上 下
7 / 10

しおりを挟む
 ハンナ達と別れたロザリーは、伯母が用意してくれた馬車に乗り、隣国へと向かった。

 荷物は平民が着るような普段使いのワンピースが三枚と下着やタオル、日用品のみ。荷物が少ないので小さな鞄に纏まり、家から持ち出すのに苦労しなかった。



 伯母とはこの三年、手紙で頻繁にやり取りをしている。

 姉妹逆転の婚約を快くは思っていなくても、伯爵である父にはなにも言えない親戚たちの中で、父の姉である伯母は違った。

 ロザリーに手紙を出し、ロザリーの気持ちをよく聞いてくれた。

 婚約が解消されてからの三年間、ロザリーは隣国に住む伯母と文通を重ねた。



 伯母はロザリーに様々な選択肢を示してくれた。

 子どもの頃から優秀で、学院時代は才女と名高かった伯母は学院の教授達の間でも有名で、その才を惜しんだ教授達に隣国への留学を勧められたそうだ。

 この国ではどうしても女性は家を守るものという考えが根強く、女は婚姻相手次第で一生が決まってしまう。

 しかし隣国では女性の社会進出が目覚ましく、結婚適齢期も長いし、婚姻した後、仕事をする事にも寛容だという。

 家に振り回されて未来になんの希望も持てなかったロザリーが隣国へ憧れるのは自然な流れだった。

 将来、伯爵家を継ぐための教育を受けて来たロザリーは、農作物の改良に力を入れていた。少しでも領地を豊かにするためだ。

 婚約がなくなった後、その勉強も無駄になるかと思われたが、隣国の話を聞き、ロザリーは学院での専攻に農作物の改良を選んだ。

 どれほど開かれた国でも、食が基本なのは当たり前。

 この国では領主やその側近、現場の責任者でもなければ農作物の改良などには関われないが、隣国には農作物の改良を専門とする研究機関があるという。

 ロザリーの希望は隣国へ留学し優秀な成績を修める事で、その研究機関への推薦を勝ち取る事だった。

 それが無理でも、隣国の学院の研究生など色々な道がある。

 隣国で就職し、ゆくゆくは隣国に籍を移して、実家との縁を切る。

 そのための準備をこの三年間やってきた。

「貴女なら、きっと出来るわ」

 親友に励まされ、ロザリーはわき目も振らずに頑張った。

 時々、親が面倒な縁談を持ってくるが、伯母から伝授された口撃で撃退した。

 そして努力の甲斐があり、教授たちの推薦を受けて隣国の学院への留学が決まった。




「初めまして。ロザリーお嬢様。旅の間、お世話をさせていただく、ロゼ・カインズと申します」

「ロザリー・ビッスルよ。二年後には平民になる予定だから、そんなに畏まらないで」

 伯母が迎えに寄越した馬車には、ロザリーの世話をするための侍女が乗っていた。

 侍女とメイドでは服装が違う。学園の制服を着ているいまはともかく、私服に着替えたらロザリーの方が彼女のメイドに見えるくらいだ。

 そんな事情を、ロザリーは隠すことなく打ち明けた。

 ロゼはある程度の事情を聞かされているのか、驚くことなく頷いた。

「問題ありません。必要なものはこちらでご用意させていただいております」

「必要なもの?」

「隣国まではわずか二週間ですが、その間にお嬢様には隣国でのマナーと一般常識を学んでいただきます。失礼ですが、研究と語学に励みすぎて、マナーがおろそかになっているとの報告がありました」

 留学の事で頭がいっぱいで、隣国のマナーにまで気が回っていなかった。

 考えてみれば当たり前のことだ。

 伯母は隣国の侯爵夫人。寮に入るとはいえ、後見も含め侯爵家に世話になるのに、マナーが覚束ないようでは恥ずかしい。

 真っ赤になってロザリーは俯いた。

「よろしくお願いします」

 蚊の鳴くような声で挨拶する。

 侍女だと思っていた彼女は、ロザリーの教師でもあったのだ。

 伯母の手抜かりのなさに驚くと共に、自分の至らなさが恥ずかしかった。

 いくら必死だったとはいえ、17年伯爵令嬢をやってきたのに、このていたらくはないだろう。

「お嬢様は優秀な方だと聞いております。大丈夫ですよ。二週間一緒に頑張りましょう」

 にっこりと笑うロゼの目に鬼が見え、ロザリーは顔を引きつらせるのだった。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【2話完結】両親が妹ばかり可愛がった結果、家は没落しました。

水垣するめ
恋愛
主人公、ウェンディ・モイヤーは妹のソーニャに虐められていた。 いつもソーニャに「虐められた!」と冤罪を着せられ、それを信じた両親に罰を与えられる。 ソーニャのことを溺愛していた両親にどれだけ自分は虐めていないのだ、と説明しても「嘘をつくな!」と信じて貰えなかった。 そして、ウェンディが十六歳になった頃。 ソーニャへの両親の贔屓はまだ続いていた。 それだけではなく、酷くなっていた。 ソーニャが欲しいと言われれば全て与えられ、ウェンディは姉だからと我慢させられる。 ソーニャは学園に通えたが、ウェンディは通わせて貰えなかったので、自分で勉強するしかなかった。 そしてソーニャは何かと理由をつけてウェンディから物を奪っていった。 それを父や母に訴えても「姉だから我慢しろ」と言われて、泣き寝入りするしかなかった。 驚いたことに、ソーニャのウェンディにしていることを虐めだとは認識していないようだった。 それどころか、「姉だから」という理由で全部無視された。 全部、ぜんぶ姉だから。 次第に私の部屋からはベットと机とソーニャが読むのを嫌った本以外には何も無くなった。 ソーニャのウェンディに対しての虐めは次第に加速していった。 そしてある日、ついに両親から「お前は勘当する!」と追放宣言をされる。 両親の後ろではソーニャが面白くて堪えられない、といった様子でウェンディが追放されるのを笑っていた。 あの空っぽの部屋を見てもまだウェンディがソーニャを虐めていると信じている両親を見て、この家にいても奪われ続けるだけだと悟ったウェンディは追放を受け入れる。 このモイヤー家に復讐すると誓って。

完結】王太子が婚約者になりました。妹がいつものセリフを吐きます「お姉様、シェリア一生のお願い」って、あなた何回一生のお願いを使うつもりです?

紫宛
恋愛
わたくし、ミューティアには妹がひとりいます。 妹シェリアは、金の髪でふわふわで、青緑のぱっちりした瞳……比べて私はクリーム色した髪にストレート、青緑の瞳だけど吊り上がりキツめの印象を与える。 そのため、妹は自分の可愛さを武器に親の愛を独り占めしてきた。 私は公爵令嬢なので、王太子婚約者候補に選ばれ王妃教育を他の令嬢達と共に受けてきた。 そしてこの度、まさかの王太子の婚約者に選ばれました。 そして案の定、妹がいつものセリフを吐きました。 「お姉様、シェリア一生のお願い!クロード様を私に頂戴?」 「……良いわよ、あの方がそれを望むなら…ね」 「ほんと!?シェリア嬉しい!クロード様に聞いてくるわ!」 (まぁ、無理でしょうけど……あの、---王太子が貴方を選ぶとは思えないもの) 11月15日 第4話 追従→追随修正しました。 11月19日~21日 第1話~5話クロードの心の中?の台詞を修正しました。 11月29日 ご指摘下さった誤字の修正を致しました。 ※素人作品です。矛盾などは多目に見て下さいです※

甘やかされて育ってきた妹に、王妃なんて務まる訳がないではありませんか。

木山楽斗
恋愛
侯爵令嬢であるラフェリアは、実家との折り合いが悪く、王城でメイドとして働いていた。 そんな彼女は優秀な働きが認められて、第一王子と婚約することになった。 しかしその婚約は、すぐに破談となる。 ラフェリアの妹であるメレティアが、王子を懐柔したのだ。 メレティアは次期王妃となることを喜び、ラフェリアの不幸を嘲笑っていた。 ただ、ラフェリアはわかっていた。甘やかされて育ってきたわがまま妹に、王妃という責任ある役目は務まらないということを。 その兆候は、すぐに表れた。以前にも増して横暴な振る舞いをするようになったメレティアは、様々な者達から反感を買っていたのだ。

【完結】長年の婚約者を捨て才色兼備の恋人を選んだら全てを失った!

つくも茄子
恋愛
公爵家の跡取り息子ブライアンは才色兼備の子爵令嬢ナディアと恋人になった。美人で頭の良いナディアと家柄は良いが凡庸な婚約者のキャロライン。ブライアンは「公爵夫人はナディアの方が相応しい」と長年の婚約者を勝手に婚約を白紙にしてしまった。一人息子のたっての願いという事で、ブライアンとナディアは婚約。美しく優秀な婚約者を得て鼻高々のブライアンであったが、雲行きは次第に怪しくなり遂には……。 他サイトにも公開中。

【完結】何でも奪っていく妹が、どこまで奪っていくのか実験してみた

東堂大稀(旧:To-do)
恋愛
 「リシェンヌとの婚約は破棄だ!」  その言葉が響いた瞬間、公爵令嬢リシェンヌと第三王子ヴィクトルとの十年続いた婚約が終わりを告げた。    「新たな婚約者は貴様の妹のロレッタだ!良いな!」  リシェンヌがめまいを覚える中、第三王子はさらに宣言する。  宣言する彼の横には、リシェンヌの二歳下の妹であるロレッタの嬉しそうな姿があった。  「お姉さま。私、ヴィクトル様のことが好きになってしまったの。ごめんなさいね」  まったく悪びれもしないロレッタの声がリシェンヌには呪いのように聞こえた。実の姉の婚約者を奪ったにもかかわらず、歪んだ喜びの表情を隠そうとしない。  その醜い笑みを、リシェンヌは呆然と見つめていた。  まただ……。  リシェンヌは絶望の中で思う。  彼女は妹が生まれた瞬間から、妹に奪われ続けてきたのだった……。 ※全八話 一週間ほどで完結します。

【完結】婚約破棄だと殿下が仰いますが、私が次期皇太子妃です。そこのところお間違いなきよう!

つくも茄子
恋愛
カロリーナは『皇太子妃』になると定められた少女であった。 そのため、日夜、辛く悲しい過酷な教育を施され、ついには『完璧な姫君』と謳われるまでになった。 ところが、ある日、婚約者であるヨーゼフ殿下に婚約破棄を宣言されてします。 ヨーゼフ殿下の傍らには綿菓子のような愛らしい少女と、背後に控える側近達。 彼らはカロリーナがヨーゼフ殿下が寵愛する少女を故意に虐めたとまで宣う。這いつくばって謝罪しろとまで言い放つ始末だ。 会場にいる帝国人は困惑を隠せずにおり、側近達の婚約者は慌てたように各家に報告に向かう。 どうやら、彼らは勘違いをしているよう。 カロリーナは、勘違いが過ぎるヨーゼフ殿下達に言う。 「ヨーゼフ殿下、貴男は皇帝にはなれません」 意味が分からず騒ぎ立てるヨーゼフ殿下達に、カロリーナは、複雑な皇位継承権の説明をすることになる。 帝国の子供でも知っている事実を、何故、成人間近の者達の説明をしなければならないのかと、辟易するカロリーナであった。 彼らは、御国許で説明を受けていないのかしら? 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

婚約者が、私より従妹のことを信用しきっていたので、婚約破棄して譲ることにしました。どうですか?ハズレだったでしょう?

珠宮さくら
恋愛
婚約者が、従妹の言葉を信用しきっていて、婚約破棄することになった。 だが、彼は身をもって知ることとになる。自分が選んだ女の方が、とんでもないハズレだったことを。 全2話。

処理中です...