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17話〜翳る光〜

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「ちっ……なんで俺がこんな事を!!」
「グゲゲェ……」

 カラトは剣に着いたゴブリンの血を振り落とす。
 周囲には俺が切り倒したゴブリンの死体。
 血のあのツンッとした臭いが鬱陶しい。
 勇者である俺がゴブリン退治。
 こんなもの、初期レベルの奴等がレベル上げついでにやるようなものだ。

「っ……クソが」

 そんなクエストを受けなければならない俺が情けない。本当なら今頃俺は聖剣を片手に魔王軍を蹂躙しているはずだった。

 だが結果はこれだ。
 水の都アクエリウスにあると言われる聖剣の正体は聖槍。
 しかもその聖槍を抜く事は叶わず、愚弟に抜かれて持ち逃げされた。

 しかもその時に戦った魔族に俺は手も足も出ずに一方的に叩きのめされた。
 それからしばらくは町長の家で傷を癒しいた。
 そんなある日、王都から一人の騎士が訪ねて来た。
 エンシという名の美しい女騎士だった。
 俺が連れている女子達よりも胸が大きくて背も高い。
 とても魅力的な女性だった。

 だから俺は、俺のパーティーに彼女を加えようと誘った。
 その時断られ、しかも彼女は俺の股間を蹴り上げた。

(ちっ、思い出しただけで痛むな……)

 騎士の家に生まれた彼女にとって最大の旨味も用意した。
 にも関わらず彼女は俺の誘いを断った。
 この勇者の正妻にすると言ったのに断ったのだ。
 挙句俺といても魅力が無いと言ったのだ。

(この勇者に魅力が無いだと……ふざけやがって!! )

 苛立ちながら近くにある岩を剣で切り飛ばす。

「カラト……」
「……エラスか。そっちはもう良いのか?」
「はい。モーラも終わったそうで向こうで休んでいます」
「……分かった。俺も終わったし、今行くよ」

 今回受けたクエストはゴブリン討伐だけではない。
 アクエリウスから移動した俺達が次に向かったのは鉱山と鍛治の町アイアンエッジ。

 そこの鍛冶屋が作った剣の切れ味も見て欲しいと言われたのだ。
 いわば、剣のモニターだ。
 使ってみて俺が感じた事をまとめて提出する。
 ちょっと面倒だが今日は気分が良いので受けてやった。

「にしてもセーラとヒモリは買い物って」
「仕方ないさ。あの二人は剣は使わんからな」
「それは私とモーラも同じです。なのに……」
「良いさ。やる気の無い奴が来ても危険なだけだ」
「そ、そうですね」
「……なんだよ」
「あ、いえ。なんて言うか……普段と違って余裕がある気がしまして」
「そうか?」

 言われて思い返してみると確かにそうだ。
 今日はなんと言うか、心が軽い。
 そのおかげで剣のキレも良い。
 魔力の消費も今日は少ない。
 いつもならもう魔力はカツカツに近いのに、まだ半分は残っている。

(何故だ? まだ俺のレベルはそこまで上がっていないから魔力量が増えた訳じゃない。それに節約スキルも習得していない……何故だ? )

 理由は分からない。
 ただ、旅に出てから今日までの中で今が一番調子が良い。

「まぁ良いか。さっさと帰って剣の具合も提出して依頼達成といこうぜ」
「そうですね」

 エラスと共に先に戻ったモーラと合流し、武器屋へと向かう俺達。
 そこで剣を使ってみて感じた事。
 不満や良かった所をまとめた書類を鍛治職人達に渡す。

「おぉ~!! 勇者のあんちゃん。ありがとな!! ……成程成程。よし、ありがとな。おかげで改善点が見つかったよ。こいつはお礼な!!」
「えっ……いや、多くねぇか?」
「とっとけとっとけ。コイツは気持ちだ」
「あ、おい」
「さぁさ、仕事だ仕事だ!!」

 俺に報酬を少し多めに渡すはさっさと仕事に戻っていく依頼主の鍛冶屋。

「……まぁ良いか。ちょっと多いし、モーラとエラス。ほれ」
「え?」
「はい?」
「いや、依頼手伝ってもらったし。お礼だ」
「しかし……」
「良いの?」
「まぁ俺が持ったても無駄遣いするかもしれねぇし……だから代わりに持っててくんね?」
「……まぁ、そう言う事なら」
「分かりました」

 そう言って二人は鍛冶屋が報酬として少し多めにくれた分を受け取るとしまう。

「あ、今いない二人には内緒な?」
「分かりました」
「はいはーい」

 この場にいないセーラとヒモリには無しだ。
 二人には結構迷惑かけているし、せめてもの俺の気持ちだ。
 だが何故か普段はこんな事しようと思わない。
 その証拠に二人は受け取りはしたが珍しい事もあるねと言い合っている。

「変な物でも食べたのかな?」
「拾い食いしたのかな?」
「おい、聞こえたんぞ」
「えへへ」
「ごめんごめん」
「ったく……ほら、宿に帰るぞ」
「はい」
「はーい」

 そのまま宿へと帰る俺達。
 さて、その頃セーラとヒモリはというと……



「んん~……スッキリした~」
「そうね~。旅ばっかりであちこち固まっちゃってたからね。マッサージが気持ち良かった~」

 セーラとヒモリがいるのはアイアンエッジの隣町。
 さまざまな店があるのでそこに二人は雑貨類を買いに来ていたのだ。

 だがそこは女子。
 エステや宝石類にだって興味はある。
 その結果二人は、エステ店を梯子していた。
 他にも帝国から支給されている支援金で宝石類を買っていた。

「でもこんなに使って怒られないかね~?」
「平気平気だって。カラトは私に逆らえないんだから」
「あははっ。そういえばそうだったね~」

 カラトは私に逆らえないというセーラの言葉を笑って肯定するヒモリ。

「勇者だからって状態異常を何でもかんでも跳ね除けられるわけ無いのにね~」
「ほんとほんと。あの時はカラトの心が弱っていてくれて助かったわ~。おかげで今じゃ私の言う事を聞く事しかできないんだし」
「まさか思わないよね。一気にじゃなく、ゆっくり少しずつ魅了されていたなんてね」
「でも全部かけ切れなかったな~」
「そうなの?」
「うん。おかげで私が側にいないと効果は薄まっちゃうのよ」
「ありゃりゃ。あ~、だからアンタできるだけ側にいるのね?」
「正解~♪」

 セーラがカラトにしたのは彼の心を縛る行為。
 一部の魔族が使う魅了よりグレードは下がるが似た効果を持つ盲目の心というスキルを使ったのだ。

 盲目の心自体、初めはセーラも覚えていなかったが、ある日ヒモリの家に遊びに行った際、書庫で盲目の心というスキルを知ってしまったのだ。

 その結果、彼女はヒモリとある事を計画した。
 それは、勇者を自分達の虜にし自分達の言う事を聞く傀儡に仕立て上げようというもの。

 そしてセーラは盲目の心を習得。
 そしてあの日、彼女はご褒美をあげると言ってカラトに近付きそのスキルを使ったのだ。
 またそれと同時にヒモリもあるスキルを使う計画を立てていた。

 そのスキルの名は心移し。
 感情を向ける対象を差し替える恐ろしいスキルだ。

 このスキルの被害者となったのはモーラだった。
 モーラは幼い頃よりハヤテに対して好意を抱いていた。
 ただそれが、小さい頃から一緒にいるから好きなのか、それとも異性として好きなのかが分からず、なかなか踏ん切りがつかずにいた。

 そうしている内に彼はセーラと付き合うようになった。
 迷っている内に彼は別の女性を選んだ。
 なら私は彼が幸せになれるように協力しようと相談に乗るようになった。

 そこにヒモリは目を付けたのだ。
 ある日ヒモリの家で開催されたパーティーにモーラは来た。
 モーラだけじゃない。
 ハヤテ達も来ていた。
 そこで彼女は堕とされた。
 ヒモリに呼ばれ、ある部屋に連れて行かれるモーラ。
 彼女はそこで、先に来て潜んでいたセーラに背後から羽交い締めにされ、モーラによって心移しを使われた。
 その結果彼女のハヤテに対する好意が向けられる対象はカラトへと変更され、逆にハヤテに向けられるのは先程までカラトに向けられていた無関心の感情。

「にしても、ププッ。今思い出しても笑っちゃうよね~」
「確かに確かに。泣きながらそれだけはやめて~って。何でもするからそれだけは~って。ブフッ。今思い出してもお腹痛いわ」
「ね~。だから優しい私達はそんな事も覚えてないからって言ってね」
「そーそー。まぁいざ始めたら大人しくなっちゃってつまんなかったよね」
「分かる分かる~。あ、でも最後まで助けてハヤテってブツブツ呟いたよー?」
「マジ? 未練タラタラだねぇ~……ブフッ」

 とても勇者パーティーの一員とは思えない会話。
 帝国の者でも王国の者でも聞かれれば無事では済まない会話。
 というのも盲目の心と心移しは両国で禁止スキルに指定されているのだ。
 もしバレれば牢屋送りは確実。

「さぁ~て、帰ってまたご褒美あげないとな~」
「ダル~。アイツの相手疲れんだよね~。セーラはよく相手できるよね」
「コツがあんのよ。コツが」
「そうなの? 教えてよ~」
「ダメ~」
「ケチ~」
「でもさ~?」
「ん?」
「エラスの奴ウザくない?」
「あ~分かる分かる。シスターだからか変に良い奴ぶってさ~。ほら、前にグズ弟と遊んでやった時も乗って来なかったし~。ノリ悪いよね」
「そーそー。負け犬を可哀想な奴って言うぐらいなら蹴りの一発でも入れろってーの」
「ほんとちゅーとはんぱだよねぇ……あ、知ってる? アイツさ~なんか寄付とかしてるらしいよ?」
「ハァ!? それマジだったら許さないんだけど」
「ホントホント。この前までいたアクエリウスにも泊めてもらったから~ってお金渡してんの見たもん」
「ふざけやがって……その分の金があればもつと遊べるってのに」
「だよね~。ほんっと空気読めないって言うか、私はシスターなの。だから悪い事は出来ないわ~って感じなのイラつく」

 話しながら爪をガリガリと噛むセーラ。

「あ~、イラついてモヤってきたわ」
「私も……どうする?」
「あ~……どうしようねぇ」
「ま、もうちょっとこの辺ぶらついて行こうよ」
「そーね」
「さっきも言ったけどさ、帰ったらご褒美あげなきゃいけないしさ」
「あ~あ……ねぇ、ご褒美をあげないで済む方法って無いの?」
「うーん……強いショックを受けて私に対する依存を高めるとかかな」
「強いショックかぁ……例えば?」
「んー……そうだなぁ……あ!!」
「ん? 何々?」
「私達の村が無くなっちゃったとか~?」
「フハッ!! エッグいわ~」
「ほら。そうしたら私にしか依存出来ないしさ。ご褒美をチラつかせるだけで言う事を聞くお人形さんの出来上がりかも」
「ほうほう。それでご褒美は?」
「あげるわけ無いじゃん。あんな下手くそに」
「辛辣~♪」

 ゲラゲラと笑いながら歩く二人。
 そんな二人が勇者パーティーの一員だと、すれ違う人は誰も気付く事はなく、疑いすらしなかったのだった。



 ただ、彼女達が笑っていられるのも……
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