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アウトレンジ・スタンドオフ

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 ■ 聖マーティン幼帝学園
 御多分に漏れず妖精王国にも帝王学を授ける寄宿学校がある。力による支配を浸透させるのは容易ではない。人間も元をただせば物質であるゆえ法則に従い、反発力を生む。ことさらに聖マーティン学区は社会の宝である子供達を守るために鉄壁の守りを固めていた。城塞はマークトゥエイン号の波状攻撃にびくともしない。
 フーガは惑星規模の破壊魔法を何度も束ねてぶつけ、効果なしと見るや、とうとう旧科学の禁書兵器アトミックウエポンを担ぎだした。
 それもプルトニウム型原爆をコバルト59で覆ったコバルト爆弾だ。威力は水爆を桁違いにしのぎ、爆発時のガンマ線を吸収したコバルトが連鎖反応して破壊力がチートする。
 マップ兵器である核爆弾は強力にみえて意外と無力だ。見かけ上は爆圧で広範囲を圧倒するが表面的な破壊でしかなく、地面をえぐるほど凶悪な兵器ではない。
「亀の甲より年の劫というか、硬すぎるわ」
 核の炎に焼かれたのに焦げ目一つ付かない城壁を見てさすがの発明姫フーガも弱音をはいた。
 聖マーティン幼帝学園の学長オーガストは連戦不敗を標榜する変わり者の魔導士だった。勝ったことは無いが撤退したことも無い。敵に甚大な被害をあたえ、和平を乞うまで徹底抗戦する。
 攻城戦を好む彼の縄張り意識は男子の特有性そのものだ。
 マーティンは小市民的な打算に突き動かされる男だ。預かったご子息を無事に守り抜いて然るべき地位報酬名誉と世間の耳目を集めたい。この国難は絶好の踏み台だ。
 幾らでも攻めたてるがいい。俺は不毛な戦いを仕掛けることは無いが、侵犯者は容赦しない。
 天地が覆るような震動が城塞を襲った。発明姫は地殻に働きかけて文字通り彼らを揺さぶる戦術に出た。
「お父さん、お母さん」
 書架が倒れ、錬金術用の高価なガラス器具が割れた。
 ただ、床にへたり込んで泣き叫ぶ幼女たちを召喚魔術師マーティンが叱り飛ばす。
「おうちに帰りたいよう」
「死にたくないよう」
「おかあさん」
 ひたすらに懇願する幼児たちを学長は一蹴した。帰る場所がなくなるどころか命すらも奪われかねない瀬戸際で親たちが死を覚悟で戦っているのに寝言をほざくな、と。
 マーティンには勝算があった。彼は過去から勇者を呼び込む召喚魔法を一手に担っていた。英才教育を施した幼女たちを屈強な魔法戦士に変えることなど朝飯前だ。
「これで勝てる」
 男は魔法陣を描き、嫌がる女の子の手を無理やり引いて中心に立たせた。
「うわあああああん。わたし、入れ替わりたくない」
「男女の差など、染色体が多いか少ないか違いではないか。『たった一本』の違いに躊躇するあまり同胞を見殺す気か?」
 泣きはらした瞼の下でつぶらな瞳が睨みかえした。
「いや」
「ちょーっと男になるのがそんなに嫌か」
「わ、わたしは可愛いお嫁さんになるんだもん!」
「黙っていう事を聞け! 国を守るのは臣民の義務だ。絶対だ」
 節くれだった指がフリル満載のドレスを引き裂き、綿の純白ショーツを露わにさせた。
「ひゃん☆」
 女の子は顔を赤らめてしゃがみ込む。おとなしくあかがね色の肉体に変われ。
 マーティンが詠唱しようとした刹那「だめぇぇっ」と別の女児が体当たりしてきた。
「ええい! 敗北主義者は死ね! 死んでしまえ!」
 マーティンはブチ切れ気味に召喚魔法を唱えた。たちまち雷鳴と閃光が部屋を満たす。
 驚いて部屋から逃げようとする幼女たちを毛むくじゃらの腕がしっかりと掴んだ。
「おくにを……まもりましょう」
 髭面の男が茶色い声でたどたどしく話す。そこには先ほどまでの愛くるしい表情は無かった。
「いいか! たった一匹の蟻でもダムを決壊させる穴を穿つのだぞ。たった一匹だ。それを叩き潰す努力を怠ったばかりに大洪水で無辜の民が呑まれるのだ。たった一匹だ」
 通り一遍の教条的な文句も怯えた子供たちには雑音でしかない。
「怖いよ」
「嫌よ」
 マーティンは戦士と化した幼女に命じて召喚候補者を次々と捉えさせた。そして、制服をショーツごと破り取られ恐怖におののく女の子たちをテキパキと筋肉質に変えていった。
「先生。何もそこまでしなくてもいいんじゃない? 泣いてるじゃない!」
 年長の少女が意を決してマーティンに刃向う。
「獅子は一頭の鹿を狩るにも全力を尽くすと言うではないか」
 魔術師は指先一つで少女を身の丈八尺の大男にした。
「祖国の分子たる者は女も子供も関係ない。一丸となって郷土を守り抜くのだ。僅かな怯みが死を呼び寄せるのだ。戦え! 抗え! 出来ない奴はここで死ね。自害しろ」
 学長は三白眼をますます狭めて熱病のように叫んだ。
 黒メガネをかけた少女は見透かすように問う。
「わたし、わかってるわ。 せんせいはヒーローになりたいんでしょ? 英雄呼ばわりされたいんでしょ」
 功を焦るマーティンは図星を指されて開き直った。
「そうだ。俺は結果が欲しい。力が欲しい。富が欲しい。王座が欲しい。何が悪い」
 ぐわんと部屋が揺れ、壁にいくつかの亀裂が入った。
「ええい、侵略者どもめ! 懲罰を下してやる!」
 逆上したマーティンが渾身の術式を放った。ひび割れた個所がたちまち綺麗にふさがり、苛烈な破壊魔法が虚空に放たれた。
 直撃を食らったマークトゥエイン号が横転する。慌てて高機動バーニャを吹かし、姿勢を立て直した。
「出ていけ! 長生きしたいのなら俺を二度と敵に回さないことだ!」
 魔法使いの外套を翻し、マーティンが望楼から怒鳴りつける。その眼には積み上げた物を突き崩そうとする者への怒りと恐怖が入り混じっていた。
「本当に男は奇妙な生きものね。あいつらの主成分はプライドとステータスなのかしら?」
 フーガがからかうように笑う。
 リアノンは大切なものを守るために命を張る男をちょっぴり羨ましく思った。
「いいわ。その下らない物を吹き飛ばしてやるよ。己の無意味さを思い知るがいい」
 マドモアゼルは対人量子機銃を城壁に向けた。鋼板のように鍛え上げられた男達が宝剣を振りかざしている。寄らば撃ち落とすぞと威圧している。
「一掃してやるわ!」
 秘書は意気込んで引き金に力を込めた。
「罠よ!」
 とっさにフーガが船を急上昇させる。バリバリと緋色の弾道が雲間に吸い込まれる。みるみる遠ざかる城塞が漆黒の闇に覆われていく。
「なにをするんですかぁ」
 ナインテールが大きなコブを涙目でなでている。
「あの男達はハリボテよ。目が女の子のように怯えていた」
 フーガが肩を震わせている。
「もしかして、召喚勇者?」
 彼らの正体を見抜いていたリアノンが恐る恐る尋ねた。
「そうよ! 中身は明らかに無理やり転生させられた子供たちよ」
 その様な戦意のない者たちを機銃掃射したら民衆蜂起のきっかけを作るだけだ。

 完全に殻に引き籠った城塞とマークトゥエイン号のにらみ合いが続いている。
「……内懐に入る戦術は相手の思う壺よねぇ。さりとて、大火力で攻めれば倍返しを喰らう」
 攻めあぐねているフーガに、有能な右腕たるマドモアゼルも入れ知恵できず困り果ててしまう。
「完全に手詰まりってわけね。だからこそ、勝機につながるの」
 リアノンはすっくと立ち上がると故事を引用した。
「循環論法は努力で脱出しなければならない。トルストイ――戦争と平和より」
「なにそれ? 格言で戦に勝てりゃ剣も魔法も要らないわ」
 フーガが見下すように応える。
「閃きました!」
 マドモアゼルが目を輝かせた。彼女は古人の言より有用な智慧を引き出したようだ。
「ねぇねぇ」
 母親に百点を褒めてもらいたい娘のようにわくわくしながらフーガの耳に囁いた。

「あのぉ」
 野太い声が遠慮がちに語り掛ける。
「何だ、うるさい」
 マーティンは予想外の展開に拍子抜けしていた。
 反乱者の巣窟になりかねない学区を放置したまま敵が撤退する可能性など考えていない。
「変なおばさんたち、どっかにいったみたい」
「そうよ。わたし、もとにもどりたい~」
「「「わたしも~~」」」
 剛毛の男どもがクネクネと身体をよじらせ、裏声で駄々をこねている。
「うるさいと言っとろうが!」
 一喝するもボーイソプラノの大合唱に埋もれてしまう。
「「「「「ね~~~~」」」」
「「「「「もーーどーーしーーてーーーー!!」」」
 龍をも倒すごついオッサンどもに恫喝され、マーティンはたじろいだ。
 手元の水晶球によればフーガどもの撤退は明白だ。周囲百キロの大気圏内に機影は無い。学区周辺の地表には使い魔や眷属がくまなく目を光らせており、隠れる場所はどこにもない。
 万全を期すためには結界を解いてマーティン自らの目で確かめてみるべきだろう。
 しかし、自分からノコノコと出ていく愚を犯してよい物だろうか。万が一という言葉もある。
「「「「「「早くして~~~~!!」」」」」」
 男のヒステリーほど見っともないものはないが、根負けする形でマーティンはしぶしぶ開城した。

 長い砲身を展開したマークトゥエイン号が船体を輝かせている。
「今よ!」
 フーガの号令一下、細く絞り込まれたビームが水平線に長く長くのびていく。
「行っけ~~~~!」
 エネルギーゲージがゼロ表示になるまで、マドモアゼルが渾身の力を引き金に込める。
 超長距離狙撃銃が正確に魔導士の胸を撃ちぬいた。
「この……妖精王国随一の召喚魔導士が……女に破れるなど……」
 マーティンは血の海に沈んでいった。
 自分の世界をすべて知り尽くした。そんな彼の思い上がりが致命傷となった。
 マークトゥエイン号はその図体を地平線の下に沈めていた。
 いわゆるアウトレンジ戦法である。
 召喚勇者達はマークトゥエイン号に収容され、愛くるしい姿に戻った。

 ■ 王都上空
 瓦礫と化した愚者王の撤去作業が捗るなか、リアノンは水晶玉の呪いを完成させた。
「はぎとりごめんの呪♪ 成就♪」
 美貌なる妖精の一族を娼婦に貶めたシア・フレイアスターを亡き者にした。
 メイドサーバントを基盤にした初代強襲揚陸艦シアフレイアスターが成果を上げなければ、ライブシップの隆盛もありえず、過剰な査察が科学技術を委縮させることも、魔法の興隆も、人類の衰退も、妖精王国の勃興も……外敵ロボットによる淘汰もない。
 人類が選択を誤った結果が愚者の塔にむすびついていく。

「もう、いいでしょう。ライブシップは稲穂号だけで充分よ。まだまだ未熟な人類には手に余る技術よ。わたしを除いてはね。さあ、ロボットどもの本国を叩く準備に専念してちょうだい」
 フーガがうんざりした顔でリアノンを窘める。
 どこまでも落ちていけそうな青空に南風が心地よい。
「そうね」
 リアノンが水晶球を抛り上げるとキラキラと輝く塵となって風に消えた。
 彼女の一族は健康を取り戻し、丈夫な男児を産み増やすだろう。頼もしい夫の腕に縋りつく自分を想像して、思わず鼻の下を長くするリアノン。
「あ~もう、わたしってば! ああ、もう!」
 彼女はニヨニヨしながら甲板を転がりまわる。

「いい気なもんだわ」
 マストの陰でナターシャが憤慨する。
「シアさんはここに生きてるわよねぇ」
「左様でございます」
 爺が虫かごの中でうなづく。
「彼女のおか~さんはどうなっているの?」
 姫君の問いに爺は難しい顔を作った。
「マリア・フレイアスターはすっかり薬漬けにされておりまして、仮に救出した所で長くは持ちますまい」
「そう……」
 予想以上に状況は厳しい。こうなれば次善策の準備に本腰を入れるしかない。
 愚者王が独占していた知的遺産の中にクローニング技術がある。ナターシャは、姉がウイルス作成を手がけた際にある細工を施した。それは愚者王の記憶内容を別の場所にこっそり転送する仕組みだ。
 ウイルスが自己複製で蔓延していく過程に便乗して情報を窃盗する事はたやすい。
 フーガ・ガーンズバックが苦心惨憺して解き明かしたオーバーテクノロジーはナターシャの手中にある。
 爺の虫かごだ。鉛を含んだ遮蔽ガラスは彼を護る以上の機能を持つ。レーザーを細かく絞って石英ガラスに短時間照射すると千分の一ミリ単位の気泡が出来る。これを記憶媒体に使った。姉の水晶球だって丸ごと特定の時空間を内包できているのだ。愚者王の知識を丸ごと写し取るなど造作もない。
「手段は持ち合わせても、実行力が伴いませんと」
「だから、爺に無理なお願いをしたのよ」
 ナターシャは申し訳なさそうにいう。
「爺は大変恥ずかしゅうございましたぞ。かようなオナゴの秘め事を、ましてや盗むなど」
 老妖精は内懐から糸くずの様な物を取り出した。
「ごめんね。爺。これで世界が救われるわ。爺は偉大な義賊よ」
「有りがたき幸せ」
 二人はマークトゥエイン号を脱け出して、改革派の経営する例の酒場へ赴いた。
 魔力弾丸列車の行先はフロリダ半島の先端。ケープカナベラル。
 永久凍土をゴブリン達が掘り抜いて宝物蔵にしていた。
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