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発狂した宇宙が誕生するのよ!
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■ 虚構の卵
小惑星カスタリアに着陸を試みたマークトゥエイン号は猛烈な電磁嵐に見舞われた。
鼓膜が破れそうな不協和音が乱反射してフーガの偏頭痛を倍加させる。
「マドモワゼル。バンドパスフィルターを最大にして! それにしてもこのホワイトノイズはなに?」
殺人的な雑音がピタリと鳴りやんだが、脊髄をやすりで削るような嫌悪感はまだ尾を引いている。
「おやまあ、これはどうしたことでしょう。新陳代謝ガスや窒素酸化物など生活反応がまるで検出できません」
死んだように灯が消えたコロニーをマーク号が送り火のごとく照らしている。
「萌え教徒って四六時中引き籠って動画鑑賞に耽っているんでしょう? この電磁波は再生機器の物よ」
マドモワゼルはフーガの推測を即座に否定した。
「それにしては大出力です。周波数もデッキが発する高周波ではありません」
「これ以上は船が持たないわ。いったん高度を上げましょう」
俯瞰して全体像を見るために船は混沌から距離を置いた。
「稲穂号を活用しましょう。解析装置を総動員できます」
マドモアゼルの提案に従って、フーガは受信結果を稲穂に流し込んだ。
惑星規模の改造を前提とした移民船は相応の処理能力をもっている。
ノイズの殆どは他愛のない会話で埋め尽くされていた。拾い読みしてみると生活臭がプンプン漂ってくる。
「超生産能力で無人調査隊を造ったわ。降ろして見ましょう」
フーガが稲穂号から無人輸送艇を繰り出した。
偵察カメラから見る地上の街並みは形骸化し、全壊家屋が点在している。だが、特に災害に見舞われた跡もなく疫病が流行った風でもない。街路は小奇麗に片付いており、人通りが絶えて久しいようだ。
「ドローンを飛ばします」
マドモアゼルが遠隔装置に座り、フーガがゴーグルをかけた。
荒れ果てた公園に輸送艇がふわりと軟着陸し、スズメバチそっくりな超小型偵察機が躍り出た。
群れは風に乗って四散し、小さな隙間をみつけて屋内へ侵入する。中心街の半径一キロまで浸透したところで、フーガは状況報告させた。
ドローンが言うには生命反応がまったく見られない。ネズミやゴキブリのような害悪すらいないという。まるで、古代インカの空中都市だ。突然に文明が勃興し、忽然と滅亡してしまう。萌え教徒はどこへ消えたのか。
そして、興味深い情報が入った。
住宅街の一角で朽ち果てた死体を発見したという。
そこは比較的新しい集合住宅の一棟で、ゴミ屋敷と化した部屋に大の字になった遺体があるという。ほぼ白骨化しており、枕元に壊れたノートパソコンが置いてある。
壁には宗教画であろう半裸の女神像が所狭しと貼ってある。
フーガは周辺の集中的な調査を命じた。
とくに稼働中のパソコン発見に全力投入させた。配電盤から電力網をたどり、いくつかの世帯を訪ねた。
いずれの端末も持ち主が他界しており、短い動画が延々とループしている。
「動画鑑賞には個人差がつきものですよ。この作品はヒットしたのでしょうか? 私は面白いとは思いませんが。苦行か何かの儀式による集団自殺でしょうか? それとも疫病の類か食中毒か何か……」
呟きかけたマドモアゼルをフーガが制した。
ドローンのマイクが音声をとらえた。
「 自動言語翻訳装置オン」
フーガの耳にざわめきが聞こえてきた。
パソコンが発している音だとすぐに判った。マドモアゼルがサンプルの回収を提案したが、磁気嵐の影響で筐体も記憶媒体も資料価値がないほど汚染されている事は明らかだ。
フーガは輸送艇から無人整備機を派遣してゴミ部屋を整頓させた。表通りに搬出してきれいに分類、整頓させる。
ドローンが食器類や遺体周辺を分析して故人の食生活や健康状態を推測した結果、死因として生活習慣病が第一候補にあがった。
「禁欲主義の宗派が過剰な小食を強いる事はありがちですが、これは真逆ですね」
「いや、マドモアゼル。こってりした食事が彼らの教義なのかもしれない」
「そうですね。検死の結果が出ました。遺体は運動不足でほとんど自宅にこもりっきりだったようです」
「動画による精神統一に耽っていたのか。まてよ?」
フーガはピンと来た。先ほどのまるで雑踏のようなノイズだ。
「ナインテール。ノイズの会話内容とパソコンの音声出力を稲穂号に比較させて」
「えっ、まさか?」
「そのまさか、よ」
フーガは自信ありげに言った。
「広範囲に渡って一致が見られますが、これは機器から漏えいしたデータを拾っているだけでは?」
「マドモアゼル。貴女も薄々感づいてるでしょうけど。そうね……半日ここに留まってノイズを収集しましょう。それで、正体がはっきりするわ」
はたせるかな、莫大な会話は映像作品のそれではなかった。内容に若干のストーリー性はあったが、創作と言うにはリアリティがありすぎた。
「これはまるで電話の盗聴ですね」
「会話の主はだれかしらね? この星に生存者はいない」
「……ってことh」
「「きゃ~~」」
二人の女は悲鳴をあげて操船作業に没頭した。
マークトゥエイン号が、続いて稲穂号が小惑星を離脱する。
稲穂号の支援を得て、フーガは住民たちが没頭していた対象が動画ではなくVRMMOと呼ばれる仮想現実であると結論付けた。
充分な処理能力を持つネットワーク上に築かれた異世界。
人々はゲームに没入するあまり、いや、仮想現実に精神を奪われたのだ。
そして、見落としがちであるが衝撃的な事実が発覚した。
VRMMOのサーバーが惑星上のどこにも見当たらなあった。
ハードウェアとして実在しないのに正常に稼働している。一種のヒエロニムス回路というか、実体をもたない幻影であった。
ヒエロニムス回路というのは簡単に説明すると「エア殺虫剤」である。エアギターとかそういうスラングと同類の意味づけになる。
二十世紀に同名の電気技師が遠隔地の害虫駆除に成功した。機械に標的となる虫の写真と座標を入力するだけで退治できた。
ある雑誌編集者が着目した。これはハードウェアを介した超能力ではないかと考え、機械の抽象化を試みた。
どんどん部品を簡略化し、最後には紙に描かれた回路図のみで効果を発揮したという。実際にアメリカで実用化され特許も取得している。
戦闘純文学者の女達が、翼を束ねるコルセット代わりに重ね着しているブルマーやテニスウェアの繊維にも織り込まれており、術式発動の媒体となっている。
小惑星カスタリアの住民はヒエロニムスVRMMOの中に移住していた。
「御崎らみあがここに来たのは間違いないんですか?」
「来ないと考える根拠がないわ。稲穂号は強い人間原理ならぬ『植物原理』で動いているんでしょう。らみあは『妖精原理』を欲していたわ。生きている状態でも死んでいる状態でもないシュレディンガーの猫と化した萌え教徒は、まさしく彼女が欲する〇〇原理の燃料よ。私たちが垣間見たのは残滓だったようね」
フーガは恐ろしい陰謀が着々と進んでいる現状にぞっとした。
「先生、今までのロボット軍団って、もしかして」
「そうよ。量子化したカスタリアの萌え教徒を恣意的に実体化させたものよ。人間【以外】の決定原理を使ってね」
「らみあがやったんでしょうか?」
「違うわ! 私たちは何が何でも沈めなきゃいけない!」
フーガはメインスクリーンにあの概念図を投影した。
四万年の歳月をかけて、探査船から超巨大プラント要塞と自己変革したロジャーペンローズ号の雄姿が現れた。
「あの船は大虚構艦隊構想に不可欠でしょう? みすみす破壊しまったら概念の海と戦う手段が……」
マドモワゼルが気でも狂ったのか、という目つきをする。
フーガは黙ってキーを叩いた。
AD.20C←=→AD.27C.<<<<<AD.453C
ふたたび、謎めいた数式が併記される。フーガはつらつらと因数分解して一つの解を導き出した。
「これで 失われた連環がすべてつながったわ!」
フーガは自分の理論をとうとうと述べた。
御崎らみあが四万年をかけた途方もない陰謀のすべてを。
ことの起こりは二十七世紀の惑星カシス大爆震だ。
それがイエスターイヤーBB社の量子脳に影響を与え自我を芽生えさせた。のちの世にいう愚者王の開発に先鞭をつけた。この時生まれたAIは御崎らみあの身体を再構成し「虚構の卵」に生まれ変わった。同時に、彼女は四万年の時を越えて小惑星カスタリアへ飛び、妖精王国を襲うロボット軍団を構築した。
空前絶後の脅威に対抗すべく、王国民はドラゴンやトロール、ゴーレム、挙句にアンデッドを召喚したがかなわなかった。最終手段として圧倒的な潜在魔力をもつ人間を過去の世界から強制的に呼び寄せた。
将来を導く人材を未来世界からの干渉によって失った人類文化は必然的に衰退した。
妖精へと退化した人々はロストテクノロジーを発掘して人工知能に統治をまかせた。
こうして、機械知性「愚者王」が擁立され、王国全土をカバーする巨大電磁バリアー発生器「愚者の塔」が建った。
放射線障害はリアノン・シー族に不妊症をもたらし、怨恨の申し子リアノン・ナターシャ姉妹が爆誕。
考えの違いから両者は対立し、狂科学者を巻き込んで、二十世紀末―特権者戦争前夜の時代に「ライブシップ」建造技術が流出する。
壁面に数式を書き連ねたフーガにマドモアゼルが鋭いツッコミを入れた。
「七百年の空白は何なんですか?」
「そこの馬鹿がコピペミスしたせいよ」
フーガは、リアノンをギロッと睨んだ。
「う、うさいわねぇっ! あ、あたしだって好き好んで歴史改変を企てたわけじゃないわ。一族の、一族の……」
彼女は感極まって泣き出してしまう。
「ふぇぇ~~~ん!」
「あ~~よしよし、泣くな。完全時間犯罪成立、よかったねぇ。ここまでは私の想定内」
フーガは泣き虫妖精の頭をなでなでしてあげた。
「とりあえず、御崎らみあが欲しがったのは、精神世界へ逃避した萌え教徒の思念エネルギー。虚構の卵が育つ養分としては十二分だわよ」
「あの女がそこまで計算高いとは思えませんね」
マドモアゼルは胡散臭そうに数式を検証している。
「らみあの行先はロジャーペンローズ号と見て間違いはないわ。計り知れない工業力を持った船を渡すわけにはいかない」
「おやおや、土壇場で正義のヒロインとはね」
リアノンが呆れ果てている。
「あなたは想念の海が持つ恐ろしさを知らないのよ! 宇宙すら産みだす妄想の渦がペンローズ号という絵筆を持てばどうなることか」
フーガは妖精の襟をつかんで揺さぶった。
「ど、ど、ど、どうな……」
「 発狂した宇宙が誕生するのよ!」
小惑星カスタリアに着陸を試みたマークトゥエイン号は猛烈な電磁嵐に見舞われた。
鼓膜が破れそうな不協和音が乱反射してフーガの偏頭痛を倍加させる。
「マドモワゼル。バンドパスフィルターを最大にして! それにしてもこのホワイトノイズはなに?」
殺人的な雑音がピタリと鳴りやんだが、脊髄をやすりで削るような嫌悪感はまだ尾を引いている。
「おやまあ、これはどうしたことでしょう。新陳代謝ガスや窒素酸化物など生活反応がまるで検出できません」
死んだように灯が消えたコロニーをマーク号が送り火のごとく照らしている。
「萌え教徒って四六時中引き籠って動画鑑賞に耽っているんでしょう? この電磁波は再生機器の物よ」
マドモワゼルはフーガの推測を即座に否定した。
「それにしては大出力です。周波数もデッキが発する高周波ではありません」
「これ以上は船が持たないわ。いったん高度を上げましょう」
俯瞰して全体像を見るために船は混沌から距離を置いた。
「稲穂号を活用しましょう。解析装置を総動員できます」
マドモアゼルの提案に従って、フーガは受信結果を稲穂に流し込んだ。
惑星規模の改造を前提とした移民船は相応の処理能力をもっている。
ノイズの殆どは他愛のない会話で埋め尽くされていた。拾い読みしてみると生活臭がプンプン漂ってくる。
「超生産能力で無人調査隊を造ったわ。降ろして見ましょう」
フーガが稲穂号から無人輸送艇を繰り出した。
偵察カメラから見る地上の街並みは形骸化し、全壊家屋が点在している。だが、特に災害に見舞われた跡もなく疫病が流行った風でもない。街路は小奇麗に片付いており、人通りが絶えて久しいようだ。
「ドローンを飛ばします」
マドモアゼルが遠隔装置に座り、フーガがゴーグルをかけた。
荒れ果てた公園に輸送艇がふわりと軟着陸し、スズメバチそっくりな超小型偵察機が躍り出た。
群れは風に乗って四散し、小さな隙間をみつけて屋内へ侵入する。中心街の半径一キロまで浸透したところで、フーガは状況報告させた。
ドローンが言うには生命反応がまったく見られない。ネズミやゴキブリのような害悪すらいないという。まるで、古代インカの空中都市だ。突然に文明が勃興し、忽然と滅亡してしまう。萌え教徒はどこへ消えたのか。
そして、興味深い情報が入った。
住宅街の一角で朽ち果てた死体を発見したという。
そこは比較的新しい集合住宅の一棟で、ゴミ屋敷と化した部屋に大の字になった遺体があるという。ほぼ白骨化しており、枕元に壊れたノートパソコンが置いてある。
壁には宗教画であろう半裸の女神像が所狭しと貼ってある。
フーガは周辺の集中的な調査を命じた。
とくに稼働中のパソコン発見に全力投入させた。配電盤から電力網をたどり、いくつかの世帯を訪ねた。
いずれの端末も持ち主が他界しており、短い動画が延々とループしている。
「動画鑑賞には個人差がつきものですよ。この作品はヒットしたのでしょうか? 私は面白いとは思いませんが。苦行か何かの儀式による集団自殺でしょうか? それとも疫病の類か食中毒か何か……」
呟きかけたマドモアゼルをフーガが制した。
ドローンのマイクが音声をとらえた。
「 自動言語翻訳装置オン」
フーガの耳にざわめきが聞こえてきた。
パソコンが発している音だとすぐに判った。マドモアゼルがサンプルの回収を提案したが、磁気嵐の影響で筐体も記憶媒体も資料価値がないほど汚染されている事は明らかだ。
フーガは輸送艇から無人整備機を派遣してゴミ部屋を整頓させた。表通りに搬出してきれいに分類、整頓させる。
ドローンが食器類や遺体周辺を分析して故人の食生活や健康状態を推測した結果、死因として生活習慣病が第一候補にあがった。
「禁欲主義の宗派が過剰な小食を強いる事はありがちですが、これは真逆ですね」
「いや、マドモアゼル。こってりした食事が彼らの教義なのかもしれない」
「そうですね。検死の結果が出ました。遺体は運動不足でほとんど自宅にこもりっきりだったようです」
「動画による精神統一に耽っていたのか。まてよ?」
フーガはピンと来た。先ほどのまるで雑踏のようなノイズだ。
「ナインテール。ノイズの会話内容とパソコンの音声出力を稲穂号に比較させて」
「えっ、まさか?」
「そのまさか、よ」
フーガは自信ありげに言った。
「広範囲に渡って一致が見られますが、これは機器から漏えいしたデータを拾っているだけでは?」
「マドモアゼル。貴女も薄々感づいてるでしょうけど。そうね……半日ここに留まってノイズを収集しましょう。それで、正体がはっきりするわ」
はたせるかな、莫大な会話は映像作品のそれではなかった。内容に若干のストーリー性はあったが、創作と言うにはリアリティがありすぎた。
「これはまるで電話の盗聴ですね」
「会話の主はだれかしらね? この星に生存者はいない」
「……ってことh」
「「きゃ~~」」
二人の女は悲鳴をあげて操船作業に没頭した。
マークトゥエイン号が、続いて稲穂号が小惑星を離脱する。
稲穂号の支援を得て、フーガは住民たちが没頭していた対象が動画ではなくVRMMOと呼ばれる仮想現実であると結論付けた。
充分な処理能力を持つネットワーク上に築かれた異世界。
人々はゲームに没入するあまり、いや、仮想現実に精神を奪われたのだ。
そして、見落としがちであるが衝撃的な事実が発覚した。
VRMMOのサーバーが惑星上のどこにも見当たらなあった。
ハードウェアとして実在しないのに正常に稼働している。一種のヒエロニムス回路というか、実体をもたない幻影であった。
ヒエロニムス回路というのは簡単に説明すると「エア殺虫剤」である。エアギターとかそういうスラングと同類の意味づけになる。
二十世紀に同名の電気技師が遠隔地の害虫駆除に成功した。機械に標的となる虫の写真と座標を入力するだけで退治できた。
ある雑誌編集者が着目した。これはハードウェアを介した超能力ではないかと考え、機械の抽象化を試みた。
どんどん部品を簡略化し、最後には紙に描かれた回路図のみで効果を発揮したという。実際にアメリカで実用化され特許も取得している。
戦闘純文学者の女達が、翼を束ねるコルセット代わりに重ね着しているブルマーやテニスウェアの繊維にも織り込まれており、術式発動の媒体となっている。
小惑星カスタリアの住民はヒエロニムスVRMMOの中に移住していた。
「御崎らみあがここに来たのは間違いないんですか?」
「来ないと考える根拠がないわ。稲穂号は強い人間原理ならぬ『植物原理』で動いているんでしょう。らみあは『妖精原理』を欲していたわ。生きている状態でも死んでいる状態でもないシュレディンガーの猫と化した萌え教徒は、まさしく彼女が欲する〇〇原理の燃料よ。私たちが垣間見たのは残滓だったようね」
フーガは恐ろしい陰謀が着々と進んでいる現状にぞっとした。
「先生、今までのロボット軍団って、もしかして」
「そうよ。量子化したカスタリアの萌え教徒を恣意的に実体化させたものよ。人間【以外】の決定原理を使ってね」
「らみあがやったんでしょうか?」
「違うわ! 私たちは何が何でも沈めなきゃいけない!」
フーガはメインスクリーンにあの概念図を投影した。
四万年の歳月をかけて、探査船から超巨大プラント要塞と自己変革したロジャーペンローズ号の雄姿が現れた。
「あの船は大虚構艦隊構想に不可欠でしょう? みすみす破壊しまったら概念の海と戦う手段が……」
マドモワゼルが気でも狂ったのか、という目つきをする。
フーガは黙ってキーを叩いた。
AD.20C←=→AD.27C.<<<<<AD.453C
ふたたび、謎めいた数式が併記される。フーガはつらつらと因数分解して一つの解を導き出した。
「これで 失われた連環がすべてつながったわ!」
フーガは自分の理論をとうとうと述べた。
御崎らみあが四万年をかけた途方もない陰謀のすべてを。
ことの起こりは二十七世紀の惑星カシス大爆震だ。
それがイエスターイヤーBB社の量子脳に影響を与え自我を芽生えさせた。のちの世にいう愚者王の開発に先鞭をつけた。この時生まれたAIは御崎らみあの身体を再構成し「虚構の卵」に生まれ変わった。同時に、彼女は四万年の時を越えて小惑星カスタリアへ飛び、妖精王国を襲うロボット軍団を構築した。
空前絶後の脅威に対抗すべく、王国民はドラゴンやトロール、ゴーレム、挙句にアンデッドを召喚したがかなわなかった。最終手段として圧倒的な潜在魔力をもつ人間を過去の世界から強制的に呼び寄せた。
将来を導く人材を未来世界からの干渉によって失った人類文化は必然的に衰退した。
妖精へと退化した人々はロストテクノロジーを発掘して人工知能に統治をまかせた。
こうして、機械知性「愚者王」が擁立され、王国全土をカバーする巨大電磁バリアー発生器「愚者の塔」が建った。
放射線障害はリアノン・シー族に不妊症をもたらし、怨恨の申し子リアノン・ナターシャ姉妹が爆誕。
考えの違いから両者は対立し、狂科学者を巻き込んで、二十世紀末―特権者戦争前夜の時代に「ライブシップ」建造技術が流出する。
壁面に数式を書き連ねたフーガにマドモアゼルが鋭いツッコミを入れた。
「七百年の空白は何なんですか?」
「そこの馬鹿がコピペミスしたせいよ」
フーガは、リアノンをギロッと睨んだ。
「う、うさいわねぇっ! あ、あたしだって好き好んで歴史改変を企てたわけじゃないわ。一族の、一族の……」
彼女は感極まって泣き出してしまう。
「ふぇぇ~~~ん!」
「あ~~よしよし、泣くな。完全時間犯罪成立、よかったねぇ。ここまでは私の想定内」
フーガは泣き虫妖精の頭をなでなでしてあげた。
「とりあえず、御崎らみあが欲しがったのは、精神世界へ逃避した萌え教徒の思念エネルギー。虚構の卵が育つ養分としては十二分だわよ」
「あの女がそこまで計算高いとは思えませんね」
マドモアゼルは胡散臭そうに数式を検証している。
「らみあの行先はロジャーペンローズ号と見て間違いはないわ。計り知れない工業力を持った船を渡すわけにはいかない」
「おやおや、土壇場で正義のヒロインとはね」
リアノンが呆れ果てている。
「あなたは想念の海が持つ恐ろしさを知らないのよ! 宇宙すら産みだす妄想の渦がペンローズ号という絵筆を持てばどうなることか」
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