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59話〜久方ぶりの怒り〜

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「いや~、美味しいお茶だね~。やはりハヤテ君程にもなると従える騎士もこれぐらいできるのだね」
「あ、あはは……どうも」
「すみません、サフィアさん。こんな事をさせちゃって」
「良いのよ。気にしないで」
「ありがとうございます」

 サフィアさんが入れてくれたお茶を飲んでニコニコ笑うアーク。
 その隣にはマリカさんが座っており、彼女もお茶を飲んでいる。
 結婚とかそういう話をする気は無いのだが、マリカさんは美人だ。
 内側に向けて僅かにカーブした髪、パッチリとした目に潤んだ唇。
 胸も、ミナモよりは大きい。
 俺より相応しい男なんてごまんといるだろうに。

「んで、うちのチームのハヤテに見合い話って事だが、急だな」
「すまないね……えっと」
「……ロウエンだ」
「ロウエン君。何事も急がなくてはいけないよ? 君達のリーダーであるハヤテ君は聖装に選ばれし者。故に国中からそういった申し入れが来るはずだ」
「いや、一度も来てねぇけど?」
「本当かね? ……もしかして、上が握り潰しているのかもしれないよ?」
「……ま、貴族同士で潰し合いでもしてるのかもなぁ?」
「だが私は帝国の人間。君達王国の者に遠慮はせんよ」
「言うじゃねぇか」
「優秀な人材は早めに引き抜かないとね」
「それは同感だがな」
「だろう?」

 ニヤリと笑うアーク。
 ただその笑みは、嫌な感じの笑みだ。

「それに、私の娘は剣聖の祝福持ちだ。聖装に選ばれた君には相応しいと思うがね?」
「剣聖、ですか」

 確か祝福の中では上位に位置しており、剣に優れる者に与えられる祝福だったかな。

「代々我がカリバー家は剣聖を持つ子を育てて来た。剣聖を持つマリカと聖装に選ばれしハヤテ君の間の子ならば、確実に帝国で一番の騎士になるだろう。そうすれば我がカリバー家も安泰だ」
「それはまぁ……」
「気に入らないな」
「おや? 気に入らないかね? それは、マリカの顔がかね? それとももっと胸の大きい方が好みかね?」
「そういう事じゃない。俺は」
「そうか、尻か? それとも足かね?」
「……」
「抑えろ、ハヤテ」
「……分かってるよ」
「うーむ……顔でもない、胸でもない、尻でも脚でもないとすると……あ、もっと若い子が好みかね? 何だそういう事なら言っておくれ。マリカの次に家に入れた娘を連れて来させ」
「だから、そういう事じゃねぇって言ってんだろ……」

 ズゥル……と床を這うように黒い風が吹き抜ける。

「俺は、家や立場の為に子を利用する大人ってのが苦手でね……」
「それに、ちょっと引っかかるなぁ」
「はっはっは。それはそれは済まなかったねハヤテ君。それと、引っかかるとは何だね? ロウエン君」
「家族に入れたって、どういう意味だ? まるで……自分の娘じゃねぇみてぇな言い方じゃねぇか」
「……おや、分かるかね? 賢いではないか」
「誤魔化すなよ」
「そのままの意味さ。剣聖の祝福を受けられない者はカリバー家の子ではないのさ。逆に、剣聖の祝福を受けられればカリバー家の子なのだよ」
「メチャクチャだな……」
「幸いマリカは私の実の子で剣聖を受けたのでね……こうして相応しい相手に嫁がせる為に育て、仕込んで来たのだよ」
「それが、うちのハヤテって事か」
「あぁそうだよ。君の噂は帝国でも人気でね。娘を送ろうとする者達を互いに牽制し合っている状況なのだよ。そんな中をかいくぐり、出し抜き、ここまで来たのだよ」
「成程……どこも世継ぎ問題と力関係で優位になる為に大変って訳だ」
「そういう事だ……っといけないね。ハヤテ君のカップが空ではないか。マリカ、入れてさしあげなさい」
「はい」
「いや、俺は別に……」
「失礼します」

 俺の隣に座り、サフィアさんが置いておいてくれたポットからお茶を注ぐマリカさん。
 フワリと爽やかな香りが漂って来る。

「どうだろうか? 料理はもちろん、音楽もできる。裁縫だってできるし、絵だって上手だ。もちろん、剣聖の祝福を受けているからいざという時に君を守る事もできる。馬の扱いも長けているぞ?」
「……何が言いたい」
「なぁい。腰使いがうま」
「生憎、ハヤテはその手の話に疎いんでな……それに、今のハヤテには恋人がいる。出直すんだな」
「おや、恋人がいるのかね……まぁ気にする事もあるまい。歴史に名を残す英雄には数多の女を娶った者もいると聞く。貴族連中の中にだってそういう者もいるし、私だって五人の妻がいる。何もおかしい事ではあるまい」
「ですが」
「あの……」

 俺が話そうとしたタイミングでマリカさんが口を開く。

「……私では、ダメでしょうか」
「いや、ダメとかそういうんじゃなくて……」
「美味しいご飯は作れます。服が破れた時も私が直します。剣の稽古の相手が欲しい時は私が努めます」

 真っ直ぐな目で俺の目を見ながらそう話す。

「歌も得意です。落ち込んだ時に励ます事はできます。絵も好きです。言って下されば描きます」
「マリカさん……」
「二番目でも私は良いのです……どうでしょうか……」

 まるで捨てられた犬の目で俺を見上げてくる。

「でもやっぱり」
「夜の相手もお父様に教えられましたので退屈はさせません。きっと……」
「ッ!?」

 その言葉で俺は言葉を失った。

「……アーク、まさか」

 俺が言いたい事をロウエンが尋ねる。

「はい。娘を差し上げるのですから当然でございま」
「……ロウエン。彼女はこちらで預かる」
「良いのか?」
「……俺の村にあるんだ。まずは友達からってな」
「……成程。ならお試しって事でやるか」
「おやおやそれはそれは、ありがとうございます」
「勘違いするな。上手くいかなかったら帰ってもらう。それと、この事を他言しない。それが条件だ」
「良いでしょう良いでしょう。あい分かりました」

 俺の言葉に満足そうに頷くアーク。
 正直言って、コイツにはもう嫌悪感しかない。

「では、私はこれで」

 娘を俺に預けるやさっさと帰って行くアーク。
 見送りなんてしてやらずに俺はサフィアさんを呼ぶ。

「どうしました?」
「彼女の体を検査してあげてくれ」
「と言いますと?」
「あれだけの事をする父親だ。何か仕込んでいるかもしれない」
「分かりました」
「フー、ルフ」
「キュルル~?」
「ワウワウ~?」
「サフィアさんの手伝いをしてあげてくれ。人では分からなくても、お前等なら何か感じるかもしれないからな」
「ギュルァァウ」
「ワウ!!」
「お願いします」
「はい、分かりました。ではマリカさん、こちらへ」

 サフィアさん、フー、ルフに連れられ浴室へと向かうマリカさん。

「……良かったのか?」
「本当は嫌さ。でも、親の道具にされて見過ごす事ができなかった」
「……お前のそういう所、嫌いではないがな。キャパは考えろよ」
「分かっている」
「だが、これでお前の影響力の強さが分かったな」
「あぁ……これからあぁいった奴等が増えるんだろうな」
「だろうな。まぁその辺はジンバに相談してみるか……」
「良いのか?」
「王国としても聖装持ちが他国に行かれるのは面白くないだろうし、何かしらの手は打ってくれるだろ」
「だと良いんだけどな……」

 俺は心の中で仕事が増えるかもしれないジンバさんにそっと詫びるのであった。





 帰りの馬車の中でアークは笑っていた。

「何が恋人がいるだ。結局はマリカを引き取ったではないか」

 所詮、男は顔の良い女をぶつければ落とせるのだ。
 そう信じていたアークは、数ある自分の娘の中から一番顔が良く、男が好みそうな体付きの娘を選び、家事全般を仕込み、夜の相手の仕方を手取り足取り教え込んだのだ。

「ククッ。私の予想通り、奴は預かるなんて言いながらマリカを取った……後は、夜を待つだけ。一度でも味わえばもう手放せなくなる。そうすれば後は簡単な事」

 自分の家に招き、剣聖である娘との間に子を成してもらうだけ。
 聖装に選ばれた者と剣聖の間に生まれた子ならば、騎士団の中でも上を目指せる。
 そもそもスタート地点が違うだろう。
 才能の無い庶民と、才能に溢れる者ではそもそもスタート地点が違うのだ。

「さぁマリカよ。父の為に、ケダモノへの供物となっておくれ」

 クックックッと喉を鳴らす様に笑うアーク。
 だが彼は知らない。
 当然の様にハヤテは警戒しており、サフィア達にマリカの身体を調べさせている事に。
 そしてその結果から、ジンバを通してウゼルへと知らされ、ウゼルから正式に帝国のトップである帝王へと抗議される事を。
 そして自らの為に子ども達を利用して来た彼を助けてくれる者など、いやしない事を。
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