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 その頃。ベイリー侯爵家では。



「この馬鹿息子が! あれほどリリア・オーガスを大事にしろと言っただろう」

 家に戻らずフラフラと泊まり歩いていたセシルは、家に連れ戻され父親に雷を落とされていた。

「父上は頭が固い。俺が伯爵になった時、リリアよりエリーゼの方が操り易いんです。うちの力があれば、姉妹の継承権を入れ替えるぐらい簡単でしょう」

 ベイリー侯爵は頭を抱えた。

「馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、救いようのない馬鹿だな」

 父親の言葉にセシルがムッとする。

「父上のお言葉でも、いまのは見逃せませんよ」

 ハッと侯爵は鼻で笑った。

「馬鹿のくせに安いプライドだけは一人前か。お前をリリア・オーガスの婚約者に推薦した私の失敗だな」

「父上!」

 執務室にあるソファに座っていたセシルは、いきりたって立ち上がった。

 そんな息子に侯爵は軽蔑した目を向ける。

「馬鹿なお前に分かるように言ってやろう。エリーゼ嬢は、オーガス家の人間ではない。
 リリア・オーガスの父親が、再婚した相手の連れ子だ」

 だからなんだというのだ。貴族社会ではよくある事じゃないか。セシルの憤りは収まらなかった。

「連れ子なら、養子にして籍に入れればいいだけの話ではありませんか」

 ベイリー侯爵は深くため息をついた。

「リリア・オーガスの父、マックスは入婿だ。再婚した時点で、オーガス家から外されている。連れ子のエリーゼを籍にいれたとしても、オーガス家とは無関係。

 お前は、オーガス家となんの関係もない女と不貞を犯し、オーガス女伯爵の婿の座を棒に振ったんだよ」

 皮肉たっぷりに言い放たれた侯爵の言葉は、さすがに愚かなセシルの頭にも刺さった。

「女伯爵?」

「そうだ。リリア・オーガスが、オーガス伯爵家当主であり、伯爵本人だ」

「そんな、ばかな。女に爵位なんか」

「この国では、女系の爵位は認められている。前伯爵もリリア嬢の母親だった。マックスがオーガス伯爵だった事はないし、あいつもそう名乗りはしなかったはずだ」

 心当たりがあるのか、セシルの勢いが止まった。
 苦し紛れの言い訳をする。

「ですが、リリアの妹と聞けば勘違いしてもおかしくはありません」

 そんなものを侯爵が取り合う訳がない。



「お前には、リリア・オーガスを大切にするように言ったな」

「はい」

 執務机の上で肘をつき、両手を組み合わせた父に威圧され、セシルの背筋が伸びる。

「当主を馬鹿にされたと、オーガス家はお冠だ。我が家はオーガス家との共同事業を進めるため、オーガス家とは友好な関係を築かなければならない」

 そんな事は分かっている。だからオーガス家の後継者を手中におさめて手懐けようとしたのだ。

 家のために!

「俺は、」

 言い訳を続けようとした息子を、侯爵は見限った。

 ここまで説明して納得出来ないなら、無駄でしかない。

「セシル。お前をベイリー家から追放する。貴族籍も剥奪するので、貴族に残りたかったら、死ぬ気で騎士になる事だな」

「そんな、俺は、」

 父に見限られようとしている。セシルは焦って言い訳を繰り返そうとしたが、父の次の言葉で時間が止まった。



「セシル。私に子殺しの苦しさを味合わせないでくれ」



 侯爵は優しい顔をした。

 それがとてつもなく恐ろしい。

 セシルはパクパクと口を開閉し、青ざめて後ずさった。
 その後ろにはいつの間にか侯爵家の私兵が二人おり、セシルの両腕を拘束する。

「これ以上共同事業を邪魔されては困る。お前は、隣国に行け」

「そんな。待ってください! 父上!! リリアとの婚約破棄を撤回します! 役に立ちます!!」

「もう遅い。お前の代わりは別の者が行う。その顔を我が領で見せたらただではおかない。今度こそ、よく覚えておけ」

 もはや侯爵は息子を一顧だにしない。

 絶望を張り付けて、セシルは私兵に引きずられて行った。





 オーガス家を手に入れ、ゆくゆくはベイリー家も支配する。
 上手く行くはずだった。

 それが、どうしてこんな事に。

「くそ、くそ、くそ!」

 セシルは壁に手を何度も叩きつける。

「リリアの奴。俺をハメやがって」

 オーガス家を手に入れ損ねたのも、ベイリー家から追放されたのも、すべてあの女のせいだ。

 許さない。

 絶対に許さない!





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