上 下
11 / 11

11

しおりを挟む
「そろそろ教会のバザーじゃないか」

 執務室ではいつものように、アルファードと私の二人で書類に目を通していた。

 窓を背にした大きな執務机が私のもので、アルファードはL字型になるようその左脇に置いた執務机を使っている。

 執事のバウアーが持ってきた書類は、まずアルファードが目を通して仕訳けて纏めていくのだが、その一枚に目を通していた。

 我が家は慈善事業で、教会に併設された孤児院の支援もしている。

 貴族の慈善事業というと寄付というのが定番だが、わが家では聞き取り調査をして物品を中心に手が足りない時はスタッフの派遣も行っていた。

 少し前にバザーに出品する品物もまとめたのだけれど、その時、バザー当日にはお手伝いの人員も派遣しようという話になっていた。

 人選はバウアーに任せていたのだが、もうそんな時期なのね。

「週末?」

「ああ」

「確かミルバル家の奥様がお手伝いに行くと言っていたわ」

 ミルバル伯爵家は有名な篤志家だ。奥様は慈善事業に力を入れている。子どもは二人とも成人していて、一人はアルファードの友人だったはず。

「奥様が行くならフランツも手伝いだろうな」

 アルファードが口角を上げた。友人が母親にこき使われているのを想像して楽しんでいるのだろう。

 こういう所は、性格があれなのよね。

「私達も行こうか」

「は!? なに言ってんだ」

「いまは仕事も落ち着いているし、ミルバル夫人に久しぶりに会いたいわ」

 ミルバル夫人はお母様の学院時代からの友人で、お母様が亡くなった後も、社交に不慣れな私に手を貸してくれた。最近は共同事業の事にかかりきりでしばらくお会いしていなかったから、ちょうどいいかもしれない。

「仕方ないな。俺も行く」

 しぶしぶと承知するアルファードに内心微笑んでしまう。アルファードは子ども好きで子どもにも懐かれるから、こういうのは嫌いじゃないのよね。なんでしぶしぶなのか不思議だわ。

「ありがとう。残りの仕事を片付けたら、少し飲みましょう」

「そういう事なら、さっさと終わらせるか」

 夜の執務なので、重要な書類はもう片付いている。後は目を通すだけなので、二人で打ち合わせながら片付けてしまった。



 

 ボランティアにやってきた。

 最近我が家は羽振りがいいので、社会福祉に還元しないと周りがうるさい。

 お母様が慈善事業にも熱心だったので、私も子どもの頃から参加していた。バザーは盛況。スタッフにはその頃からの知り合いもいて、久々の再会を喜んだ。

 しばらく殺伐とした仕事が続いていたから、心が洗われるわ。婚約者とのお茶会とか婚約者とのお茶会とか。

 バザー日和の晴天で、秋でなければ日焼けを心配してしまうところだが、柔らかな日差しが心地よい。

 そんな中で、女の子の鳴き声が聞こえてきた。

 迷子だろうか。

 すぐそこに、ギャン泣きしている女の子がいた。
 声をかけたいけれど、スタッフとの会話が終わらない。
 どうしようか。迷ったのは一瞬。スタッフに合図して、抜けさせてもらうことにした。

 アルファードも気づいたみたいで、スタッフとの会話を切り上げて、彼が女の子のところへ向かう。
 そこにいろと合図されたので、彼に任せることにした。

 しゃがんで女の子と目線を合わせて、話しかけている彼。女の子もしゃくりあげながら何かを訴えている様子。

 迷子かな。

 スタッフとの打ち合わせが終わったので、私も二人のところに向かおうとした。



 二人の後ろに、恐ろしい顔をした女がいた。



「あんただけ幸せになるなんて、許さないわ!」




 女は恐ろしい顔で私を見ていた。



 エリーゼ。粗末な衣服を着ているが間違いない。


 スタッフの皆が悲鳴を上げて逃げようとした。私も逃げかけて。



 彼女の足が私に向いていない事に気づく。

 彼女は光を反射する短い棒を腰に据えて、二人に、迷子を抱え上げたアルファードへと突っ込んでいく。

 私の手を握り避難しようとするスタッフの手を振り払い、二人の元へと走り寄った。

 彼が女の子を抱えながらびっくりした顔で私を見た。

 彼を押し退けて、突っ込んできた女に体当たりする。

 お腹が熱い。

 どうしてだか分からないけれど、私は倒れた。

 女の子が大声を上げて泣き叫ぶ。


 女の金切声が、私を罵っていた。


 誰かに抱え上げられたような気がしたけど、目を開ける力がなくて、意識が落ちていった。







しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

役立たずの私はいなくなります。どうぞお幸せに

Na20
恋愛
夫にも息子にも義母にも役立たずと言われる私。 それなら私はいなくなってもいいですよね? どうぞみなさんお幸せに。

「最初から期待してないからいいんです」家族から見放された少女、後に家族から助けを求められるも戦勝国の王弟殿下へ嫁入りしているので拒否る。

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢に仕立て上げられた少女が幸せなるお話。 主人公は聖女に嵌められた。結果、家族からも見捨てられた。独りぼっちになった彼女は、敵国の王弟に拾われて妻となった。 小説家になろう様でも投稿しています。

「女友達と旅行に行っただけで別れると言われた」僕が何したの?理由がわからない弟が泣きながら相談してきた。

window
恋愛
「アリス姉さん助けてくれ!女友達と旅行に行っただけなのに婚約しているフローラに別れると言われたんだ!」 弟のハリーが泣きながら訪問して来た。姉のアリス王妃は突然来たハリーに驚きながら、夫の若き国王マイケルと話を聞いた。 結婚して平和な生活を送っていた新婚夫婦にハリーは涙を流して理由を話した。ハリーは侯爵家の長男で伯爵家のフローラ令嬢と婚約をしている。 それなのに婚約破棄して別れるとはどういう事なのか?詳しく話を聞いてみると、ハリーの返答に姉夫婦は呆れてしまった。 非常に頭の悪い弟が常識的な姉夫婦に相談して婚約者の彼女と話し合うが……

金の亡者は出て行けって、良いですけど私の物は全部持っていきますよ?え?国の財産がなくなる?それ元々私の物なんですが。

銀杏鹿
恋愛
「出て行けスミス!お前のような金のことにしか興味のない女はもううんざりだ!」  私、エヴァ・スミスはある日突然婚約者のモーケンにそう言い渡された。 「貴女のような金の亡者はこの国の恥です!」  とかいう清廉な聖女サマが新しいお相手なら、まあ仕方ないので出ていくことにしました。  なので、私の財産を全て持っていこうと思うのです。  え?どのくらいあるかって?  ──この国の全てです。この国の破綻した財政は全て私の個人資産で賄っていたので、彼らの着てる服、王宮のものも、教会のものも、所有権は私にあります。貸していただけです。  とまあ、資産を持ってさっさと国を出て海を渡ると、なんと結婚相手を探している五人の王子から求婚されてしまいました。  しきたりで、いち早く相応しい花嫁を捕まえたものが皇帝になるそうで。それで、私に。  将来のリスクと今後のキャリアを考えても、帝国の王宮は魅力的……なのですが。  どうやら五人のお相手は女性を殆ど相手したことないらしく……一体どう出てくるのか、全く予想がつきません。  私自身経験豊富というわけでもないのですが、まあ、お手並み拝見といきましょうか?  あ、なんか元いた王国は大変なことなってるらしいです、頑張って下さい。 ◆◆◆◆◆◆◆◆ 需要が有れば続きます。

腹に彼の子が宿っている? そうですか、ではお幸せに。

四季
恋愛
「わたくしの腹には彼の子が宿っていますの! 貴女はさっさと消えてくださる?」 突然やって来た金髪ロングヘアの女性は私にそんなことを告げた。

いちゃつきを見せつけて楽しいですか?

四季
恋愛
それなりに大きな力を持つ王国に第一王女として生まれた私ーーリルリナ・グランシェには婚約者がいた。 だが、婚約者に寄ってくる女性がいて……。

妹と婚約者が結婚したけど、縁を切ったから知りません

編端みどり
恋愛
妹は何でもわたくしの物を欲しがりますわ。両親、使用人、ドレス、アクセサリー、部屋、食事まで。 最後に取ったのは婚約者でした。 ありがとう妹。初めて貴方に取られてうれしいと思ったわ。

君より妹さんのほうが美しい、なんて言われたうえ、急に婚約破棄されました。~そのことを知った父は妹に対して激怒して……?~

四季
恋愛
君より妹さんのほうが美しい、なんて言われたうえ、急に婚約破棄されました。 そのことを知った父は妹に対して激怒して……?

処理中です...