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「そろそろ教会のバザーじゃないか」
執務室ではいつものように、アルファードと私の二人で書類に目を通していた。
窓を背にした大きな執務机が私のもので、アルファードはL字型になるようその左脇に置いた執務机を使っている。
執事のバウアーが持ってきた書類は、まずアルファードが目を通して仕訳けて纏めていくのだが、その一枚に目を通していた。
我が家は慈善事業で、教会に併設された孤児院の支援もしている。
貴族の慈善事業というと寄付というのが定番だが、わが家では聞き取り調査をして物品を中心に手が足りない時はスタッフの派遣も行っていた。
少し前にバザーに出品する品物もまとめたのだけれど、その時、バザー当日にはお手伝いの人員も派遣しようという話になっていた。
人選はバウアーに任せていたのだが、もうそんな時期なのね。
「週末?」
「ああ」
「確かミルバル家の奥様がお手伝いに行くと言っていたわ」
ミルバル伯爵家は有名な篤志家だ。奥様は慈善事業に力を入れている。子どもは二人とも成人していて、一人はアルファードの友人だったはず。
「奥様が行くならフランツも手伝いだろうな」
アルファードが口角を上げた。友人が母親にこき使われているのを想像して楽しんでいるのだろう。
こういう所は、性格があれなのよね。
「私達も行こうか」
「は!? なに言ってんだ」
「いまは仕事も落ち着いているし、ミルバル夫人に久しぶりに会いたいわ」
ミルバル夫人はお母様の学院時代からの友人で、お母様が亡くなった後も、社交に不慣れな私に手を貸してくれた。最近は共同事業の事にかかりきりでしばらくお会いしていなかったから、ちょうどいいかもしれない。
「仕方ないな。俺も行く」
しぶしぶと承知するアルファードに内心微笑んでしまう。アルファードは子ども好きで子どもにも懐かれるから、こういうのは嫌いじゃないのよね。なんでしぶしぶなのか不思議だわ。
「ありがとう。残りの仕事を片付けたら、少し飲みましょう」
「そういう事なら、さっさと終わらせるか」
夜の執務なので、重要な書類はもう片付いている。後は目を通すだけなので、二人で打ち合わせながら片付けてしまった。
ボランティアにやってきた。
最近我が家は羽振りがいいので、社会福祉に還元しないと周りがうるさい。
お母様が慈善事業にも熱心だったので、私も子どもの頃から参加していた。バザーは盛況。スタッフにはその頃からの知り合いもいて、久々の再会を喜んだ。
しばらく殺伐とした仕事が続いていたから、心が洗われるわ。婚約者とのお茶会とか婚約者とのお茶会とか。
バザー日和の晴天で、秋でなければ日焼けを心配してしまうところだが、柔らかな日差しが心地よい。
そんな中で、女の子の鳴き声が聞こえてきた。
迷子だろうか。
すぐそこに、ギャン泣きしている女の子がいた。
声をかけたいけれど、スタッフとの会話が終わらない。
どうしようか。迷ったのは一瞬。スタッフに合図して、抜けさせてもらうことにした。
アルファードも気づいたみたいで、スタッフとの会話を切り上げて、彼が女の子のところへ向かう。
そこにいろと合図されたので、彼に任せることにした。
しゃがんで女の子と目線を合わせて、話しかけている彼。女の子もしゃくりあげながら何かを訴えている様子。
迷子かな。
スタッフとの打ち合わせが終わったので、私も二人のところに向かおうとした。
二人の後ろに、恐ろしい顔をした女がいた。
「あんただけ幸せになるなんて、許さないわ!」
女は恐ろしい顔で私を見ていた。
エリーゼ。粗末な衣服を着ているが間違いない。
スタッフの皆が悲鳴を上げて逃げようとした。私も逃げかけて。
彼女の足が私に向いていない事に気づく。
彼女は光を反射する短い棒を腰に据えて、二人に、迷子を抱え上げたアルファードへと突っ込んでいく。
私の手を握り避難しようとするスタッフの手を振り払い、二人の元へと走り寄った。
彼が女の子を抱えながらびっくりした顔で私を見た。
彼を押し退けて、突っ込んできた女に体当たりする。
お腹が熱い。
どうしてだか分からないけれど、私は倒れた。
女の子が大声を上げて泣き叫ぶ。
女の金切声が、私を罵っていた。
誰かに抱え上げられたような気がしたけど、目を開ける力がなくて、意識が落ちていった。
執務室ではいつものように、アルファードと私の二人で書類に目を通していた。
窓を背にした大きな執務机が私のもので、アルファードはL字型になるようその左脇に置いた執務机を使っている。
執事のバウアーが持ってきた書類は、まずアルファードが目を通して仕訳けて纏めていくのだが、その一枚に目を通していた。
我が家は慈善事業で、教会に併設された孤児院の支援もしている。
貴族の慈善事業というと寄付というのが定番だが、わが家では聞き取り調査をして物品を中心に手が足りない時はスタッフの派遣も行っていた。
少し前にバザーに出品する品物もまとめたのだけれど、その時、バザー当日にはお手伝いの人員も派遣しようという話になっていた。
人選はバウアーに任せていたのだが、もうそんな時期なのね。
「週末?」
「ああ」
「確かミルバル家の奥様がお手伝いに行くと言っていたわ」
ミルバル伯爵家は有名な篤志家だ。奥様は慈善事業に力を入れている。子どもは二人とも成人していて、一人はアルファードの友人だったはず。
「奥様が行くならフランツも手伝いだろうな」
アルファードが口角を上げた。友人が母親にこき使われているのを想像して楽しんでいるのだろう。
こういう所は、性格があれなのよね。
「私達も行こうか」
「は!? なに言ってんだ」
「いまは仕事も落ち着いているし、ミルバル夫人に久しぶりに会いたいわ」
ミルバル夫人はお母様の学院時代からの友人で、お母様が亡くなった後も、社交に不慣れな私に手を貸してくれた。最近は共同事業の事にかかりきりでしばらくお会いしていなかったから、ちょうどいいかもしれない。
「仕方ないな。俺も行く」
しぶしぶと承知するアルファードに内心微笑んでしまう。アルファードは子ども好きで子どもにも懐かれるから、こういうのは嫌いじゃないのよね。なんでしぶしぶなのか不思議だわ。
「ありがとう。残りの仕事を片付けたら、少し飲みましょう」
「そういう事なら、さっさと終わらせるか」
夜の執務なので、重要な書類はもう片付いている。後は目を通すだけなので、二人で打ち合わせながら片付けてしまった。
ボランティアにやってきた。
最近我が家は羽振りがいいので、社会福祉に還元しないと周りがうるさい。
お母様が慈善事業にも熱心だったので、私も子どもの頃から参加していた。バザーは盛況。スタッフにはその頃からの知り合いもいて、久々の再会を喜んだ。
しばらく殺伐とした仕事が続いていたから、心が洗われるわ。婚約者とのお茶会とか婚約者とのお茶会とか。
バザー日和の晴天で、秋でなければ日焼けを心配してしまうところだが、柔らかな日差しが心地よい。
そんな中で、女の子の鳴き声が聞こえてきた。
迷子だろうか。
すぐそこに、ギャン泣きしている女の子がいた。
声をかけたいけれど、スタッフとの会話が終わらない。
どうしようか。迷ったのは一瞬。スタッフに合図して、抜けさせてもらうことにした。
アルファードも気づいたみたいで、スタッフとの会話を切り上げて、彼が女の子のところへ向かう。
そこにいろと合図されたので、彼に任せることにした。
しゃがんで女の子と目線を合わせて、話しかけている彼。女の子もしゃくりあげながら何かを訴えている様子。
迷子かな。
スタッフとの打ち合わせが終わったので、私も二人のところに向かおうとした。
二人の後ろに、恐ろしい顔をした女がいた。
「あんただけ幸せになるなんて、許さないわ!」
女は恐ろしい顔で私を見ていた。
エリーゼ。粗末な衣服を着ているが間違いない。
スタッフの皆が悲鳴を上げて逃げようとした。私も逃げかけて。
彼女の足が私に向いていない事に気づく。
彼女は光を反射する短い棒を腰に据えて、二人に、迷子を抱え上げたアルファードへと突っ込んでいく。
私の手を握り避難しようとするスタッフの手を振り払い、二人の元へと走り寄った。
彼が女の子を抱えながらびっくりした顔で私を見た。
彼を押し退けて、突っ込んできた女に体当たりする。
お腹が熱い。
どうしてだか分からないけれど、私は倒れた。
女の子が大声を上げて泣き叫ぶ。
女の金切声が、私を罵っていた。
誰かに抱え上げられたような気がしたけど、目を開ける力がなくて、意識が落ちていった。
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