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27話〜初対面の再会〜
しおりを挟む「……」
「よう主。よく寝れ……てなさそうだな」
早朝。
日課の散歩に行こうとする主に声をかける。
「まぁ、あんな新聞読んじゃそうもなる、か……」
「……」
「お前は悪くねぇぞ」
「……」
「としか言えねぇがな……」
昨日届いた新聞。
それには勇者パーティーに潜り込んでいた魔女ヒモリを火刑に処した事、同じく魔女であるセーラも近い内に火刑に処せられると載せられていた。
「まぁほら。俺としては、主が魔女の毒牙にかからなくてホッとしているんだぜ? ……って言っても気休めにもならない、か」
「……ごめんな。ロウエン」
「……いや、良いんだ。俺こそういう事に慣れているはずなんだが一向に慣れないな」
「いや……良いんだ」
「……」
親だったら気の利いた事でも言えたのだろうな。
今まで俺も幾度も別れを経験して来たが、一向に慣れる事は無かった。
「散歩か?」
「あぁ。ウル達の母さんの墓参りにも行ってくるよ」
「そうか。ま、朝飯までには戻って来いよな」
「分かっているさ」
自分の母親の墓参りに行く気配を察したのだろう。ウルとルフも起きて出てくる。
「んじゃ、こいつらも頼むよ」
「分かっている。行こう」
「わふ」
「おん」
二頭を連れて村人が作ってくれた母狼の墓に向かう主。
(裏切られたとはいえ元カノ……しかも将来の約束を交わした相手が魔女で、兄である勇者を誑かしたと来たか。精神的に参ってねぇと良いが……無理な注文ってやつか)
主は優しい。
俺が主とエルード村で出会った時も野盗を許し、仕事の無い奴等に村の護衛をやらせたら良いと提案した。
フーの時だってそうだ。
もとは討伐対象であり、襲いかかって来たフーを主は受け入れ、パーティーに加えた。
付近の家畜を襲っていたフーを加えたのだ。
討伐しても良かった。
逃しても良かった。
でも加えたのだ。結果フーは戦力として役立っている。
なんだかんだで主は許しているのだ。
そこまで主は優しい。
そして強い。
のだが……
(時にその優しさが自身を苦しめる……か)
許す事は簡単だ。自分が納得してしまえば良いのだから。
だから主は野盗を許し、フーを仲間にした。
彼の事だ。
セーラを許す事もできるだろう。
だがもう遅い。
許したからって共に歩む事はできない。
何故なら彼女は魔女の烙印が押されたのだ。
魔女判定をされた者を連れ歩くパーティーなど聞いた事が無い。
もし魔女を連れて行けば集会所は利用を拒否するだろう。
宿だって入れてくれるのはごく一部。
ほとんど無いだろう。
(まぁ中には魔女だろうが魔族だろうが力のある奴を受け入れる皇国の様な国もあるが……)
主が魔女を助けて皇国まで行くとは考えられない。
(いやそもそも俺が難しく考え過ぎか? )
もう長い付き合いだと思っていたが、まだ俺は彼の事を全然理解できていないのかもしれない。
「ロウエンか。おはよう」
「んぉ、エンシか。おはよーさん」
「薪割りか?」
「まぁな。あぁ、主なら母狼の墓参りだ」
「そうか」
「おや行くのかい?」
「悪いか?」
「いんや。別に?」
「朝食までには戻る。ではな」
「ほいほい。いってらっさーい」
私服姿のエンシを見送る。
彼女の私服姿だが、ゆったりとした感じのスカートにシャツを着ている。
朝は冷える事もあってかストールも羽織っている。
何があったか知らんが、アイツはよく主を気にかけている。
多分だが、奴は主を嫌っていないだろう。
(早くしねぇと……取られちまうぞ? )
そんな事を思いながら俺は、今朝の朝食当番のはずなのに未だ寝ているであろうユミナの部屋の窓を見上げるのだった。
「……にしても、手紙で知ったとはいえ危ない賭けをしちまったな……」
だがそのおかげで奴が魔女だと炙り出せた。
その過程で弟子が一人死にかけた。
おまけに確証を得るために自身の主を囮に使う事になった。
が、無事だったようだし良しとしよう。
もしもの時の為に一応主の近くにいたし、ウル達も主の危険を察してから吠えていた。
おかげで彼が毒牙にかかる事は無かった。
相談するべきだったかもしれない。
だが主は良くも悪くも正直な奴だ。
相談していたら相手にバレていただろう。
こう言っては自分を正当化しているように聞こえるが、敵を欺くにはまず味方からだ。
聞けば汚いと言われるだろう。
だが俺にも譲れない物がある。
もう仲間を失うのはこりごりなんだ。
「……いつかは俺の秘密も話せるかねぇ」
そう呟きつつながら俺は薪割りへと向かうのだった。
「貴女の子は今日も元気ですよ」
俺はウルとルフを連れ、彼等の母親の墓参りに来ていた。
彼等も母親が眠っているのが分かるのだろう。
墓石の代わりに置かれた石に甘えるように鼻先を当てたり、隣で横になっている。
墓石と言っても少し大きめの石が置かれているだけだ。
ただ、その石の周りにはエルフの子達が植えた花が綺麗に咲いている。
聞けば、初めは怖かったが理由を知った一人のエルフの母親が花を植え始めたのがキッカケだったそうだ。
「私が彼女でも同じ事をしたと思うわ」
そう言って彼女は花を植えた。
それを見た子ども達も花を植え始めたのだという。
おかげで今となっては随分と賑やかな墓になっている。
「お母さん狼さんが育ててくれたみたい!!」
と、この前エルフの男の子が言っていたのを思い出す。
死後ではあるが受け入れられ、彼女の子達もこの村に受け入れられている。
天国が本当にあるのなら、彼女はこの光景を見て安心してくれているだろうか。
「そうだと良いな……」
「何が、そうだと良いの?」
「……エンシさん」
墓参りに来たのだろう。
背後には私服姿のエンシさんが立っていた。
「綺麗になったわね」
「そうですね……村の皆さんのおかげで」
「……元気、無いね」
「……」
「……昨日の新聞に書いてあった魔女の事?」
「……はい」
「幼馴染みと元カノ、なんだっけ」
「……はい」
「驚いたよね」
「……そう、ですね。それと同時に、許そうともしている」
「許す?」
その言葉に頷く。
「だって、アニキも被害者な訳だし」
「……ん? 元カノとかじゃなくて?」
「え、えぇ。だって、アニキは操られていたんだし」
「……」
「だから、アニキは許してあげたいんですけど……なかなかね」
俺の言葉にエンシさんは驚いた様子だった。
多分彼女は、セーラとヒモリを俺が許そうか悩んでいると思ったのだろう。
でも俺はもうセーラに対しては関心が無い。
無関心なのだ。
ヒモリに対しては……特に無いな。
「冷たい、かな……」
「……ううん。そんな事ないよ」
「……」
「許すって事は心が納得する事だから。貴方の心が納得するのなら許してあげれば良い。それが出来ないのなら、無理をする事はないわ」
「……ありがとうございます」
「だからって訳じゃないけど、時には許さない事が相手にとって最大の罰になる事もあるよ」
「許さない事が?」
「そう。相手からすれば許される事が最大の償いの結果になるの。だから、その償いの結果を与えない事が相手にとって最大の罰になるの」
「……」
「だから、お兄さんを許して元カノは許せない。許す対象に入らないってなっても冷たい訳じゃないよ」
許せなくても良い。
許さない事は酷い事ではない。
それも一つの答えだと。
彼女は言ってくれた。
俺の心が納得するのなら許してあげれば良い。
心が納得しないのなら、無理に許す必要は無いと言ってくれた。
「君は多分、優しすぎるんだね」
彼女は俺を肯定してくれる。
初めはセーラもそうだった。
でも彼女は俺を捨てた。
それだけじゃない。
アニキまで弄んで、魔女として裁かれて。
それと同時に俺から離れてくれた事を安堵している自分がいる。
もしあのまま付き合い続けていたら俺が犠牲になっていたのだ。
だが俺と別れた結果、勇者であるアニキが犠牲になった。
「……貴方は悪くないよ」
俺が何を考えているのかが分かったのだろう。
背中をさすりながらそう言ってくれる。
「……ありがとうございます」
「人生長いもん。悩み事ぐらいできるよ」
「……うん」
「私だって悩み事あるんだよ?」
「……」
「……え? 貴女にも悩み事あるんですか? みたいな顔で見ないの」
「ひゅ、ひゅみまひぇん」
両頬を摘まれ、ムニーッと引っ張られてからパッと離される。
「私もね。ほら、騎士の家だからさ。早く婿を取れって言われているの」
「あ~……一人なんですか?」
「ううん。弟がいるんだけどまだ歳がね」
「……あっ」
まだ子どもなのだろう。
「父上は保険が欲しいんだよ。弟に跡を継がせられれば良いんだけど、何が起きるか分からないからね」
「クソ野郎ですね……」
「そうだね。私も最初はそう思っていたよ。でもね、ここまで生きてきて分かったんだ。世界は危険だって」
「……」
「魔族と戦う時だってある。騎士であればなおさらね。だから、家を残すためには少しでも多くの可能性を残したいんだよ」
「……人それぞれの都合……ってやつですかね」
「そうだね。うん。そうだね……」
そう返すエンシさんの顔は少し寂しげに見えた。
「……いっその事」
「はい?」
「ううん。なんでもないよ」
「そうですか……ウル、ルフ。帰るよ」
「バウ!!」
「ワウ!!」
立ち上がりながら二頭を呼ぶ。
「……話せて良かったです」
「うん?」
立ち上がりながら首を傾げるエンシさん。
「吐き出せて、少しは楽になりましたよ」
「……そっか。なら、良かった」
「そろそろ朝ご飯、できましたかね」
「どうだろ。ユミナちゃん、まだ寝ていたから……」
「……嫌な予感が」
「するわね」
「クゥン……」
「クン……」
俺達が何の話をしたのか分かったのだろう。
耳をヘニョっと倒すウルとルフ。
いや、お前等の飯は用意してあるだろ。
「とにかく戻るか……」
「ワフ!!」
「ワオン!!」
「あぁこらこら。待て待てって」
空腹だったのだろうか。
先に走り出す二頭と後ろを歩く俺。
ユミナの事だから慌てて支度している事だろう。
アイツは朝が弱いからな。
(起きていなかったら手伝ってやるかぁ……)
そんな事を思いながら家へと向かう。
戻って来ては俺の周りをじゃれつくように歩くウル達と後ろを歩くエンシさん。
「いっその事ハヤテ君が……」
「ワフワオン!!」
「ワオワオン!!」
「……呼びましたか?」
「え? い、いや……なんでもないよ」
エンシさんに呼ばれた気がしたが、ウル達がちょうど吠えたせいでうまく聞き取れなかったので振り返ったのだが、どうやら大丈夫だったようだ。
「主、来たか」
「ロウエン……どうした?」
俺達が家に戻ると何故か家の前には人だからならぬ、エルフだかりができていた。
「いやな……川に朝釣りに行っていた小僧がな」
「ん? どうしたんだよ」
「とにかく来い」
「お、おい……」
「悪いな。通らせてもらうぞ」
ロウエンに連れられエルフだがりを進む。
その先にいたのはなんと……
「お、おい……」
「グルルル……」
「ガルルル……」
「……知り合い、だろ?」
彼女を見て俺は言葉を失った。
ウル達は牙を剥いて唸る。
「お前、なんで……」
やっと動いた口から出たのはそんな言葉だった。
「ウル、ルフ。静かにしろ」
「グル……」
「ガル……」
ロウエンが二頭を黙らせる。
「お前、どうしてここに……モーラ」
モーラ。
アニキと一緒に旅に出たはずの少女が何故、朝釣りに行っていたエルフの子に見つかってここまで来たのか。
それを聞かずにはいられなかった。
が、帰って来た答えはなんと……
「モーラ……それが私の名前なのですか?」
ボンヤリとした目で俺を見上げる彼女はなんと、記憶を失っていた。
場所は変わって海を渡った地。
晴れた日には対岸の王国の姿が見える程の距離にある皇国は皇王が治めており、王国とも交易が盛んに行われている程仲が良い。
ただこの国。海に面している事に加え、鉱山もある事から隣国からよく攻められている。
攻められては撃退し、攻められては撃退しの繰り返し。
気付けば騎士団は昔も比べられない程戦力が上がっており、中には魔族がいる隊もある。
初めは皇王もその事を不安に思っていたが、力量があり、国に忠を尽くし、そしてなにより民のために戦う姿を見て受け入れた。
そして魔族達も自分達を受け入れてくれた皇王のため、そして同じく受け入れてくれた民のために全力で戦った。
それは皇国の西側にある砂漠でも同じだった。
「全く……屋敷でのんびりと過ごしていたというのに……こんな砂漠まで来させられるとは」
馬に乗り、のんびりとした様子で現場に向かうのは皇国の騎士の一人クリス。
「私の隊が必要になる前にさっさと応援要請を出せば良いのに……」
顎髭に触れ長くグチグチと文句を垂らすクリス。
その横では部下が苦笑いしている。
クリス率いる騎士団だが、全員鎧を着ていない。
砂漠が近付いたせいで暑くなってきたからだ。
「ですが他にも皇王様から応援が出されておりますが」
「何? どこの隊だ……ったく、そちらが行くのなら我等は行かなくとも」
「レイェスの隊です」
「……何!?」
レイェスという名を聞いてクリスは目を見開く。
「な、何故それを早く言わない!?」
「何か問題でも?」
「構わん!! 急ぎ現場へ向かう!! でないと……」
「でないと?」
「手柄を凍らされるぞ!!」
「はい?」
呆気に取られる側近と彼等を置いて馬を走らせるクリス。
慌ててクリスを追いかける部下達。
急ぐ彼等を、冷気が突然襲った。
「遅かったか……」
それと同時にクリスは呟き馬を止めて降りる。
部下達もクリスと同じように馬を止めて降りた。
何故なら。
彼等の目の前には、氷の大地へと姿を変えた砂漠が広がっていたのだ。
「……これでは馬は使えませんね」
「あぁ……遅かったか」
側近と話すクリス。
と、そこへ近付く影があった。
「遅かったな。クリス」
「……レイェス」
クリスへと話しかける女性。
露草色の長髪と切れ長の目。
所属は騎士なのだが鎧は着ておらず、服を着ている。ロウエンの様にコートを着ており、膝まであるロングブーツを履いている。
ただし色は白だ。
雪のような真っ白な物を身につけている。
「すまないな。貴様等の獲物は全て平らげさせてもらった」
「それは別に構わんが……お前、部下はどうした?」
「んー? あぁ。アイツ等なら先に国に返した」
「何!?」
「だって、たかだか100人程度の敵なら私一人で凍らせれば済む話だ」
「な……なんと……」
「では私は先に帰るぞ」
「あ、……あぁ」
クリスにそう言うや自分の馬に跨り国へと向かうレイェス。
その背中を呆然と見送るクリスとその部下達。
彼等は皆こう思った。
「レベルが違いすぎる」
と。
そんな彼等を気にする事無く帰路に着いたレイェスは、左腰に下げている刀の鞘を指先で軽く撫でながら思う。
(もっと強い敵に会えぬものか……そうだな先生……いや、狂狼のように強い者に。でなければ)
ニヤリと両の口角を吊り上げて彼女は続ける。
(私がこの聖刀を抜けぬではないか)
彼女の馬が通った跡は凍っていた。
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