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32話〜いざ、火の国へ〜

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 カザミ村を発ったハヤテ達は一度ウインドウッド村に戻り、それから馬車で南に向かった。
 エンシさんの馬であるウェイブに荷台を引っ張ってもらっている。
 おかげで馬車代が浮いて大助かりだ。

「みんな見送りに来てくれたね~」
「家の事は彼等に任せたけど……掃除の類をやってくれるなんて。本当にありがたいね」
「そうだな。彼等のおかげで遠出が出来る」

 屋根付きの荷台に乗り話す女子三人。
 その荷台の近くをウルとルフが歩き、屋根の上にはフーが大人しく座っている。
 三頭とも周囲を警戒してくれているらしく時々周囲を見回している。

「良かったのか? お袋さんと話さなくて」
「良いんですよ。向こうが出てこないなら……」
「……そうかい」

 御者席に座りながら隣のロウエンと話す。

「まぁあの村を治めているのがアイツなら安心して良いだろ」
「買ってるんですね。彼の事」
「一応弟子だからな。どんな奴かぐらい知っている」
「そうなんだ……」

 ガタゴトと揺られながら道を進む。

「あの二人ってどんな人なの?」
「ん? ……んー、アルが兄でラウが弟だな。アルには奥さんがいてじきに子どもが産まれる」
「そうなのか? ……凄いな」
「んでラウは確か彼女がいるんだけど忙しくてなかなか会えないって言ってたな……」
「そりゃ騎士だし、今じゃカザミ村の統治をして」
「いや、彼女の方が忙しいんだ」
「……え?」
「彼女、聖騎士の位を与えられていてな。忙しいんだと」
「そうなのか……」
「アルはアルでローザの護衛。ラウもラウでなぁ……兄弟揃って希少なスキルを持っているし」
「希少なスキル?」
「あぁ。アルは未来視、ラウは聖域化ってスキルを持っているんだよ」
「未来視は想像できるけど、聖域化ってなんなんだ?」
「んー、まぁ一言で言うと……その範囲に入った味方は絶えず回復され、敵は絶えずダメージを受けるって感じかな」
「それ、強くないか? いや相当強力だろ」
「まぁな。その代わりラウへの負担は大きいし、他のスキルをほとんど習得できない」
「えっ……」
「アルとラウはそのスキルに特化してしまってな。他のスキルとの相性が悪いんだ」
「相性が悪い?」
「あぁ。だから奴が覚えられるスキルの大半が初級スキル。その効果を倍加ブーストスキルで増幅させているんだ」
「へぇ……彼等なりに悩みがあるんだな」
「悩みが無い人間なんかいないさ」

 ゴトゴトガタゴトと馬車に揺られる。

「な、なぁそういえばさ」
「ん?」
「スキルと魔法って何が違うんだ?」
「……そこから?」
「おう」
「……マジか。んーそうだな。一言で言うなら、相性が悪いと習得できないのがスキル。相性が悪くても素質があれば習得できるのが魔法……ってところか」
「なるほど」
「だから同じ回復系でも、相性が悪ければ回復スキルは習得出来ないが回復魔法なら習得ができる。ただその場合、回復魔法を使う際に疲れるけどな」
「意味ねぇじゃん」
「言ったろ。素質があればって。魔力って言えば良いかな……まぁ相性が良ければ消費する魔力量は減り、相性が悪ければ消費する魔力量が増えると思え」
「なるほどな……」
「急に何でだ?」
「いや……ちょっとな」

 なら俺も魔法を習得すれば回復とかで皆のサポートができる。
 そう考えたのだ。

「まぁ、落ち着いて行こうや」
「おう」
「ねぇねぇまだ着きそうにない?」
「ん? ……あぁ。もう少しだな」
「少し休まない? お尻痛くなってきちゃって……」
「そうか……なら少し休むか」
「やったー!!」

 ミナモからのお願いにより馬車を一旦止め、小休憩に入る。

「にしても暑いね~」
「そうですね……もうカグニスに入ってますもんね」
「カグニス?」
「ユミナさんは初めて聞きますか?」
「うん」
「カグニスと言うのは王国の南東に位置する小さな町だ」
「へぇ……」
「火山があるおかげで火の国とも呼ばれていてな。そこにしか生息していない生物や植物もいるぞ」
「エンシさん物知りですね」
「……前の見合い相手がカグニスの出身でな。行った事があるだけだ」
「お見合いですか……」
「でもエンシって今独り身っ!?」
「おや、どうしたミナモ。急に倒れて」

 言ってはいけない事を言ったのだろう。
 エンシさんの神速の一撃を受け、まるで眠るようにその場に崩れ落ちるミナモ。
 それを見てしまいブルブル震えるユミナとウル達。
 俺は目をそっと逸らし、ロウエンは見事な速さだと呟いている。
 しばらくして意識を取り戻したミナモは何が起きたのだと言わんばかりに周囲を見渡していた。


 そんな事がありはしたものの、その後俺達は無事カグニスへと辿り着く事ができた。
 一年中温暖な気候であり、雨季と乾季が交互に来る。
 今は乾季と雨季の境目で、これから雨季になるようだ。

「さて、と……」
「ふぃ~お尻がいた~い」
「やっと着いたか……」

 馬車から降り、それぞれ体を伸ばしたり体操をしている女性陣。
 ウル達も伸びをしている。

「長旅ごくろうさん。早速で悪いがこっちだ」
「ウェイブ。こっちだ」
「ブルルッ」

 馬車に荷物を積んだまま歩き出す。

「知っているのか?」
「知っているも何も、昔住んでいたからな」
「そうなのか」
「って言ってもそんなに長い間じゃないけどな」
「そうなのか……どれぐらい?」
「五年ぐらい」
「長いと思うけどな……」
「そうか……」
「それでどこに向かっているんだ?」
「安心しろ。怪しい所ではない」
「答えになってなーい」
「俺の知り合いの所だ」
「それも答えになっていない気がするんだけど」
「気にするな」
「放棄しないでいただきたいのだが」
「ブルルッ!!」
「って話している内に着いたぞ」
「ここか?」
「おう」

 ロウエンが立ち止まったのは一軒の大きな屋敷の様な建物だ。
 周囲を高い壁に囲われた屋敷は赤と白で彩られており、屋根の両橋には海老反りをした金の魚が乗っている。

「な、なぁここは」
「あぁ、いたか。おいそこの坊主」

 俺の言葉を遮る様にロウエンは門の近くで道端の掃除をしている子どもに声をかける。
 子どもは一瞬キョトンとするもすぐにこちらへ歩いてくる。

「何かご用ですか?」
「弟子が帰ったと言えば通じる」
「は、はぁ……」

 そう言うと子どもはトテテテと中へと入っていく。
 待つ事数秒。
 先程の子どもと共に一人の老人が出てきた。

 彼は橙色の髪、顎にはヒョロヒョロっとした長く白い髭を生やしており、穏やかな表情をしている。
 が、俺達が目を奪われたのはそこでは無い。
 頭に耳が生えているのだ。
 人の耳ではなく、獣の耳が生えているのだ。
 更に腰にはフサフサの尻尾が五つ生えている。

「弟子と聞いて誰かと思えば…………ヌシか」
「お久しぶりです。老師ゲンエン」

 落ち着いた声で話す老人は驚く俺達をよそに、あのロウエンが背筋を正して礼をした。

「連れもいるのか。まぁ良い良い。入れ」

 そう言って俺達を屋敷の敷地内に招き入れるゲンエンさん。

「ほら、行くぞ」

 彼に着いて行くように歩き出すロウエン。
 それに続く俺達。

「知り合いなのか?」
「ん? ……あぁ。知り合いも何も彼は」

 ロウエンがそこまで言った時だった。

「知り合いも何も彼奴きゃつは儂の弟子よ」

 その言葉を聞きた俺達の驚愕の叫びが、一拍置いてから敷地内に響いた。



「して、急に何の用だ?」

 広めの部屋に通された俺達は正座という座り方に苦戦していた。

「……楽にすれば良い良い」
「す、すみません」
「私、もう足が痺れて動かせない……かも」
「あ、足の感覚が……」
「新しい鍛錬に……よ、良さそうだ……な」
「慣れない者には辛いですからね……」
「話をすり替えるなロウ。何用だ」
「あはは……ダメっすよね~」

 足を崩す俺達を見ながら苦笑いするロウエン。
 ゲンエンさんはお茶を啜りながらロウエンを逃がさない。

「この前と似た感じですよ」
「……お前を鍛えろと?」
「まぁそんな感じですけど、今回は俺じゃない」
「……そういう事か」
「話が早くて助かるよ。老師」

 そう言うとロウエンは俺達を一度見て言う。

「こいつらを鍛えて欲しい」
「……お前が鍛えるのではないのか?」
「俺も参加するさ。でも、アンタにも参加してほしい」
「……その理由は?」
「俺を救った」
「……」
「……」

 目を細めてロウエンを見るゲンエンさん。
 そんな彼から目を逸らさないロウエン。

「……まぁ、良いだろう。が、そこのエルフの子」
「は、はい」
「あんさんは儂の手に余る。すまんの」
「あ、い……いえ……」
「では、他三人。儂に着いて来なさい」

 音を立てずに立ち上がると歩き出すゲンエンさん。
 俺、ユミナ、エンシさんも立ち上がり、彼を追いかける。
 彼が俺達を連れて行ったのは広い庭だった。

「あの……」
「まずは弓の子」
「は、はい!!」
「名前は?」
「ユミナです」
「ではユミナはあの木に吊るされた的を落としてみよ」
「えっ……あの的ですか?」

 ゲンエンさんが指差した的は木の枝に頑丈なロープで吊るされた物。
 風に吹かれてユラユラと揺れている。

「では次じゃがそこの」
「エンシです」
「エンシ。お主は……そうじゃな、ひとまず得物の腕を見せてくれぬか?」
「分かりました。では……」

 そう言うとエンシさんはゲンエンさんの前で槍の腕を披露する。

「うむ。ありがとう。では……」

 そう言うとゲンエンさんは手の中に風を起こし、そこに葉を乗せる。

「これを穿て」

 そう言って風を放つ。
 この葉は風に乗って上下左右にフワリフワリユラユラと漂う。

「では最後にお主……」
「ハヤテです」
「ハヤテ。お主も槍か……うぅむ」

 少しだけ考えるゲンエンさん。

「立て」
「はい?」
「立てと言っている」
「は、はい!!」

 言われた通り立ち上がった俺をゲンエンさんはジッと、観察するように見る。

「お主、足は速いか?」
「え、えぇ。まぁ……」
「ふむ……ならば、槍を置け」
「は、は……い!?」

 俺が槍を地面に置くと同時に俺は空を見上げていた。
 遅れて背中を痛みが走り抜ける。

「いっ!? ……」
「見た所、槍しかできんそうだったからな。試させてもらった……おい、フォンエン。フォンエンはおるか」
「お呼びでしょうか?」

 ゲンエンさんに呼ばれて庭に出て来る少女。
 痛みに堪えながら起き上がりつつ、声の主を見る。
 声の主はユミナと同い年ぐらいの女性だ。
 ゲンエンさんと同じように短い黒髪に獣耳。
 丸い毛玉のような尻尾が生えている。

「こやつに稽古をつけてやれ」
「……分かりました。貴方、名前は?」
「は、ハヤテ」
「そう。ならハヤテ。私の背中を地面に着けなさい」
「え、それだけで良いんですか?」
「あぁ。構わん」
「マジか……じゃあとりあえず、よろしく」
「あぁ……」

 俺が差し出した右手をフォンエンはゆるく握り

「よろしく頼む」

 ヒョイっと投げ飛ばした。

「……へ?」

 天地が逆転し、次の瞬間には背中から地面に落ちる。

「何が起こったか分からない。という顔をしているな」
「……な、何が」
「女だからと甘く見ていると、骨が折れるぞ?」

 即座に起き上がり、彼女と向き合う。

「言っておくが、私は強いぞ」
「口では何とでも言える!!」

 さっきのは油断した俺に原因がある。
 向こうも握手するだろうと油断していたからだ。
 だから、もう油断しなければ……



 結論から言うとダメだった。

「はぁ……はぁ……はぁ、はぁ……っ、はぁはぁ……」

 俺は大の字で寝転がりながら星が輝く空を見上げていた。

「足は速いが無駄が多いな。今までその足で近付いて槍を打ち込んでいたのだろう。おかげで、他の事がてんでダメだな」
「うぐっ……」
「その証拠に、お前は私の服すら掴めていない。私の服の乱れは、私の動作によるものだけ。しかも私は途中から……んっ。利き腕まで脱臼させて相手してあげたのに……どんだけ弱いのよ。アンタ」
「……」

 返す言葉が見つからねぇ。

「いつまで寝ている。さっさと起きろ」
「すんません……」
「全く……風呂が沸いているはずだ。入って来い。どうせしばらくここに泊まるのだろう?」
「え……そうなんですか?」
「違うのか? 先程ロウとゲンエン様が話しておられだぞ」
「マジか……」
「そう言う事だから。明日もみっちり投げてやるから覚悟しろ」
「うげ……マジっすか」
「大マジだ」

 ニッコリと満面の笑みで答えるフォンエンさん。
 その顔を見て、何故か疲れた気がした俺だった。



「ふぃ~。さっぱりした~」

 あの後風呂を頂いた俺だが、何か効能でもあるのだろうか。体が軽く感じる。
 更にそれぞれに部屋を貸してくれて、飯まで食べさせてくれる。

「本当に至れり尽くせりで……」

 なんだが申し訳ない。

「いや、そう思うなら強くならないとな……」

 そう思いながら頬を叩いて気合を入れる。
 フォンエンさんだって協力してくれているのだ。
 真面目にやらねば彼女に対して失礼だ。

「ふぅ……明日こそは触れるぐらいはしたいな。いや、明日こそは勝つ!!」

 そう誓い、俺に割り当てられた部屋の戸を開ける。

「あぁ、帰ったか……って
「ただいまロウエ……ン」

 戸を開けて俺と相手は固まった。
 相手は俺が来るとは思わなかったのだろう。
 俺もロウエンがいると思って戸を開けたら違う相手だったので驚いた。
 というのも部屋にいたのが、風呂から上がったばかりだったのだろう。
 濡れた髪に血行の良い肌。
 そして軽装のエンシさんだったのだ。

「あ、あれ……俺、部屋間違えたか?」
「い、いや私が間違えたか?」

 慌てて俺は部屋のある位置を確認する。
 いや、フォンエンさんから伝えられた部屋で間違いない。
 エンシさんも廊下に出て確認するが、どうやら間違えていないようだ。
 つまり……

「エンシさんと相部屋……」
「ハヤテくんが……同じ部屋に」

 窓の外でウェイブが鳴いた気がした。
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