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社会病理の対流圏(ヘヴンズドア・インサフェイス・オンフットルース)⑭ 火照るカリフォルニア
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ステイツ軍は造物主の視点を持ち、偶然すらも支配する頭脳集団だと言われる。その神の目を体現する装置は高抗堪性地球通信だ。
別名、世界システムという。
時代をあまりにも先取りしすぎたため、周りの理解を得られず、異端のレッテルを貼られたあげく、場末の木賃宿で抹殺された男。ニコラ・テスラ。その遺産をフォン・ノイマンが簒奪し、地球規模の意思疎通手段に仕上げた。
テスラが隆盛を極めた当時、各電力会社は送電線の効率化に苦心惨憺していた。電線はそれ自体が電気抵抗の束であり、送電中に発熱として失われる損失があまりに大きかった。そのため一定の距離を超えて電力供給することは不可能だった。
この問題を解決して、どうしても市場を寡占したい。
テスラの願いをかなえたのはステイツ陸軍だった。無線による送電と情報の伝達を一気に実現する機構は「世界システム」と名付けられた。
コード1943の初秋。ステイツ最大の電力株式会社ゼネラルエレクトリックの肝いりでコロラドスプリングスに高さ60メートルの拡大送信機建設された。
周知のとおり地球には地磁気がある。電気を通しやすい帯電体である証拠だ。そして高周波の共鳴効果から莫大な電力を引き出すことが出来る。ウォーデンクリフなその実証実験だった。いわば、地球をくまなく梱包する電気の網があり、これこそが神眼そのものなのだ。
帯電体を制する者は、地球上のありとあらゆる生命体を末梢神経に至るまで支配できる。また、個々の五感を知覚することも可能だ。神経は電流を媒介するのだから。ステイツ軍は陸海空の通信網が壊滅状態に陥った時の保険として、世界システムを温存していた。それは歴代大統領の就任に際しても秘匿され、連邦議会の奥の院で連綿と受け継がれてきた。
その神髄がいま、悪用され、守るべき祖国を蝕んでいる。
■ TWX1369
「世界システムですって?!」
邨埜純色はジョリー列車長から初めてその名を聞かされた。
「カルフォレックスは軍事拠点です。とうぜん、世界システムにも接続されていました。今しがた、説明したとおり、神眼そのものです。わたくしが思うに、過負荷の原因は膨大な情報の還流です。その根源を探って……」
鉄扉を電気鋸で切断するような不協和音が響いた。ATCが急制動をかけた。現在位置はシェラネバダ山脈直下。異世界軌道は山塊をまっすく貫通して南カリフォルニアに続いている。隧道を抜け、褶曲した山脈をスイッチバックとループを繰り返しながら越えていく。TWXはちょうど美しい渓谷にまたがる鉄橋に差し掛かったところだった。陽の光で輝く水面と線路に黒い影がさした。
「アネット機関手。外套効果を!」
純色がその正体に気付き、とっさに対策を施した。列車はとつじょ闇に包まれ、車窓が明滅する。衝撃が来る前に、台車から軌道に固定杭が打ち込まれる。そして、天地が逆転した。まるで透明な巨人が車両で蹴鞠あそびをしているようだ。
激しい縦揺れは四、五分続いただろうか。運転席のガラスはめちゃくちゃにひび割れて前が見えない。めまいをこらえてジョリーが車外に出てみると、異世界軌道がきれいさっぱり消え失せていた。
「何なんでしょう」
車両はウインナーソーセージのようにねじくれており、赤茶けたクレータに横たわっている。
純色はスカートをめくって、アンダースコートに挟んだカロリーメーターを振りかざした。QCD検出器が振り切れる。
「『憤怒』が充満しているわ。掩蔽壕破壊弾を使ったのね。地盤に対する憎悪がいっぱい」
カロリーメーターを穴の淵に向けると岩肌に人間の顔がいくつも浮かび上がった。どれも穏やかでない。
「外套効果の貫通を狙った攻撃でしょう。幸い外れましたが……硬化目標の貫通となると、位置エネルギーを存分に利用できる大型爆撃機が必要です」
「列車長。心当たりはあるの?」と、純色。
「いいえ。わたしは鉄道屋ですから、そこまでは。ただ、列車は格好の標的ですからね。頭上の脅威に関する基礎知識は学んでます」
「ステイツは異世界航空機の開発途上国よ。試作機があるはず。噂でもなんでもいい。聞いたことはない?」
しつこく食い下がる純色にジョリーが腕組みをしたまま答えた。
「あることにはありますが、根も葉もない噂話です。内緒にしておいてくださいね。あのジョリーがブルってたなんて言われたくない」
「平和創出者のことですか?」
アネットがひょんなことを述べた。彼女はフォートワースの工場へ資材を搬入した経験があり、そこで小耳にはさんだという。
「ええ。XB-58GとかYB-60とか制式番号が付与されているらしく、例の東京急行の当て馬らしいです」
それを聞いた邨埜純色の脳内でパズルピースが一致した。すうっと血の気が引いていき、尿意すら催す。
「す、枢軸日本本土上陸作戦が始まっているなんて、おお! おお!! そんな……」
あまりの恐怖にそれ以上の言葉が出ない。
「学者らしくないですね。もっと冷静沈着であって下さい。フランチェスカ・エフゲニー・ローズバードは対枢軸開戦に消極的でした。後桜鳩女皇とも親密な関係です。そんな彼女が後ろ足で砂をかけるような真似をするでしょうか?」
ジョリーがとりなすと、機関士が代弁した。
「おそらく、これはクーデターです。一枚岩な軍部の箍が外れるとすれば、最高司令官を失ったとしか考えられません。それにピースメーカーは試作機とはいえ、既存技術を流用した改良型です。大東亜共栄圏とまともに遣り合えるとは思えない」
「彼女のいう通りですよ。聞いた話じゃXB-58Gの試作はたった二機とか。それで何ができます?」
列車長の鈍感ぶりに純色はイライラした。
「わからない人たちね! 狙ったのは帝都じゃなくて、わたしたちよ!! カルフォレックスの爆発は陽動だったのよ!!!」
「「――……ッ!?」」
絶句した二人とは裏腹に純色の気持ちは昂っていく。得体の知れない反乱者たちはアライドエクスプレスがよほど邪魔らしい。幸か不幸かその行為によって馬脚を露した。異世界列車を嫌う相手は「リンドバーグの壁」しかいない。するということは、反乱部隊を率いている輩はおのずと絞られる。十中八九、ホワイトハウスだろう。
エフゲニーはとっくに始末されたか、あるいは藤野祥子のようにリンドバーグ・コーリングを体得したに違いない。
「ぐずぐずしてはいられないわ。出発しましょう」
運命量子学者が色めき立った。
「どこへ行くというんです? それにアライドエクスプレスは使い物になりませんよ。根を生やしちまってる」
ジョリーは生ける屍と化した愛車を悲しげにみやる。ALXはしっかりとスパイクを路盤に食い込ませている。台車と車体は不可分だ。解体撤去して敷設工事をやり直さなければならない。
「アネット。時刻表を見せて。サンフランシスコ行きの南加州大洋横断鉄道の最寄り駅はどこかしら」
純色は列車を乗り換える気まんまんだ。カリフォルニアゼファーはステイツ西部を拠点に世界各地へ路線をのばしている。
「わたしは降りますよ。ロングビーチを奇襲するなんて死に行くようなもんだ。殺るなら二人でどうぞ」
ジョリーは列車強盗の誘いをきっぱり断った。
「これはもう戦争なのよ! ステイツだけじゃない。間違いなく陽動に嵌まった枢軸特急も……いいえ。エーデルヴァイス海賊団の子孫すべての命を賭した闘いなの」
邨埜純色はアネットの掌から時刻表を取り上げた。
ステイツ軍は造物主の視点を持ち、偶然すらも支配する頭脳集団だと言われる。その神の目を体現する装置は高抗堪性地球通信だ。
別名、世界システムという。
時代をあまりにも先取りしすぎたため、周りの理解を得られず、異端のレッテルを貼られたあげく、場末の木賃宿で抹殺された男。ニコラ・テスラ。その遺産をフォン・ノイマンが簒奪し、地球規模の意思疎通手段に仕上げた。
テスラが隆盛を極めた当時、各電力会社は送電線の効率化に苦心惨憺していた。電線はそれ自体が電気抵抗の束であり、送電中に発熱として失われる損失があまりに大きかった。そのため一定の距離を超えて電力供給することは不可能だった。
この問題を解決して、どうしても市場を寡占したい。
テスラの願いをかなえたのはステイツ陸軍だった。無線による送電と情報の伝達を一気に実現する機構は「世界システム」と名付けられた。
コード1943の初秋。ステイツ最大の電力株式会社ゼネラルエレクトリックの肝いりでコロラドスプリングスに高さ60メートルの拡大送信機建設された。
周知のとおり地球には地磁気がある。電気を通しやすい帯電体である証拠だ。そして高周波の共鳴効果から莫大な電力を引き出すことが出来る。ウォーデンクリフなその実証実験だった。いわば、地球をくまなく梱包する電気の網があり、これこそが神眼そのものなのだ。
帯電体を制する者は、地球上のありとあらゆる生命体を末梢神経に至るまで支配できる。また、個々の五感を知覚することも可能だ。神経は電流を媒介するのだから。ステイツ軍は陸海空の通信網が壊滅状態に陥った時の保険として、世界システムを温存していた。それは歴代大統領の就任に際しても秘匿され、連邦議会の奥の院で連綿と受け継がれてきた。
その神髄がいま、悪用され、守るべき祖国を蝕んでいる。
■ TWX1369
「世界システムですって?!」
邨埜純色はジョリー列車長から初めてその名を聞かされた。
「カルフォレックスは軍事拠点です。とうぜん、世界システムにも接続されていました。今しがた、説明したとおり、神眼そのものです。わたくしが思うに、過負荷の原因は膨大な情報の還流です。その根源を探って……」
鉄扉を電気鋸で切断するような不協和音が響いた。ATCが急制動をかけた。現在位置はシェラネバダ山脈直下。異世界軌道は山塊をまっすく貫通して南カリフォルニアに続いている。隧道を抜け、褶曲した山脈をスイッチバックとループを繰り返しながら越えていく。TWXはちょうど美しい渓谷にまたがる鉄橋に差し掛かったところだった。陽の光で輝く水面と線路に黒い影がさした。
「アネット機関手。外套効果を!」
純色がその正体に気付き、とっさに対策を施した。列車はとつじょ闇に包まれ、車窓が明滅する。衝撃が来る前に、台車から軌道に固定杭が打ち込まれる。そして、天地が逆転した。まるで透明な巨人が車両で蹴鞠あそびをしているようだ。
激しい縦揺れは四、五分続いただろうか。運転席のガラスはめちゃくちゃにひび割れて前が見えない。めまいをこらえてジョリーが車外に出てみると、異世界軌道がきれいさっぱり消え失せていた。
「何なんでしょう」
車両はウインナーソーセージのようにねじくれており、赤茶けたクレータに横たわっている。
純色はスカートをめくって、アンダースコートに挟んだカロリーメーターを振りかざした。QCD検出器が振り切れる。
「『憤怒』が充満しているわ。掩蔽壕破壊弾を使ったのね。地盤に対する憎悪がいっぱい」
カロリーメーターを穴の淵に向けると岩肌に人間の顔がいくつも浮かび上がった。どれも穏やかでない。
「外套効果の貫通を狙った攻撃でしょう。幸い外れましたが……硬化目標の貫通となると、位置エネルギーを存分に利用できる大型爆撃機が必要です」
「列車長。心当たりはあるの?」と、純色。
「いいえ。わたしは鉄道屋ですから、そこまでは。ただ、列車は格好の標的ですからね。頭上の脅威に関する基礎知識は学んでます」
「ステイツは異世界航空機の開発途上国よ。試作機があるはず。噂でもなんでもいい。聞いたことはない?」
しつこく食い下がる純色にジョリーが腕組みをしたまま答えた。
「あることにはありますが、根も葉もない噂話です。内緒にしておいてくださいね。あのジョリーがブルってたなんて言われたくない」
「平和創出者のことですか?」
アネットがひょんなことを述べた。彼女はフォートワースの工場へ資材を搬入した経験があり、そこで小耳にはさんだという。
「ええ。XB-58GとかYB-60とか制式番号が付与されているらしく、例の東京急行の当て馬らしいです」
それを聞いた邨埜純色の脳内でパズルピースが一致した。すうっと血の気が引いていき、尿意すら催す。
「す、枢軸日本本土上陸作戦が始まっているなんて、おお! おお!! そんな……」
あまりの恐怖にそれ以上の言葉が出ない。
「学者らしくないですね。もっと冷静沈着であって下さい。フランチェスカ・エフゲニー・ローズバードは対枢軸開戦に消極的でした。後桜鳩女皇とも親密な関係です。そんな彼女が後ろ足で砂をかけるような真似をするでしょうか?」
ジョリーがとりなすと、機関士が代弁した。
「おそらく、これはクーデターです。一枚岩な軍部の箍が外れるとすれば、最高司令官を失ったとしか考えられません。それにピースメーカーは試作機とはいえ、既存技術を流用した改良型です。大東亜共栄圏とまともに遣り合えるとは思えない」
「彼女のいう通りですよ。聞いた話じゃXB-58Gの試作はたった二機とか。それで何ができます?」
列車長の鈍感ぶりに純色はイライラした。
「わからない人たちね! 狙ったのは帝都じゃなくて、わたしたちよ!! カルフォレックスの爆発は陽動だったのよ!!!」
「「――……ッ!?」」
絶句した二人とは裏腹に純色の気持ちは昂っていく。得体の知れない反乱者たちはアライドエクスプレスがよほど邪魔らしい。幸か不幸かその行為によって馬脚を露した。異世界列車を嫌う相手は「リンドバーグの壁」しかいない。するということは、反乱部隊を率いている輩はおのずと絞られる。十中八九、ホワイトハウスだろう。
エフゲニーはとっくに始末されたか、あるいは藤野祥子のようにリンドバーグ・コーリングを体得したに違いない。
「ぐずぐずしてはいられないわ。出発しましょう」
運命量子学者が色めき立った。
「どこへ行くというんです? それにアライドエクスプレスは使い物になりませんよ。根を生やしちまってる」
ジョリーは生ける屍と化した愛車を悲しげにみやる。ALXはしっかりとスパイクを路盤に食い込ませている。台車と車体は不可分だ。解体撤去して敷設工事をやり直さなければならない。
「アネット。時刻表を見せて。サンフランシスコ行きの南加州大洋横断鉄道の最寄り駅はどこかしら」
純色は列車を乗り換える気まんまんだ。カリフォルニアゼファーはステイツ西部を拠点に世界各地へ路線をのばしている。
「わたしは降りますよ。ロングビーチを奇襲するなんて死に行くようなもんだ。殺るなら二人でどうぞ」
ジョリーは列車強盗の誘いをきっぱり断った。
「これはもう戦争なのよ! ステイツだけじゃない。間違いなく陽動に嵌まった枢軸特急も……いいえ。エーデルヴァイス海賊団の子孫すべての命を賭した闘いなの」
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