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11話〜星を見上げて〜

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 王都を発って二日。
 水の都アクエリウスを目指す俺達は今何をしているかというと……

「主!! ウサギがそっちに行ったぞ!!」
「任せろ!!」

 俺はロウエンと共に森でウサギを追いかけていた。

 というのも、アクエリウスへ向かう馬車が無かったのだ。
 無かったというよりたまたま全員出払っていたのと、アクエリウス方面へ行く馬車が捕まらなかったので仕方なく歩いて行く事にしたのだ。

「ねー、まだ捕まらないのー?」
「今追いかけてんだろうがって……お前も手伝えよ!!」
「私はフーちゃん見てるし~」
「乗ってるだけじゃねぇか!!」
「でもな~」
「おい主!!」
「え? ……あ、こいつ!!」

 俺の足の間をすり抜けるウサギ。
 ウサギ一匹に翻弄される俺とロウエン。
 その後ユミナが放った矢でウサギを捕らえ、昼食にありつけたのだった……

「済まないな。馬車さえあれば……」
「いやいや、気にしてても始まらないだろ」
「そうそう。仕方ない仕方ないって」
「とりあえずお前等はフーから降りろ」
「え~? だってフーが乗せてくれるしさ~」
「助かるよね~」
「……ったく。なら良いか」
「えへへラッキー」

 飛ぶフーの背中に乗りながら俺達を見下ろすミナモとユミナ。

「にしても何で皆出払ってんだろうな」
「さぁな。とりあえず祭りまでには間に合うだろ」
「それなら良いけど」
「お祭り楽しみだな~。ねぇロウエン、どんなお祭りなのか教えてよ」
「ん? まぁ構わんが……一言で言えば、綺麗だったな」
「綺麗?」
「あぁ。まぁこれは実際に見てくれ。他にも出店とか出るからな。美味い物も食べられるぞ」
「お、マジか!!」
「楽しみ~」

 ロウエンの話から祭りに行くのが楽しみになってくる俺達。
 ミナモに至っては既に何か食べているつもりなのかヨダレを垂らしており、フーの奴が嫌そうな目で見ている。

「ハッ!? ……ジュルルッ、いけないいけない」

 あぁ、気付いたのか慌ててヨダレを拭いている。

「ねぇロウエン。アクエリウスって水の都っていうぐらいだから海に面しているの?」
「ん? あぁ、そうだ。だから海の幸を使った料理が有名だ」
「本当!? 私、海の食材の料理って食べた事無いから楽しみだわ!!」
「食べた事無いのか?」
「あ、俺も無いな。魚はあるけど川で獲った魚ぐらいだし」
「私もそんな感じね。ねぇねぇ、海には大きな魚がいるのでしょ? どのくらい大きいの?」
「ど、どのくらいって言われてもな……それこそ千差万別だな。川魚の様な大きさから山の様に大きなのまでいるからな」
「本当!?」
「す、すげぇ……」
「すごい……」

 山の様にデカい魚が海にいるだと。
 19年生きてきて初めて知った。

「まだまだ知らない世界ってあるんだな……」
「ま、俺も知らない世界だってまだある。たかだか19年しか生きていないお前なら、知らない事だらけだろうさ。ってハヤテ、お前19だったのか」
「あれ、言わなかったっけ?」
「あぁ、初耳だ」
「俺とロウエンが出会った日が丁度俺の誕生日なんだよ」
「……そうだったのか。遅れたが誕生日おめでとう」
「おめでとうハヤテ」
「ハヤテおめでとー」
「お、おう。ありがとうな」
「ギャウギャウ!!」
「フーもおめでとうだって」
「ありがとうな。フー」

 俺はあの日、本当なら最悪の誕生日になるはずだった。
 でもロウエンに会って、ミナモに会ってフーに会って、ユミナにも会って。
 スタートは最悪だったが、今は最高だと思う。

「今日はどこまで進めるかな」
「また野宿か? 家があったら頼んで泊めてもらおうぜ?」
「見知らぬ旅人が訪ねて来て、飛竜がいるけど泊めてくれと言われて泊めるか?」
「……それもそうだな。おとなしく野宿しよう」
「そうだな。おとなしく野宿しよう」
「そーそー。私野宿好きだし~」
「ンギャウ」

 目を細めて笑うフー。
 一応昨日も野宿だったし、今日も問題は無いだろう。
 そして歩き続けて陽が傾き始めた頃。

「今日はここまでにしよう」
「え、もう少し進もうぜ。まだ平気だろ?」
「はぁ……昨日も言ったが、陽が沈んでからは危険だ。まだ明かりがある内に支度をする方が賢明だ」
「……そ、そうだったな。悪かったな」
「分かってくれれば良い。さ、準備に取り掛かるぞ」

 そこから作業に取り掛かる俺達。
 今日の寝床は道から少し離れた木の下だ。
 道は皆の物。夜でも商人は使う為、邪魔にならない様に外れるのがマナーだ。

「よし、テントでーきた」
「ガルッ」
「フーは何もしてないでしょー」
「ご飯できた?」
「ググゥ?」

 ミナモとユミナがテントを張り、俺とロウエンで夕飯を作る。

「もう少しだ。待て」

 火にかけた鍋の中を混ぜ、コトコト煮込みながらロウエンが話す。

「まーだー?」
「もう少しだ。ちゃんと火を通しておかないとな」
「ぶーぶー」
「ぶーたれてもやらん」
「けちー」
「ちゃんと煮込んだ方がうまいんだよ」
「でーもー」
「まぁ待ってなって。もうじきだからよ」

 そう言ってロウエンは引き続き鍋を混ぜる。
 コトコトコトコトと、焦がさない様に休まず混ぜ続けながら煮込む。
 すると鍋からは良い匂い。
 食欲をそそる匂いが漂ってくる。

「……よし、出来上がりだ。ミナモ、皿をくれ」
「はいはい。お腹と背中がくっ付きそうよ……」
「悪かった悪かったって」

 味見をし、満足な出来になったのか一度頷くロウエン。
 ミナモが渡した木の器によそっていく。
 よそわれたのはお粥。
 ただし肉の入ったお粥だ。
 ホロホロになるまで煮込まれた肉が入ったお粥だ。

「……何でお粥なのよ」
「こういう時こそ、腹に負担のかからない物を食うべきなんだよ」
「力出ないじゃない」
「肉は入れてある」
「そういう問題かしら……」
「実際食いたいからと食って腹を壊した場合、近くに村はおろか家が無ければ大変な事になるだろ?」
「まぁ、確かにそうだけど……」
「ま、量はあるからな。たっぷり食え」
「いただきまーす」
「いただきます」
「いただきますっ」
「おう、食え」
「グギャン!!」

 俺達四人はロウエンが作った肉粥、フーは自分で獲って来た猪を食う。

 肉粥だが、美味い。
 柔らかく煮込まれた肉は簡単に噛み切る事ができ、とても食べやすい。
 味付けは塩味であっさりしている。

 まぁ隣ではフーが思いっきり肉食ってるけど。
 生のまんま食ってるけどその姿にも最近慣れて来た。
 もともと集会場でも生の肉を食べていたので、狩って来た獲物をフーがそのまま食べる姿にも割とすんなり慣れる事ができたのだ。

「ごちそうさま」
「ごちそうさまです」
「ごちそうさま~」
「はいよ」
「ングルル」

 最近フーも俺達の真似をしてか、翼を合わせてご馳走様をする様になった。
 その後は寝るのだが……

「俺とユミナとフーでまず見張をやる。時間になったら起こすから、そしたら交代だ。良いな?」
「俺は良いけど」
「私も良いけど、ハヤテ。一緒に寝るからって変な事したら吊るすからね」
「わ、分かってるよ」
「……」

 まず俺とミナモが休む事になり、ロウエンとユミナとフーが見張りをする事となった。
 いや、そこは男と女で分けろよと思ったが、夜の見張りを女子だけにやらせるのは酷だな。
 ただ、何故かユミナが俺の事をジト目で見ていた。

「じゃ、後でな」
「ギャ~ウ」

 二人と一匹に見張りを任せ、テントに入る俺達。
 中には毛布があるだけの簡素な物。
 まぁ、無いよりはマシだが……

「ほれ……」
「……何よ」
「枕ねぇとキツいだろ。俺の使えよ」
「かける物無くなっちゃうよ?」
「別に良いよ。ほら」
「そ、そう……じゃあ遠慮無く」

 俺が差し出した毛布を丸め枕代わりにするミナモ。
 俺は左肩のマントを毛布代わりに身体にかけて横になる。
 本当は俺も枕が欲しいが、自分の腕を枕代わりにすればそれ程問題は無かった。

(……寝たか)

 一応休憩中ではあるが警戒は怠らない。
 ロウエンやフーが見張っているとはいえ安心しきるのは禁物。
 なのだが、ミナモはぐっすり眠っている。
 なんと言えばいいか、俺より多分世間を知らない感じがする。

(……エルフの貴族の娘とか、なのか?)

 いや、もし仮にそうだとしたら今頃探しているという話を聞いてもおかしくはないだろう。
 多分、純粋に世界を知らないだけだろう。
 それでも俺より長生きしているから知識としては知っているみたいだ。

(ま、いざという時はロウエン達もいるし大丈夫かな……)

 そんな事を思いつつ、警戒していたのに俺は熟睡してしまうのだった。



「おーい主。交代だ」
「うぐっ……いてぇなぁ」

 ロウエンに起こされ、軽く叩かれた頭をさすりながら起きる。

「交代だ。ほれ、出た出た」
「交代交代っと。おやすみー」

 テントに入るなりさっさと寝るユミナ。

「ん、もうそんなか……あれ、ミナモは?」
「とっくに起きたよ。フーは既に寝ているからな。静かに頼むぜ」
「お、おう……じゃあ、おやすみ」
「おやすみな。主」

 ロウエンと交代し、テントから出て見張りを始める。

「遅かったね~。寝坊助くんよ」
「まだそんなに遅れてねぇだろ……」
「まぁね。ちゃんと起きれて偉いぞ~」

 ニシシッという感じで笑いながら隣に座れと言うようにポンポンと地面を叩くミナモ。
 それに従い隣に座る。
 焚き火があるので真っ暗では無い。

「にしても、星が綺麗ね~」
「星?」
「そ、ほら。見上げてみなさいよ」
「……あぁ、本当だ」

 ミナモに言われて空を見上げる。
 そこにあるのは満天の星空。とても綺麗だ。

「すげぇ……」

 思わずこぼしてしまう。

「ね。王都じゃ見れないね」
「あぁ……俺のいた村でも見れるか分からねぇよ」

 あの頃をつい思い出してしまう。
 まだ兄貴と仲が良くて、隣にはセーラがいて、モーラやエラス達と一緒に星空を見上げた日の事。

「……何か、思い出しちゃった?」
「……まぁね」
「……ごめん」
「いや、ミナモは悪く無いだろ」
「でもさ……」
「あ~、じゃあさ話きいてくれるか?」
「話?」
「うん。村での話」
「……分かった。聞くよ」

 焚き火に折った枝を投げ込みながら頷くミナモ。

「俺が、兄貴にセーラを取られたのは聞いたよね?」
「えぇ。ロウエンが言っていたわよね」
「で、兄貴はそのままセーラだけじゃなくモーラやエラスとヒモリも行っちゃった」
「うん……」
「何でこうなっちゃったかな~……俺達、仲良かったんだけどなぁ」
「……」
「モーラはさ時々相談乗ってくれてたんだよ。セーラと喧嘩した時とかさ。どうしたら仲直りできるか相談してくれたりさ……」
「うん……」
「エラスは兄貴の事が好きでさ。誕生日のプレゼントは何が良いかなって相談に来てたりしたんだよ」
「そうなんだ……えっと、じゃあヒモリは?」
「ヒモリは……俺がいたカザミ村の辺りを治めていた領主さんの娘さんでさ。ちょっと俺達と違ったな……」
「それは……育ちみたいな?」
「うーん、そんな感じかな。槍と魔法が使えるって言っていたし、才能もあるんだろうな……」
「そうかなぁ……適性があれば魔法とかは覚えられるよ?」
「……まぁ器用な奴だったよ。それにアイツは兄貴の事が好きみたいでさ、事あるごとに兄貴に何か持って来てたよ」
「そうなんだ……そんなに好きだったんだね」
「でも……あんまりアイツが兄貴の事を褒めるからかな。二人の前で俺の事褒める人は減っていっちゃってな」
「……領主の娘、だからかな」
「かもな。でもこの槍を作ってくれた鍛冶屋の爺さんは優しかったよ」
「そっか」

 その村を俺は出た。
 本当は置いていかれたのなら出て行きたくは無かった。
 でも、村の皆が兄貴と一緒に頑張って来いよと声をかけてくれたから。

 本当なら追いかけたくは無かった。
 セーラを奪い取り、村の人に俺の弟は愚鈍やら愚弟やら言っていたが二人きりの時には魔王退治に力を貸してくれと兄貴は言ってくれていた。

 だから、だから俺は心のどこかで期待していたんだ。
 きっとこれは、飴と鞭の鞭の方なんだろうって。
 でもその期待は裏切られた。
 見事に裏切られた。

 悲しかった。
 ただただ悲しかった。
 飴と鞭なんかじゃなかったんだ。
 俺からセーラを奪い、俺を置いて村を発った。
 兄貴の言葉を信じていた俺を見てきっと腹の中で笑っていただろう。

 悔しかった。
 それと同時に怒りも感じた。
 そこへ母親からのあの言葉だ。

 俺は村を出た。
 鍛冶屋の爺さんが生きていれば鍛冶屋で働かせてもらおうかと思っていた。
 でも、その爺さんは俺が旅立つ二日前に倒れてそのまま。

「……それに、爺さんと約束していてさ」
「約束?」
「俺に託したこの槍で、誰かを救ってくれって。魔王を倒せなくても良い。その代わり、誰かを救う事を約束してくれって言われたんだ」
「……そうなんだ。優しい人だったんだね」
「あぁ。優しい人だった……優しい人だったから、さっさと逝っちまった。俺の、父さんやセーラやモーラの父さんだって……」
「……」
「……悪いな。こんな話を聞いてもらって……」
「んーん。平気。でも……話していて、辛くない?」
「あぁ……辛くないよ」
「そうなの?」
「まぁな。もう過ぎた事だし」
「過ぎた事を聞いて欲しかったんだ?」
「うっ、悪かったな」

 もう考えない様にしていたのに。
 頭では分かっていても気持ちの整理がなかなか付かない。

「……ま、良いんじゃないかな」
「……良いのか?」
「うん。これはさ、私の考え方なんだけど良い?」
「お、おう」
「私としてはさ、エルフっていうのもあるけど長い時間を生きるからそういう事を悩む事ってそんなに無いの。悩んでいる内に数年経ったりしたりするからね」
「そうなのか?」
「うん。だからごめんね。小さな悩み事にはそこまで真剣に考える事はそんはに無いの」
「そうなんだ……」
「だからね、人間が羨ましい」
「……羨ましい?」
「うん。私達から見れば遥かに短い寿命の中でいろんな事に真剣に向き合える事って素晴らしい事だと思うんだ」
「そうか?」
「うん。人から見れば長い一生かもしれないけど、私達から見れば短い一生なんだよ。その中でハヤテは過去の事だって言っているけど悩んで答えを出そうと懸命に生きている。それはきっと、素晴らしい事なんだよ」

 真っ直ぐ俺を見ながらそう言ってくれる。
 村にいる時は悩んで苦しむ時、兄貴やセーラから情けないと言われた。
 でもミナモはそれを素晴らしいと肯定してくれた。
 過去の傷で苦しむ事を認めてくれた。
 それだけで……

「ちょ、ちょっと!?」
「……へ?」
「何でアンタ泣いてんのよ」
「……い、いや……別に泣いてなんか」
「いや泣いてるから」
「泣いてねぇって」
「泣いてるし」
「泣いてなんか……ねぇよ」
「あ、ちょっと……」

 眠気を飛ばす様にと用意しておいた水で顔を洗って涙を誤魔化す。

「……でも、ありがと」
「……ん。あぁでもさ。あまり長々悩む必要は無いと思うよ。そんなにずっと悩んでいると、心が死んじゃうよ」
「……うん」
「ま、そうならない為に仲間がいるんだから。私達の事、ちゃんと頼ってね」
「……」
「何よ……」
「ミナモって時々さ、本当に大人っぽくなるよね」
「……吊るされたい?」
「すみません」
「……ぷっ、ふふっ」

 堪え切れずに吹き出し、笑い始めるミナモ。
 そのおかげか話を聞いてもらったからか、俺の心も少しは軽くなった気がする。

「……まぁ、聞いてくれてありがとな」
「どういたしまして」
「今度はさ、ミナモの話を聞かせてくれよ」
「機会があったらね」

 ニコリと微笑みながら焚き火に木の枝を焚べるミナモ。
 その顔は火の明かりに照らされていた。



(……寝ちまったか)

 それからしばらくしてから。
 気付けばミナモは眠っていた。
 座ったまま寝ている。
 これじゃ見張りにならないなと思いつつ枝を焚き火に放り込む。

(……もう、いらないかな)

 ポケットから取り出した番の指輪を見る。
 悩むのは良いと言ってくれた。
 向き合って悩む事をミナモは肯定してくれた。
 でもそれは、ズルズルと向き合わずに引きずる事とは違う。

(……さようなら。俺の……)

 そのまま俺は指輪を焚き火の中に放り投げた。
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