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魔王の甘噛みと曝される陰謀

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 ■ プリンスエドワード諸島 マリオン島

「もちろん、ヴァンパイア得でごじゃりますとも」
「「魔王」」
 態度を豹変させた魔王に遼平と小町は度肝を抜かれ、身構えてしまう。
 同時に、ウルトラファイトの防衛本能が反射的に毒蔓の発射を準備する。小町の指がみるみるうちに節くれだって、鋭い鉤爪と猛毒入りの嚢胞が生える。関節内部で水素を爆発させて、劇的な速度で上腕を振り下ろす。
 しかし、魔王は今までの鈍重な言動とは裏腹に、素早く小町を組み伏せた。
「ひゃぅ☆」
 科学者の頭に女子の悲鳴と屋根より大きいスカートが降って来た。緞帳より分厚い濃紺生地が彼の鼻先すれすれにある。乙女特有の甘酸っぱい体臭が十倍に濃縮され鼻腔粘膜を刺激する。
「うっ……」
 彼は両鼻孔から鮮血を噴出した。
「もう、スカートが汚れるじゃない!」
 尻もちをついた体勢から、小町は海老反った。勢いに任せて両脚で魔王の首を絞める。そのまま背面逆さづりにの体勢で両爪を魔王の太ももに突き刺す。
 小町を振り払おうと、もがく魔王。うっかり鼻血で足を滑らせてしまった。
 倒れ込む巨体に遼平がのしかかる。がっしりと魔王の両肩を押さえつけてフォールした。
「「はぁ…はぁ…」」
 十倍増幅された妖艶な喘ぎに魔王の声が重なる。
「ひ、人の話は最後まで聞くものでございますよ。ま、全く沸点の低い姫様ですねえ」
「お、お前がヴァンパイアどもの手先だというからいけないのよ」
「小町の機転がなければ、俺が目玉を潰すところだったぜ」
 二人の殺意は未だにみなぎっている。だが、アドレナリンを出し切ってしまったらしく、動けない様子だ。
 三人はしばらく呼吸を整えたあと、落ち着きを取り戻し、話の続きを聞く事で意見一致した。
 ■愚者王の奇策
 ここまでの話を整理すると、慈姑の最大派閥であり産軍複合体である基礎潮流きそちょうるは王朝と対立している。彼らは兵器輸出で利益を得たいのに政府の事なかれ主義が足かせとなっていた。
 何としてでも侵略ロボットどもを打ち砕いて、慈姑王朝を擁護している妖精王国に優位性を示し、独立への道を開きたい。そう考えた基礎潮流は召還計画が過去世界への扉を開いた機会を利用して、二十七世紀へ武器密輸を企てた。
 ヴァンパイアどもは大量の血液を欲しがっている。星系外へも進軍したい。だが、彼らは陸上に特化した生き物で、宇宙線に殊更ことさら弱い。ウルトラファイトは無重力真空中での作戦行動を前提とした人造戦闘種族であるため、喉から手が出るほど欲しい商品だ。
 そして、ウルトラファイトは食虫植物由来の人型歩行生物であるため、植物学的な寿命を持つ。ヴァンパイア達はおのれの不死性を解明し、ウルトラファイトと交配することで窮極的な捕食生命体ウルトラヘイトに進化したいと願っている。
「召還計画に便乗してIAMCP技術者たちと隠密裏に接触していたのね!」
 アバター小町がキリキリと歯噛みする。
「お前の姉貴は利用されていたんだよ。正しい例えかどうか知らんが、一種の托卵たくらんだな。ラルフ、お前らは知ってたのかよ?」
 遼平がきょとんとしている科学者に聞いた。
「いいえ。召喚に応じると可愛いエルフ耳の女の子に転生できることと、超未来の知識が得られるというので……」
 確かに妖精王国の召還術者が申し出る特典は魅力的だ。
 技師らの目がくらんでしまうのも仕方ないだろう。二十七世紀は女尊男卑が極まって、男は超ハードモードな人生を強いられる時代だ。高度百キロから上は戦闘純文学者が我が物顔で支配し、ライブシップたちは超生産能力を用いて空飛ぶ工業地帯と化している。
 女が人間社会の大黒柱になっている。
 男といえば、重哲学の素養スキルがあれば何とか食っていけるが、そうでない奴は、地上にへばりついて、戦闘純文学者がへばってしまうような劣悪環境で重労働するか、スポーツ選手として女どもの目を保養するか、詩や小説を細々と書くしかない。
 あるいは、紐やツバメや種馬として女に隷属するか。
「女に生まれ変わって嬉しいか?」
 遼平はパンツが丸見えになるほど短いチュニックを着たエルフ耳娘を憐れむ。
「あーら♪ 女になって人生イージーモードですわン」
「いや、お前。まず、その歩き方どうにかしろよ。女はのし歩いたりしないぞ」
「あんたこそ、下から丸見えじゃないの」
「げっ、そうだった!」
 巨大女子高生はペタンと正座した。
「で、魔王。お前の立ち位置は、基礎潮流の新兵器を奪って巨悪に凸る義賊ってとこか?」
「お前を遣わしたのはどこの誰なの? エラッタと三つの願いを完成させるほどの豪腕プログラマーって?」
「聞きたいですか? 当ててみなされ」
「試してみているの? いいわ。そうね……」
 アバター小町は天井を眺めてしばし考えた。
 慈姑は旧態科学が盛んな国で妖精王国の先端魔法学と比肩するほどの技術水準を誇っている。ロボット侵略者どもと文化様式シニフィエさえ合致すれば、魔法を一気に駆逐できよう。
 そして、その最高権威は厳しい科挙制度を勝ち抜いて選帝侯になり上がった慈姑姫だ。
 彼女の右に出る者はいない。
 残るは、妖精王国の指導者にして地上最大の魔術師。愚者王だ。魔法は計算力だ、が口癖だという。
「――まぁ、あり得るわな。慈姑のウルトラファイトに目をつけていたが、専守防衛平和主義の国から強奪したんでは猛反発をまねく。こういう兵器流出シナリオを裏工作するのが正解だろう」
「未来の……大魔導士が……VINMMOを……」
 ラルフは、遥か四万年後の魔法使いがゲバルト三世に命を吹き込んでくれた事に感謝している。
「IAMCPにウルトラファイトを渡してシニフィエ問題を克服してもらうのはいいけど、愚者王はどうやって受け取るつもり? 召還ゲートは壊れちゃったわ」
 ウルトラファイトが四万年の風雪に耐えられるとは思えない。地中の奥深く隠すにしても天変地異はあるだろうし、盗掘者も現れるだろう。
「どーするんだよ? これ(ウルトラファイト)」
 遼平は自分の顔を指さして、魔王に尋ねた。
「だから、ヴァンパイア得、にするんでごじゃりますよ」
 魔王は吸血鬼みたいにカプっと遼平のうなじを甘噛あまがみした。
「うほっ☆」
 遼平は簡単に絶頂を迎えた。

 ■ 惑星露の都 イズミールの広場
 慈姑姫とその従者たちはひきつづいて謎の鏃型戦艦の墜落現場を検分していた。機体の構造から太古のUAV(無人攻撃機)をそのままスケールアップした無人武装船だという事はわかったが、その由来を特定できない。
 エンジンは惑星露の都の引力を振り切ってあり余る推力を備えている。こんな性能は木星や土星などのガス惑星がすじゃいあんと付近でしか必要が無い。
 そして、慈姑小町を悩ませるのが人間の精液すぺるま入りカプセルの存在だ。
「……すぺるま、すぺるま……汎蒔種説ぱんすぺるみあ……――そうだわ!」
 慈姑姫はうわごとのように言葉を転がして閃いた。
「あなた、パン・スペルミア説に詳しい?」
「い、いきなり何ですか? そうですね。宇宙空間に知的生命体の種を蒔く種族がいるという説は昔からあります。そもそもライブシップは地球脱出教団がその目的で密造した大量破壊兵器モビックだったとか」
「ねぇ、小町。こんな仮説は成り立たないかしら? 宇宙蒔種を目論む何者かが、わたしたちの召還計画や基礎潮流を悪用して新人類――彼らが品種改良した――を人類圏のあちこちに繁殖させようとしている」
 姫君はときときぶっ壊れる。その突拍子の無い発想が慈姑の科学を飛躍的に向上させてきたのだが。
「……たしかに筋は通ります。しかし、どうして人類圏なんです? 可住惑星ならそれこそ星の数ほどありますよ」
「一から開拓する手間を考えれば手軽だわ。木星重力に打ち勝つ高機動エンジンなら並の艦船を寄せ付けない」
「でも、ヤポネの重哲学にボコられたじゃないですか!」
「データ収集目的の威力偵察だとしたら?」
「重哲学は戦闘純文学や魔法のような量子観測効果戦術ですよ。同じ人間原理に基づいています。そう簡単に対策……」
「対策できる『人間』を養成できるとしたら?」
 慈姑姫はスカートのジッパーを下げて、内ポケットから小瓶を取りだした。スコッチのビートラクティブ割りだ。
「アンスコのすそからブルマが見えてますよ、って、ああっ! さっきから呑んでらしたんですか!」
 どうりでさっきからぶっ飛んだ仮説が飛び出すわけだ。小町は姫の酒癖に辟易した。
「いいじゃない。ホラ、おとこども寄っといで~安くしとくよ~~。ぶぅるま~の下はスク水よぉ~~」
 スカートを翻して機器を飛び越える姫を見送りつつ、小町は真面目に検討した。

 確かに、ビートラクティブは人間を魔術師に変える。基礎潮流の技術が陰謀者達の手中にあるとすれば、魔紅茶ビートラクティブも当然と流出しているだろう。

 高重力下でウルトラファイトを使役する種族、彼らの目的は何か。眷属にビートラクティブを分け与え、魔力を行使させ、人間との交配も目論んでいる(遼平の精子を略取したのが証拠だ)
 脳内に渦巻く考えを転がしていくうちに考えが一つにまとまりはじめた。

 酒、巨人、樹木、種族繁栄、木星、と来ればまるで神話の世界じゃないか。特に木星はゼウスだのジュピターだの最高神の象徴とされている。
 北欧神話にいわく、天使は人間と交わり巨人の子をもうけた。彼らの一部は神に反旗を翻し、冥界の地下深くに幽閉された。
「足りないのは死後の世界とのつながりよ」
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