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吸血提督の乱心
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その頃、露の都の衛星軌道上では新日本連邦射手宮州の惑星爆撃機がしびれを切らせていた。
入植民はあらかた撤退を済ませ、あとは地上に残る逃げ遅れを収容するだけとなった。避難しきれない者は各所に設けられく空爆開始のめどがついた。だが、その後なんの音沙汰もない。中に入って避難が完了したのか、奇襲や妨害を受けているのか、無事が確認ができない状態で爆弾投下は許されない。
ヤポネは太平洋戦争の反省から極端な人道偏重主義を推し進めている。一般市民の命は地球よりも重たいのだ。
「まったく、くだらん条文のせいで却って危険があるというのに」た量子シェルターで空爆をやり過ごす手はずになっている。
長々と続く避難者リストの最後尾に志願民兵こと加島遼平の名がある。彼が量子壕に辿りついたという知らせを受け、ようや
サジタリア海軍提督はやり場のない怒りを端末にぶつけた。打鍵が解釈され、メインモニターが指示通り機能した。
赤く染まった惑星にぽつぽつとブルーの斑点が表示される。ヤポネ側の抵抗拠点だ。ヴァンパイア・デストロイアどもに辛うじて耐えているが、時間の問題だろう。
「持って数十分でしょう。これもかなり甘く見積もった上での話です」
副官が貧乏ゆすりしながら答えた。提督のイライラが伝染したのだろう。
「どうしたものかね。君。このまま、座して死を迎えるべきかね。そうだったら、何のために法はあるのかね?」
「しかし、軍人たる者、規律が何よりです」
「その規律が破綻しかかっている状態で我々は正義を行使せねばならん」
「では、緊急避難的措置を検討なさっては? どんな法にも例外があります」
「カルネアデスの舟板論か。あれは一枚の板を奪い合う難船者が殺人罪を擦り付け合う詭弁だろう」
提督は副官の魅惑的ではあるが、道義にもとる提案を一蹴した。ヤポネはあの特権者戦争に際しても専守防衛を貫き通し、自分から攻撃を仕掛ける事はなかった。まず、一発目を撃たせてから猛攻する、を必定としてきた。
ヤポネは先に殴ることはないという国際的信用があればこそ、ハンターギルドが睨みを利かせる時代に武装中立を許されているのだ。
「ですが、綺麗ごとや御託を並べている間に加島遼平に何かあればどうします? 建前論が根本から崩れますよ。規律のために死んだなどと軍が嘯けば、絶対救出を信じて危険に身を投じてきた部下たちの反乱を招きますよ」
副官の言い分ももっともである。提督は残り少ない時間と資源を効果的に費やして上辺を取り繕う方法を探った。
「私に考えがある。ハンターギルド本部と直接連絡を取りたい。中央作戦局のホットラインはつながるか?」
通信兵が即座に可能だと答えた。
「何をなさるおつもりで?」
訝しむ副官を無視して、提督は命令を下した。
「査察を申請しろ。惑星露の都に大量破壊兵器流出の恐れあり、とな」
副官は飛び上がらんばかりに驚いた。「気でも狂ったのですか? おい、衛生兵。提督を医療室にお連れしろ」
確かに、いきなり何を言い出すかと思えば、ありもしない事件をでっち上げ、国連軍に介入を要請するとは狂気の沙汰に違いない。
「私が平常心を欠いて職務遂行に支障を来たすと思ったか?」
提督は慄然とした態度で副官に問いかける。
「ええ、貴方の判断能力はとても正常とは思えません。指揮は他の者に任せ、ゆっくりお休みください。私には貴方を解任する非常大権があります」」
「辞めるのはお前だ。能なしの口たたきめ! ちっとは頭を使わんか。加島遼平が量子壕のキーを奪われたらどうなる?」
「――! 確かに。彼我絶縁体は高度な軍機です。大量破壊兵器の流出と捉えられますな」
「だろうが! ヴァンパイアどもにモビックが渡った。懸念がある。査察機構が露の都に介入する。我々は蚊帳の外だ。何が起ころうと直接的責任は問われぬ」
「さすがですね」
「確か、査察要請にあたって、ハンターは指名できた筈だな?」
「権利としては認められています。普通は行使しませんがね。大量破壊兵器隠匿を認めることになりかねない」
「だったら、あの母娘を呼べ。彼女らたちなら加島とかいう青二才をどうにかしてくれよう」
そこまで言われて、副官はハタと気づいた。この男は売国奴だ。放置しておくと危険な存在だ。
「ま、待ってくださいよ。シア・フレイアスターと言えば『惑星潰しのハゲ悪魔』と忌み嫌われる存在ですよ」
時間稼ぎの説得工作と悟られぬように、詭弁を弄しつつ、副官は後ろポケットのニードルガンを殺傷モードに切り替えた。
「それは百も承知の上だ。最悪、バンパイアどもに露の都を渡すぐらいなら……」
渡す前にシアごと量子空爆で葬ってしまう魂胆だろう。もちろん、加島遼平もだ。そんな恐ろしい企てを何のために行うのか。
狂っている。副官は提督の言動からやすやすと意図を見抜いていた。長年、労苦を共にした間柄だ。彼の考えは手に取るように判る。
「いったいどうしたんですか? まるで人が変わったようだ。いや、、まさか? 貴方は??」
提督ではない、と言い終えぬうちに首筋を噛まれた。
「――そうですね。 それでこそ貴方だ。指揮官たる者、打って変わったような大胆さが時には必要ですよ」
副官は三白眼を血走らせながら提督にへつらった。
「チーム・フレイアスターの出動を要請してくれ」
南極点にあるアムンゼン・スコット基地にヤポネ海軍提督名義で至急電が届いた。
入植民はあらかた撤退を済ませ、あとは地上に残る逃げ遅れを収容するだけとなった。避難しきれない者は各所に設けられく空爆開始のめどがついた。だが、その後なんの音沙汰もない。中に入って避難が完了したのか、奇襲や妨害を受けているのか、無事が確認ができない状態で爆弾投下は許されない。
ヤポネは太平洋戦争の反省から極端な人道偏重主義を推し進めている。一般市民の命は地球よりも重たいのだ。
「まったく、くだらん条文のせいで却って危険があるというのに」た量子シェルターで空爆をやり過ごす手はずになっている。
長々と続く避難者リストの最後尾に志願民兵こと加島遼平の名がある。彼が量子壕に辿りついたという知らせを受け、ようや
サジタリア海軍提督はやり場のない怒りを端末にぶつけた。打鍵が解釈され、メインモニターが指示通り機能した。
赤く染まった惑星にぽつぽつとブルーの斑点が表示される。ヤポネ側の抵抗拠点だ。ヴァンパイア・デストロイアどもに辛うじて耐えているが、時間の問題だろう。
「持って数十分でしょう。これもかなり甘く見積もった上での話です」
副官が貧乏ゆすりしながら答えた。提督のイライラが伝染したのだろう。
「どうしたものかね。君。このまま、座して死を迎えるべきかね。そうだったら、何のために法はあるのかね?」
「しかし、軍人たる者、規律が何よりです」
「その規律が破綻しかかっている状態で我々は正義を行使せねばならん」
「では、緊急避難的措置を検討なさっては? どんな法にも例外があります」
「カルネアデスの舟板論か。あれは一枚の板を奪い合う難船者が殺人罪を擦り付け合う詭弁だろう」
提督は副官の魅惑的ではあるが、道義にもとる提案を一蹴した。ヤポネはあの特権者戦争に際しても専守防衛を貫き通し、自分から攻撃を仕掛ける事はなかった。まず、一発目を撃たせてから猛攻する、を必定としてきた。
ヤポネは先に殴ることはないという国際的信用があればこそ、ハンターギルドが睨みを利かせる時代に武装中立を許されているのだ。
「ですが、綺麗ごとや御託を並べている間に加島遼平に何かあればどうします? 建前論が根本から崩れますよ。規律のために死んだなどと軍が嘯けば、絶対救出を信じて危険に身を投じてきた部下たちの反乱を招きますよ」
副官の言い分ももっともである。提督は残り少ない時間と資源を効果的に費やして上辺を取り繕う方法を探った。
「私に考えがある。ハンターギルド本部と直接連絡を取りたい。中央作戦局のホットラインはつながるか?」
通信兵が即座に可能だと答えた。
「何をなさるおつもりで?」
訝しむ副官を無視して、提督は命令を下した。
「査察を申請しろ。惑星露の都に大量破壊兵器流出の恐れあり、とな」
副官は飛び上がらんばかりに驚いた。「気でも狂ったのですか? おい、衛生兵。提督を医療室にお連れしろ」
確かに、いきなり何を言い出すかと思えば、ありもしない事件をでっち上げ、国連軍に介入を要請するとは狂気の沙汰に違いない。
「私が平常心を欠いて職務遂行に支障を来たすと思ったか?」
提督は慄然とした態度で副官に問いかける。
「ええ、貴方の判断能力はとても正常とは思えません。指揮は他の者に任せ、ゆっくりお休みください。私には貴方を解任する非常大権があります」」
「辞めるのはお前だ。能なしの口たたきめ! ちっとは頭を使わんか。加島遼平が量子壕のキーを奪われたらどうなる?」
「――! 確かに。彼我絶縁体は高度な軍機です。大量破壊兵器の流出と捉えられますな」
「だろうが! ヴァンパイアどもにモビックが渡った。懸念がある。査察機構が露の都に介入する。我々は蚊帳の外だ。何が起ころうと直接的責任は問われぬ」
「さすがですね」
「確か、査察要請にあたって、ハンターは指名できた筈だな?」
「権利としては認められています。普通は行使しませんがね。大量破壊兵器隠匿を認めることになりかねない」
「だったら、あの母娘を呼べ。彼女らたちなら加島とかいう青二才をどうにかしてくれよう」
そこまで言われて、副官はハタと気づいた。この男は売国奴だ。放置しておくと危険な存在だ。
「ま、待ってくださいよ。シア・フレイアスターと言えば『惑星潰しのハゲ悪魔』と忌み嫌われる存在ですよ」
時間稼ぎの説得工作と悟られぬように、詭弁を弄しつつ、副官は後ろポケットのニードルガンを殺傷モードに切り替えた。
「それは百も承知の上だ。最悪、バンパイアどもに露の都を渡すぐらいなら……」
渡す前にシアごと量子空爆で葬ってしまう魂胆だろう。もちろん、加島遼平もだ。そんな恐ろしい企てを何のために行うのか。
狂っている。副官は提督の言動からやすやすと意図を見抜いていた。長年、労苦を共にした間柄だ。彼の考えは手に取るように判る。
「いったいどうしたんですか? まるで人が変わったようだ。いや、、まさか? 貴方は??」
提督ではない、と言い終えぬうちに首筋を噛まれた。
「――そうですね。 それでこそ貴方だ。指揮官たる者、打って変わったような大胆さが時には必要ですよ」
副官は三白眼を血走らせながら提督にへつらった。
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