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慈姑姫とシア

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 ■ 西暦四万年代 地球 妖精王国 首都 

 大アルカナ市は慈姑人民共和国の併合記念式典で盛り上がっている。空に翼竜隊が演舞し、祝砲が鳴り響く中、決戦兵器ウルトラファイトのパレードが始まった。
 沿道の人々は身の丈十メートルを超える巨人とも樹木ともつかぬ異様な生物を驚きの声で迎えた。先頭を行くガロン提督のオープンカーは屈強なオーガロードやチーフトロルにがっちり援護されている。地底からの襲撃に備えて地響龍セイスモドラゴン、高所からの狙撃に備えてエルフ弓兵が立体的な防御を固め、蟻一匹入り込む隙間もない。

 地球を統治する剣と魔法の世界。その中核である妖精王国は侵略ロボット軍団壊滅に王手をかけていた。「目には目を歯には歯を傀儡ロボにはヒトを。機動歩兵無くして勝利なし」とは徹底抗戦を掲げている愚者王の弁だ。

 それを裏付けるように彼は支配地域から強引に召喚術師をかき集めて過去人との入れ替わりを推進した。彼らが持つワイルドなシニフィエは侵略機械に一定の効果を発揮した。魔法も呪文も跳ね返す鋼鉄の殺人鬼をわずか数名の27世紀人げんしじんが腕力のみでねじ伏せたのだ。
 これを皮切りに各地で肉弾戦が開始され、のちに剣と鎧を纏った勇者がロボットを切り捨てていく。
 召喚勇者の導入は頻発拡大するロボット軍の侵攻阻止が目的だった。しかし、ここ数年、国境線を脅かすほどの衝突事件は起きていな
 い。にもかかわらず、なぜ愚者王はウルトラファイトの配備計画を掲げたのか。
 その答えは明白だ。宇宙に浮かぶロボット軍団の根拠地を破壊することが王国解放に直結すると判断したからである。

 残念ながらこの世界は惑星間航行能力を持っていない。唯一、慈姑の基礎潮流が大気圏往還機の試作にこぎつけた。

「その功績も全部ガロンの手柄になってしまったな……」

 ふりふりのスカートを翻してプラカードを掲げている超巨大女子高生ウルトラファイトの一人が愚痴った。

「しっ! 声が高いですよ。ここに潜り込んでしまったら、どうにでもなる話でおじゃるよ」

 魔王が遼平を諭した。彼は次のように話を歪曲して、まんまとサジタリア軍に取り入った。

 慈姑王国の崩壊に乗じて慈姑姫はタホ湖より人型決戦機動食虫植物ウルトラファイト用スライスシャトルで逃亡した。しかし、愚者王のウイルスプログラムとして送り込まれたこの自分が覚醒して、見事に姫を討ち取った。

 下等な乗り物と思われたウルトラファイトが自律した動きを見せ、ここまで高度な戦略判断能力を持っていることに愚者王は驚嘆した。

 それもそのはずだ。大洗礼の死者十億人から選りすぐった軍人の魂をサブシステムとして移植してある。提督はライブシップ・ユズハの残骸から得た技術のフィードバックも怠らなかった。

「末端の手柄を吸い上げといて、ヤバくなったらトカゲの尻尾斬り。四万年後も変わらぬ天国と地獄。底辺は辛いよなぁ」
 遼平は提督にへつらう魔王を快く思わないどころか憎悪すらしていたが、ユズハの無念を晴らすためにぐっと堪えた

『愚者王を討つ土壇場で後ろから殺ってやる』

 彼は魔王とガロンの破滅を思い描いた。思考盗聴モニターされているとも知らずに。

 ■ 衛星ガニメデ


「本当に死ぬかと思ったわ」

 ホワイトドーブ号が探索レンジ外に飛び去ってしまうと、硫酸マグネシウム塩の山脈がドッと崩れ落ちた。鐵華蔓は満身創痍になりながらも、よろよろと立ち上がった。
『姫。無事でしたら量子フォトロミック回線で応答願います』
 親衛隊が量子ゆらぎの彼方から何度も何度も呼びかけている。慈姑姫は孤立無援ではない事を改めて強調した。どんなに無双していても敵地に単騎で乗り込むと心細いものだ。
「こちらガニメデ。鐵華蔓。フォトロミック回線は明瞭クリアーなれど機体の前途は不明瞭」
『早速のご返答ありがとうございます』
 安堵する新鋭隊長にかわって慈姑小町が通話口に出た。
「イチかバチかのフォトロミック迷彩が奇跡的に効いたんですね!?」
「ちょっと奇跡的ってどういうことなのよ。まったくこの子は……」
 慈姑姫は妹の行き当たりばったりさに辟易しながらも幸運の女神に感謝した。
 量子フォトロミック効果は物質の色が適切な波長の光によって可逆的に変化する現象のことである。硫酸マグネシウムは特にこの傾向が顕著な物資であり、超高密度な光記録デバイスや半導体素子の素材になりうる。
 鐵華蔓は慈姑小町が仕込んだフォトロミック迷彩の働きによって、受けたダメージのすべてを周辺の硫酸マグネシウムに転嫁して難を逃れた。それどころか、自身の存在を完璧に消し去り、魔王の目を欺いた。
 彼はもっと注意深く探査すべきであった。慈姑姫の姿が消えた付近の地表を時系列的に比較した際に著しく変色している部分に気付いたはずだ。
「開発中の兵器をぶっつけ本番で使うなんてお約束ですわよ」
 小町が何を今さらとばかりにやり返す。
「どうでもいいから早く回収してちょうだい」
 慈姑姫がやけっぱちに言うとガニメデの地表に三又の宇宙船が出現した。
「フォトロミック跳躍航法ドライブ完了。レッドマーズ号着陸態勢に入ります」

 消波ブロックテトラポッドにデルタ翼を生やしたような形状の船が迫ってきた。



 ■ 宇宙船レッドマーズ号浴室


「このツルツルあたま、ど~にかならないのかしら」
 青光りする頭を熱湯で洗い流しつつ慈姑姫が嘆く
「シャワーの水に分子機械ナノマシンを混ぜときましたから♡」
 天井から嬉々としたエコーが聞こえてくる。
「ちょ……」

 慈姑姫が背中に違和感を感じて振り向くと小さな翼が生えかけている。
「あたしをメイドサーバントに改造しろって何時頼んだ?!」
 もぞもぞする胸を片手で隠しながら慈姑姫が抗議する。
「ど~にかしろ、つって今言ったじゃん! メイドサーバントから鐵華蔓にもなれますよ。二つあるX染色体の余白部分を書き換えておきましたから」
「ちょ、人を遺伝子改良作物にしないで~~っ」
 慈姑姫はあまりの仕打ちに泣き出してしまった。
 小町はしれっと言い返した。
「わたしの分身を危険な目に遭わせて死なせてしまったでしょう。挙句、ウルトラファイトに転生したのよ。アバターとはいえ、わたしよ。少しは察して」
 慈姑姫は妹の心痛はもっともだと反省した。慈姑の民を理不尽な徴兵制度から守る筈の召喚計画だったが、身内を傷つけておいて何が「良かれ」だ。
 正直な気持ちを伝えると小町はあのビートラクティブの抱擁を繰り返した。

 ◇ ◇ ◇ ◇



「――で、妖精王国にどう反撃するつもり?」
 妹の質問にどう答えたものか慈姑姫は迷った。

 硫酸マグネシウムに潜んでいた間じゅうホワイトドーブ号とウルトラファイトの通信を傍受した限りでは、彼らと与する余地はない。だが、魔王が目論む愚者王打倒は慈姑王朝再興の目的にかなう。もし、愚者王が斃れればロボット軍団の侵攻を許すことにもなる。
 慈姑姫はキリキリと頭痛を病んだ。
 どうすればいいのか。愚者王とウルトラファイトとロボット軍団をまとめて始末できればいいのだが。

「そういえば、魔王の奴、ユズハがどうこう言ってなかった?」
 彼女は記憶の隅に引っかかっていた項目を口に出した。
「ああ、ライブシップのこと? 彼女、黎明市に転生したんだっけ」
 小町は情報端末を叩いて検索キーワードをいくつか放り込んだ。
「……シア・フレイアスターとかいう女、ガロン提督と確執があった人物よ。それが何か?」
「ユズハとの接点を調べてちょうだい」
 慈姑姫はいくつか条件を提案してフィルターを絞り込んだ。
 小町はマッチング結果を眺めるうちに驚きの表情を見せた。
「ライブシップ・ユズハは愚者王が黎明市の造船所に介入して造らせた艦よ!」
 諜報部の手持ち資料と通信傍受データを姉に示す。
「シア・フレイアスターが関与しているの?」
「わぁっ。ぱんつぐらい履いてちょうだい」
 小町はシャワー室のコンソールを操作して、泡だらけのまま裸で飛び出す姉を制した。
「ひゃん☆彡 もふもふぅ」
 毛足の長い巨大タオルが慈姑姫を丁寧に拭く。ロボットアームが彼女を大の字にとらえ、腰の前と後ろから、綿のぱんつを貼り合わせる。
「鐵華蔓におっぱいは無いから、後はいいよね」
「うっさいわねぇ」
 姫は胸を隠しつつ茹蛸のような頭を赤らめた。

「とりあえず、この子を味方につけるしかなさそう」

 小町はタッシーマ星間帝国へ舵を切った。
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