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40話〜風が吹く〜

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 セーラが逃げた先にあった緩やかなスロープを滑り、辿り着いたのは広い部屋。

「ワフゥ」
「ワウッ」
「クルッ」

 可愛くお座りをしてスロープを滑って来た三頭が癒しだ。

「なんだここは……」
「まるで闘技場ですね……」

 ロウエンとエンシさんが周囲を見渡しながら呟く。

「……グルルル」
「……ガルルル」
「グゥルルル」

 何かを察知したのだろう。
 ウル達が上を向いて唸る。
 その方向にあるのは俺達のいる所と階段で繋がった、石でできた台座だ。

 ただその台座には骨でできた悪趣味な椅子があり、そこには当然椅子の主が座っている。
 筋骨隆々の男が座っている。
 暑がりなのか知らないが服は薄着。
 そばの床には大斧を突き立てている。

「やっと来たかぁ……人様の家に勝手に押し入るたぁ、躾がなっていねぇなぁ?」

 そう言いつつ男は、自分の膝に座らせた女の髪を優しく撫でる。

「そう思うだろう? なぁ、セーラ」

 その女は左腕を無くし、顔の半分をフーのブレスで爛れさせられたセーラだった。

「あぁクラック。許して。貴方が好きと言ってくれた腕を食いちぎられてしまったわ……」
「そうか。それは可哀想に……」
「ごめんなさい。貴方が褒めてくれた顔を焼かれてしまったわ……」
「なんて酷い事を……」
「私あの男にね、押さえ付けられたの……」

 俺を指さしてそんな事を言うセーラ。
 もう怒りも悲しみも何もかも通り越して、呆れすら通り越したよ。

「おいおい……」
「あのまま行ったら私、どうなっていたか……とっても怖かったわ。だからお願いクラック……アイツを、ブッ殺して」
「おう任せなぁ……さっさと終わらせて、可愛がってやるからな」

 セーラを椅子に座らせ、床に刺さった斧を引き抜き、階段を降ってくるクラック。

「お前、人の女にずいぶんとヒデェ事をしてくれたな」
「……弁解するつもりは無いよ」
「って事は認めんだな?」
「ふん……」
「何がおかしい?」
「あの女の甘言を否定する労力が惜しいだけだ」

 まぁ確かに押さえ付けていたが、あれは俺じゃなくてアニキだ。

「ほう?」
「それにお前等の方が酷い事はしているだろ」
「なら、女を弄んでも良いと?」
「お前に言われたくないな。襲った村から若い男女を拐うような奴等のトップにはな」
「ハハッ。アイツ等は戦利品よ。人ではない」
「……」
「それと違ってセーラは俺の女だ。お前みたいなちゃんとした恋愛をした事の無い青二才には分かんねぇだろうがな」
「まぁ好きに言って良いけどさ、そこの女。俺のアニキのお下がりだからな?」
「ア?」
「え、おいハヤテ?」
「結構可愛がってもらってたみたいだぜ?」
「……」
「あ、あのー。ハヤテ?」
「甘えてくる時は可愛かったって、アニキ言ってたぜ?」
「……ほぉ?」
「お、おーい。ハヤテさん?」

 クラックの機嫌がみるみる悪くなっていくのが分かる。
 初めは俺がなんでこんな事を言っているのか分からなかった群狼メンバーだが、ユミナ以外は分かってくれたようだ。

「言いたい事はそれだけか? 坊主」
「まだまだ話してあげられるけどどうする? 聞くかい?」
「いや……遠慮したいねぇ」
「まぁ全部作り話だけどね」
「っ!? ……は、はは……へぇ。俺をバカにしてんのか?」
「いや。でもこれで良い」
「減らず口はぁ、そこまでだぁ!!」

 階段を最後まで下りきらず、途中で跳び上がり、俺へと切りかかるクラック。

「やらせるか!!」

 俺の前に躍り出るや刀で斧を受け止めるロウエン。

「ロウエンさん!!」
「吹き飛べ!!」

 すかさずユミナが矢を、ミナモが光弾を放って援護する。

「チィ……邪魔してんじゃねぇ!! そのガキを捻り潰させろ!!」
「それは出来ない相談だな!!」
「私達のリーダーですので!!」

 俺へ向かって来るクラックの進路をロウエンとエンシさんが妨げる。
 そこへすかさずユミナとミナモが援護する。

「クラック!!」
「んなもん、効かねぇなぁ!!」

 だが相手も団長なだけあってか力はあるようだ。
 四人を相手にしても疲れを見せない。

「おら坊主も見てねぇで遊ぼうぜぇ?」
「言われなくても……」
「っと?」
「仲間だけに戦わせはしないさ!!」
「良い目だねぇ……ますます潰したくなったァ 」

 俺の槍と奴の斧。
 互いの刃がぶつかり、火花を散らす。

「ハハハハハ!! 良いね良いね良いねぇ!! その速さ!! キレの良さ!! 一瞬でも気を抜けば俺を貫かんとするその槍!! へし折ってやりてぇわ!!」
「口だけは達者だな!!」

 数度打ち合い、一旦距離を取る。
 速度でなら俺が上だな、一撃の威力では相手が上だ。
 真正面からでは勝てないだろう。
 俺一人では勝てないだろう。
 だけど、俺は一人ではない。
 仲間がいる。文字通り、群狼だ。狼は群れで狩りをする。
 俺達だって同じだ。
 そしてやはりそこは仲間。
 感じ取ってくれたようだ。

「……ま、合わせるとするか」

 ロウエンの言葉で皆が察する。

「手早く終わらせましょう」
「それは賛成ね。こんな所、さっさと出て行きたいわ」
「ハヤ兄を傷付けた貴女達を、私は許さない!!」
「俺に何ができるか分からねぇけど、できる事をやらせてもらう」
「祈ります。私には、それしかできませんから」
「ガルルァ!!」
「グルァ!!」
「グルルァァァッ!!」

 得物を構える者、牙を剥く者。
 その目は眼前のクラックを真っ直ぐ見据えている。
 そんな俺達を見てクラックは

「ハハッおもしれぇ……よくよく見たら良い女もいるじゃねぇか。ククッ。良いねぇ。屈服させてやりてぇ!!」

 目をひん剥き、唾を飛ばして叫ぶその姿。
 その姿は理性ある人ではない。
 欲望のままに突き進むけだものだ。

「来いやぁ!! クソどもがぁぁぁっ!!」
「行くぞ!!」

 俺に続くように床を蹴る群狼達。

高貴なる剣ノーブル・エスパーダ!!」

 突き進む俺達の隙間を縫うように駆け抜ける光の剣。それはアニキがセーラから取り戻した力。

「おっと?」

 殺到する剣を斧で切り払うクラック。

「その程度でも!!」
「隙があれば!!」
「こじ開けられんだよ!!」

 ユミナの針鼠の針刺ヘッジホッグ・スティングで、生まれた隙を広げ、そこにエンシさんが槍を捩じ込む。
 当然クラックはその槍を斧で受けるが、体制を立て直す前にロウエンが滑り込むように近付き、刀を打ち込む。

「グオッ!?」

 身を捩り、両断は避ける事に成功したクラック。
 だが完全には躱しきれずに脇腹を浅く切り裂かれる。

「グルァァァァッ!!」
「この!!」
「ガアァァァァッ!!」
「クソ犬風情が!!」

 ウルルフ兄妹のコンビアタックに悪態を吐きながら対処するクラック。
 だが、戦闘前の俺との会話で冷静さを失った今の奴はウル達の敵では無い。
 片方が挑発し、片方が攻める。
 両方で挑発し、同時に攻める。
 兄妹だからこそできるコンビネーションで少しずつ、だか確実に攻めていく。

「ガアァァァッ!! クソ犬がァァ!! 潰れろォォォッ!!」

 ウル目掛けて振り下ろされる斧。
 それを背後に跳んで躱し、ルフと共に飛びかかり、クラックを蹴り飛ばす。

「グフッ……」
「ガカァァァッ!!」

 ウル達に蹴り飛ばされ、尻餅をついたクラックの右足にフーの尾が巻きつく。

「まっ……」

 太く逞しい長くしなやかな尾を巻きつけたフーはクラックを持ち上げ、振り回して投げ飛ばす。

「うごぁっ……ぐう……いてぇ……いてぇぞ……」
「あれだけ言っておいて、大した事ないな」
「う、うるせぇ……テメェ等。遂に俺を怒らせやがったな……」

 ヨロヨロと立ち上がりながらポーションを取り出すクラック。
 そのポーションは初めて見る色をしており、ドス黒い液体だった。

「へ、へへ……後悔すんなよ!! クソガキどもがァァァッ!!」

 栓を抜き、ポーションの中身を一気に飲み干すクラック。
 直後、クラックの前身の筋肉が文字通り膨張した。

「は、ハハハハハ!! 見ろ!! これが俺の本気だ!!」

 メキメキと音を立てて巨大化してくるクラック。

「恐れろ。ひれ伏せ。俺に貴様の全てを差し出せぇ……」

 斧を肩に担ぎ、俺を見下ろすクラック。

「どうした? ビビって声も出ないか? そうだろそうだろ。もむと恐れろ。そして死ね!!」

 俺目掛けて斧を振り下ろすクラック。
 だが不思議と恐怖は感じない。
 むしろ落ち着いてすらいる。

「おぉぉぉぉら死ねェェェェッ!!」
「そうよそのまま殺して!!」
「おっしゃ任せろやァァァァッ!!」

 セーラからの声援を受けて更に力を込めるクラック。
 だけど俺はその腕を

「……は、ぁ?」

 切り飛ばす。
 手首から先槍で切り飛ばす。

「お、俺の腕がァ ァァッ!? ふざけんなァァァッ!!」

 残る左手を俺に叩き付けるべく振り下ろすクラック。

「お前、遅いよ……」

 だが俺はその腕を、肘から切り飛ばす。

「う、ウギャァァァァァッ!? あぁ、あぁぁぁっ!! 俺の腕がァァァッ!!」

 ブジャァァァッと血を噴き出させながらのたうち回るクラック。

「バカが。どれだけ鍛えた所で関節が強くなる訳じゃねぇ。それにデカくなるって事は的がデカくなる事でもある。そんな事も分からねぇとはね。俺達が来なくても、近い内に壊滅してたかもな」
「う、うぅ……畜生……チクショォォォッ!!」

 ロウエンの言葉を受け、叫ぶクラック。
 そんな彼を気にせず俺は、俺の敵のもとへ跳ぶ。

「ひっ!?」

 彼女の目の前に降りるや悲鳴を上げられた。

「は、ハヤテ……」
「腕、まだ痛むか?」
「……え?」
「顔、痛いか?」
「あ……当たり前でしょ!!」
「モーラも苦しんでいた」
「……はぁ? あんなのと一緒にしないでよ!!」
「あいつは記憶を失って苦しんでいたよ」
「あっ……ちょっ、危ないから槍を向けないでよ……」
「あいつは、記憶を取り戻す事を恐れていた。でも、取り戻して前に進もうと頑張っていた!!」

 槍を喉元に突き付けながら叫ぶ。

「だから俺は!! あいつの事は許そうと思った。記憶を取り戻して、苦しむ事になったとしても、前に進もうとしていたから。俺は、アイツが望むならパーティーに残ってもらおうとも思っていた!! 仲間として受け入れようとも思っていた!! …………でも、でもアイツは!!」
「死んだ女の事を今更言ったってどうしようもないじゃない!!」
「あぁそうだな……でもお前は違う。お前が、いやお前等がモーラを狂わせた。お前達が、スキルの実験なんて事をアイツにしなければこうはならなかったんだ!!」
「はぁ!? 何その言い方!! 何よアンタ、あんな女が好きだったの!? ホント趣味悪いわ……」
「……お前のように性根は腐ってなかったけどな」
「っ……で、でももう良いのよ。私は貴方を許してあげる」
「はぁ?」
「ほら、大切なものって失って初めて気付くって言うじゃない? 私、きっとそれだったのようん。今なら分かるわ。貴方が私をどれだけ大切にしてくれていたのか。だから、ね? やり直しましょう? きっと幸せな家庭が築けると」
「今更、やり直せると思っているのか?」
「私だって人よ!? 過ちぐらい犯すわよ!!」
「お前のそれは過ちので済ませられるレベルだと思っているのか?」
「償えない罪だって無いでしょ!?」
「お前の罪は既に言われているだろ」
「でも、どうして私だけなのよ!! カラトだってエラスだって、そうよモーラだって貴方を傷付けたじゃない!! なのにどうして私だけこうなるのよ!!」
「……分からないだろうな。お前には」
「な、何よ何よ何よ……何よ!! みんなして私を悪者扱いして!! なら良いわよ!!」
「逃すか!!」

 俺の槍を躱すや走り出すセーラ。
 向かう先にはクラックがいる。
 この状況でまだアイツに縋る気なのだろうか。
 今の奴にそこまでの力があるとは思えないと思いつつ警戒はする。
 が、俺より先に動いた者がいた。

「……ハヤ兄!! 行かせちゃダメ!!」
「ユミナ?」
「何か持ってる!!」
「何!?」
「ロウエン!!」
「分かっている!!」

 ユミナの言葉を聞いた俺とロウエンが走り出したのはほぼ同時だった。
 でもセーラは一足先にクラックのもとへと辿りっていた。

「クラック、これを飲んで!!」
「これは……ポーション?」
「そう。貴方が失った腕を取り戻せるポーションよ」
「そ、それはありがたい……これで俺は、また戦える」

 そう言ってセーラが取り出したポーションを飲まされるクラック。
 だがそのポーションはただのポーションではなかった。

「っ!? がっ……がっ!? ァアァッ!! セーラ!! お前!! 何を飲ませた!!」
「ふふ。嘘は言っていないわ。だってそうでしょう? それを飲めば失った手足を再生する事ができるんですもの」
「で、でもこれはァァァァッ!!」
「えぇそうね。貴方がいざと言う時の切り札として持っていたヤバーいポーションよねぇ」
「な、どうして!!」
「そんなの決まってるでしょ? 今の貴方に必要だからよ」
「ふ、ふざけるなぁあ…………オゴオオォォォォッ!!」

 腕の切断面の肉が盛り上がり、失われた腕が生えてくる。
 それだけじゃない。
 ロウエンによって作られた傷からは小さな腕が生えてきている。

「でも確かそれ……副作用が強いのよね。それが無ければ私が使いたかったんだけれど」
「アギィ……グウゥ……オォゴォオオオォォォッ!!」

 メキメキメリメリと音を立てながら先程よりも更に巨大化していくクラック。
 しかも頭部には雄牛のような角が、上下の顎には鋭い牙が生えている。
 肌も黒く染まり、その姿はまるで……

「魔族みてぇだな」

 ロウエンが呟く。

「ウゥゥオオォォォォォォアァァァァァッ!!」

 雄叫びを上げながら上体を伸ばそうとするクラック。
 だがその背中が天井に辺り、邪魔をする。
 ならばと力を込めるクラック。
 その結果、天井にヒビが走り始める。

「おいおいこりゃヤバいぞ!!」
「仕方ない……皆一旦地上まで戻るぞ!!」
「は、はは……思った以上にヤバいわね……私もトンズラさせてもらうわ!!」
「セーラ!!」
「行くぞアニキ!! あんなのを追いかけて危険な目に遭うのはごめんだ!!」
「……そうだな。行こう!!」

 天井がガラガラと崩れ落ちるなか、俺達は降って来たスロープを駆け上る。
 スロープが緩やかだったおかげでエラスも楽々駆け上がれていた。

 目指す先は地上。
 その最中も俺達を襲う揺れ。
 その揺れを受けて他の騎士達も地上まで引き上げている。
 いや、騎士達だけじゃない。
 盗賊達も地上に向かって走っている。
 その様子から、彼等も何が起きているか分からないようだ。
 ただ、事前にレイェスさんによる補強がなされていたおかげで、俺達は無事に地上に出る事ができた。



「おいおい……」
「こりゃやばいな……」

 地上に出て開口一番出た言葉はそれだ。
 と言うのも、クラックの奴。
 その巨体故に全身は出ていないのだが、上半身が地上に出ているのだ。

「アハハハハハハ!! 良いぞこの力ァ!! 俺様は無敵だァッ!!」

 そう吠えながら近くにいる人物を、騎士盗賊問わず腕で薙ぎ払っていく。

「アイツ仲間を!!」
「仲間ァ ? もはや俺に仲間は不要。この力でェ。俺に逆らう全てを捻り潰してくれるわァ 」

 ゲラゲラと笑いながら腕で薙ぎ払うクラック。

「アイツを出すわけにはいかん……総員!! 死力を賭して倒すのだ!!」

 司令の言葉に雄叫びを上げて応じる騎士達。

「ハヤテ!!」
「分かっている!! あんな筋肉だけが取り柄のデカブツ。アビスドランの方が恐ろしかったぜ」
「その息だ。おいカラト」
「ほひ!?」
「しゃんとしろ!! お前にも戦ってもらうぞ。剣がてんでダメなら魔法で手伝え。良いな」
「お、おう」
「良いな!!」
「……おう!!」
「よし頼んだ!!」
「頼むよ。アニキ」
「あぁ。任せろ!!」
「……行こう!!」
「おう!!」

 ロウエンと共にクラックへと駆け出す俺の後ろでユミナがフーの背に乗って飛び上がる。

「いくらデカかろうと、魔族に似ていようと奴は人間。なら、まだ対処はできる!!」
「対処ってどうすんだよ」
「斬り刻む!! 魔族でない人間ならそれで事足りる!!」
「あのサイズを刻むって言うのか!? 無茶だ!!」
「だがやるしかない!! それとも、最大の急所を穿つか?」
「最大の急所って……」
「心臓だよ!! それを消し飛ばせば流石に止まるはず……ただの人間ならな!!」

 迫るクラックの拳を躱し、振るわれる腕を飛び越え、懐に飛び込む。

「セラァッ!!」
「ウラァッ!!」

 そしてそのまま胴を切る。
 が、たいした傷は付けられない。

「こそばゆい、わあァァァァァァァッ!!」
「うぐっ!?」
「何て……勢い……」

 腹をへっこませ、パンっと張る。
 その動作だけで俺達二人は吹っ飛ばされる。

「ぐっ!!」
「デカくなった分筋力も上がってるってやつか……ふざけやがって」
「このままじゃ止められないぞ!!」
「おいクソアニキ!!」
「分かっている!! もう少し待て!! 久し振りなんだよ!!」
「んな事知るか!! 一度で良い!! 腕を潰してくれ!! そうすれば奴がやる!!」
「奴?」
「良いからやれ!!」
「お、おう!!」
「それまでは俺達で抑える!! だがらやれ!!」

 アニキそう言ってまた駆け出すロウエン。
 それに続くように俺も駆け出す。

「犠牲を増やすわけには……」
「軽いなぁ、女ァ ……」

 槍から放った水のロープを腕に巻き付け、少しでも動きを止めようとするエンシさん。

「こうしてくれる!!」
「ガッ!?」

 だが持ち上げられ、そのまま地面に叩き付けられる。

「クソ犬どもはビビってかかってすら来ねぇわ!!」
「私はいる!!」
「トカゲに乗らねぇと相手できねぇくせにほざくなぁ!!」

 フーの背中からユミナが矢を放つも効果は見られない。

「ハハハハハッ!! これだ!! この力だ!! 人間を超えたこの力で!! 俺はこの世の王になるのだァ ァァッ!!」

 天を仰ぎながら片足が地面にかけられ、いよいよ地上に乗り上げようとするクラック。

「よし!! 行くぞ!! 皆離れてくれ!!」

 そこへ響くのはアニキの声。
 何が起きるか分からないが、指示通り俺達はクラックから離れる。

「やってやるさ……空より来たれし七星スカイフォール・グランシャリオ!!」

 アニキの声に呼ばれるように空から落ちて来る七つの光球。
 クラック目掛けて真っ直ぐ落ちて行くその光景はまさに、流れ星がそのまま落ちて来たようだった。

「ンダァ? んなもんが効くとでも思ってんのか!!」

 光球を打ち返そうと拳を左右交互に打ちこむクラック。
 だが降り注ぐ星の前では無力だった。

「おっ!? ウグオォォォォッ!!」

 迎え撃とうと振り上げた拳は砕かれ、胸を打たれて穴へと押し戻されて行く。
 それを見て待ってましたとばかりに、彼が叫ぶ。

「今だレイェス!!」
「言われなくても」

 ロウエンの言葉に軽く返しながらレイェスさんが腰に下げた刀を抜く。

「凍てつかせよ。我は聖刀の継承者。抜き放たれよ。我の力は全ての時を止める。聖刀、抜刀!!」

 刀を、いや聖刀を抜く彼女。
 その刀の刀身は氷の様に透き通っており、わずかに水色を帯びている。
 その切っ先を彼女は地面に突き刺す。
 するとなんと言うことか。
 切っ先が刺さった地点からクラック目掛け、まるで走る様に地面が凍って行く。

「な、なんだこれは」
「ふん。何だ、あれだけの盗賊団を率いていたくせに私を知らんのか」

 そしてその氷はクラックを飲み込む様に凍らせて行く。

「私の名はレイェス。皇国最強の女だ」
「な……き、貴様が!?」
「よし動きは封じた!! やれ!! 狂狼!!」

 両腕と鳩尾辺りまでを凍らされ、動きを封じられたクラックを見て叫ぶレイェスさん。
 その声に反応したのはご存知の

「その名で呼ぶなと言っただろうが!!」

 背中の太刀を抜き、二刀の構えに移ったロウエンだった。

「おや、そうだったかな?」
「全く……手のかかる、弟子だな!!」

 苦笑いしつつスタートを切るロウエン。
 だがその目の前で

「何のこれしきぃぃっ!!」

 なんとクラックが力任せに動き出したせいで彼を拘束する氷にヒビが入り出してしまったのだ。

「ちっ、このままじゃ間に合わねぇ!!」

 ロウエンが舌打ちと共に叫ぶ。
 が……

「何の為の」

 空を舞う二つの影があった。

「儂等じゃと思うておる!!」
「ハァッ!!」
「ゲンエンさんに、フォンエンさん!!」
「私もいるわよ」
「フリストさん!!」

 ゲンエンさんとフォンエンさんによる急降下蹴りが脳天を直撃し、グラついたクラックをフリストさんの氷が再拘束する。
 それを見たロウエンは立ち止まり、刀の刀身に炎が纏わせる。

「ハヤテ!! 槍を抜け!!」
「……え、あ、おう!!」

 突然立ち止まったロウエンの声に従い、俺は聖装を抜き構える。

「タイミングは合わせる!!」
「おう、信じているぞ!!」

 投げる体制に移り、タイミングを図る。
 狙いはクラックの胸のド真ん中。
 更にそのタイミングで左肩に僅かな熱を感じる。

「ん? ……」

 なんだろうか。そう考えるより先に風が巻き起こる。俺の周囲を、砂を巻き込んだ風が吹く。

「まぁ今は良いか」

 考えるのは後だ。
 今は目の前の敵を倒す事が先だ。

「計画変更だ」

 ニヤリと笑いながらロウエンが呟く。

「今だハヤテ!! 槍を投げろ!!」
「任せろォォォォォッ!!」

 ロウエンの合図で聖装を投げる。
 砂を巻き上げた風を纏い、クラック目掛けて猛進する聖装。

「ゼェヤアァァァッ!!」

 俺が聖装を投げると同時に刀と太刀を交差させる様に振るい、炎の斬撃を飛ばすロウエン。
 二つの炎が交差した斬撃とその後ろを飛ぶ聖装。
 やがて聖装はその斬撃に追いつくや、炎を聖装自身に巻きつける様に巻き込み、クラックへと突き進んでいく。
 まるでその姿は炎の竜巻を纏っている様だ。

「ふ、ふざけるな!! 俺は、俺はァ ……」

 そして突き刺さる。
 最期は呆気なかった。
 何の抵抗もなく聖装はクラックの身を突き抜け、その身を残す事なく焼き尽くした。

「……終わったな。ハヤテ」
「あぁ……終わったな」

 俺の手元にまるで意思を持つかのように飛んで戻って来た聖装をキャッチしながら俺は頷いた。
 あとは、アイツを見つけ出すだけだ。
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