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彗星発、永劫回帰線(マーサズ・ヴィニャード・ブレイクスルー・スターショット)⑯ ハヴァロフスクの蒸気魔

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 ■ 九十四式装甲列車

 突然、巨大な轟音と共に大量の土砂に巻き込まれた。レールが飴のように曲がり、崩落する地盤に車両が飲み込まれていく。ねじくれた貨車の陰から奇妙な飛行物体が飛び出した。それは第二次世界大戦で活躍したレシプロ戦闘機のように見える。機首に二枚のプロペラがついており空冷星型エンジンにつながっている。胴体の左右には主翼のかわりに支柱が垂直に張り出していて、先端でファンが回っている。

 フォッケウルフFw61 ナチスドイツが世界で最初に開発した実戦用ヘリコプターでだ。マドレーヌは乗員とネルグイの殆どを犠牲にすることで難を逃れた。

 装甲列車は亀裂に沈み、段ボール箱を握りつぶすように大破した。量子発動機が押し寄せる理不尽に対して爆風で応えた。吹き出た炎は躊躇なく残骸を焼き尽し、生存者を一人残らず地獄へ叩きおとした。
 マドレーヌは背中にわずかな熱波を感じたが。衝撃波がくる前に機体を雲海に浮かべた。巻雲の切れ目から見えるシビー・ハーンから文明の痕跡が払拭されていた。
 フォッケウルフの進路上にマンレイの村が見えてきた。ハイパー核を呼び覚ます鍵がそこに埋まっている。

 乾いた大地は茜色に燃え立ち、フォッケウルフがみるみるうちに夕焼け色に染まる。機体が尾根を越えたとき、太陽の輪郭が地平線からきえた。原始の闇に包まれたかと思えば、饒舌な星座物語が幕をあけた。地平線から天頂まで一面の世界で雄大な銀河が恒星を押し流していく。

 マドレーヌが幾星霜の輝きに浴していると、星の光が一つながりになって、夜空に罫線を引いた。どことなく蜂狩市の夜景を思い出させる。鳴き砂だ。珪酸ガラスがチェレンコフ放射で輝いている。山盛りの蛍を夜道にぶちまけたようだ。青白い光が騒々しい。

 こうしてみると、フォッケウルフは光芒の海に浮かぶ小舟のようだ。めくるめく世界にマドレーヌは幻惑された。このまま使命をすっかり忘れて、心地よい造形美に溺れてしまいたい。

 しかし、現実には神智学と科学が織りなす超高速演算の賜物だ。ビーンスタークがゴビ砂漠一帯に冠状病毒を蒔き散らかし、鳴き砂のバックアップを受けて、人類の時間軸を総決算している。
 やがて星明りが世界の主柱を照らし出した。ビーンスタークの幹が見えてきた。枢軸軍から簒奪したセルロースナノファイバーを外殻にして、電離層に達しようとしている。

 さながら北欧神話に登場する宇宙樹だ。それは枝のかわりに稲妻を大空いっぱいに茂らせている。網の目のような電流の向こうに天龍が寝そべっている。両端は東西の地平線に届いている。
 フォッケウルフの右舷でショッキングピンクの走査線が揺らめいた。行間が狭まって人の形をとる。

「藤野祥子の打ち上げはいつになったら整うの?」
 川端エリスはプリントアウトされるなり、詰め寄った。


「まだまだ定格に達してないの。打ち上げに必要な出力を得るには、ハイパー核が必要」
 マドレーヌは焦らすようにいう。エリスは引き伸ばし工作かと勘繰ったが、カロリーメーターの測定結果に偽りはなかった。

 半分だけ事実だ。マドレーヌはみすみす宇宙人に協力するつもりはない。連合国(ステイツ)がネフィリムと関係していると知って、考えが変わった。人類が滅亡――熱力学第二法則に抗う為には外来文明の手助けが必要だと思っていた。だが、教えを乞うべき相手は分裂している。どのような経緯があってか、高度知能集団は地球の奥底に棲まう勢力といがみ合っているらしい。それでは白黒つくまで様子を見るしかない。懐疑派は猜疑心あっての懐疑派だ。マドレーヌは袂を分かつ決心を固めつつあった。

 懐疑派が独力で活動を続けるためには資本が必要だ。宇宙人どもがレーザー照射の燃料にしようとしているハイパー核はゴビ砂漠に埋まっている。

 奴らが藤野祥子を弾丸にしてネフィリムの故郷を叩く前に、ハイパー核を発掘せねばならない。エルフリーデ大総統の宇宙人焼尽計画を乗っ取って、ビーンスタークを掌握したまではよかった。次は出力の大半をハイパー核の発掘に振り向けねばならない。
 どうしたものか。

「黙りこくって何を考えてるの? どうせよからぬ事を企んでいるんでしょうけど……」
 川端エリスが探ろうとした時、フォッケウルフの無線機が鳴った。
「連合の戦闘列車がウランスハイに接近しています」

 のっぴきならない事態にエリスは踵を返した。

「命拾いしたわね。そのうち尻尾を掴んでやるから!」
 走査線がエリスを有機体分子に還元していった。

 ■ ハヴァロフスク ピロビジャン近郊のヤズフヌイ空軍基地

 枢軸国空軍が制圧した滑走路には魔改造雀蜂(ウェスペ)が翼を休めていた。車止めブロックが外され、ジェットエンジンに高圧コンプレッサーが接続される。
 ネコ目の女がブロンド髪をかきあげた。
「……仕方がない。うん。どうやら魔女飛行隊の出番が来たようだ」

 ポーランド人女性はドイツ女ほど陣頭指揮を取りたがらない。しかし、寄り添う場合はこの上ない献身ぶりを発揮するという。PSKの制服に身を固めた司令官は傍らの女性に腕を絡ませた。

「君の操縦桿に命運がかかっているのだよ。無事に帰ってきたらカレーをご馳走しよう」

「わ、わたしはグヤーシュがどちらかと言えば好きなのですが。仕込みには時間がかかります。それに雀蜂を遣わすことはかえって、あの方を侮辱することになるのでは?」

 編隊長は及び腰だ。魔女飛行隊は教導飛行隊から改編されたばかりで、どの娘も一騎当千にほど遠い。
 司令官は隊長の忠告など馬耳東風だ。

「閣下のありがたいお言葉を教えてやろう。メモしておきたまえよ、君。 Vorwärts immer, rückwärts nimmer(ぜんしんあるのみ)だよ」

「しかし! ファイスト中佐。貴重な輸送機(ムリヤ)を砲火に晒すわけには」

 女は心配そうに誘導路のムリヤを見やる。唯一無二の超大型輸送機は重たい量子工作機械を満載している。
 ポーランド自由軍中佐ゾーニャ・ファイストは隊長の懸念をばっさり切り捨てた。
「これは命令だ」
「……ヤヴォール・は~とれ~」
 飛行隊長は嫌々ながら従った。


 ■ とある異世界

 だだっ広い荒漠に軽快なピアノが鳴りわたっている。その一角に金属の林が揺れている。大きく振り上げたアームが星空を遮っている。ショパンのポロネーズ第六番イ短調に合わせて首を振る様は、この世の物とは思えない。
「大きくアームを振り上げて掘削の運動~。はいっ♪」
 洗いざらしの丸首シャツに濃紺ブルマ姿のハーベルト。紅白のハチマキをきりりと巻いて、重機の上で笛を吹く。
「今度は首ふり♪ あいん、どらいん♪」
 ブンブンとパワーショベルが旋回する。
「い~わよ~~。その調子♪」
 ハーベルトが手を叩くとピアノが止んだ。運転席から体操服姿のドイッチェラント娘たちが降りてきた。丸首シャツがレオタードに張り付き、黒いスクール水着が透けて見える。
「はぁ……はぁ……。こんなの蟷螂の斧ですよ」
「そろそろ、時間のようね」
 ハウゼル列車長が少女の泣き言など聞いていないという風に腕時計を提示した。
 ハーベルトはうなづくと、撤収とTWX1369の出発準備を命じた。

 ■ ウランスハイ沿岸

 巨大な淡水湖に根ざした宇宙樹は根本から崩れ去ろうとしている。向こう岸では魔改造F-18ウェスペと連合国空軍機が共同で空爆を行っている。緑化プロジェクトチームが丹精込めて育て上げた多肉植物が燃料気化爆弾の炎で灰燼に帰す。すると、湖の中心部にそびえ立つ巨大樹がビリビリと震えた。

 ドイッチェラント工兵部隊がバヤンノール空港を拡張し、爆弾槽を空にした機体が次々と舞い戻ってくる。その向こう側に始祖露西亜(オーソロシア)製AN-255ムリヤ航空輸送機の巨躯があった。重機と乗員を途切れることなく運んでいる。

 異世界時間差を利用して厳しい修行を終えた作戦要員たちだ。
「こんなところでまたお会いできるとは思いませんでした」
 望萌は少しはにかんだ様子で自由軍中佐を迎えた。

「Vorwärts immer, rückwärts nimmerを実践した結果だ。それに君のブルマはギャザーがよれてしまっているようだ」

 彼女は元妻のスカートをめくると、しげしげと見入った。
「ひゃん※ 恥ずかしいです」
「大東亜共栄圏にはモトサヤという格言があるそうだ。うん。これは予定調和説で説明できるのではないかね」
 中佐は望萌の背中に手を回すと、ひしと抱き寄せた。
「わたしがダメ元で世界の壁を掘削したんです。そうしたら、ダイマー共有感覚があなたにつながりました」
 ゾーニャは二人の間を取り持ってくれたパワーショベルを見やる。キリンの首よりも長いブームに赤い糸が絡みついているようだ。

「うん。これは必然だよ」
 ヒシと抱擁する二人にハーベルトは歯ぎしりした。
「ああああああ。望萌。裏切者ぉぉ。結婚していたんだあ~。よりによって中佐ぁああ」
「お知合いなんですか?」
 ハウゼル列車長が興味津々に尋ねる。

「知り合いも何もあいつはハヴァロフスクの蒸気魔と呼ばれた女よ~」

 ハーベルトはあまり触れてほしくないらしく、憤懣の矛先をビーンスタークに向けた。
 油圧ショベルとかパワーショベルとか一般的に呼ばれているが、正式名称は機械鍬(バックホウ)だ。作業する部分が人間の上腕のよう伸びていて、大きく三つに分かれる。先端から前籠(バケット)、アーム、ブームと呼ばれている。

 それぞれが人間の腕に対応している。動力は蒸気だ。量子ブラックホールが物質を吸い込む際に排出するホーキング輻射熱で蒸気タービンを回している。

 カラカラに干上がった淡水湖ウランスハイ。鱗のようにひび割れた湖底を無数のキャタピラが踏みにじる。前方に心なしか萎れた幹がそびえ立っている。すでに放電は停止している。
 まずは望萌とファイスト中佐のバックホウが先陣を切る。サスペンションを軋ませながらハーベルトの臼砲が続く。その周囲を護衛のバックホウが並走する。触手が襲い掛かる前にハーベルトは榴弾で畳みかけた。
 ビーンスタークの根元に口径60センチの重ペトン弾が突き刺さった。それは2・5メートルのコンクリートを貫通できる。
 自走臼砲の頭部に蛇のような生物が落ちてきた。

「先手必勝?!」

 望萌は目を見張った。触手が独立して襲撃してくる。どうにもこうにも必死になって抗っている様子だ。
 蒸気ショベルが鎌首をもたげる。
「望萌、そっちだ!」
 ファイストがアームで触手を張り倒せば、望萌がバケットを突き立てる。アームの先は変幻自在で、ドリル型のアタッチメントに化けたり、鋭い刃に早変わりする。
「中佐、うしろうしろ」

 ハーベルトが蒸気バックホウ背後の触手を吹き飛ばす。ファイストは手慣れたもので、アームの曲げ伸ばしで触手を軽くいなす。
 宙を舞う触手を望萌のブームが肘鉄する。弾かれた触手は最寄りのバックホウに絡みつこうとするが、別の車両が割って入る。

 三位一体の攻撃が実って、遂に宇宙樹は傾き始めた。
「ビーンスタークが倒れます」
「総員退却」
 ファイスト中佐が撤退命令を出した、その時……
 自走臼砲の運転席に走査線が揺らめいた。
「エリス?!」
 ハーベルトは宇宙人の亡霊から己の窮地を告げられた。
「お前の負けよ」

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