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23話〜狂喜凶刃〜

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 歩きながらセーラは非常に焦っていた。
 それと同時にある計画を実行に移そうと気を伺っていた。
 きっかけは二日前。
 サザミナを発った時、カラトが私にこう言ったのだ。

「あの騎士に鑑定をされた」

 と。
 迂闊だった。
 鑑定を受ければ、私の盲目の心によってカラトが状態異常である事がバレてしまう。
 いや、バレた。
 その結果、あの騎士はカラトと更に一緒に行動をするようになった。

 結果、私がカラトを躾る時間が全くと言って良いほどに無くなってしまった。
 これでは私に都合の良い勇者でなくなってしまう。
 それは、私にとって非常に都合が悪い。
 だから、邪魔をする者には退場してもらうのだ。その為に必要な物も手に入った。
 今夜だ。
 今夜決行だ。
 今日が奴の命日となるのだ。

(それが終わったら、たっぷりと躾直してあげるから……待っててね。勇者様)

 そう思いつつ、私は目の前を歩く騎士と勇者を見つめたのだった。



 私達はそのまま次の街であるザイカへと入った。
 小さな街であるザイカは近くに、川の流れる森がある。
 その森には危険は魔獣が棲息しているらしく、夜は外に出ないようにと街の至る所に張り紙がされている。

(へぇ……魔獣がいるのねぇ)

 これは良い事を聞いた。
 証拠は残らないにこした事はない。
 その為にその魔獣を利用させてもらうとしよう。

 アイツの存在を消す。
 いや、彷徨わせる為にも、ここの状況は非常に適していた。
 おそらく奴の仲間は、この世にいない奴の足跡を追う事になる。
 たとえそれが、この世にはもう存在しない亡霊だとしても。



 その日の夜。
 カラト、エラス、モーラが部屋で休んでいる中、私は集会所のラウンジで奴を待っていた。

「あ、おかえりなさい。アルさん」
「これはセーラさん。どうしましたか?」
「アルさんこそ。夜なのにどこかにお出かけですか?」
「えぇ、まぁ。友人に手紙を」
「へぇ~。そうですか~」
「……あ、何か用ですか?」
「はい。ちょっと……良いですか?」

 そう言って私は、戻って来たばかりのアルを外へと誘う。
 この後はすぐに寝るつもりだったのだろう。鎧は身に着けていない。
 全く、危機管理がなっていない。
 いやはや、私達からすれば都合が良いので大助かりだ。

「ここでは話せない内容ですか?」
「はい。その……カラトの事でして」
「勇者さんの?」
「はい……カラトの事でここでは話せない事、と言えば伝わりますか?」

 そう言うとアルは顎に手を当てて少し考え

「……分かりました」

 そう言って私と共に外へと出た。
 外は真っ暗。明かりは月明かりのみ。
 そのまま私達は森へと入る。
 しばらく行けば川の流れる音が聞こえる。

「この辺なら良いですかね……」
「それで、話というのは?」
「カラトが、精神操作を受けている事についてなのですが」
「……何故それを。まさか貴女も鑑定スキルを?」
「いえ。私には鑑定スキルはありません」
「ではどうして……」
「それはですね……」

 直後、アルの呻き声が聞こえた。

「私がかけたからですよ」

 そして私は、ヒモリに背後から刺されたアルに教えてあげた。

「っ!? ……何を!!」

 だが流石は騎士か。
 ヒモリが負わせた傷では致命傷には至らず、ヒモリを突き飛ばしている。
 しかもナイフは抜かない。

「何をって、こういう事よ」
「そーそー。アンタには、ここで死んでもらうってワケ」

 私とヒモリはそれぞれナイフを手に持ち、アルの隙を窺う。
 対するアルは木を背後にすると剣を抜いて構える。

「な、何故そのような事を!!」
「何故って……そりゃ、勇者の妻になったら将来安泰じゃん。だからよ」
「そ、そんな事で……人の心を!!」
「ハッ!! 綺麗事で生きられるかってーの」
「歪んでいる……」
「ハァ? 何をもって歪んでいるって言うの、さ!!」
「クッ!! 自分さえ良ければ良いのか!!」
「一度きりの人生だからね!! 私が幸せなら良いんだよ!!」

 ナイフで斬りかかるも剣で受け止められる。

「ヒモリ!!」
「はいはいっと!!」
「くっ……体が、言う事を」
「当たり前じゃん!! ヒモリが刺したナイフには麻痺毒が塗ってあるんだからね!!」
「ちっ……」
「でも抜いたら出血しちゃうねぇ!!」
「その前にお前達を捕縛する!! 治療はそれからでも構わない!!」

 そう言うやアルはナイフを引き抜き、私目掛けて投げる。
 それを避け、ナイフで斬りかかる。

「ホラホラァ!!」
「ちゃんとやらないと」
「「死んじゃうよぉ?」」

 たいした警戒もせずに私について来たせいで鎧を着ていないアル。
 そのおかげで少しずつではあるが傷を負い始めている。
 そして遂に

「いっただき~♪」
「も~らい♪」

 前からは私の、背後からはヒモリのナイフがアルに深々と突き刺さる。

「うぐっ……」

 すかさずナイフを抜いて離れる。
 傷口からはダクダクと血が流れ出ているはずだ。

「あらら~。刺されちゃった♪」
「……これは」
「血が止まらないでしょー? このナイフのおかげなの」
「……スキル持ち、か」
「そう言う事。このナイフで刺された相手には、出血の状態異常が付与されちゃうの」

 出血の状態異常。
 効果は言葉の通り、状態異常が治らない限り出血を促すというもの。

 治すには状態異常回復スキルを使うのが一番早い。
 が、だからといって即座に出血が収まる訳ではない。

 それにアルが状態異常回復スキルを持っていた時の事を考えて対策済みだ。
 ヒモリのナイフにはスキルの成功率を下げる効果が付与されているのだ。

「っ……血が、止まらない」

 予想通り。アルはなかなか止血できないでおり、急場しのぎのつもりか手で傷口を押さえている。

「な、なんでこんな事を…………」
「あらら、この期に及んで何を言うかと思ったら。ププッ。ねぇセーラ、冥土の土産に教えてあげたら~?」
「う~ん、そうねぇ……良いわよ。教えてあげる」

 そう言って私は、もう一度ナイフでアルを刺す。今度は太ももだ。

「ぐっ!? ……うぅぅっ!!」
「私ねぇ、楽しいのよ。今アンタがしているような表情を見たり、大切な物を奪うのが。たまらなく快感なの」

 そう言ってナイフを抜く。

「くだらない低レベルな恋愛しかできない元カレからは私と歩むはずだった明るい未来を奪ってあげた。その元カレに恋心を持っていたアホからはその心を奪ってあげた。元カレを産んだババアからは、子どもを誇りに思う心を奪ってあげた」

 思い出すだけでもその時の快感を思い出す。

「ある街では婚約者のいる男と遊んであげたわ~。フフッ。椅子に婚約者を縛り付けて、私のスキルで夢中にさせた男と一緒にね。その後にかけたスキルを解いてあげた時の男の顔!! ブフッ……思い出しただけでもう、たっまんな~い!!」

 自分自身を抱くように腕を回し、恍惚の表情で語る。

「ッ……こんな奴が、勇者パーティーにいるなんて。ッ!!」
「アハハッ!! 良いの良いの~。だって、私は私が楽しければ良いんだから!!」
「なんだと!!」
「まぁ、アンタがここでどれだけ説教しようが知らねーんだけど……」

 そう言いながら私は胸ポケットから取り出した小瓶の中身をアルにかける。
 頭からバシャバシャとかけてやる。

「な、何を!!」
「誘引のポーションだよー」
「誘引の……まさか!?」
「そっ。夜に出るって噂の魔獣に、アンタを食べてもらおーって訳。ほら、証拠は残しちゃダメじゃん?」
「き、貴様!!」
「私さ~。人の物を奪ったりさ、裏切って得られる快楽は知ってるの。でもね、まだ知らない快楽があるんだ~」

 目を細め、頬を朱に染めながら語る。

「それはね、命を奪う事。それってどれぐらい私を気持ちよくさせてくれるのかな~? ……ンンーッ」

 今だけでもとんでもない。
 ヒモリは少し引いた顔しているけどそんな事知らない。
 私は、今得ている快楽に酔っているのだ。

 ハヤテを捨てた時よりも、カラトを躾けている時よりも、ハヤテとカラトの母親からハヤテを愛する心を奪った時よりも、初めて知った男を泣き叫ぶ婚約者の目の前で落とした時よりも。
 比にならない快楽が私を襲う。

「まぁ今日は時間無いし、証拠隠滅の為に最後まで出来ないのが心残りなんだけど……」

 と、そこまで行った時だった。
 パキッ。
 背後で誰かが枝を踏む音がしたのだ。

「誰!?」
「見られた!?」

 音のした方をヒモリと共に見る。すると誰かが逃げるように走り去るシルエットが見えた。

(どうする……追いかけていっしょに……)

 そこまで考えた時だった。
 背後でドボンッと何かが水中に落ちる音がした。

「まさか!?」
「アイツ、川に!!」

 また振り返ると今度はアルの姿が無かった。
 先程の音からすると川へと逃げたようだ。
 重い鎧を着ている訳ではないので重さで死にはしないだろう。

 ただあれだけの傷を負っているのだ。
 無事な所にたどり着けるかも分からない。
 気にするだけ無駄だろう。
 そんな事より今の私達の事を見た目撃者の対応だ。
 と思って私はそこである事に気付く。

 どうせこんな街すぐに出て行くのだから別に良いか。

 そう。どうせ長居するつもりはないのだ。
 今回の目撃者だってどうせこの街の人間だろう。
 ならば私達がここを去ってしまえばもう会う事は無い。
 なら、そこまで気にする必要は無い。

「ねぇねぇセーラ~。そろそろ私達も帰らない? 私眠くなってきたしさ」
「……うん。そうだね。誘引使っちゃったし……帰るとしよっか」

 ヒモリに言われ宿へと向かう私。
 帰ったらさっさとシャワーを浴びて寝よう。
 障害も排除できたのだ。
 ぐっすり眠れるだろう。
 アルが来てからぐっすり眠れる日がほとんど無かったのだ。
 久しぶりの快眠が私を待っている。
 気付けば、私はスキップで宿へと向かっていた。





 だから気付かなかった。
 アルがもたれかかっていた木の根本に、アルが刺された所と同じ所が破れた紙人形が落ちている事に。
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