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危機 壱

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 結局、内乱の火種を撒いてやった国は、クーデターが起き、その首謀者主導で全面降伏してきた。 
 が、最後の情けだったのか単に逃がしただけなのか、敵国の王は僅かな供回りを連れて落ちのびたようで。
 面倒ながら残党狩りの仕事がやって来た。 
 そもそも王族の搾取によって疲弊していた国なのだから、王に対する民の反感は強い。だから王を庇うふりをして、彼が隠れているのを通報する都市もあれば、自ら山狩りを行う村とてあるし、賞金稼ぎなのか王を捕まえようとする自警団まで現れる始末。 
 瑞穂の国は国民から兵士を強制徴用しない。志願者を金銭で雇うか、傭兵を使う。 
 傭兵というのは一見金で動くから軽薄そうに見られるが、ところがどっこい、契約があり、敵前逃亡や裏切りはそれを破棄するのと同じで、そんな奴に信用が付く訳もないし、信用がない者が戦場で受ける扱いなんて知れているから、よほどの事が無い限りは寝返りも裏切りも心配なかったりする。 
 かくいうウチの部隊、紅緒様の部隊にも傭兵はいて、何だかんだ頼れる存在の人がいる。 
 つまるところ残党狩りは民間人の仕事でなく、本職の仕事なんだから通報はありがたいけど、他は大人しくしててくれ。そんな感じだ。 
 だけど、大人しくしててくれないくらいに、王は嫌われていたらしい。 
 そんな中、今日も今日とて逃げた王を発見したという連絡があった。しかし、今回はいつもと違って信ぴょう性がかなり高いという。 
 だからなのか、今日はその逃げた王とその発見者に、青洲様と紅緒様が謁見することになった。勿論俺や青洲様の副官も。 
 青洲様の軍は全面降伏したこの国を橋頭保に、他国に攻め入るため、まず民の慰撫に来たのだ。実際の統治は紅緒様が行うけれど、この国の事をきちんと瑞穂の国の一部と考えて治めるという事を喧伝するための、一種のパフォーマンスである。 
 それはいい。紅緒様も目立つ事は好きじゃないから、お兄上様がいらっしゃれば、紅緒様はその分表舞台に立たなくて済むから。 
 でも紅緒様に話しかけようとして出来ないヘタレ長男のウジウジを聞かされるのは嫌だ。ってか何で俺に言う? 解せぬ。 
 そんな理不尽に振り回されながらでも、俺にだって仕事がある。 
 今日は遅番で俺は午前中は暇だった。でも昼飯は紅緒様と食うから、午前中に用事を済ませるべく、俺は魔導錬金術研究所に足を運んだのだ。 
 なんでって、そこの変人所長に呼び出されたから。 
 この研究所の職員は皆紅緒様が見つけて引っ張って来た人材で、ちょっと……かなり……大分……控えめに言っても変人が多く、研究の事となると紅緒様と同じく寝食を忘れるものがほとんどだ。その中でも所長はとびきり変わっていて、何でも思いついたら即改造する癖があった。 
 で、その人は何と俺の万年筆を改造した。 
 何を言ってるか分からんだろうし、俺も何をされたのか皆目分からんが、俺の万年筆は今凄いことになってるそうな。 
 あの万年筆は紅緒様が俺の誕生日の祝いにくれたもので、実は紅緒様と色違いの揃いなのだ。俺が娼館で勃たなくて役立たずだったという噂をまかれて気落ちしたように見えたのか、後日紅緒様がくださったのだ。 
 なのに、その万年筆を「いいアイデアが浮かんだ!」という所長に、書く物を要求され、偶々その万年筆を貸したら戻って来なかった。 
「色違いの同じものを紅緒様も持っていたような?」と言われて「誕生日に紅緒様から貰った」と答えたのが悪かったのか……。 
 それから一週間後の今日、ようやく返してもらえることに。 
 第一声が「傑作が出来た!」だから、俺は正直所長を殴りたかったけど、彼が俺の万年筆にした改造の内容を聞いてそれは無くなった。寧ろ彼を賞賛したくらいだ。 
 兎も角俺はその改造万年筆を魔導錬金術研究所で受け取って、一路紅緒様のもとへ。 
 斑鳩はとても速い。 
 半時間もかからずに研究上から紅緒様のおられる旧王城に着くと、俺はさっさと紅緒様の執務室に向かう。 
 ノックと共に入室の許可を求めると、すぐに許されて俺は中に入った。 
 室内
には書類棚と机が二つ。紅緒様と俺の。 
 そしてその上には紅緒様と俺、それぞれの昼飯がセットしてあった。 

「お帰り」 
「は、戻りました」 
「今日は魚だって」 
「ええっとたしか……鰆っておやっさんから聞いてるっす」 
「サワラ……白身だね」 
「っす」 

 俺はやっぱり食堂のおやっさんから、飯に何が使われてて、どんな形なのか、他の料理法はあるのかとか、そんな話を仕入れては紅緒様の御聞かせしている。 
 紅緒様はそんな他愛もない、でも生活に根差した話を聞くのが、相変わらずとてもお好きなのだ。 
 今日はいつか二人で食べた桜餅が付いている。それを紅緒様にお渡しすると、半分を俺に渡された。 

「出穂も……一緒に食べたほうが甘い」 
「っすね」 

 ふわっと紅緒様が笑う。眉がへにょりとしていて、俺はそれがもうずっと好きだ。 
 そうやって二人で昼飯を終えて、予定時間に謁見の間に向かう。 
 そこにはもう青洲様の幕僚たちが控えていて、玉座には青洲様がいらした。青洲様の副官はその後ろで、存在感のある厳つさを醸し出している。 
 紅緒様と俺が入室して所定の位置に着いたのを確認して、青洲様が口を開いた。 

「王は自裁したらしい。それを手土産に、側近が降伏してきた」 
「そうですか」 
「ああ。王本人だと、顔を知る者にも確認させた。その遺体をこれから確認する」 
「左様ですか」 

 最小限の受け答えで終わると、青洲様が副官に声をかける。すると副官はまた傍に控えた兵士に声をかけ、兵士が外にいる者に声をかけた。 
 迂遠だけど、これが威儀を示すってやつだ。 
 外にいた者が何やら棺を引きずって中に入ってくる。その様子に紅緒様が首を傾げた。 

「ボディチェックは?」 

 静かな声に、棺を引きずって来た男が歩みを止める。 
 近くにいた兵士に青洲様が目線をやると「済んでおります」と返って来た。しかし紅緒様は首をゆるゆると横に振る。 

「遺体の方だ」 

 しんと静まる謁見の間に、紅緒様の固い声が響く。
 通りの良く耳に心地よい声だけど、かけられた棺を引きずる男には不快だったらしい。「無礼だ!」と憤る。 
 だが紅緒様は無表情で俺に「改めろ」と命じた。 
 紅緒様は無駄な事は仰らない、何か感じることがあったからそう仰ったのだろう。 
 同じことを思われたのか、青洲様が手を挙げて俺を止めた。そして自身の副官と兵士に、棺を改めるよう命じられた。 
 棺を引きずっていた男の顔がにわかに強張り、声を上げる。 

「無礼ですぞ! 仮にも一国の王であった方の棺を暴こうなど! 瑞穂の国は死者に対する礼儀もないのか!?」 
「ただの死者なら、この棺は持ってこなかっただろう? 持ってくる意味のあるものだから、改められて当然ではないか」 

 淡々と返す紅緒様に、男の顔が歪に歪む。そして憤怒に赤く染まったかと思うと、「もはやこれまで!」と叫んで身に着けていた指輪を外すと、棺に思い切り投げつけた。 
 刹那、物凄い光が棺から溢れて、それを目にした俺は咄嗟に紅緒様に覆いかぶさって──
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