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驟雨

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 ■ 驟雨

 生暖かい雨が石畳を洗い流している。うらぶれた建物の一階はガラス張りになっており、割れた天井から照明器具が垂れ下がっている。むき出しになった内装や薄汚れたリノリウムがささくれ立っている。壁の黄ばんだポスターは空しく最先端を訴えている。

「あれから二年も経つのね」

 メディア・クラインは朽ち果てた中央作戦局ビルの前でふと、立ち止まった。アムンゼン・スコット基地の看板が卑猥な落書きで汚されている。すぐにパート主婦を満載した従業員送迎シャトルが来た。ぎゅうぎゅうのすし詰めで乗り心地は最悪だ。サウスポールセントラルシティ工業団地に向けて急加速する。

 異世界から得た生命体「妖精」を組織培養して強化人間メイドサーバントを造る試みは成功したものの、惑星ハートの女王救出作戦は完敗を喫した。
 鳴り物入りで実戦配備した強襲揚陸艦シア・フレイアスターの失敗に懲りた軍は、以後ライブシップの開発から撤退することとなる。
「人は石垣、人は城」と古代の武将が言い残した通り、最前線に立つ兵士はヒトでなくてはならない。
 陸戦兵になりかわり、女性の戦闘純文学者が量子コルベット艦を駆って侵略の波風に立ち向かう時代が来た。

 アストラルグレイス・オーランティアカ、サンダーソニア・オーランティアカ。そんな名前のライブシップは存在しない。
 リアノンが正史を書き換えてしまったからだ。もちろん、この「拉致された正史」の住民は知らない。

 ハンターギルドが大幅縮小されて、さまざまな雇用対策がなされた。メディアは馴れない縫製作業に従事している。国連は大量破壊兵器の流出に関しては摘発による従来のやり方より抑止力を高める政策に転換した。法制度を逸脱した野盗まがいの査察行為が非難を浴びた影響も大きい。
 シャトルはアムンゼン・スコット基地あらためサウスポールセントラル空港の外れに着陸した。
 衛星軌道上の惑星間旅客船と地上を結ぶスライスシャトルが轟音を立てて暖機運転している。メディアが勤務する工場は空いている駐機場を改装してある。ビリビリと建屋が揺れるなか、恒常性難聴を患った退職者の後任があとからあとから補充されてくる。
 メディアは家賃食費込みで週十ドルの薄給で糊口をしのいでいた。
 日に何度も服を破り捨てるメイドサーバントたちの為に低賃金でブラウスやスカートを縫っている。工場長は引退した戦闘純文学者で、心を込めろが口癖だった。たった一度しか着てもらえない衣服にどんな情熱を込めろというのか。
 メディア・クラインは以前の暮らしぶりを取り戻そうと職能給の上積みを狙った。
 勤務先は成果第一主義で個人のスキルをこと細かく査定する。以前のように観葉植物に水をやって心を和ませたい。職場の雰囲気は女性社会の縮図そのもので陰鬱で剣呑な空気が数十分間隔で爆発していた。下剋上の勝利者たちは地位に応じた安寧を得た。
 出来る事が増えれば昇格試験を受ける機会が与えられ、合格すれば職位が上がる仕組みだった。
 スカートやブラウスだけでなく、もっと複雑な縫製スキルを要するブルマーや三段フリルのついたアンダースコートの型紙を作りたい。メイドサーバントの翼を纏めるレーシングトップスやランニングボトム。素肌に着けるビキニブラやショーツをデザインしたい。

 メディアは昼食の時間を惜しんで勉学に励んだQCAD(量子コンピューター支援デザイン)機器が使えるようになれば、パート主婦たちに命令を下す立場になれる。
「付き合いの悪いババア」
「コミュ障のメンヘラ」
「休憩中に脱け出して社外の早漏男と遊んでいるみたい」
「末期の子宮癌を患っていて自分の体臭から同性を遠ざけたいのよ」
 あらぬ疑いをかけられ彼女は何度も自殺を考えた。
 公園のベンチで勉強中に液晶画面を割られたこともあった。同僚の女どもが「たまたま」ボール遊びをしていたのだ。
 工場長にいじめを報告したが、公園は勉強する場所ではないと逆に諭され、職位を三段階下げられた。
 涙で防水タッチパネルを一枚駄目にしたあと、三台目の液晶パッドを分割払い購入した帰り道で彼女はシアと再会した。
 その時の彼女は、QCADソフトのインストール中だった。しつこいエラーステータスに何度も泣かされていた。
 QCADで使う定番の数式が定義できない。入力ミスを何回か疑い、慎重に入力しなおした。メーカーのサポート窓口にとうとう匙を投げられ、数式自体が間違っているのではないかと図書館に通った。
「も~何なのよ、この数値。QCADが使えないとわたしは一生底辺のままよ。わたしをストレスで殺したいわけ?!」
 メディアは自棄になってタッチパネルを叩いた。ローンが残っているが知ったことか。もう自殺するんだ。
 その時、彼女は天恵を得た。
「ヤダ、この数字……どこかで見覚えがあるわ!」
 小数点以下第四十八位からシア・フレイアスターの認識番号が始まっている。これは、偶然だろうか。

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