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ドワーフの鉄槌

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 ■ 露の都上空
 提督は躊躇なく武力行使を決意した。

 確かにヤポネの憲法は国権の発動たる戦争を禁じている。だが、それは交戦する相手が国家である場合にのみ有効だ。
 ガロンはサジタリア輸送艦が精密照準した艦が国籍不明であることを理由に、武装集団と断定。交戦権でなく警察権で対応可能と判断した。
 艦内は立っているだけで汗をかくほどの熱気に満ちている。世界的討論番組の生放送中に奇襲を受けたのだ。
 自分たちの正義を内外に知らしめる奇跡的チャンスに兵士たちは闘志をみなぎらせている。
「敵艦の現在地は?」
 提督の問いに対空監視員が即答する。
「領空内です」
「よし。侵犯者の処罰に法的問題はない。存分にやれ!」
「「「了解」」
 司令官の言質を得た重哲学兵が、両手に量子擲弾筒や速射論破銃を構えて甲鉄論理武装シャトルに乗り込む。
「ネチネチと女の腐ったような責め方しやがって! 一気にブチかまそうぜー」
 強面のドワーフが小隊員に檄を飛ばすと「応!」と気合の入った返事する。
 サジタリア軍の艦船はすべて男が仕切っている。馬力と豪気で高度百キロから上の女天下に風穴を開ける。
 武装シャトルは鬱陶しい蝿のような黒船に肉薄する。
「敵影は輸送艦をぴったりとマーク。高機動バーニャで振り切れそうにありません」
 ドワーフ隊長は部下の報告にうなづくとパイロットに更なる接近を命じた。
「アウトレンジ攻撃でなく、いきなり白兵ですか?」
「射程外から撃つとか、せこい戦闘純文学者ビジョナリーかよ! みみっちい女みたいな真似は死んでもするなよ」
 ドワーフは命綱をしっかりと身体に巻きつけると、理論武装の展開した。シャトルの後部ハッチを開け放つ。
 その瞬間から彼を包む球体が白熱しはじめた。大気摩擦の熱力学的な要請を半透明なフィールドが論破しているのだ。
 後続の隊員がシャトルの甲板上に這い出ると、隊長が術式の展開を指示した。
「おう、お前ら。重哲学【ロールズの正義論】をお見舞いするぞ!」
「「「ぶちかませ」」
 すさまじい気流にフィールドが表面張力を主張してあらがう。ドワーフたちは灼熱する外界がいかいに量子擲弾筒を向ける。
「【第一原理】 ぬかるんじゃねぇぞ。オラ!『政治的自由や言論の自由、身体の自由などを含む基本的諸自由の――平等配分』」
「「「平等配分ッ!」」
 ドゴッ!!
 内壁が同心円状に輝き、発射の反動で球体が揺れる。
 鼠のように逃げ回っていた輸送艦がピクリと震え、猛加速をはじめた。黒船が追いすがろうとするが、ひらりとかわされる。
 うろたえていた難民たちはうってかわって落ち着き払っている。
 重哲学は彼らに敵襲を含めあらゆる自由侵害に抗弁する後ろ盾を与えた。量子擲弾に込められたボース・アインシュタイン凝縮物質が乗員の大脳を揺さぶり、人間原理を励起する。
 活性化した人々はある種の「魔力」を得た。微量ではあるが――戦闘重哲学を。
 スクリーンをよぎる侵略者に拳を振り上げる。彼らの怒りは蓄積し、兵器として充分な力を得た。
 奔放にいきる人々も理性が無ければ描写することができない。人間は理屈に突き動かされる生き物だ。
「【第一原理】圧力上昇、まもなく臨界です」
 兵士が小さくガッツポーズする。
「いいぞ。その調子だ。うりゃ! 【第二原理】」
 眼鏡をかけたインテリ風のドワーフが前列に出る。両手を掲げて叫ぶ。
「社会的または経済的な不平等を機会の均等を図りながら、最も不遇な人々の利益を最大化する――機会均等原理!」
「「「機会均等原理」」」
 術式が唱和される。
 輸送艦が黒船に追いついた。反撃の機会が与えられている。至近距離を保ちながら並走する。静止した二隻の背後を雲がちぎれ飛んでいく。敵艦はあっけにとられたのか、次の出方を考えているのか、反応が無い。
 しかし、平衡状態はいつまでも続かない。丸腰の輸送艦にどんな攻め手があるというのか。
 精悍な顔つきのドワーフがインテリと交代する。
「仕上げだ! 結果的に発生した社会的・経済的不平等に対しては、最悪の状況は可能な限り改善する――格差原理!」
「「「格差原理」」」
 輸送艦の表面がムクムクと盛り上がる。まるでボディビルダーが力こぶを見せつけるように。
 マッチョな装甲を得た船は果敢にも体当たりを食らわせた。
 ガツンとぶつかり合う度に華奢な鏃が大きく揺れる。このままでは輸送艦の難民がもたないと思われたが、格差原理の作用により、ダメージはすべて黒船側に跳ね返る。
 黒くぬめったボディが打ち据えられるたびに艶やかさを失い、ついに亀裂が生じた。アルミホイルを切り裂くように鏡面仕上げが裂け、肋材がめくれあがる。
 国籍不明艦は次第に速度を緩め、遠ざかっていく。白く霞んだ雲の間に閃光が煌めいた。同時に難民が喚起に湧く。

 この様子はマスコミを通じて人類圏の隅々まで生中継され、波紋を広げている。
 霊界ラジオのスタジオに凱旋した提督はさっそく侵犯事件をやり玉にあげた。

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