お前は名前だけの婚約者だ、と言われたけれど、おかげで幸せになりました。

あお

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「シヴォア侯爵令嬢。私も忙しいのです。こんなところに来られては困りますわ」

 王宮の侍女長はまだ30歳にもならない小娘だ。王妃の侍女を経て侍女長になった経歴を持つ、王妃の実家、公爵家の縁戚。

 縁戚といっても彼女自身は子爵家の娘だ。夫は騎士団の副団長。

 彼女自身は王妃に忠誠を誓っていると言われているが、夫の愛人は反王派の男爵の娘。

 彼女には一男一女がいるが、夫の第一子は愛人が産んだ息子になる。

 夫の愛人の息子は騎士団にいる一方で、彼女の息子は近衛。それを自慢に思っている。

 ただし素行が悪く、近衛を外されそうになっている事は知らないようだ。

「ねえ、貴女。なぜ私が侍女もつけられず離宮に案内されたのかご存知かしら?」

 知らない訳がない。離宮に案内したのは彼女が統括する侍女の一人なのだから。

 侍女長の口角が三日月のように上がる。私の処遇に愉悦を覚えているようだ。

「ご存知かとは思いますが、兄は近衛の長なの。素行の悪い隊員の一人を追放するぐらい簡単な事よ。行き先は北の国境なんてどうかしら」

 北の国境では小競り合いが続いている。命の危険がある場所だ。そんなところに飛ばされた元近衛が無事ですむ保証はないし、そんな不始末を犯した息子が家督を継ぐのは難しいのではないかしら。

「幸いな事に、貴女の夫にはもう一人息子がいるのでしょう?」

 にこりと笑うと侍女長は蒼白になって震えた。

「私を脅そうというのですか?!」

「まさか。私はただ、素行の悪い隊員がいる事をお兄様にお話するだけよ。近衛の評判に関わる事だから、放ってはおけないでしょうね」

 どんな悪さをしたのか、彼女の耳ともで囁くと、縋り付いてきた。

「どうか、どうかお助けください」

「簡単な事よ。私に関して、誰がどんな事を言っていたのか、教えてちょうだい。まずは何故、私は離宮に案内されたの? 侍女もつけられずに」

「第一王子殿下のご命令です。婚約者がつけあがらないよう、立場を分からせろ、と」

「離宮に部屋を作る事や、侍女をつけない事は貴女の考えかしら」

「離宮へは、その。王宮には入れないようにとご命令が。侍女の事は」

 言い淀む侍女長の顎に扇を突きつけ、顔を上げさせる。目で促すと、諦めたように視線を落とした。

「侍女の事は私が命令しました。殿下から、お気に入りの侍女を貴女が害さないよう立場を分からせろと言われたので、侍女よりも低い立場だと教えるために」

「なるほどね。侍女の人事権は貴女にあるのね?」

「はい」

「ではこれから呼ぶ侯爵家の人間を侍女として雇い私につけるようになさい。それとも私を案内して放置した侍女を解雇した方がいいかしら」

 私を案内したのは侍女長の姪だ。王妃の縁戚で、王妃にも可愛がられている。お気に入りの侍女が解雇されれば、今回の件も王妃の耳に入るだろう。

 王妃がそれを黙認すれば、王妃も侯爵家の敵となる。
 その時は王妃の実家を潰せばいい。幸いな事に、王妃の実家は王家の血を引かない公爵家。汚職の証拠もたんまりとある。

 さて。どこまでが私の敵かしら。

「言う通りにいたします。姪を解雇させる事はお許しください」

 侍女長は頽れた。

「すぐに手配するように」

「かしこまりました」





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