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黒死病鳥の畔(シュワニーシー)(1) 鷹のフィニスト
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■ 鷹のフィニスト
いつも通り緞帳があがると上下左右から好奇心が降り注ぐ。ニキータは赤い裏地が床を離れる前から緊張感がみなぎっている。
声帯は別だ。初夏の高山で深呼吸するように肺胞まで澄み切っている。出だしが出落ちになってはシャレにならない。しかもこけら落としだ。座長の面目を潰したくない。
『さぁ、イントロをリードするのよ、わたし』。彼女は高まる鼓動を躍動に変え、管弦楽を引き連れて、恋の歌でホールを満たした。
第一幕を無事にやり遂げたあとニキータは崩れるようにステージステップを降りた。ふわりと金髪が肩に落ちる。喝采の波打ち際で彼女は高揚した踊り子たちに揉まれた。
「素敵だったわ。ニキータ♪」
「ありがと」
「最ッ高よ☆」
「自己評価は80点ってとこ」
彼女は素っ気なく答えながら頭の中で台本をめくっていた。『白後家蜘蛛』の舞台は並みいるライバルを蹴散らしてようやく勝ち取った主役だ。些細な躓きで手放すわけにはいかない。それは人生劇場の前座に過ぎないのだから。千秋楽の翌週にはブロードウェーにつながるオーディションがある。『白い黒死鳥』は座長の野心作だ。
ニキータは母の後ろ姿を思い浮かべ、まっすぐにステージを見据えた。
『女が階段を上がるときは自分の肉体を咲かせる時だ』。娼婦だった母親は女手一つでニキータを育て上げ、ことあるごとにそんな成句を言い聞かせた。女の敵は女というが、御多分に漏れず、彼女も同輩たちから敵視されている。案の定、ニキータが控室に戻ると姿見にでかでかとルージュが塗りたくってあった。
ANWH
「ちょっとぉ! あたしの勝手に!! 誰なの? ぶっ殺すよ!!!」
ニキータは人の気配を察してクローゼットを蹴り飛ばした。主役級の個室は生体認証で厳重に施錠されており、座長であろうと容易に入れない。
魂が抜けたように空の収納棚が倒れ、ぱかっと扉が開いた。天井裏を乾いた音が走り回る。いや、壁や柱やニキータの足元を駆け巡った。
「な、何なのよ……?! 小娘じゃあるまいし!! くだらない玩具であたしを脅そうなんて十年遅いんだからねッ!」
気丈なニキータが恫喝すると、お返しとばかりに背筋を凍らせる現象が起きた。
バサバサと鳥の羽根が降ってきたのだ。
「ひぁ……」
凝固した踊り子の背後に全裸の女が降臨した。背中にとび色の翼を背負っている。
「貴女が病鳥の浅瀬を狙っているんだって? ふぅん。どんな大女優かと思えば、拍子抜けしちゃうわ」
背が高くて肉付きのいいお高くとまった感じの貴婦人が大根役者を徹底的にこき下ろした。
「物にはすべて程度というものがあるわ。いきなり現れて何様のつもり?」
ニキータは出待ちする客に神対応することでファンの好感度を維持してきたが、彼女も人の子であった。
「あたしは鷹のフィニスト。貴女、シャルルとウッフン♡な関係になりたいんでしょ?」
闖入者は無遠慮な質問を投げかけてきた。だが、それはニキータの図星を指すものであり、野望の里程標でもあった。それでも彼女だってデリカシーというものがある。にべもなく否定した。「いいえ! ゴシップ記者か何かのコスプレなら出てって! 売春宿でしおらしく腰でも振ってれば?」
フィニストは燃えるニキータの瞳に真意の炎を見出した。有無を言わせず抱き寄せ強引に唇を重ねる。
「ちょ、ちょ……むぐ! あふ♡」
「ニキ~タ。いい娘だからあたしと契約なさい。悪いようにしないわ。次期主役も、いいえ、その次もずっと貴女のもの」
フィニストの指先がニキータのパニエを這う。
「……シャルルもね」
人差し指がパニエの下の下履をさぐりあてた。
「あん♡」
踊り子と鷹の娘は甘美のロンドを舞い始めた。
オーストラリア シドニー上空。革新的な建築物が異彩を放っている。白い貝殻を模した大屋根にはスウェーデン特産の陶器が百万枚以上も曲線を形づくっている。その名画にも劣らない優美さが紺色の海と一大パノラマを成している。世界最大級のパイプオルガンがオペラハウスの威容を絶賛している。その遥か虚空、三万三千メートルに不可視の怪鳥が翻る。
『こちら、歩哨1919。最高司令部へ。鷹は舞い降りた。繰り返す。鷹は舞い降りた』
『ヘッドクォーターより歩哨へ。病んだ鳥をしかるべき場所に導かれたし』
『センチネル了解。善導します』
電磁気的にも光学的にも透明な鳥は伏兵に必要な位置情報を授けた。オペラハウスの周囲に黒煙があがり、銃撃戦が始まった。
■ 一年十三組
マンモス中学校という死語がある。鵜匠中学に限らずたいていの義務教育校は一学年に四十人定員のクラスが十組以上もあって、全校生徒は千人を軽く超える。高度経済成長期のベビーブームが生んだ仇花だ。おかげで全校集会などまず開催は不可能。学年別朝礼ですら週二回に分けて行わねばならない。
十三組の担任である荒井風吹はハーベルトと双子ではないかと思うほど似ていた。彼女は校長に続いてお立ち台の上で藤野祥子の事情説明を強いられている。教室の窓から自殺未遂を図った祥子は、またもや学校を抜け出して河原で死に場所を探しているところを警察に保護された。そう説明している。責任は生徒本人でなく家庭を破壊したヤクザにあるので虐めないように、と校長が釘を刺した。そうは言っても祥子自身はどの面を下げて登校すればいいのだ。彼女が学校を休んで二週間になる。
もっとも彼女自身、出席したくてもできない事情があった。二度にわたる自殺未遂と深夜徘徊。児童相談所が黙っていない。格子窓の内側で祥子は漂白された日々を送っていた。開かずの扉が開かれた。閉鎖病棟の廊下に彼女は懐かしい顔を見つけた。
「ハーベルト?!」
呼びかけられた相手は返事をせず、顔を曇らせた。
「……祥子さんね? 担任の荒井です」
そっくりさんがペコリと頭を下げる。
「先生?」
祥子はぷいっと顔を背けた。担任はあの手この手で学校生活の楽しさを伝えようとするのだが、祥子は遠い目をしたままだ。荒井はあきらめた様子で「何に心を奪われているの」とたずねた。
「ふぅん。そのハーベルトという女の子にはどこで会えるの? ドッペルゲンガーって知ってる? 先生はね、こういう本を購読しているの」
担任は自分のそっくりさんが存在することに興味を持ったらしく、ショルダーバッグから一冊の雑誌を取り出した。
「月刊ゴンドワナ? 欧文社のオカルト雑誌じゃないですか。だいたい、教師の読むものじゃないでしょう」
教職者は聖人視されていた時代だ。正しい知識を教える側が眉唾物に傾倒するなど大問題になるだろう。祥子は平然と諭した。
「いーじゃない! わたしは大学で超心理学を学んだのよ」 風吹は超常現象はれっきとした学問であり、件の雑誌は教科書会社から出版されていると強弁した。
「じゃあ、信じてくれるんですね」
祥子は経験したことを洗いざらい喋った。乗務員は障害要因を徹底排除せねばならない。しかし風吹に秘密を明かすことが運行の妨げになるとは思えない。
「へ~毎週木曜日の十六時四十四分。常園駅の十三番ホームから特急が来るのね」
担任は幽霊の正体見たり枯れ尾花を実践しようと目を輝かせている。
「先生、無資格者は乗れませんよ」
祥子はお仕着せのジャージをずらして濃紺ブルマとパンティーに挟んだ定期券を取り出した。徹底した身体検査のあと所持品を下着まで取り上げられ新品の着替えを与えられた。だが、なぜか枢軸特急の定期券が折りたたんだブルマに紛れ込んでいたのだ。
「入場券でお見送りはできるわよね」
あすの木曜日に風吹がこっそりと見学に来るという。
「やだ、先生。追いてこないでよ。見つかったら貴女を殺さなきゃいけない」
「女の子でしょ。物騒なことはいわないで」
「ボクはオトコです」
祥子は嫌そうな顔をした。
その夜遅く、消灯後にハーベルトが枕元に立ったのだ。彼女はしっかりと地に足をつけてこう言った。「貴女をここに閉じ込めている間に戦況が大きく変わったわ。実戦投入よ。明日はこれを着てちょうだい」
言い終えると祥子のジャージがパンティごと裂けた。
「ひゃん☆」
身じろぎする彼女の前にひらひらと薄っぺらい衣装が着地する。ペラペラのレオタードにスカートとは名ばかりの腰帯がついている。顔を赤らめつつ、そそくさと裸身を見慣れない服に滑り込ませる。「何なんですか。これは?」
「外套の追加オプション。踊り子の衣装よ。体操服の下に着てちょうだい」
「踊りって……踊るような場所へ行くんですか?」
キョトンとする祥子にハーベルトがうなづく。
「ボクが?」
こくこく。
「踊る?」
こくこく。
「いやだ。なんでボクがバレリーナみたいなこと……」
祥子が愚痴っていると巡回の看護婦が入ってきた。
「駄目でしょう。祥子さん! って、あなた、何をしているの? こんな服、どこから?」
彼女はチュチュ姿の祥子を叱りつけた。
「だって、ハーベルトさんが……あれ?」
「また”ハーベルト”さん? 担任の先生がそんなに恋しいのなら退院なさい。院長先生を呼んできます」
看護婦はスタスタとナースステーションへ走り去った。白衣から半月状に透けて見えるデカパンがエロい。
翌朝、祥子は病院から放り出された。荒井が持ってきたスカートに足を通し、セーラー服のスカーフを結んでしぶしぶ登校した。
とある異世界――
夜のとばりよりも濃い水面にオレンジ色の炎がチロチロと揺れていた。輸送トラックの隊列はタイヤを上にして緩慢な死を迎えつつある。
「こちらシュワニーシー先遣隊。援助物資がやられた。至急、救援をこう。誰か助けてくれ! ぐわっ!!」
鼻筋の通った美人がガックリと地面に頽れる。地面にトランシーバーが転がり、どす黒い血だまりが広がっていく。
「部隊556。どうした?! 部隊556。応答せよ! 聞こえているか? 保線区武装司令部から援軍をやる。持ちこたえろ。聞こえているか?!」
がなり立てる無線機を鳥の足が掴んだ。
いつも通り緞帳があがると上下左右から好奇心が降り注ぐ。ニキータは赤い裏地が床を離れる前から緊張感がみなぎっている。
声帯は別だ。初夏の高山で深呼吸するように肺胞まで澄み切っている。出だしが出落ちになってはシャレにならない。しかもこけら落としだ。座長の面目を潰したくない。
『さぁ、イントロをリードするのよ、わたし』。彼女は高まる鼓動を躍動に変え、管弦楽を引き連れて、恋の歌でホールを満たした。
第一幕を無事にやり遂げたあとニキータは崩れるようにステージステップを降りた。ふわりと金髪が肩に落ちる。喝采の波打ち際で彼女は高揚した踊り子たちに揉まれた。
「素敵だったわ。ニキータ♪」
「ありがと」
「最ッ高よ☆」
「自己評価は80点ってとこ」
彼女は素っ気なく答えながら頭の中で台本をめくっていた。『白後家蜘蛛』の舞台は並みいるライバルを蹴散らしてようやく勝ち取った主役だ。些細な躓きで手放すわけにはいかない。それは人生劇場の前座に過ぎないのだから。千秋楽の翌週にはブロードウェーにつながるオーディションがある。『白い黒死鳥』は座長の野心作だ。
ニキータは母の後ろ姿を思い浮かべ、まっすぐにステージを見据えた。
『女が階段を上がるときは自分の肉体を咲かせる時だ』。娼婦だった母親は女手一つでニキータを育て上げ、ことあるごとにそんな成句を言い聞かせた。女の敵は女というが、御多分に漏れず、彼女も同輩たちから敵視されている。案の定、ニキータが控室に戻ると姿見にでかでかとルージュが塗りたくってあった。
ANWH
「ちょっとぉ! あたしの勝手に!! 誰なの? ぶっ殺すよ!!!」
ニキータは人の気配を察してクローゼットを蹴り飛ばした。主役級の個室は生体認証で厳重に施錠されており、座長であろうと容易に入れない。
魂が抜けたように空の収納棚が倒れ、ぱかっと扉が開いた。天井裏を乾いた音が走り回る。いや、壁や柱やニキータの足元を駆け巡った。
「な、何なのよ……?! 小娘じゃあるまいし!! くだらない玩具であたしを脅そうなんて十年遅いんだからねッ!」
気丈なニキータが恫喝すると、お返しとばかりに背筋を凍らせる現象が起きた。
バサバサと鳥の羽根が降ってきたのだ。
「ひぁ……」
凝固した踊り子の背後に全裸の女が降臨した。背中にとび色の翼を背負っている。
「貴女が病鳥の浅瀬を狙っているんだって? ふぅん。どんな大女優かと思えば、拍子抜けしちゃうわ」
背が高くて肉付きのいいお高くとまった感じの貴婦人が大根役者を徹底的にこき下ろした。
「物にはすべて程度というものがあるわ。いきなり現れて何様のつもり?」
ニキータは出待ちする客に神対応することでファンの好感度を維持してきたが、彼女も人の子であった。
「あたしは鷹のフィニスト。貴女、シャルルとウッフン♡な関係になりたいんでしょ?」
闖入者は無遠慮な質問を投げかけてきた。だが、それはニキータの図星を指すものであり、野望の里程標でもあった。それでも彼女だってデリカシーというものがある。にべもなく否定した。「いいえ! ゴシップ記者か何かのコスプレなら出てって! 売春宿でしおらしく腰でも振ってれば?」
フィニストは燃えるニキータの瞳に真意の炎を見出した。有無を言わせず抱き寄せ強引に唇を重ねる。
「ちょ、ちょ……むぐ! あふ♡」
「ニキ~タ。いい娘だからあたしと契約なさい。悪いようにしないわ。次期主役も、いいえ、その次もずっと貴女のもの」
フィニストの指先がニキータのパニエを這う。
「……シャルルもね」
人差し指がパニエの下の下履をさぐりあてた。
「あん♡」
踊り子と鷹の娘は甘美のロンドを舞い始めた。
オーストラリア シドニー上空。革新的な建築物が異彩を放っている。白い貝殻を模した大屋根にはスウェーデン特産の陶器が百万枚以上も曲線を形づくっている。その名画にも劣らない優美さが紺色の海と一大パノラマを成している。世界最大級のパイプオルガンがオペラハウスの威容を絶賛している。その遥か虚空、三万三千メートルに不可視の怪鳥が翻る。
『こちら、歩哨1919。最高司令部へ。鷹は舞い降りた。繰り返す。鷹は舞い降りた』
『ヘッドクォーターより歩哨へ。病んだ鳥をしかるべき場所に導かれたし』
『センチネル了解。善導します』
電磁気的にも光学的にも透明な鳥は伏兵に必要な位置情報を授けた。オペラハウスの周囲に黒煙があがり、銃撃戦が始まった。
■ 一年十三組
マンモス中学校という死語がある。鵜匠中学に限らずたいていの義務教育校は一学年に四十人定員のクラスが十組以上もあって、全校生徒は千人を軽く超える。高度経済成長期のベビーブームが生んだ仇花だ。おかげで全校集会などまず開催は不可能。学年別朝礼ですら週二回に分けて行わねばならない。
十三組の担任である荒井風吹はハーベルトと双子ではないかと思うほど似ていた。彼女は校長に続いてお立ち台の上で藤野祥子の事情説明を強いられている。教室の窓から自殺未遂を図った祥子は、またもや学校を抜け出して河原で死に場所を探しているところを警察に保護された。そう説明している。責任は生徒本人でなく家庭を破壊したヤクザにあるので虐めないように、と校長が釘を刺した。そうは言っても祥子自身はどの面を下げて登校すればいいのだ。彼女が学校を休んで二週間になる。
もっとも彼女自身、出席したくてもできない事情があった。二度にわたる自殺未遂と深夜徘徊。児童相談所が黙っていない。格子窓の内側で祥子は漂白された日々を送っていた。開かずの扉が開かれた。閉鎖病棟の廊下に彼女は懐かしい顔を見つけた。
「ハーベルト?!」
呼びかけられた相手は返事をせず、顔を曇らせた。
「……祥子さんね? 担任の荒井です」
そっくりさんがペコリと頭を下げる。
「先生?」
祥子はぷいっと顔を背けた。担任はあの手この手で学校生活の楽しさを伝えようとするのだが、祥子は遠い目をしたままだ。荒井はあきらめた様子で「何に心を奪われているの」とたずねた。
「ふぅん。そのハーベルトという女の子にはどこで会えるの? ドッペルゲンガーって知ってる? 先生はね、こういう本を購読しているの」
担任は自分のそっくりさんが存在することに興味を持ったらしく、ショルダーバッグから一冊の雑誌を取り出した。
「月刊ゴンドワナ? 欧文社のオカルト雑誌じゃないですか。だいたい、教師の読むものじゃないでしょう」
教職者は聖人視されていた時代だ。正しい知識を教える側が眉唾物に傾倒するなど大問題になるだろう。祥子は平然と諭した。
「いーじゃない! わたしは大学で超心理学を学んだのよ」 風吹は超常現象はれっきとした学問であり、件の雑誌は教科書会社から出版されていると強弁した。
「じゃあ、信じてくれるんですね」
祥子は経験したことを洗いざらい喋った。乗務員は障害要因を徹底排除せねばならない。しかし風吹に秘密を明かすことが運行の妨げになるとは思えない。
「へ~毎週木曜日の十六時四十四分。常園駅の十三番ホームから特急が来るのね」
担任は幽霊の正体見たり枯れ尾花を実践しようと目を輝かせている。
「先生、無資格者は乗れませんよ」
祥子はお仕着せのジャージをずらして濃紺ブルマとパンティーに挟んだ定期券を取り出した。徹底した身体検査のあと所持品を下着まで取り上げられ新品の着替えを与えられた。だが、なぜか枢軸特急の定期券が折りたたんだブルマに紛れ込んでいたのだ。
「入場券でお見送りはできるわよね」
あすの木曜日に風吹がこっそりと見学に来るという。
「やだ、先生。追いてこないでよ。見つかったら貴女を殺さなきゃいけない」
「女の子でしょ。物騒なことはいわないで」
「ボクはオトコです」
祥子は嫌そうな顔をした。
その夜遅く、消灯後にハーベルトが枕元に立ったのだ。彼女はしっかりと地に足をつけてこう言った。「貴女をここに閉じ込めている間に戦況が大きく変わったわ。実戦投入よ。明日はこれを着てちょうだい」
言い終えると祥子のジャージがパンティごと裂けた。
「ひゃん☆」
身じろぎする彼女の前にひらひらと薄っぺらい衣装が着地する。ペラペラのレオタードにスカートとは名ばかりの腰帯がついている。顔を赤らめつつ、そそくさと裸身を見慣れない服に滑り込ませる。「何なんですか。これは?」
「外套の追加オプション。踊り子の衣装よ。体操服の下に着てちょうだい」
「踊りって……踊るような場所へ行くんですか?」
キョトンとする祥子にハーベルトがうなづく。
「ボクが?」
こくこく。
「踊る?」
こくこく。
「いやだ。なんでボクがバレリーナみたいなこと……」
祥子が愚痴っていると巡回の看護婦が入ってきた。
「駄目でしょう。祥子さん! って、あなた、何をしているの? こんな服、どこから?」
彼女はチュチュ姿の祥子を叱りつけた。
「だって、ハーベルトさんが……あれ?」
「また”ハーベルト”さん? 担任の先生がそんなに恋しいのなら退院なさい。院長先生を呼んできます」
看護婦はスタスタとナースステーションへ走り去った。白衣から半月状に透けて見えるデカパンがエロい。
翌朝、祥子は病院から放り出された。荒井が持ってきたスカートに足を通し、セーラー服のスカーフを結んでしぶしぶ登校した。
とある異世界――
夜のとばりよりも濃い水面にオレンジ色の炎がチロチロと揺れていた。輸送トラックの隊列はタイヤを上にして緩慢な死を迎えつつある。
「こちらシュワニーシー先遣隊。援助物資がやられた。至急、救援をこう。誰か助けてくれ! ぐわっ!!」
鼻筋の通った美人がガックリと地面に頽れる。地面にトランシーバーが転がり、どす黒い血だまりが広がっていく。
「部隊556。どうした?! 部隊556。応答せよ! 聞こえているか? 保線区武装司令部から援軍をやる。持ちこたえろ。聞こえているか?!」
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