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元禄時空人(ヒューダルロード・サバイヴァー)(3) XF-85 Goblin VS LZ-17 Hanza

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 立ち昇る雲はテーブル台地に王冠を乗せている。その何者も寄せ付けない偉容はちっぽけな人間が断崖絶壁に刻んだ螺旋などなかったかのように佇んでいる。

 どこからこの異世界に入り込んできたのだろう。連合の戦略爆撃機は枢軸基幹同盟特急鉄道高速度交通営団トルマリンの知らないルートから進入してきた。彼らは南怒涛の失敗に懲りたのだろう。B58ハスラーに護衛の戦闘機を貼り付けている。

 それも随伴機ではない。樽のようにずんぐりむっくりした戦闘機を内蔵している。愛嬌のある卵形のボディに金魚の尾びれに似た尾翼とペンギンの手羽のような主翼が生えている。

 マクドネルXF85ゴブリン。ファンタジーやRPGでお馴染みのモンスターを名前に戴いている。そのネーミングに恥じず、性能は凶暴だ。母機が空爆予定地点に近づくにつれて防空網が厚みを増していく。だが、丸裸のハスラー隊を見て敵空軍は拍子抜けするだろう。護衛のいない爆撃機など聖夜の七面鳥だ。余裕しゃくしゃくでメッサーシュミットが嬲り殺しにかかる。

 そこでゴブリンの出番だ。爆弾槽に潜んでいた悪鬼は高圧コンプレッサーエンジンをぶん回して迎撃機の頭上から襲い掛かる。振り下ろされた鉄槌は編隊を瓦解させ、散り散りになったところを各個撃破していく。機体の小さなゴブリンは推力のほとんどを機動に回せる。敵機の旋回性能を上回る機敏性で内懐に入り込み、機銃掃射を浴びせる。

 飛行機というものはどこか一か所でも穴が開けばいとも簡単に堕ちてしまう。おまけにゴブリンは帰投用の燃料を持つ必要がない。敵の増槽をハチの巣にしたあと、勝手口で遊ぶ悪ガキのように逃げ帰るのだ。襲われるほうはたまったものではない。

 ジェーン・スーはそこまで計算して旧友の到着を待ち受けた。枢軸の迎撃機がどこに潜んでいようともアブロカーで遊撃し、爆撃隊の方向へ追いやる。そして超音速ミサイルの対策も準備万端だ。アブロカーで縦横無尽にチャフやフレアをばらまき、照準は困難な状況を作り出す。

 そして、枢軸特急は格好の標的だ。断崖絶壁をちょいと突き崩すだけで滅んでしまう。

「わたしをよってたかって殺そうとした奴らに相応しい修羅場だわ!」
 死刑台から生還した科学者は胸を高鳴らせた。

「ただものではありませんね。連合は学習したようです」
 女性偵察員がハーベルトに量子オペラグラスを渡した。焦点を合わせると奇妙な形状がくっきりと像を結んだ。ハスラーの尾部が僅かにふっくらとしている。

「何か爆弾では無いものを積んでいるようね。予備燃料かしら?」

 首をひねるハーベルトに別の少女が暗視スコープを預けた。「こちらのモニターに拡大投影します」
 オペレーターが気を利かせて映像をつなぎかえる。揺れ動く青写真は爆撃機の断面図だ。

「勝算はあるんですか。アブロカーに死角はありませんよ」

 もともと保線区武装隊員たちは対空迎撃の専門家ではない。線路の彼方を飛び回る敵機をやむなく追い払うだけの訓練しか受けていない。そのことについてハーベルトはずっと不満を申し立てているのだが改善の兆しはない。それでも彼女は頭を巡らせた。

「ふん。死角がないこと自体が死角なのよ」

 ハーベルトは自信に満ちた目で虚空を見据えた。
 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 どす黒い世界に悲鳴が転がりまわる。アブロカーは突如として出現した怪現象に振り回されている。それは第二次世界大戦の連合軍パイロットたちが欧州大陸や太平洋上で目撃した未確認飛行物体や奇妙な動きをする怪光に似ている。もっともそれは祥子が生まれ育った時間軸のことで枢軸特急が走る世界史とは若干ことなるのだがおおむね類似している。

「フーファイターか! まさか、こんな世界に……」

 台座分水嶺の世界に降ってわいたそれはジェーン・スーをたいそう驚かせた。リンドバーグの壁に関して連合の研究は枢軸に大幅な遅れを取っている。それでも出現頻度が大まかに計算できる水準には達している。ジェーン・スーが活動範囲に選んだ世界は計画の阻害要因を慎重に検討したうえで候補地を絞り込んだ。そのあてが外れたということは計算外の何かが起こっているという事だ。

「トマホーク・コモディティアンには充分な根回しと懐柔が効いているはずよ。まさか?!」

 彼女は直感的に正解に行き当たった。「まさか、お前。何かやったの?」 貨物室のモニター監視装置を介してサンプルに問いかける。

「ボクは何もやっていない! 何をしたというの?!」
 祥子は濡れ衣を着せられた怒りに身を震わせた。確かにわけのわからない異変を引き寄せる体質はあるらしい。それだってハーベルトが勝手に可能性を指摘しているだけのことで確たる証拠はどこにもない。壁の襲来とやらは祥子にとって不随意運動といえる。

 その真摯な抗議のまなざしにジェーン・スーはハッと我に返った。ふっ、と肩の力を抜いて答える。

「そうね。わたしも枢軸に嫌疑をかけられたわ」

 ジェーン・スーは研究室を追われた理由を手短に語った。実験器具の破損は不幸な偶然が重なったもので彼女が関与したものではない。何度、否定しても悪印象と恣意的な取り調べだけで有罪が確定した。研究施設における妨害は国家の存亡にかかわる重罪だ。

「ボクは泥棒呼ばわりされた」

 祥子もパンツ泥棒の疑惑を打ち明け、小鳩も村人に追われた顛末を話した。その間にもジェーン・スーは巧みな操船で怪光をやり過ごした。

「それで君はどういう目的でボクたちを攫ったの? コモディティアンの女子たちをどうするつもりなの?」

「いい質問ね。逆に聞くけど、祥子。あなたはどうしたいと思っているの? もといた世界に帰りたい?」
「ボクは女の子じゃなくてオトコなんだ。誰も聞き入れてくれない。そんなトコにいたくない」
「信用される場所がお望み? いいわ。連合は幅広い基本的人権を認てくれる素敵な社会よ」

 ジェーン・スーはハーベルトたちの枢軸とは対照的な自由主義社会を喧伝した。その中でもとりわけLGBTという言葉が祥子を魅了した。性的少数者という概念こそ彼女が赴くべき理想郷といえる。

「連合はそういう見捨てられた人々を温かく迎えてくれる。あなたたちも私も世界から弾き出された。しかも、一度は、社会的に、精神的に、肉体的に色んな意味合いで抹殺された身よ。そこから生じる反発力こそが熱力学の第二法則、リンドバーグの壁を押し破るカギを握っているの」

 通過儀礼としての死を多角的に研究することで無秩序に対抗しようというジェーン・スーの思惑よりも、連合という受け皿そのものに祥子と小鳩は共感した。

「具体的にボクたちは何を手伝えばいいんですか」

 亡命の決意を固めた祥子にジェーン・スーは枢軸特急の破壊を示唆した。まもなく護衛戦闘機ゴブリンを内包したハスラー隊が到着する。ハーベルトは絨毯爆撃の洗礼を受けるだろう。格好の標的である枢軸特急が猛爆に耐えるとは思えない。祥子たちの役割は時間稼ぎだ。アブロカーはこの一機だけではない。試作機はもう一つある。スーパーステーション山の頂上でハーベルトを待ちかまえ、亡命を意志表明する。おそらく激しいやり取りが行われるはずだ。ハーベルトだって二人をむざむざ殺す気はないだろう。異世界逗留者の発掘はとても骨が折れる。

「あなたたちに見せたいものがある」

 ジェーン・スーは壁面に奇怪な飛行物体を投影した。それをみた祥子はジャンボ旅客機の化け物を思い起こした。B-52ストラトフォートレス。連合が概念設計中の超大型戦略爆撃機だ。便宜上は東京急行という符牒がついている。その迫力は祥子の男心を揺さぶった。

「この翼で異世界を駆け巡るんですか! 枢軸特急よりけた違いに格好いい」

 連合は枢軸に対する大攻勢を計画している。その主力を担うのが戦略爆撃機部隊だ。日独伊芬基幹同盟は頭上の敵機に眠れない夜を過ごすだろう。
「そういうこと。貴女が気に入ったのなら、そして、貴女が生き延びたいと願うのなら、自分のために乗りなさい」
 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 車窓からは雲海に浮かぶ硬式飛行船の大艦隊が見える。少女将校たちはその威容に息をのんだ。
「LZ11 ヴィクトリア・ルイーゼ、ならびにLZ17ハンザがスーパーステーション山に戦略爆撃を仕掛ける。我々の任務は遊撃だ」

 ハーベルトは枢軸の面汚しジェーン・スーをアブロカーごと始末する腹づもりだった。縦横無尽に飛び回る円盤を撃ち落とすことは並大抵ではない。強烈な弾幕を雨あられと浴びせて退路を断つ。それが一番だ。問題は高射砲の威力だ。高度があがれば上がるほど弾丸の初速度が失われる。

 ならば、機銃を空中に並べてやればよい。ハーベルト閣下はドイッチェラント市民らしい前衛的な作戦を展開した。戦闘機の機銃掃射には限りがある。輸送力は鉄道が群を抜く。だが、どうやって空を走らせる。

 彼女は鉄橋を飛行船で係留するプランを思いついた。非現実的で荒唐無稽だ。しかしながら、常時釣り下げるのではなく、資材運搬の手段として活用してはどうか。ハーベルトの提案は修正され、台座分水嶺の各山頂を繋ぐ環状線が急ピッチで架設された。ドイッチェラント工兵部隊の技術力が真価を発揮した。

「重力だの強度だの工学上の問題はある程度無視できます。何となれば、ここは『迷信』の支配する異世界ですから」

 工兵隊長はトマホーク・コモディティアンの精神活動に利用可能性を見出した。ドイッチェラントの科学者達は最新鋭の量子力学に物理法則と心理の相関を発見しつつある。

「具体的に言えば人間の観測行為は不確定性原理に影響を及ぼします。原住民たちの根強い信仰心が、この異世界の主柱であると断言していいでしょう」

 彼女はそれにこう付け加える。

「ジェーン・スーの猜疑心がこの場における物理法則の歪曲に拍車をかけています。本人は気づいていないでしょう。我々の有利に働くと判断しました」

 ハーベルトは隊長の言葉にうなづいた。先ほどからスーパーステーション山をフーファイターが取り巻いている。十中八九、祥子が呼び寄せた「壁」が原因と思われるが、そればかりではないだろう。原住民の思考回路やジェーン・スーの心の動き。錯綜する思惑が引き金になっている。

「実際に神は枢軸に味方してくれているようね」
 ハーベルトは構造計算書の理論値と実測値の乖離に天の加護を感じ取った。目の前を高射砲列車が駆け抜ける。戦艦に搭載する20ミリ機銃を束ねた特別仕様が文字通りジェットコースターのごとく走り去った。

 その時、二人の前に小鳩がひょっこりと姿を現した。「初めまして。神様に見放されたみなさん」

「貴女は――?!」
 ハーベルトの言葉が途切れ、無線機が騒ぎはじめた。
『こちらLZ-17 我、敵戦闘機隊と遭遇せり』
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