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第六話

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ピピピピピ!とけたましくアラームが鳴り響き眠い眼を擦りながら止める。時刻は10時。ぐっと大きく伸びをしながらベッドからおりる。

「あ、起きた?おはよう」

「…あれ。なんで俺の部屋に天使がいるの?」

「…馬鹿っ!完全に寝ぼけてるね。顔洗ってきたら?」

勉強机から爽やかな笑顔を見せる天使…もとい、樹里ちゃん。あぁ、そっか。

俺、樹里ちゃんと同棲してるんだった。一晩空けて冷静に考えてみると、実はこれってかなり幸せなことだったり。だってそうでしょ?俺にはもったいないほどの美少女と一緒に生活できているんだから。

と、寝ぼけた勢いで恥ずかしいことを考えながら洗面所に行き冷水で顔を洗う。スッキリした頭で今日の予定を確認。

まずは買い物。欲しいものリストは前日のうちにまとめておいた。百貨店は大学のすぐそばにあるし、そこに行こうかな。

すんすんと鼻を鳴らす。何やら味噌のいい香りがする。IHのコンロの上をみると小ぶりの鍋が置かれていた。昨夜の時点ではこんなもの置いてなかったはず。

「あ、朝ごはん食べるでしょ。あっためるね」

「…もしかしてこれ、樹里ちゃんが?」

「うん。ありあわせで作った味噌汁だけど…あ、ごめん。勝手に作っちゃって…?陽斗?」

「…俺は今、この幸せを噛みしめながら死んでもいいっ!!」

「…いや死んだらだめでしょ」

その場に膝から崩れ落ち手で顔を覆う。涙が出るほど嬉しいとはこのことだ。幼なじみが朝食を作ってくれている。なんて幸せなんだ…

実は朝は苦手だから食べないとか、実は洋食派だなんて言ってられない。

冷めた目で俺を見つつ勉強を切り上げキッチンに向かう樹里ちゃん。朝から勉強か。う~ん…凄い!偉い!(語彙力皆無)

「樹里ちゃんは何時に起きたの?」

「うーんと、6時くらいかな。そっから勉強して今に至るって感じ」

昨日ベッドに入った時には12時を回っていたから…6時間弱しか寝ていない。特に予定がない休日の俺の二分の一しか睡眠時間を取っていないということになる。受験期の俺はそんな朝早くから勉強などしたことがなかった。

「眠くないの?」

「あーまぁ…慣れちゃったって感じ?」

苦笑いをしつつ、味噌汁をゆっくりとかき回す樹里ちゃん。

そんな姿を見て、俺はとあるものを買おうという決心をした。

樹里ちゃんは慣れない手つきで味噌汁をお椀に注ぎ、冷蔵庫の中からラップをしたおにぎりを取り出し海苔を巻く。小さく、よし、と頷くとローテーブルに食品を並べる。美味しそうな香りだ。

待ちきれないとばかりにテーブル前にどっかりと座り込むと、その正面に樹里ちゃんが座った。

「…どうぞ」

緊張の面持ちで樹里ちゃんが言う。

「いっただっきまーす!」

作ってくれた樹里ちゃんに感謝の気持ちを込めて元気いっぱいに言い、まずは味噌汁から。具は豆腐とワカメ、そしてネギというシンプルなもの。朝はこういうのが良いんだ、こういうのが。

少々お下品だが、箸を使わずズズズと音を立てて味噌汁を飲む。…うん、美味しい。ごくごく一般的な味噌汁だ。ふと前をみると、樹里ちゃんがじっと俺を見ているのが分かった。

「美味しいよ」

「そ、そう?」

俺の感想を聞きパッと顔を明るくする樹里ちゃん。表情がコロコロ変わるのが愛おしい。微笑ましく彼女を見つめると、そんな視線に樹里ちゃんが気づいた。

「…なに?」

「いや。樹里ちゃんの作った味噌汁なら毎日飲みたいなって」

「…馬鹿」

日本の伝統的なプロポーズ文句を口にすると、頬を膨らませそっぽを向いてしまう樹里ちゃん。冗談冗談、と手をひらひらとさせる。

「…冗談って言われるとちょっと思うところはあるんだけど。」

顎に手を添えて樹里ちゃんが呟くが、手で口元を覆っているため声がくぐもり、なんと言っているかは分からない。

さて、お次はおにぎり。三角、というよりは丸い不格好なおにぎりだが、不味くなるはずがない。具は何かな、とドキドキしながら口に運ぶ。

「っ…!?」

思わず顔をしかめそうになるが、樹里ちゃんの手前なんとか堪える。このおにぎり、具はない。つまりは塩おにぎり。塩と白米というシンプルながらベストマッチの料理であるが、いかんせんこのおにぎりは塩気が多すぎる。つまるところ、かなりしょっぱいのだ。

「…ちなみにだけど樹里ちゃん。このおにぎり食べた?」

「いや、炊飯器にそれだけしか残ってなかったから、これは陽斗用にって1つだけ…」

胸の前で指先と指先をもじもじとさせながらそう答える樹里ちゃん。なんて優しくいい子なのだろう。しかしその優しさのせいで、このおにぎりは失敗しているということに気づいていない。

であれば俺だけがこのおにぎりを評価することができる。俺の評価でこのおにぎりは成功にもなるし失敗にもなる。となると、答えは一つしかない。

「うん、これも美味しいよ」

「嘘」

よし、彼女のために、美味しいと言おう。そんな俺の嘘は、訝しむようにジト目をする樹里ちゃんによって看破されてしまう。

「ちょっと一口」

「あっ…」

笑顔のまま固まる俺に対し、樹里ちゃんが首を伸ばし、俺の手にあるおにぎりにかぶりつく。もっきょもっきょと咀嚼し、

「しょっっっぱっ!!」

ぶーっ!とそれを吐き出す。彼女の口から放たれたそれは美しい軌道を描きながら俺の顔面に直撃した。

ぬちょりと咀嚼済みの白米が顔中にくっつく。あぁ……あったかいなぁ。

「わわわわっごめん!」

慌ててティッシュを取り出し俺の顔についた白米を一つ一つ取る樹里ちゃん。その白米を見ながら、勿体ないから食べてしまいたいと思ってしまったのは流石にキモいので口には出さないでおく。

「いやまぁ確かにしょっぱいけど、食べられん!ってほどでもないよ」

「…いいの陽斗。無理しないで残して」

「いやいや。これも樹里ちゃんの手汗でしょっぱくなったと思えばむしろ美味しくいただけちゃうね」

「ほんっとうにキモい」

やめろよ。蔑んだ目で見るの。興奮しちまうからさ…

まぁ実際のところ、味噌汁が比較的薄めのため、一緒に食べればそこまで塩気が気にならない。心配する樹里ちゃんを尻目に美味しく完食。

「ご馳走様でしたっ!今度は塩の配分に気をつけて一緒に作ろうか」

「…はい。勉強させてもらいます」

一人暮らし生活も3年目を迎え、そこそこ自炊もしておりレパートリーも増えている。彼女にも色々教えてあげられるだろう。樹里ちゃんは完璧超人だと思っていたが料理は苦手なようだ。また一つ、彼女のことについて知れた。

「あぁまって!洗い物はあたしがやるから」

お椀と箸を手にキッチンに向かおうとする俺の手を樹里ちゃんが掴む。

「いや、俺が使った食器だし…うん?」

樹里ちゃんの手に違和感を感じ、その手を見てみると小指の指先に可愛らしいピンクの絆創膏がはられていることに気づく。血が少し滲み出しており痛そうだ。その視線に気づくと、樹里ちゃんは慌ててその手を背中に隠した。

「これは…豆腐切る時にやっちゃって」

「凄いね樹里ちゃん。豆腐なんてマス目に切るだけなのに。どうやったらそんなとこ怪我できるの?」

「すっごいエッジの効いた皮肉言ってくるじゃん。姑か何かかな?」

「というわけで、怪我人に洗い物はさせません。黙って勉強しなさーい」

「…むぅ」

昨日の寝床を決めるときのお返しだ。不満げながら引き下がり、勉強机に向かう樹里ちゃん。洗い物をしながら彼女に問いかける。

「そうだ樹里ちゃん。次の休憩のタイミングで買い物でも行こうか。樹里ちゃん用のシャンプーとか買いたいし」

「いや、いいよ悪いし。あの泡立ちの悪い水混じりの貧乏人が使うようなシャンプーで充分」

「遠回しながらシャンプーに不満があったってのは発言から読み取れた」

そして遠回しに俺を貧乏人と揶揄したのも感じ取れた。樹里ちゃんは時計を確認し、顎に手を添え少し考え、

「13時かな」

と言うと参考書を取り出して勉強を開始した。一度やると決めた後の集中はさすがだ。俺はすぐさま漫画やらスマホやらに手を出してしまうのに。

彼女に負けてはいられない。洗い物を済まし、朝の身支度を終わらせると鞄の中からコミュニケーションペーパーを取り出し、ローテーブルの上に置く。これは明日の授業開始時に提出の課題で、授業の感想を書かなければならない。

授業のすぐ後に取り掛かるのが良いんだろうけど、いつもめんどくさがって前日まで持ち越してしまう。

「えーっとレジュメレジュメっと…」

あぁそうだ。昨日樹里ちゃんに床に放り投げられてそのままだった。

「ちょっと失礼しますよーっと」

四つん這いになり、樹里ちゃんの邪魔にならないように勉強机の足元に散らばるレジュメの中からお目当のものを探す。

その途中、樹里ちゃんの美しい御御足が視界に入る。手入れが行き届いている、真っ白の生足。わきわきと動く親指。…女の子の脚ってなんか良いよね。

レジュメを発見した後もしばらくその生足を堪能し、コミュニケーションペーパーと向き合う。
 
えーっと、前回の授業は公共交通機関の抱える問題か。何々…?

レジュメを参考にしつつ感想を記入していく。樹里ちゃんの御御足効果か、かなり集中して取り組むことができた。

「さすが俺たちの樹里ちゃん…そこに痺れる憧れるぅ…」

「呼んだ?」

「いえもんっ!?」

俺の顔の横からにゅっと首を出し、様子を伺う樹里ちゃん。びっくりして変な声が出てしまった。樹里ちゃんが目をぱちぱちと瞬かせる。

「へー。これが大学の課題かぁ…」

「う、うん。ってか樹里ちゃん。自分の勉強は?」

「ちょっと気になって見に来ちゃった。…あ、ここの文章、『~と思う』じゃなくて、『~と考える』の方がいいよ。こっちも、『面白い』じゃなくて『興味深い』とかに変えたほうがいい」

「お、おぉ…!?」

樹里ちゃんに言われるがままに修正していくと、小学生の感想のような文章が一気に大学生の論文っぽい、堅苦しい文章に変貌をとげる。書いてあることはほぼ同じなのに…

「ありがとう樹里ちゃん!」

「ん」

可愛らしくウィンクをし、再度勉強に戻る樹里ちゃん。今度何かお返しをしてあげなければ。



ペンを置く音が聞こえた。時計をみるとジャスト13時。樹里ちゃんの休憩の時間だ。メガネを外しぐっと伸びをする樹里ちゃん。

「なんか思ってたより休憩までのスパン短いんだね。あ、いや、それが悪いって言いたいわけじゃないんだけど」

「まぁね。3時間勉強して1時間休憩。これがあたしが1番集中できる勉強法なの。これを1日4セットすれば勉強時間を12時間確保できる。勉強時間が短いのはもってのほかだけど、長すぎても集中力が途切れて効率が落ちるからね」

「へー。色々考えてるんだなぁ」

「当然でしょ」

えっへん、と胸を張る樹里ちゃん。俺は家だと漫画とかスマホとかに誘惑されちゃうから時間の許す限り長時間一気に塾や学校で勉強してたなぁ。こういうところで、勉強の質の差ができているのかも知れない。

「んじゃ、買い物行きますか。1時間も有れば済ませるだろうし。バイクで行くのもいいけど…荷物多くなりそうだし歩きで行こうか」

「あ、バイク持ってるんだ。」

「バイクってか、スクーターの方が近いけどね。一応2人乗りは出来るけど」

「そうなんだ。あ、メジャーってある?」

「あるけど…」

メジャーを取り出し彼女に手渡す。何をするんだろうと見ていると、風呂場のサイズを確認しているようだ。ひとしきり採算がすむと、ありがとうと笑顔でメジャーを返す樹里ちゃん。一体なんのために?

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