紅(くれない)の深染(こそ)めの心、色深く

やしろ

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弟 参

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 沈黙。 
 唇を真一文字に引き結んだ常盤様と、への字の俺。正直睨み合いなら負けない自信がある、 
 何故なら俺は、毎日退勤時間に紅緒様の「もうちょっと仕事をしたい」って言う眼と戦って、とりあえず勝ってるからだ。 
 紅緒様の願いは何でも、俺に出来る事なら叶えて差し上げたいけど、お身体を損ねるような真似は無理だから。
 俺は紅緒様の上目遣いに弱い。だけど断腸の思いで毎日振り切ってる俺に、常盤様の視線ごとき何するものぞ。 
 そうしてるうちに常盤様の肩が落ちた。 

「……兄貴、お前といると飯食うんだな?」 
「はい。肉はお嫌いみたいで、いつも俺の皿にのせてくれます。俺は肉が好きだからありがたいっす」 
「俺だって、おやつ分けてもらったことぐらいあるわ!」 
「はあ? あ、俺は代わりに月餅とか饅頭を半分お渡ししてます。甘いのお好きみたいで、食べてる時はほわほわしたお顔をされてます」 
 
 紅緒様は気にった茶菓子が出てくると、その日一日ずっとほわほわしているのだ。心なしいつも気を張って吊り上がり気味の目じりが下がってるような気さえする。 
 最初俺からおやつを受け取ることを紅緒様は当然渋られたけど、俺が「甘い物食うより、甘い物食ってほわほわしてる紅緒様見てる方が好きっす」って言うと、「変わったやつだなぁ」と言いつつ、いつもの眉をへにょりと下げる笑顔で受け取ってくれるようになったんだ。 
 そう言えば今日は昼飯に饅頭が付くと、食堂のおやっさんがいってたな。 
 そんなことを思い出していると、常盤様が呻いた。 

「……お前は兄貴と、何かを分かち合うことが出来るのか……」 
「あ?」 

 苦り切った声に、俺の眉が上がる。もういい加減懺悔なんか聞きたくない。 
 しかし、それは常盤様には解らなかったようで、がしっと肩を掴まれる。 

「なんすか!?」 
「俺は……! ガキの頃、おやつを貰うだろ? それ食っても足りなかった時は、俺は必ず兄貴のとこに言ったんだ。俺が『足りねえ』って言ったら、兄貴が自分が食った半分を必ず分けてくれたから。でも青洲兄も、自分の分食った後足りなかったら、兄貴のとこに行ってたんだってよ。兄貴が口を付ける前に、自分のを半分必ずくれたからって」 
「うん? つまり紅緒様は半分は青洲様に渡して、残った半分を更に常盤様と半分してたってことっす?」 
「違う。兄貴に半分渡して、その残りの半分を俺に『もう食べたから、常盤がおあがり?』ってくれてたんだよ」 
「えぇ……紅緒様食ってないじゃないっすか」 
「……知らなかったんだよ、青洲兄も俺も。兄貴は自分の事話す人じゃないし、偶々青洲兄とガキの頃の事を話す機会があって……それで、青洲兄はそうやって分けてもらってたって言うし、俺はきっかり半分貰ってたし『じゃあ兄貴は?』って」 
「うわぁ……最低な上に最悪……」 
「ほんっとにな! お前の言うように最低のクソ野郎どもだよ、俺ら。自分がやったことに気が付いたから、甘えるだけ甘えた分ちゃんと返そうと思って……でも……」 
「今じゃ受け取って貰えない、と。ご愁傷さまです、クソ野郎ども!」 

 吐き捨てるように言えば、常盤様の目に怒りが燃える。けれどそれがすぐに沈下したのは、俺の目にも同じくらいの怒りが燃えていたからか。 
 俺の肩を掴む常盤様の手から、不意に力が抜けた。 

「……受け取って貰えるお前が羨ましいよ。お前がもう少し、兄貴の事を女みたいに扱うような輩だったら、意地でも引き離してやったものを!」 

 なんでそこで女が出てくるのか、よう分からん。 
 俺は首を捻りながら、肩に乗ったままの常盤様の手を叩き落とす。 

「いや、紅緒様のどこが女に見えるんです? 寧ろ目茶苦茶男前じゃねぇですか。退けねぇとこは絶対不退転だし、やるって言ったことは必ずやるし。姿形だって綺麗だけど、ああいうのはたおやかって言うんじゃなく、しなやかとか強かって言うんすよ? じゃなきゃ雷上動みたいな強弓引けないっすわ。そういったら手だって骨太でがっしりてるし、体幹もしっかりしてるし、あの長い足で蹴られたら痛いっすよ? 絶対。賭けてもいいっす」 
「お、おう? うん、お前、兄貴のことめっちゃ好きだな?」 
「好きですよ、当たり前じゃねぇですか」 

 何を突然当たり前の事を。 
 思い切りジト目で見れば、常盤様は僅かにその雄々しい身体を縮めて、犬でも追い払うように手を動かす。 

「用は済んだ、もう行って良いぞ」 
「っす」 

 常盤様の横をすり抜けて部屋をでて、俺は一直線に紅緒様の執務室に戻る。 
 そして執務室の扉を開けると、俺の机にも紅緒様の机にも、飯の用意がしてあって。
 湯気の加減からして、多分早い時間にもって来られたんだろうけど、俺のはともかく紅緒様の膳にも手を付けた形跡がない。 

「戻りました」 
「お帰り」 
「飯にしましょう」 
「うん」 

 声をかければ書類に向いていた紅緒様が俺を見る。その緋色の目は本来なら、物凄く強い光をたたえているんだけれど、何故か今は不安定に揺れて見えた。 
 お茶を自分と紅緒様の分用意して席に付けば、緋色の視線が俺について来る。 

「どうしたんすか?」 
「……常盤に何か言われなかったかい?」 
「ん? いや、特に」 
「本当に?」 
「何かぐちゃぐちゃ仰ってましたけど、忘れました。腹減ってたし。早いとこ戻って、紅緒様と飯食いたいって、そればっかで」 
「……常盤の所に来いとか、そういう事じゃなくて?」 
「え? 嫌っす。そんな話が出たら断ってくださるって仰ってたじゃないっすか!?」 
「でも、常盤本人と話したんだろう? 気が変わることも……」 
「ないっす。てか、紅緒様と飯食う事しか考えてなかったから、何言われてたかもわかんねぇっす」 

 にやっと口角を上げると、紅緒様がへにょりと眉を下げる。続いたのは「変わったやつだなぁ」といういつもの言葉。囁くように言われるそれに、俺の胸が躍る。 
 少しばかり冷めてしまった膳だったけど、紅緒様が魔術で温めなおしてくれて、俺はやっぱり俺の所に移し替えられている肉に齧り付く。 
 むぐむぐと口いっぱいに肉を頬張る俺を見る紅緒様の目に、もう不安定さはなかった。代わりに視線が穏やかで柔く。 
 ささやかに「ふふ」と紅緒様が声を漏らして笑った。 

「出穂、今日は何の肉?」 
「う……んと、羊っすかね。タレが甘辛いけど、ちょっと癖があるっす」 
「そうかい」 
「っす。たしかこの辺りの名物が羊を使った鍋だかなんだかの料理で、本当は専用の鍋とかで野菜も一緒に焼くとか煮るとか」 

 俺の解説を紅緒様は楽しそうに、目を細めて聞いてくれる。 
 休憩中のこんな雑談が、俺には何より楽しい。飯が楽しみなのは、紅緒様とこんなゆったりした時間を過ごせるからでもあるのだ。 
 穏やかに紅緒様が俺に尋ねる。 

「へぇ、面白いね。魚は使わないのかな?」 
「ここいらは魚は川魚が多くって、竹の筒に入れて焼く名物料理があるらしいっすよ」 
「ふぅん、よく知っているね?」 
「食堂のおやっさんに聞いてきたんす。紅緒様、その土地土地の話聞くのお好きだから、名物の話とか聞きたいかなって思って」 
「……うん。楽しい」 
「そっすか、それは良かった」 

 俺だけが楽しくても意味がない。同じ過ごすのなら、俺は紅緒様と笑って楽しく過ごしたいいんだ。 
 そんな事を考えながら、野菜を口に入れると、紅緒様の目が柔くこちらに注がれていて。 

「お前と食事をすると、何が使われていて、どんな味で、その料理や素材にまつわる話をしてくれるから……それ嬉しくて、今日もお前が戻ってくるのを待ってた」 
「っすか。でも紅緒様とお話しながら飯食うと、すげぇ旨いんっすよ。俺のがもっと嬉しいっす」 
「変わったやつだなぁ」 
「いやいや、通常運転です」 

 へらっと笑うと、紅緒様は俺の淹れたお茶をゆったりと飲んだ。
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