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31話〜俺が引っ張り上げる〜

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「先生。彼の様子は……」
「まるで抜け殻だ……ったく」

 ロウエンはソファーに座りつつ、ラウに言葉を返す。

「ここに来て既に三日。部屋に篭っているそうですが……」
「俺だけで来るつもりだったんだがな……」

 テーブルに置かれた紅茶を一口飲む。
 俺達群狼が今滞在しているのは、主とユミナの故郷であるカザミ村。
 その村の統治を任されたラウの屋敷だ。

「にしても律儀ですね。せめて故郷で眠らせたい……とは」
「言い出したのはユミナだ。主じゃない……」
「あの子でしたか」
「……アイツはアイツで無理をしていそうなんだがな」
「……確か目の前で、でしたね」
「あぁ……」

 無理に笑ってはいるが、目の奥が笑っていない。
 好きなはずの食事もたいしてとっていない。
 主と同じぐらいにユミナも精神的に参っている。

「身の回りの世話はその……」
「あぁ。助かっている」

 ラウの計らいでメイド達が世話をしてくれているが、メイド達も心配そうにしている。
 救いと言えるか分からないが、フー達が側にいてくれて本当に助かっている。

「そんなに酷かったのですか……皇国では」
「あぁ。魔獣の大半が危険性の高い種類だった……被害の大半が捕食によるもの。今まで見て来た中で、両手に入るぐらいには酷い物だった」
「……そうですか。その被害者の中に幼馴染みがいたとなれば……あの歳の子どもには辛いものがありますね」
「……聖装に選ばれた、今まで狩りをして来た。だからといって心まで強いとは限らない」
「それを言ってあげてはどうですか?」
「今のアイツ等を救うのに必要なのはそんな言葉じゃないさ」
「……大人、ですね」
「大人じゃないさ……ただ、周りより力が強い化け物だよ」
「その化け物の力で貴方は皇国の人達を救いました」
「仲間は救えてないがな」
「先生……」

 眉尻を下げるラウ。だが事実だ。

「……失う事、己が傷付く事に慣れていたつもりだったんだがな……」

『早く逃げて!! 』

「先生……」

『貴方だけでも……』
『お願い……』
『……生きて』

「先生!! ……怖い顔してましたよ」
「……すまない」
「……思い出していたのですか?」
「あぁ。アイツ等と過ごすようになってまた思い出すようになったよ……」
「辛いですか?」
「そんな事ないさ……彼等のおかげで今俺は生きている」
「……先生の過去は話さないのですか?」
「今話しても聞く余裕は無いさ」
「そうですか……」
「……難しいな。生きるって」
「そうですね……難しいですね」

 窓の外を見ながら呟くとラウが頷く。

「失礼しますよ」

 そこへ戸を開けて部屋に入ってくる一人の男性。

「……アルか」
「はい。お久しぶりですね。先生」

 アルという名の騎士だ。

「兄上。城にいるのでは?」
「そうだったのだがな……ローザ様が少し安めと言うものでな」
「そうでしたか……義姉上もそろそろですし」
「あぁ。ローザ様なりに気を使ってくれたのだろう。ありがたい事だ」

 アルは今もなおローザの護衛についている。
 本当はカザミ村の統治を任されるはずだったのだが、アルの持つスキルと彼が入れたお茶でないと口に合わないらしく、引き続き護衛の任に就いているそうだ。

 その代わりに弟のラウが統治をしており、静かな事もあってかアルの奥さんもこちらに引っ越して来たのだ。

「予定はいつだっけ?」
「今月末です」
「そうか……何かお祝いを持ってくれば良かったな……」
「そんな、お気持ちだけで」
「そうかい……なら、そうしておこう」

 二人とも俺が剣を教えた。
 そのせいで何度やめろと言っても先生と呼ぶのをやめない。

「で、本当は何の用だ?」
「……流石は先生」
「タイミングが良すぎるからな。スキルを使って俺達がいる場所をみたな?」
「……はい、その通りです。先生」
「全く……で、なんの話だ?」
「魔女についてです」
「……他言無用か?」
「いえ、じきに周辺諸国へ通達されます。そこまでは」
「そうか……」

 ラウの隣に座り紅茶を一口飲むアル。

「魔女セーラが逃げました」
「そいつはまた……穏やかじゃねぇなぁ」
「それは本当なのか兄上」
「あぁ。本当だ」
「もう一人の魔女はどうした?」
「ヒモリの方は無事……とは言えないな」
「何があった。言え」
「それが……ヒモリの刑が変わった事はご存じで?」
「いや。それは知らん」
「セーラが例のスキルを覚えたきっかけがヒモリの家にある書物でして」
「……なるほど。お前がその書物を見せなければって事で刑が重くされたってところか」
「その通りです」
「でどうなったんだ?」
「セーラと同じ刑に……まぁ、見方によってはヒモリの方が重いと見る方もいますが」
「と言うと?」
「刑が途中で中断されたのですよ。火を放たれ、身を焼かれている最中に火を消されたのです」
「そんなにギリギリだったのか……」
「いっそ焼いてしまえという者もいましたがウゼル様が罪は正確でなければならないと言ってな。途中で中断し、後日改められる事になったのです」
「……おい待て。まさかその日って」
「セーラとヒモリ。同日に火刑になったのです」
「なら……」

 俺の言葉を聞いて表情を曇らせるアル。

「こう言ってはあれですがセーラは我等を見事に欺きました」
「兄上……」
「牢での彼女には両腕に魔封じの手枷がはめられていたのですが……それで封じられぬ程のレベルにいつの間にか……」
「レベル?」
「はい。捕らえた時のレベルは30前半だったのですが……手枷で抑えられないほどの力を何故か身に付けてい」
「ちょっと待て……レベルが上がっていたのか?」
「……は、はい。いつの間にかレベルが急上昇していたのです」

 その話を聞いて俺は考えながら、先日亡くなったモーラの話を思い出す。

「皇国が魔獣の襲撃を受けた事は知っているな?」
「もちろんです」
「先程話していましたから」
「そこで主の幼馴染みが死んだ。魔獣に食われてな」
「それも聞きました」
「それは本当ですか!?」
「あぁ。だが問題はそこじゃない……問題なのは、彼女のレベルが9だった事だ」
「レベルが9?」
「娘のレベルとしては違和感はありませんが……勇者パーティーの一員でしたのなら低過ぎますね」
「あぁ。俺も顔を見て思い出してな……鑑定スキルを持っている騎士に見てもらって分かったんだ」
「低すぎるレベルの元勇者パーティーの一員……」
「そして急上昇した魔女……」
「彼女のレベルは幾つだ?」
「手枷の封じが効かないとなると……おそらく40は超えているかと」
「……まさかレベルドレイン?」
「可能性はあるだろうな……だがそんなスキルを覚えるか? あの女は弓使いのはずだ。普通なら必要ない」
「弓使い? ……いえ、彼女はシーフですよ?」
「…………」
「先生、顔が怖いです」
「子どもがいたら泣き出すぐらい怖いです」
「……」
「泣き出すのは冗談です」
「…………」
「せ、先生?」
「……仕方ないが、荒療法と行くか」
「え?」
「席を外す。話してくれてありがとうな」

 そう言って俺は部屋を出る。
 向かうのは主のいる部屋だ。



「主、入るぞ」

 一応戸をノックしてから入る。

「思ったよりは元気そうだな」
「ロウエン……」
「行くぞ」
「行くってどこに……」
「仇を討ちにだ」
「……」
「……来ないのか?」
「……それは」

 答えを決めないで窓の外を見ている主。
 本当ならしたくはないが、仕方がない。

「……立て」
「……」
「立てと言っている!!」

 俺は主人の胸ぐらを掴んで立たせ、背中を壁に叩き付ける。

「ちょっと何の音?」
「ハヤ兄大丈夫?」
「ハヤテさん? ……ってロウエンさん何をしているんですか!!」
「ワウ!!」
「グルルッ!!」

 その時の音が聞こえたのだろう。
 フーを除く群狼メンバーが部屋の入り口に来てしまった。

「お前が傷付いている事は重々承知している……だがないつまでの俯いてんじゃねぇぞ」
「……」
「こっちを見ろ……」
「……」
「こっちを見ろ!!」
「……」
「よし。ユミナを見てみろ。周りに心配させねぇように無理して笑って、余計に心配させている。お前より小せえモンが踏ん張って上向いてんのに、聖装に選ばれたお前はいつまで俯いてんだ」
「……俺は……間に合わなかったんだぞ」
「……何?」
「俺は……モーラを助けられなかっ!?」

 もう良い。
 聞く価値が無い言葉を遮るように俺は胸ぐらを掴んだまま部屋を出て屋敷も出る。
 そんな俺の後を群狼のメンバーが追いかける。
 俺が向かったのは、村の外れにあるモーラの墓だ。

(やりたくはねぇが最短ルートはこれしかねぇ。最悪主の心が壊れるが、そうなったら送って、アイツ等には悪いが俺も逝く)

 主を墓の前に突き放すように放り出し、小刀を目の前に投げる。

「っ……んだよ」
「それで腹を切れ。介錯はしてやる」

 そう言いながら俺も刀を抜く。

「ちょっとあん……」
「何考えているんですか!!」

 それを見てエンシが怒鳴り、ウル達三頭が牙を剥いて唸る。

「安心しろ。主が行った後に俺も追いかける」
「そういう問題じゃ!!」
「そんなに!! 助けられなかった事を悔み続けるなら、さっさとあの世に詫びに行け!!」
「……」
「それがお前にできる、償いの一つだ」
「ロウエン……」
「俺がこの旅に巻き込んだ。あの日、エルード村で出会った時に別れていればこうならなかっただろう。だから責任をとって俺も後を追ってやる」
「……」
「さっさとしろ……」
「……ない」
「なに?」
「死ねない……」
「何だと?」
「死ねないって言ってんだよ!!」
「逆ギレしてんじゃねぇぞ!!」

 俺を見上げながら叫ぶ主に叫び返す。

「良いか、主がモーラを守れなかったのは力が無かったからだ」

 しゃがみ、目線を合わせて話す。

「確かに主は聖装という力を持っている。でもそれの力を十分に引き出せる程の力は今の主には無い。それがどういう意味か分かるか?」
「……」
「引き出せない力は無いと同じだ」
「なら俺は……」
「引き出せるよう、強くなるしかない」
「……」
「一つ言うぞ。セーラが逃げた」
「なに!?」
「近い内に近隣諸国にもこの事は伝わる。お前の兄を狂わせ、幼馴染みが死ぬ原因かもしれない女は今もどこかで笑っている」
「……っ!! アイツ……」
「それが悔しいなら立て。立って力を付けろ。そんで、守れ。敵から」
「……ロウ」
「お前は今回知ったはずだ。守りたいものを必ず守れるとは限らない事。理不尽な暴力の下死ぬ者がいる事。そして、今のお前のままではそれを覆す事ができない事を」
「……っ」
「それが悔しいと思うなら。それを否定したいのなら。その暴力から守りたいのなら。力を付けるしか無いんだよ」
「っ……ぐぅぅっ……」

 歯を食いしばり、立ち上がろうとする主。
 そんな主を見下ろすように立ち上がり、俺は続ける。

「立てハヤテ。俺が鍛えてやる。お前を指示してやる。お前に力の使い方を教えてやる」
「……ロウエン」
「その為に、お前が今なにをするべきか分かるか? お前の敵を討つ為に、何をするべきか」

 その言葉に主は、いやハヤテは黙って頷く。
 その目には火が灯っていた。
 俺に連れ出された時のような、暗く淀んだ目ではない。

(なんとか上手く行ったか……後で怒られそうだが。仕方ないか)

 内心で苦笑いしつつ、立ち上がるハヤテについた埃を払う。

「……悪かった。そうだよな。いつまでもクヨクヨしてたらダメだよな」

 立ち上がり話すハヤテを見てどこか安心した様子の群狼メンバー。
 一番安心しているのはやはりと言うべきかユミナだ。

「ロウエン……俺を鍛えてくれ」
「あぁ。任せとけ」
「良かった……ぼんどぉぉによがっだぁぁぁぁ!!」
「ハヤテ……心配させて」
「良かった……」
「グルル~」
「ガウガウ!!」
「バウワウガウ!!」

 泣きながらハヤテに抱き付くユミナ。
 それを皮切りに他のメンバーもハヤテへと殺到。
 最終的にフー、ウル、ルフに押し倒されてベロベロ舐められている。

「……分かっていたのですか? 先生」

 その光景を眺めながら俺に話しかけるアル。

「……いや、俺的には分の悪い賭けをしたよ」
「ふふっ。それは先生らしくないですね」
「……持ち直しはしたが、今の主は危うい状態だ。壊れかけていた主を無理矢理立ち直らせたからな。下手に力を与えれば暴走しかねん」
「……それはまた、分の悪い賭けをしましたね」
「だから、俺が鍛える」
「弟弟子が増えますね」
「……ふん」
「にしても、魔女の話をした際には驚きましたよ」
「悪かったな。ただ、どの道知る話だ。なら、さっさと教えた方が良い」
「……そうですね」
「にしても」
「はい?」
「……久し振りに怒られそうだ」
「それはそれは……仕方が無いよ。私も、本当は怒りたいですからね?」
「勘弁してくれよ……って、言う権利は無さそうだな」
「今夜は一杯、付き合ってもらいます」
「分かったよ……にしても、主の親はどうした? 俺達がこの村に来てからまだ一度も見ていないが」
「あぁ、彼の親でしたらずっと引きこもっているんです」
「何故?」
「……彼女達も心を弄られていたので」
「……」
「顔が怖いですよ」
「……どうやら奴は魔女じゃなくて悪魔だったようだな」
「えぇ……どうやら、そのようですね」

 ハヤテの兄だけじゃ無い。
 モーラだけじゃ無い。
 アルとラウに聞いたが他にも村の住人や町の住人も被害に遭っているらしい。
 その中には王都の人間も入っていると聞く。
 アルの言い方からすると、そこに更にハヤテの母親やこの村の住人も被害者のようだ。

「本当に……」

 気付けば俺は歯を食いしばっていた。

「許せねぇなぁ……」

 俺はハヤテ達を眺めながら静かに呟いた。
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