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45話〜言葉の意味〜

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 パーティーの日から二日。
 今俺は場所を移り、レイェスさんの屋敷に泊まっている。
 ロンドさん達がいるアイスフィア家の屋敷ではなく、レイェスさん個人が保有する屋敷にいるのだ。

「本当にありがとうな」
「あ、いえ……俺は別に」

 屋敷の庭で俺はレイェスさんとお茶をしている。

「私の部下も楽しいそうだしな」
「そ、それは良かったです」

 レイェスさんと俺の視線の先ではレイェスさんの部下数名がウルとルフに遊ばれている。

 遊んでいるのではなく、遊ばれている。
 基礎体力を鍛える為という名目で皆さん、ウル達の首に着けられたバンダナを取る為に二匹を追いかける。

 だが元々体力と脚力が高い上に俊敏なレイブウルフの子だ。
 しかも何事にも全力で取り組む二匹が相手という事もあり、初めは二十人程いた部下の皆さんは続々と倒れ、今立っている三名の部下もヘロヘロ状態だ。

 それもそのはず。部下の方達は全員鎧を着た上でウル達を追いかけているのだ。
 そりゃヘトヘトにもなる。
 だが驚いた事に立っている三名の内男性は一人なのだ。

「ま、待ってウルくん!! 捕まえさせて!! そしてモフらせて!!」
「モフらせぇてぇー!!」

 なお、立っている女性二人はヘトヘトながらに元気そうだ。

「明日、帰るのだな……」
「はい。お世話になりました」
「いや、私としては楽しかったがどうだったかな?」
「あ~……楽しかったですよ」
「そうか。それは良かったよ」

 クスリと笑いながら紅茶を飲むレイェスさん。

「……あの、帰る前に良いですか?」
「ん? どうした」

 俺は聞かなきゃいけない。
 ロウエンが言っていた事も、レイェスさんの寝言についても。

「……レイェスさんはカザミ村に来た事はありますか」
「……あるよ」
「俺と会った事はありますか……」
「…………」
「カザミ村に来た時って、魔獣駆除の時でしたよね」
「……ロウエンから聞いたか」
「少しだけ。それと寝言で言っていたのですが」
「私がか?」
「もう泣かせないから、と」
「!?」
「私が守るから、と言っていました。貴女は何を知っているのですか?」
「……私とした事が。やはり、話さねばならないか」

 一口、紅茶を飲んでレイェスさんは話し始めた。



 あの時のレイェスはまだ聖刀を持っていなかった。
 ただ、隣国の村で魔獣が暴れているから手伝って欲しいと要請が来ているとの事で、将来は騎士となる事を目標にしていた私は父に無理を言って同行させてもらった。

 村の名はカザミ村。
 心地良い風が吹く、小さな村だった。
 そこの近くに現れた魔獣を駆除するために村の男達が先に向かったそうだが、一人として帰って来なかったのだという。

 私達への依頼は魔獣の駆除、それと男達の救助、遺体の回収だった。
 当時の私はその程度の事は簡単な事だと考えていた。
 だが、現実は違った。
 噛み砕かれる騎士の鎧。
 切り落とされる腕。
 次々と倒れる騎士達。
 その遺体を踏みつける魔獣。
 その体毛は剣を止め、肉は槍を止め、牙は鎧を易々と貫いて骨を砕き、爪は鎧を貫いて肉を抉る。

 奴の名はバーサークグリズリー。
 普通なら人の生息圏に出没にする事はあり得ない、危険性が非常に高い魔獣だった。

「そんな……村長は凶暴なエッジボアだって」
「不安にさせたくなかったのだろうな……だから、そう言うように伝えられたのだろう」
「……」

 その時の戦いで私は剣を砕かれ、鎧も砕かれた。
 圧倒的な力の前に、守りは紙同然だった。
 そしてその圧倒的な力の前に、私の命も紙同然だった。

「私も食われると思ったよ……でも、父上が私を庇ってくれたおかげで助かった……でも、その時の傷が原因で父は騎士を引退する事になったよ」

 そう。その時の傷が原因で父は重い物が持てず、また右腕もあまり高く上げられない体になってしまった。
 騎士にとってそれは致命的だろう。
 槍ならまだ扱えるが、その時の傷で足も悪くしたために父は騎士を引退した。

「魔獣そのものは追い払えたんだがな……誰一人連れ戻す事ができなかったよ」
「……そうだったんですか」
「当然、君の父君を取り戻す事もできなかった」
「……」
「君はその時、泣いている女の子を慰めていたよ」
「……多分、幼馴染みの子ですね」
「そうか。でもその時の君は涙を懸命に堪えていたよ」
「……よく、覚えてないですね」
「そうか……」

 だが私は覚えている。
 彼のその時の顔を。
 そして彼女を家に送り届けた後に、一人で泣いていた事も。
 それを見て私は悔しかった。

 形見の一つも取り戻せずに何が騎士だ。
 少年一人慰められずに何が騎士だ。
 その時私は、自分の無力さを実感した。
 それと同時に私は

「君の強さに惹かれたんだ」
「……はい?」
「人の前では涙を堪え、誰にも知られずに泣く姿に私は何故か惹かれたんだ」
「えっと……何故?」
「だから、何故かと言っている。自分にも理由が分からん」
「は、はぁ……」

 そして私は、惹かれると同時に彼を守りたいとも思った。
 二度と、涙を流させたくないと願った。
 それから私は変わった。
 それまで蔑ろにしていた魔法を習得し、剣の腕も磨き、力を身に付けた。

 皇国の騎士団に入ってからは権力を得る為にひたすら上を目指した。
 部下を得て、金を得て、力を得た。
 その間にも私に幾度も見合いの話が持ち込まれたが、全て断った。
 そんな事をする暇があるのなら、私は更に力が欲しかったからだ。

 あの日の涙を忘れない為に。
 無自覚に私の心を奪った彼の笑顔が見たいから。
 そんなある日私は皇王から神殿に眠る聖装の担い手になってみないかと言われた。

 皇国の神殿に奉られる聖装は、かつての英雄が使った聖槍の折られた刃を使って作られた聖刀。
 鋼の鎧を紙のように切り裂くと言われる刃を持ち、担い手の力を増幅する力を持つ聖刀。

 私はそれを抜く為に柄を握り、力を込めた。
 抜く際に私を凄まじい冷気が襲った。
 髪の先、まつ毛、服の一部は凍った。
 寒さで体から力が抜けたのを覚えている。
 あの時の、握っているはずなのに手の中の物の感触が無い不気味な感覚を今でも覚えている。

 手を離せば冷気に飲み込まれ、私はここで終わると実感した。
 だけど私は堪えた。
 守りたいと願った少年を常に思い浮かべた。
 もう見たくないと願った彼の泣き顔を。
 守りたいと願った、まだ見ぬ彼の笑顔を。
 凍えていく中で、私は少年という明かりを抱き続けた。

 そして私は聖刀からの試練に打ち勝ち、その力を手中に収めた。
 それと同時に私は自分自身の変化にも気付いた。
 それまでは、対象が無ければ私は凍らせる事は出来なかった。
 なのに私は聖刀を手にして、無から氷をつくれるようになっていたのだ。

「レベルが上がったのですか?」
「いや違う。帰ってから調べたらな、祝福ギフトに目覚めていたらしいんだ」
「祝福?」
「あぁ。第二のスキル、といえば良いかな。だが全員が持っている訳では無くてね。何かの拍子に覚醒する、というのが近いかな」
「へぇ……それは、凄い……です、ね」
「ありがとう」

 調べた所、私が受けた祝福の名は神羅凍結と呼ばれる非常に強力な物で、氷関連の祝福ではトップに、全ての祝福の中でも上位にはいる物だった。
 それは文字通り、この世全ての物を凍て付かせる力を与える物。それが、私が受けた祝福。
 彼の涙を凍らせ、悲しい時を凍らせて砕く。
 笑顔を凍らせ、幸せな時を凍らせていつまでも続かせる。
 私の願いを叶えられる力だった。
 その力を使って、私は更に上を目指した。
 敵を凍らせ、敵へ続く道が無ければ空に氷の橋をかけ、川が阻めば川の水を凍らせ、砂漠さえ凍らせる。

「それでも、私の力は足りないんだ」

 もっと必要だった。
 そんな時、私は彼の噂を耳にした。
 アクエリウスで聖装に選ばれた事、そしてその近くにあるウインドウッド村を拠点にしている事を耳にした。
 それからすぐに私は、一番信頼できる部下に彼の周辺を調べさせた。

 部下曰く、彼は兄に裏切ら、恋人に裏切られた。
 だが仲間を得る事ができたと言っていた。
 そしてそのまま引き続き調べさせたところ、兄は彼から奪った恋人に利用されていた事が発覚した。
 その時私は、未だかつて無いほどの怒りを感じた。
 だがそれと同時に彼の仲間に感謝をしたのも覚えている。

「そんな事していたんですか……」
「好きな人の事は知りたいからな」
「は、はぁ……」

 それから私は屋敷を整備した。
 彼だけでは無い。
 彼の仲間達も共に過ごせる様にだ。
 彼の大切な人は私にとっても大切な人。
 彼なら共にと言うと思ったからだ。
 彼の仲間である飛竜やレイブウルフ達がちゃんと運動できる様に庭を整備し、近くの山の土地も買った。
 ただここまでして断られたらとも思ったが、その時はその時で演習にでも使うかと思っていた。
 そして……

「そしてあの日、私は君と再会したんだ」
「……」
「改めて言おう。私は君の事が好きだ」
「……」
「将来的には、君の隣に立ちたいとも思っている」
「……それは」
「……どう、だろうか」
「……」

 難しい顔をして考え込むハヤテ。
 ダメなのだろうかと、不安になってしまう。

「……すみませんが」
「……ダメ、か」
「いえ、嬉しいのですが」
「な、何か足りないのか? 足りないのなら言ってくれ。手に入れるから」
「あ、いえそうではなくて……」
「な、何なんだ?」
「……ここに来る前に、俺に想いを伝えてくれた人がいるんです」
「……そ、その子の事が好きなのか? その子が一番で構わない。私は君の」
「いえ。俺はまず、彼女に答えを返したいんです。だから……」
「……もし、私が先に言っていたら違ったか?」
「はい。違っていたと思います」
「……そう、か」
「すみません……」
「……いや、良いんだ」
「……でも」
「うん?」
「ありがとうございます。こんな俺を、好きでいてくれて」
「……ふふっ。そう言われるとはね……いや、好きでい続けるよ。私は君の事がずっと好きだよ」
「……ありがとうございます」

 そう言って彼は私に頭を下げた。
 悲しさはある。
 だが、それと同じがそれ以上に私は嬉しい。
 きっと、彼に想いを伝えた子は彼の事を大切にしてくれるだろう。
 その子に彼を託そう。
 そしてその間に私は更に力をつけよう。
 彼等を狙う脅威から守れる様に。私は強くなろう。
 そしていつかは……

(いや、この事は言わないでおこう。もっと彼に相応しくなってから……この想いを改めて伝えるとしよう)



 そして翌日。
 私は彼を見送りに来ていた。

「本当に何から何まですみません……」
「いや。協力してもらった礼だよ」

 馬車におとなしく乗るウルとルフに手を振りながら彼と話す。

「で、俺達の関係ってどうなるんですかね……」
「別れたと発表をするよ」
「良いんですか?」
「あぁ。今の私では君の足手纏いだと発表する」
「それで通じますかね……」
「私がそうだと言えば、そう言う事なんだよ」
「そ、そうですか……」
「私の気持ちは私にしか分からんからな」
「……な、なるほど」

 その時御者がそろそろ出発という様に鈴を鳴らす。

「……じゃあ、行きますね」
「あぁ。ありがとうな」
「意外と楽しかったですよ」
「そうか。それは良かった」
「じゃあ、また」
「あぁ。何かあったら連絡をくれ。力になるから」
「はい、ありがとうございます。では、行きま」
「……っ。あぁ、気を付けてな」

 最後に彼の頬にキスをする。

「え、えっと……」
「すまんな。私のわがままだ」
「……」
「ふふっ。さぁ、時間だ」

 彼を馬車に押し込む様に乗せ、見送る。
 馬車が見えなくなるまで手を振り、笑顔で見送る。

(今は身を引こう。だが、隙を見せたらかっさらうからな……私は、狙った獲物は逃さない主義だからな。だから、私が付け入る隙が無いよう、彼の事をよろしく頼むよ)

 私は恋敵にそう願い、職場へ向かうのだった。
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