら、真紅の鎧を着込んだ男性が部屋に突入して来た。
 彼は私と悪漢の間に割って入るやドッシリと構えて私を見据える。
 次の瞬間には

「ッ、ヌン!!」
「かはっ!!」

 彼が持っていた盾で私は弾き飛ばされた。
 バッキィィィンッと言う甲高い音を立てながら弾き飛ばされた私は部下の中で一番ガッシリとした体形の者のもとへと吹っ飛ばされたおかげで受け止められ、たいした怪我はしなかった。

「全く、場内でこれ程の馬鹿騒ぎ。誰の許しを得て行った!!」

 真紅の鎧の男性は轟音という例えがピッタリな程の声で私達に怒鳴る。

「ジ、ジンバ様……これはその……」

 真紅の鎧の男性の名はジンバ・カタムゾン。
 王族護衛騎士団の団長。城内の騎士の中ではトップの人間で、王国にいる騎士の憧れでもある方です。

「お前かアリスティア・セイバーエッジ!! 何故こんな事をした!!」
「そ、その……ローザ様が」
「ローザが? 詳しく話せ」
「は、はい……その」

 私は正直に話しました。
 用事で城に来たアルが未来視で今日、悪漢が城に忍び込む未来を見たと言うので捕らえて連れて来いとローザ様から言われた事をジンバ様に伝える。

「……貴様、それを信じたのか?」
「はい!!」
「何も疑わなかったのか?」
「はい!!」
「全く……」
「ですのでその悪漢を!!」
「バカ者が!! コイツこそ俺が何度も話した友人、ロウエンだ!!」
「嘘ぉ!?」
「嘘なものか!!」
「だ、だってお話の中のロウエンさんはもっとカッコよくて」
「かっこよく無くて悪かったな」
「もっと爽やかで逞しくて、白馬の王子様みたいな方だと」
「おいジンバ。こいつにどう話したんだよ」
「ん? ありのままを話した」
「それが何でこうなるんだよ」
「さっぱり分からん」
「ったく」

 ジンバ様と親しげに話す悪漢ことロウエン様。
 ロウエン様の名は聞いています。
 ジンバ様が信頼する剣士で傭兵をやっていたり自由気ままに過ごしていたが、今ではとあるパーティーのメンバーになっているという。

 その太刀筋は鋭く、戦場では何度もピンチに駆け付けて助けてくれた。
 そんな話から勝手に作り上げた私のロウエン像はまさに白馬の騎士だったのです。

「すまんロウエン。ローザのいたずらだ」
「気にしちゃいないさ。昔も似た事はあったからな」
「ローザの母君か」
「あぁ。懐かしいな」
「本当だな……して、今日はどうして来た? 何か用があるのだろう?」
「あぁ。俺がコイツ等に付き合ったのもそうすればお前が来ると思ったからだ。悪いな」
「構わんよ。で、何の用だ」
「ハヤテ……俺の今のリーダーに見合い話が来た」
「ほう?」
「相手は帝国の騎士の家の娘。ただ、その親に問題がある」
「……詳しく聞かせろ」
「内容が内容だけに極力話したくはないが、何も知らない娘を使って親がハヤテを引き抜こうとしてな」
「下賤な……騎士のする事では無いな」
「だろ? だからちょっとばかり、力を借りたい」
「と言うと?」
「話はこの水晶に記録してある。それを見てから判断してもらいたいが」
「言いたい事は分かった。その娘の親に苦情を入れれば良いのだな?」
「あぁ。ただ」
「分かっておる。ウゼル様を通して、だろ?」
「分かっているじゃないか」
「俺達の仲だろ。気にするな。我等としても聖装持ちを引き抜かれるのは見過ごせんからな……まぁこれが、当人同士が愛し合って決めた事なら文句は言わんが仕組まれているのなら話は別よ」
「助かるよ」
「帝国の王も馬鹿ではない。話せば分かってくれるさ」
「そうだと良いんだがな」
「そうだと良いな……さて、行くぞアリスティア!!」
「は、はい!!」
「済まなかったなロウエン」
「気にすんなって。そこの嬢ちゃん達も磨けば光る原石だ。頑張れよ」
「は、はい!!」

 ジンバ様の言葉で私達はやっと理解した。
 ローザ様のいたずらに付き合わされたのだと。
 それと同時に白馬の王子様と思っていた人に応援されて舞い上がってしまう。

「それでロウエン。お前はこれからどうする?」
「せっかくだし、シスターに会って行くよ」
「そうか。ではな」
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