最弱スキル《回避》で異世界最強になる死にゲーマスターの話

まこる

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試練と覚醒

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「......ふぁあ」

窓から入ってくる朝日で目を覚ました。目覚まし時計なんてものはないので、自分で時間ぴったりに起きなければならない。

(今日はジガルさんの試練だ。何が起きるか分からないが、簡単なことじゃないだろうな)

ゼニアは難しい表情で食卓につき、朝早くから村の手伝いをしている母親の代わりに、朝ごはんを作っているパネの作った焼き魚を食べ始めた。

「お兄ちゃん? 」

「ん? 」

「なんでそんなに怖い顔、してるの? 」

「あ、ああ、なんでもないぞ。気にすんな」

「そう......? 」

心配してくれるのは嬉しい。優しい妹だなとゼニアは思った。

朝食を食べ終わると、ゼニアは寝衣から着替えて、昨日着ていたような服を着た。

「......よし」

特に持っていくものも言われていない。ゼニアはそのまま家から出て、決意を固めた。

「ふう......」

鳥がチュンチュンとさえずっている。草木が少々ざわつき、風が頬を撫でゆく。

ゼニアは村の門から、外に出ていった。

「ええと人喰い森は、と」

村からは色々な場所まで、畑の無いあぜ道のような道が続いている。進むと分かれ道が出るのだが、そこには道案内の看板が建てており、人喰い森へ行く道を見つけることができた。

「こっちからだな」

ゼニアは看板に指示された方向へ歩いていった。

歩いていくにつれて周囲の空気が淀んでいった。やがて、昼間なのに夕方のように薄暗い森までたどり着いた。ここが人喰いの森だと確信できる雰囲気の悪さだった。

しばらく進んでいくと、1mほどの岩に座ったジガルがいた。あぐらをかいて、体に刀をたてかけ、目を瞑っている。

「......ジガルさん」

その声に反応してジガルはゆっくりと目を開けた。

「来たか。怖気づかずに」

「は、はい......」

少しゼニアの全身を見つめるとジガルは、自身の後ろから一本の剣を取り出した。ジガルの持っているような刀ではなく、ありふれたアイアンソードだった。しかし、柄の端に緑色の小さな宝石が埋め込まれていた。

「これを持て。今から使うことになる」

「え? 使うって......」

するとジガルは立ち上がり、少し足に力を入れたかと思うとパッと岩を蹴って飛び上がり、背の高い木の枝に着地した。

「死にかけても助けてもらえるとは思うな。死んだらその程度の者だったまでだ」

「死にかけって......ちょっと! 」

慌てていると、ゼニアの背後の茂みから音がした。同時に、何か大きなものの気配までし始めた。

「ま、まさか......」

次の瞬間、茂みから大きな黒い塊が飛び出してきた。それは、異常発達した体を持つクマであった。腹を空かしているようで、かなり気が立っている。

「ひッ......!! 」

前世で、実物のクマなど動物園でしか見たことがなかった。しかし、今は目の前に、過剰搭載した筋肉を持つクマがいる。迫力は比べ物にならなかった。

あまりのことに、ゼニアは足が動かなくなってしまった。

目の前にいる、動かぬご馳走を食すため、クマは右前足を大きく振り上げて、ゼニアに向かって思い切り振り下ろした。

(あ、死ぬ......)

一瞬でそう悟ったゼニア。しかし不思議なことに、アイアンソードを持っていた右手が勝手に動き、クマの攻撃をガードした。そのおかげで致命傷には至らなかったが、頭部からの軽い出血や、左腕の引っかき傷。その威力によって吹き飛ばされ、岩に激突したことによる背中の痛み。それらがゼニアの体を襲った。

「グハッ!! ぐぅ......!! 」

苦しんでいるゼニアにお構いなく、クマは追撃をしようと走り寄った。

そしてゼニアは、ふっ飛ばされた衝撃で今思い出した。

自らが討伐隊に入ろうとした経緯を。

それは、ゼニアという肉体が死を悟って、最後に見る走馬灯であった。

(なんだ、これは......? )

思い出されるのは、強面だが家族や村民に優しかった父の姿。英雄と言われ称えられた父の威厳ある姿だ。

ゼニアはそれに憧れたのだ。

父のように、討伐隊に入って人々を守りたかったのだ。

父に憧れたのだ。

「......うおおおおおッ!!! 」

「ッ! 」

ジガルは驚いた。ごく限られたものにしか発現しないと言われている、の兆候がゼニアに現れたのだ。

そしてゼニアは確かに聞いたのだ。アイアンソードから発せられる声を。

を使えッ!! 

「ッ!! うおおおおッ!! 」

ゼニアはその声に従い、クマに向かってスキルを放った。

するとゼニアは、いきなりクマの視線からいなくなった。勢いのついていたクマはそのまま岩に頭をぶつけ、しばらく脳震盪で動けなくなっていた。

「こ、これは......」

ゼニアはいつの間にか、クマの後ろにいたのだ。クマの突進を避けたのだ。スキルの力で。その名前こそ

回避ローリング......」

ジカルがそう呟いた。

(まさかあの子にスキルが発現するとは......討伐隊になる夢を自分から諦めさせるため、破格の強さをもつモンスターと戦わせた。そして致命傷を受ける前に助けに入ろうとしていたのだが......)

あれは想定外だ。ジガルはそう言ったが、すぐ後に思った。

(しかしあれは最弱スキルの回避ローリング。スキルが発現したのは喜ばしいことだが、あれでは......)

ジガルは助けに入る準備を進めていた。しかし、ゼニアの目に確かに宿る希望を見た。

「最高だ......俺が今まで死にゲーに何回もお世話になってきた、あの技だッ!! 数え切れないほど俺の窮地を救ってくれた、あのッ!! 」

前世より、ゼニアは死にゲーをやってきた。死にゲーにはローリングという機能があり、それはごくありふれた操作の一環なのだが、数々のプレイヤー達を救い出してきた、奇跡の技なのだ。

「これさえあれば、俺はッ!! 」

そこまで言うと、クマが脳震盪から回復して、ゼニアの方に向き直った。次は絶対に殺すと。絶対に殺してその肉を食い散らかしてやると言わんばかりの目をしていた。

まずクマの突進。ゼニアの近くまで来ると、前足両方を振り上げ、突進の威力と体重を威力にかさ増ししてゼニアにお見舞いした。

「分かりやす過ぎだッ! お前の動作モーションはッ!! 」

ゼニアは長年鍛えてきた動体視力と反射神経でスキルを発動し、見事にクマの重い一撃を空振りさせた。

「喰らえッ! 」

そう言うとゼニアは、隙をついてアイアンソードをクマの脇腹に突き刺した。

クマはグオオオと雄たけびをあげると、素早く振り向いて斜め上からゼニアに前足を振り下ろした。

しかし、それもゼニアには動きを読まれてしまい、回避ローリングを発動して避けられてしまった。

そしてゼニアの切りつけ。これを繰り返していくうちに、クマの体力はドンドン減っていき、やがてクマは体力の使いすぎとゼニアのアイアンソードによる出血で、その大きな体に土をつけることとなった。

ドシーンと大きな音がすると、クマは死んだ。

それを見ていたジガルは木から飛び降り、クマの死亡を確認した。

「本当にやったのか。あの最弱スキルで......」

ゼニアの方を向くと、彼は得意げな顔をして言った。

「最弱スキルだからって関係ないですよ。俺にとっては、こんなに強いスキルはないんです」

それを聞いたジガルは心底感銘を受けた。この世に弱いものなんてない。どんなに弱いものでも、それ以上のポテンシャルを秘めている。そう言われたような気がした。

するとジガルは言った。

「......お前が王国に行き、討伐隊に入るのを許可する」

「ッ! 本当ですか!? 」

「ああ、お前の母親には、儂から言っておく。反対されても、儂がなんとかしてやろう」

それと、と言うとジガルは、ゼニアが持っているアイアンソードを見た。

「その剣もお前にくれてやろう。それはお前の父親の得物だった。記憶を無くして村に帰ってきた時、やつはそれを絶対に離そうとはしなかった。やつの遺体を燃やしたとき、やつはやっと、安心したようにこれを離したのだ。今までやつの師匠であった儂が管理していたが、今日からはお前の得物だ」

そう言われてゼニアは、改めてその武器を構えた。よく見ると、あんなにクマを切り刻んで刃こぼれもしない。血油もついたのに、光をそのまま弾くほど輝いていた。それに、柄についた緑の宝石が、その剣の価値を引き立てていた。

「......綺麗な剣だ」

「だろう。お前の父親は手入れを怠ったことはなかったのだからな......さあ、早く帰るぞ。皆が心配している」

疲労したゼニアの肩を支えるジガル。その様子はまるで、師弟の関係のようだった。

やがてゼニアたちは村に戻ってきた。真っ先に飛んできたのは、母親とパネだった。

「お兄ちゃん! 大丈夫ッ!? 」

「無茶しちゃダメよ! これで討伐隊に入るのは諦めたでしょ? 」

母親がそう言うと、ジガルがそれを制した。

「カザラ。それについては儂から話がある......」

ジガルはそのまま、母親カザラと込み入った話をするためにどこかへ行ってしまった。

少し遅れて、ガルタが来た。ゼニアの怪我の具合を見ると、ジガルの代わりに肩を貸してやった。

「大丈夫か? 骨は折れてねぇか? 」

「あ、ああ、大丈夫だった」

「そっか......ああ良かったぁ」

するとパネが、水を差してきた。

「ガルタお兄ちゃん、すっごく心配してたもんね」

「ば、バカ! 言うなって......」

少々赤面するガルタに、ゼニアは言った。

「ありがとう。兄貴」

それを聞くとガルタはゆっくりとゼニアの方を向いて、恥ずかしそうにニカッと笑った。

「きょ、兄弟心配すんのは当然だろ」

そうして三兄弟は家に帰り、母のいない食卓で夕御飯を食べて、床についた。

数日後、兄弟が村を出ていってしまうことを悟りながら。
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