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社会病理の対流圏(ヘヴンズドア・インサフェイス・オンフットルース⑱ ロングアイランド突入作戦(前編)

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 連合国ステイツ
 港湾業で栄えるカルフォルニア南部の街、ロングビーチ。
 油田が発見されて、軍需産業が栄え、人口が増えて、若者層が寄り集まり文化の発信基地になっている。邨埜純色むらのぴゅあはカロリーメーターを駆使して、首尾よくカリフォルニア・ゼファー号を奪取した。大陸横断鉄道アムトラックの人気列車はセキュリティ対策が万全で、乗務員たちも緊張感が半端ない。厳重な警戒態勢が純色にとってはかえって好都合だった。

 七つの大罪を司る運命色量子【怠惰】の出番だ。政変を察知して国外脱出を図る富裕層が駅に殺到している。セキュリティーゲートは固く閉ざされたままだ。ぶくぶく太った貴婦人が駅員を札束で引っぱたいたり、既得権を振りかざして脅したり、おだてたり、おおよそ人間のありとあらゆる醜悪が充満している。アネットとジョリーは鉄道屋ぽっぽやの立場を活かして駅員に接近した。

 同業者が声をかければ、簡単に心を開く。ジョリーがどうしたものか、とダイヤの乱れを心配し、アネットが運行管理システムの問題をあれこれと議論する。そこに警備員が割り込むが、彼女たちもたちまち話の輪に引き込まれる。カロリーメーターによる時間稼ぎは持続しない。純色は蔓延する【怠惰】の渦を計測しながら、セキュリティーゲートの解除キーを解読した。車載量子脳の支援も、カルフォレックスのバックアップも得られない環境で、4096ビット量子暗号の復号には難航した。駅員は懐中時計を気にしつつ、無駄話を切り上げつつある。早くもQCDが薄れてきたようだ。

 純色が手に汗を握る。掌のカロリーメーターは茹だるような熱さだ。耐えきれず、取り落とした瞬間、警報機が鳴り響いた。
「開いたわ!」
 アネットがひょいとセキュリティーバーを飛び越える。スカートがまくれ、純白フリルのお尻が丸見えになるが、直している暇はない。
 ジョリーが大股の綺麗なストライドでホームを駆ける。数十メートル先に機関車が見える。
 間違いない。カリフォルニア・ゼファーのエンブレム。

「不審者よ!」

 ようやく、気づいた警備兵が発砲してきた。しんがりを務める純色が、アネットをかばう。純色のカロリーメーターが、兵士たちの【憤怒】に対する【慈悲】を放った。【怠惰】の粒子が反属性を持つQCD【勤勉】を呼び起こしたのだ。職務怠慢から覚めた駅員たちは手に手に銃をとり、一斉射撃を仕掛けてくる。その隙をすり抜けようと乗客が殺到する。

 だが、それは【慈悲】に阻まれた。パッとライムグリーンの傘が武装兵たちの頭に被さる。引き金を引くたびに、12.7ミリ弾がばらばらと足元に転がる。弾倉を空になると枢軸兵たちは虚ろな目で銃口をおろした。膨満した御婦人がたもホームにくずおれる。

「出せる?」
 カルフォルニア・ゼファーの運転台ごしに純色が訊いた。ジョリーはATCがままならないと嘆いている。アムトラックは長距離路線の名に恥じず遅延が多く、故障も頻発しているうえに運航業者が上下分離している分、複雑になっているとぼやく。

 ステイツの主要幹線は車内信号方式のATCが整備されている。速度査定を行うもので、線路上に信号機はない。
「トランスポンダー中継器を狂わせて、偽の速度パターンを注入できないかしら?」
 アネットが純色にむちゃぶりをする。
「やってみるわ」
 彼女は全線にみなぎる【傲慢】。運行ダイヤは絶対である、という総合運転指令所の傲慢さを【謙譲】のQCDで中和した。
「発車します!」
 ジョリーが汽笛を鳴らした。
 ◇ ◇ ◇
 州内を縦横無尽に走るパシフィック鉄道。
 海岸沿いにある造船所の工員輸送などを中心とした戦時輸送に対応するために引き込み線が錯綜している。
「どこまで走るんです? 頭の上にはXB-58G平和創出者ピースメーカーがうろついているんですよ」
 アネットはカルフォルニア・ゼファーの挙動不審を察知されないか、気が気でならない。
「ロングビーチ海軍造船所はどこ?」
 純色は異世界路線図と繰って最寄り駅を探している。
「港のすぐ南側。人工島ターミナル・アイランドに入る専用線がありますよ。でも、海軍工廠のど真ん中に旅客列車で突っ込むんですか?」
 アネットは今度こそ列車を降りたくなった。
「丸腰じゃないわよ」
 純色は前方に広がる建造物群を指し示した。ロングビーチを横断する鉄橋を渡ると、ステイツ第二位の貨物取扱量を誇る港が見えて来る。人工島には港湾関係の会社と貨物船埠頭が並び、軍用トラックが行きかっている。
 今は純戦時体制とあってか、貨物駅周辺にも走行車両がひしめいている。さすがに旅客列車が接近できる状態ではない。
「アネット。コルヌコピア・マシンを後部車両に移して。ジョリー列車長は……」
 純色は思い切った作戦を耳打ちした。
「……できないことはありませんが……」
「できるのなら、お願い」
「故意に事故を起こすんですからね。あとで、どうなっても知りませんよ」
 ジョリーは純色に押し切られる形でキーボードを叩いた。鉄道屋の論理に反するとかなんとかブツブツいいながら運転台を離れた。
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