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勘違い野郎に脚ドンを
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暮れも押し迫り、隣国の対立もいよいよ佳境というか、両者が何かおかしい事──自国の貴族達がそっぽを向きだしたのに気付いたころ、瑞穂の国は両者に対して最後通牒を突きつけた。
和解せよ、さもなくば両者とも攻め滅ぼす、と。
しかし両陣営には既に瑞穂の国の息のかかったものがいるから、どうあっても和解などしないのだ。よって、両者は内乱を長引かせた罪により、滅ぼされる。
悪辣ではあるが、戦争というのものはあらゆるものを正当化する。この辺の策には引っかける方より引っ掛かる方が悪い。この位の策など物ともしない存在でなければ、国は守れないのだから。
それを鑑みれば、瑞穂の国は実に理想的だ。
陛下は早いうちから跡継ぎは青洲様だと公言していたし、紅緒様も常盤様も付き従う姿勢を見せている。
実態がどうであれ、公務で一緒になれば紅緒様は青洲様を立てているし、正妻がまだいない青洲様の奥方役を務めておられる事もしばしばだ。
常盤様も公務で紅緒様と一緒になれば、ここぞとばかりに紅緒様にべったりだし。
なんと言うか、あの兄弟は紅緒様に母君の萌黄様を見ているんだろう。
萌黄様と紅緒様は容姿も性格も体質もよく似ていて、青洲様と常盤様は陛下にそっくりだ。
幼い頃に母君を亡くされたお二人は、紅緒様が母君にあまりにも似ておられるから無意識化に甘えたんだろう。でも紅緒様は母君でなく、二人と同じ母親を亡くした子供でしかなかった。結果二人の甘えを背負わされて、紅緒様は摩耗し疲れ果ててしまったのだろう。
その事実に気付いたからこそ親兄弟は躍起になって、自身のしたことの償いをしようと紅緒様に近づこうとするんだろうけれど……。
俺としては紅緒様はお三方と距離を取ることでご自身を守っておいでなのだから、そっとしておいて差し上げてほしい。だから間に入るんだけど、公務だけは如何ともしがたい。
なので俺はご公務でゴリゴリ削られた紅緒様の癒しになるものを用意しておくのだ。
例えば月餅やら饅頭やらのお高くて旨いと評判のモノをお茶と一緒に添えて出すとか、ストレス解消の遠乗りとか。
それが俺の役目だし、役得でもあるんだけど、それが最近ちょっと辛い。
何と言うか、最近よく鼻血が出るのだ。主に紅緒様が何かを召し上がっている時に。
紅緒様の潤って柔らかそうな唇から眼が離せないし、団子のようなものを食んで「大きい……」なんて呟かれたら、逆上せて鼻からぼたぼたと血が落ちるのだ。
病気かと思って軍医に相談しても「遅れて来た思春期か!?」と匙を投げられる始末。いや、血液検査をしても特に異常はなく健康すぎるくらい健康なのだから、医者としてはすることがないのは当然だろう。強いていうなら、鼻の粘膜が弱っていて、中の毛細血管が切れやすくなっているから、鼻を触るなとしか。紅緒様にもご心配をおかけしているから、どうにかしたくはあるが。
兎も角、俺は猛烈に悩んでいる。
でも俺の悩みなんかは、紅緒様のご心労に比べれば些細なものだ。
最後通牒を突きつけてから、紅緒様を与しやすいと踏んだのか、隣国の、それも東西どちらの使者もやってくるようになった。
どちらも自陣が正当な王位継承者なのだから手を貸してくれればすぐに内乱など治まるというのが主張だが、何を考えているのか花束や宝石などを勝手に持って来ておいて帰るのだ。
こういうのは困ると毎回贈り返しているのだけれど、あまりに頻回だと紅緒様が痛くない腹を探られることになる。
陛下や青洲様、常盤様には手紙で紅緒様が困ってることはお知らせしているけれど、国の方針としてはそのまま交渉を長引かせろ、だ。
当然紅緒様もそれは解っておられるからそのように振舞われる。すると最近は少し相手方の様相が変わって来たのだ。
最初は自身の正当性を声高に主張する文章の羅列だったのが、段々と個人的な話が増えていき、最近では紅緒様に対して懸想しているような旨が記載されていて。それだけなtら兎も角、紅緒様も彼方を好いているような解釈をしているようで、内容に卑猥な事まで書かれて書いて来る始末。
今日も今日とて、その訳の分からない手紙に、机に組んだ手に額を押し付け、紅緒様はため息を吐いた。
紅緒様は猥談が好きじゃない。それはもう娼館の話をしただけでうなじが赤くなるくらい恥ずかしがられるんだから、相当にその手の話が苦手でいらっしゃる。
しかもそれが片側だけでなく、両方からくるんだから頭も痛くなるってもんだ。
そんなある日、東からまた使者が来た。
いつものように手紙を渡してさっさと帰るのかと思えば、贈り物があると人一人入れそうな長持を持参して、それを紅緒様にじかにお渡ししたいという。
ならば荷物を改めさせろと言えば、無礼だと跳ねのけようとするし、ならば通せないと言えばそれも無礼だと喚く。
埒が明かないから、俺が使者に応対しようと思ったが、紅緒様が直々に相手をなさると仰って。
俺も紅緒様も、魔導錬金術研究所の所長が改良に改良を重ねた自動防御障壁展開機能付き万年筆をもっているし、あれは二つ重ねたら至近距離でどれほどの爆発が起ころうともかすり傷で済むから、まあ大丈夫だろう。そういう判断だ。
そうして相対した使者は、紅緒様に長持を渡すと「お一人で開けていただきたい」と言う。執り成しを頼んでくる割に注文の多いことにうんざりして、使者と共に紅緒様の執務室から出ると見せかけて使者だけを追い出した。すると、完全に閉めてはいなかった執務室の扉の内側から、物が倒れる大きな音が。
「紅緒様!?」
「出穂!」
室内に飛び込むと、見知らぬ裸体の男が紅緒様のお手を掴んで引き寄せようとしているのが見えて、俺は咄嗟に男を引きはがして、その身体を壁に叩きつけた。その上でナイフを男の首に突きつけると、男が「ひッ!?」と悲鳴を上げる。
「出穂、殺すな」
「御意」
とは言ったモノの、本当はさっくりやってやりたい。紅緒様の御目に粗末なものを晒しただけでも許しがたいのに、その上お手にまで触れたのだから。
八つ裂きにしてやりたい気持ちで男を睨んでいると、男は震えながら「無礼だぞ!」と吼える。その声に、紅緒様が「あ」と手を打った。
「貴殿はもしや東の……」
「そ、そうだ! 貴方の恋心に応えて忍んできたというのに! 解ったらさっさとこの下男を下がらせたまえ」
「……何度も私は貴方に何の感情もないと返事した筈だが……」
「恥ずかしがっての事だろう? 解っているぞ、可愛い人よ。だからこうして私から忍んで」
その後には「来た」と続ける気だったんだろうが、俺が男の足と足の間の壁を強く蹴ると、また悲鳴を大げさに上げる。俺が蹴った壁は大きくへこんだから、後で総務に怒られに行かなくては。
無感動に男を見下げていると、ガタガタ震える男の指が俺を指す。
「お、お前が愛人だな? 私は寛容だからな、愛人の一人くらい構わないぞ、うん」
「あ? 殺すぞ? テメェなんぞ、紅緒様に指一本触れさせるわけねぇだろ」
反射的に言葉がでた。すると男はすくみ上って、粗末な物から液体を垂れ流す。
室内に尿臭が広がるのに眉を寄せると、紅緒様がとことこと俺の傍にやって来た。
「出穂、カーテンでも取ってかけて差し上げろ。それから使者を呼び戻して、荷物をもってお引き取り願え。部屋を清掃する間、私とお前は休憩だ」
「御意、手配します」
そう言いつつ、俺はふと竦み上がった男を見てから、紅緒様のお手を柔く取った。キョトンとする紅緒様の指先に口づけると、少し強引に引き寄せて、俺の腕の中に納まっていただく。そして紅緒様の滑らかな頬を両手で包むと、小さく紅緒様に「野郎にお仕置きくらわしときましょう」と耳打ちして、唇を限界まで紅緒様に寄せた。
紅緒様も男を一瞥すると俺の言葉の意味を察して、眼をゆっくり伏せてくれる。男からは紅緒様が俺に口づけられて、うっとりしているように見えたはずだ。
けど俺にも誤算というものがあって。
紅緒様の口づけを待つようなお顔を至近距離で見た俺は、しばらく目を閉じればその光景が浮かぶ現象に悩ませられることになったのだ。
それから数日後、東と西は決定的に割れることになった。
東の使者が帰った数日後、やって来た西の使者に、俺は東の国の王位継承者が紅緒様に無体を働いた事を耳打ちして「貴殿の王は如何なさる?」と囁いてやったのだが、それが原因ではないだろう。
和解せよ、さもなくば両者とも攻め滅ぼす、と。
しかし両陣営には既に瑞穂の国の息のかかったものがいるから、どうあっても和解などしないのだ。よって、両者は内乱を長引かせた罪により、滅ぼされる。
悪辣ではあるが、戦争というのものはあらゆるものを正当化する。この辺の策には引っかける方より引っ掛かる方が悪い。この位の策など物ともしない存在でなければ、国は守れないのだから。
それを鑑みれば、瑞穂の国は実に理想的だ。
陛下は早いうちから跡継ぎは青洲様だと公言していたし、紅緒様も常盤様も付き従う姿勢を見せている。
実態がどうであれ、公務で一緒になれば紅緒様は青洲様を立てているし、正妻がまだいない青洲様の奥方役を務めておられる事もしばしばだ。
常盤様も公務で紅緒様と一緒になれば、ここぞとばかりに紅緒様にべったりだし。
なんと言うか、あの兄弟は紅緒様に母君の萌黄様を見ているんだろう。
萌黄様と紅緒様は容姿も性格も体質もよく似ていて、青洲様と常盤様は陛下にそっくりだ。
幼い頃に母君を亡くされたお二人は、紅緒様が母君にあまりにも似ておられるから無意識化に甘えたんだろう。でも紅緒様は母君でなく、二人と同じ母親を亡くした子供でしかなかった。結果二人の甘えを背負わされて、紅緒様は摩耗し疲れ果ててしまったのだろう。
その事実に気付いたからこそ親兄弟は躍起になって、自身のしたことの償いをしようと紅緒様に近づこうとするんだろうけれど……。
俺としては紅緒様はお三方と距離を取ることでご自身を守っておいでなのだから、そっとしておいて差し上げてほしい。だから間に入るんだけど、公務だけは如何ともしがたい。
なので俺はご公務でゴリゴリ削られた紅緒様の癒しになるものを用意しておくのだ。
例えば月餅やら饅頭やらのお高くて旨いと評判のモノをお茶と一緒に添えて出すとか、ストレス解消の遠乗りとか。
それが俺の役目だし、役得でもあるんだけど、それが最近ちょっと辛い。
何と言うか、最近よく鼻血が出るのだ。主に紅緒様が何かを召し上がっている時に。
紅緒様の潤って柔らかそうな唇から眼が離せないし、団子のようなものを食んで「大きい……」なんて呟かれたら、逆上せて鼻からぼたぼたと血が落ちるのだ。
病気かと思って軍医に相談しても「遅れて来た思春期か!?」と匙を投げられる始末。いや、血液検査をしても特に異常はなく健康すぎるくらい健康なのだから、医者としてはすることがないのは当然だろう。強いていうなら、鼻の粘膜が弱っていて、中の毛細血管が切れやすくなっているから、鼻を触るなとしか。紅緒様にもご心配をおかけしているから、どうにかしたくはあるが。
兎も角、俺は猛烈に悩んでいる。
でも俺の悩みなんかは、紅緒様のご心労に比べれば些細なものだ。
最後通牒を突きつけてから、紅緒様を与しやすいと踏んだのか、隣国の、それも東西どちらの使者もやってくるようになった。
どちらも自陣が正当な王位継承者なのだから手を貸してくれればすぐに内乱など治まるというのが主張だが、何を考えているのか花束や宝石などを勝手に持って来ておいて帰るのだ。
こういうのは困ると毎回贈り返しているのだけれど、あまりに頻回だと紅緒様が痛くない腹を探られることになる。
陛下や青洲様、常盤様には手紙で紅緒様が困ってることはお知らせしているけれど、国の方針としてはそのまま交渉を長引かせろ、だ。
当然紅緒様もそれは解っておられるからそのように振舞われる。すると最近は少し相手方の様相が変わって来たのだ。
最初は自身の正当性を声高に主張する文章の羅列だったのが、段々と個人的な話が増えていき、最近では紅緒様に対して懸想しているような旨が記載されていて。それだけなtら兎も角、紅緒様も彼方を好いているような解釈をしているようで、内容に卑猥な事まで書かれて書いて来る始末。
今日も今日とて、その訳の分からない手紙に、机に組んだ手に額を押し付け、紅緒様はため息を吐いた。
紅緒様は猥談が好きじゃない。それはもう娼館の話をしただけでうなじが赤くなるくらい恥ずかしがられるんだから、相当にその手の話が苦手でいらっしゃる。
しかもそれが片側だけでなく、両方からくるんだから頭も痛くなるってもんだ。
そんなある日、東からまた使者が来た。
いつものように手紙を渡してさっさと帰るのかと思えば、贈り物があると人一人入れそうな長持を持参して、それを紅緒様にじかにお渡ししたいという。
ならば荷物を改めさせろと言えば、無礼だと跳ねのけようとするし、ならば通せないと言えばそれも無礼だと喚く。
埒が明かないから、俺が使者に応対しようと思ったが、紅緒様が直々に相手をなさると仰って。
俺も紅緒様も、魔導錬金術研究所の所長が改良に改良を重ねた自動防御障壁展開機能付き万年筆をもっているし、あれは二つ重ねたら至近距離でどれほどの爆発が起ころうともかすり傷で済むから、まあ大丈夫だろう。そういう判断だ。
そうして相対した使者は、紅緒様に長持を渡すと「お一人で開けていただきたい」と言う。執り成しを頼んでくる割に注文の多いことにうんざりして、使者と共に紅緒様の執務室から出ると見せかけて使者だけを追い出した。すると、完全に閉めてはいなかった執務室の扉の内側から、物が倒れる大きな音が。
「紅緒様!?」
「出穂!」
室内に飛び込むと、見知らぬ裸体の男が紅緒様のお手を掴んで引き寄せようとしているのが見えて、俺は咄嗟に男を引きはがして、その身体を壁に叩きつけた。その上でナイフを男の首に突きつけると、男が「ひッ!?」と悲鳴を上げる。
「出穂、殺すな」
「御意」
とは言ったモノの、本当はさっくりやってやりたい。紅緒様の御目に粗末なものを晒しただけでも許しがたいのに、その上お手にまで触れたのだから。
八つ裂きにしてやりたい気持ちで男を睨んでいると、男は震えながら「無礼だぞ!」と吼える。その声に、紅緒様が「あ」と手を打った。
「貴殿はもしや東の……」
「そ、そうだ! 貴方の恋心に応えて忍んできたというのに! 解ったらさっさとこの下男を下がらせたまえ」
「……何度も私は貴方に何の感情もないと返事した筈だが……」
「恥ずかしがっての事だろう? 解っているぞ、可愛い人よ。だからこうして私から忍んで」
その後には「来た」と続ける気だったんだろうが、俺が男の足と足の間の壁を強く蹴ると、また悲鳴を大げさに上げる。俺が蹴った壁は大きくへこんだから、後で総務に怒られに行かなくては。
無感動に男を見下げていると、ガタガタ震える男の指が俺を指す。
「お、お前が愛人だな? 私は寛容だからな、愛人の一人くらい構わないぞ、うん」
「あ? 殺すぞ? テメェなんぞ、紅緒様に指一本触れさせるわけねぇだろ」
反射的に言葉がでた。すると男はすくみ上って、粗末な物から液体を垂れ流す。
室内に尿臭が広がるのに眉を寄せると、紅緒様がとことこと俺の傍にやって来た。
「出穂、カーテンでも取ってかけて差し上げろ。それから使者を呼び戻して、荷物をもってお引き取り願え。部屋を清掃する間、私とお前は休憩だ」
「御意、手配します」
そう言いつつ、俺はふと竦み上がった男を見てから、紅緒様のお手を柔く取った。キョトンとする紅緒様の指先に口づけると、少し強引に引き寄せて、俺の腕の中に納まっていただく。そして紅緒様の滑らかな頬を両手で包むと、小さく紅緒様に「野郎にお仕置きくらわしときましょう」と耳打ちして、唇を限界まで紅緒様に寄せた。
紅緒様も男を一瞥すると俺の言葉の意味を察して、眼をゆっくり伏せてくれる。男からは紅緒様が俺に口づけられて、うっとりしているように見えたはずだ。
けど俺にも誤算というものがあって。
紅緒様の口づけを待つようなお顔を至近距離で見た俺は、しばらく目を閉じればその光景が浮かぶ現象に悩ませられることになったのだ。
それから数日後、東と西は決定的に割れることになった。
東の使者が帰った数日後、やって来た西の使者に、俺は東の国の王位継承者が紅緒様に無体を働いた事を耳打ちして「貴殿の王は如何なさる?」と囁いてやったのだが、それが原因ではないだろう。
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