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第8章 竜を討つ者
第71話 聖都の一番長い日 その4
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「我は正義なり!」
響き渡る聖堂騎士団の掛け声。
彼らが向かっているのはキタン南西部ケネヤ街区。王侯貴族がキタンに滞在する際の別荘が建ち並ぶ高級住宅街だ。
派遣されたのは、聖堂騎士団の最精鋭、団長アーネスト・ボルグが自ら率いる第一中隊である。
元団長であった武闘派枢機卿ブレナンの信任厚きアーネストと、その子飼いの部下で構成された第一中隊は、その実力もさることながら血筋の良さでも他の隊とは隔絶されていた。
この隊は、たとえ実力があろうとも血統のはっきりしない者は弾かれてしまう。皆、実家が爵位を持った貴族であり、リカルドのような傭兵出身の不良中年は一人としていない。
隊長のアーネストも、グレイズ王国のボルグ侯爵家当主の弟であり、立派な貴族様だ。
「皆の者、いいか! 聖堂騎士団の勇姿を見せるときは今だ! 館に避難して篭もっている各国の貴族の前で魔族を蹴散らし、我ら聖堂騎士団こそが世界の守護者なのだと知らしめよ!」
檄を飛ばすアーネスト。
「勿論です、団長!」
「目の物見せてくれるわ!」
「大通りの方で、ルキアンの飛竜騎士が戦闘をしているとのことですが、我らの方が頼りになるところを証明してやりましょう!」
口々に高揚感ダダ漏れの言葉を垂れ流す聖騎士たち。
三十名からなる隊員たち皆、ハイになっているのが見て取れる。
「うむ、その意気や良し。グレイズ支部の部隊がほぼ全滅となったことにより、我らの実力が王侯貴族の間で疑問視されているのは知っての通りだ。その汚名を雪ぐのは、この機会を置いて他に無い。この栄光ある聖都に攻めてきた愚か者を殲滅し、法王庁に喧嘩を売るということがどういうことか、魔族にも王侯貴族にもとくと教えてやろうぞ! 我は正義なり!」
「「「我は正義なり!」」」
瀟洒な住宅の玄関前、庭などで魔族・魔獣と護衛の騎士が戦闘中のケネヤ街区に、法王庁の最精鋭部隊は突入する。
「おおお!」
神聖術・聖なる武器の掛けられた光る長剣を振るって、アーネストは手近な大鬼の脚に切りつけた。
「聖堂騎士団、見参!」
脚を切られバランスを崩して倒れこむ大鬼の首筋にトドメの一撃を食らわしながら、高らかに宣言するアーネスト。
「団長に続けぇ!」
他の騎士たちも雄叫びを上げて、手近な敵へと攻撃を仕掛ける。
攻撃力増加の聖なる武器・身体強化の祝福・防御力増強の防御膜といった定番の神聖術をその身に掛けた聖騎士たちは、瞬く間に手前の住宅を襲撃していた獣鬼と小鬼で構成された魔族の一団を殲滅する。
「良し、次!」
と、次の一団に向かおうとした聖堂騎士たちに、唸り声を上げて襲いかかる魔獣。
魔狼の群れだ。
普通の狼よりも一回り大きな体躯を持つこの魔獣は、魔族に飼い慣らされて一緒に行動していることがよく見受けられる種族である。
魔狼の突進を方形の盾で受け止める聖堂騎士。
「ぐっ!」
「ああ!」
受け止めきれずに押し倒された者は、太く鋭い牙にて首回りを守るカマイユごと喉を噛み破られて命を落とした。
「おのれ、畜生めが!」
仲間の仇の魔狼を袋叩きにする騎士たち。
乱戦状態となった聖堂騎士と魔狼。
そこへ飛来する矢の雨。
獣鬼たちが、粗末であるが人族のより大きな弓で射かけているのだ。
聖堂騎士の装備は、鎖帷子を板金で補強した板金鎧。
板金で守られている部分は矢を弾いたが、隙間の鎖帷子だけの部分に当たった矢は突き刺さるものもあった。
「この程度の矢、なんということはない!」
矢を引き抜き投げ捨てる聖堂騎士。
戦闘の躁状態に置かれている者にとって、多少の負傷など気分を高揚させるカンフル剤でしかない。
「狼どもを向かわせて自分たちは後ろから安全に弓を撃つなど、見下げ果てた奴らだ! 今からそちらに行ってや……る……」
獣鬼弓兵たちに盾を前面に押し立てて突進しようとした騎士は、呂律が回らなくなって足元も覚束なくなり、そのまま倒れこんだ。
口から泡を吹いて痙攣を起こしている。
「毒か!」
どうやら矢に毒の類いが塗ってあったようだ。
倒れた仲間に駆け寄り、解毒の神聖術を掛けようとする者もいたが、そこにも矢が襲いかかり術を掛けるための集中ができない。
「卑怯な真似を!」
矢を盾で防ぎながら歯噛みする騎士たち。
とはいえ、一騎打ちならともかくこれは戦争である。どんな手段を取ろうとも最後まで生きて立っていた者が正義なのだ。
「神よ 邪悪なる敵を撃ち倒したまえ! 神聖衝撃!」
好き放題に矢を射かけてくる獣鬼弓兵に、アーネストは神聖衝撃を叩き込んだ。
血反吐を吐いて倒れる獣鬼。
「手の空いてる者は、あの弓兵に神聖衝撃を叩き込め!」
団長の指示の元、魔狼の相手をしていない者が神聖衝撃を獣鬼弓兵に撃ち込む。
「グァ!」
悲鳴を上げて獣鬼たちが次々と倒れていく。
「このまま、押し切るぞ!」
「了解!」
団長アーネストの檄が飛び、神聖衝撃を撃ちこみ続ける団員たち。
その中には、解毒を掛けられて復活した者も混ざっている。
「死ね、クソ魔族が!」
しかし、そんな一斉掃射も長くは続かなかった。
空から敵が襲ってきたからだ。
腕の代わりに翼を生やした鳥人族である。
後方より空へと舞い上がった彼らは、仲間の魔族の上を飛んで、この前線へと。
下肢の爪にて保持している短槍を握り直し、急降下。聖堂騎士団を頭上より強襲したのだ。
「クソッ、鳥野郎が!」
騎士の罵声に、人と全く変わらない顔を不愉快げに顰める鳥人。
「鳥野郎……その呼び方は非情に不愉快だ。訂正して貰おう」
騎士たちの頭上を飛び回り短槍を突き立てようとしながら、わざわざ共通語で訂正を要求する鳥人。
「鳥モドキを鳥野郎と言って何が悪い!」
傲岸不遜に言い放つ聖堂騎士の喉元に突き立てられる短槍。
カマイユを槍は突き抜けて喉を刺し貫く。
「ゲボ……」
倒れる騎士。
「お前ら平人は、どれだけ傲慢なのだ」
騎士を仕留めた鳥人は吐き捨てるように言うと、他の騎士へと向かった。
「ウゴァァ!」
地上の魔狼、頭上の鳥人族。二種類の敵を相手にしている聖堂騎士団であるが、更に苦境に追い込まれることになる。
他の邸宅の護衛騎士を蹴散らして手空きになったのだろう大鬼の群れが、雄叫びを上げながらこっちへ向かってきているのだ。
「くそっ、敵の数が多すぎる。第一中隊だけじゃなく、第二も連れてくるんだった!」
己の子飼いの部下の第一中隊だけで何とかなるだろうと高をくくって、第二・第三中隊をそれぞれ別の所に向かわせたのだが、判断が甘かった。
魔狼を切り捨て、上から襲ってきた鳥人に盾を叩きつけながら、歯噛みするアーネスト。
しかし、そんな第二・第三中隊も苦境の真っ只中にいた。
* * *
「この程度なの、聖堂騎士団って? 拍子抜けだな、法王庁最強戦力が聞いて呆れるよ。昨晩戦った冒険者の方がよっぽど強かった」
キタン北東部シンド街区。王侯貴族の別荘の建ち並ぶケネヤ街区とは違い、こちらはここの市民たちの住む住宅地だ。
王侯貴族の前でいいとこを見せて印象を良くするのも大事だが、一般市民たちを見捨てたとあっては先の支持率にも影響が出る。
故に第二中隊を向かわせたのであるが。
蜥蜴人の大軍と、それを率いる青年によって第二中隊は壊滅状態となっていた。
頬の一部を覆う鱗に右手の人差し指を当てながら、青年・竜人クラインは冷笑を浮かべていた。
「ア……アイツはなんなんだ。蜥蜴どもだけなら何とかなったのに」
うつ伏せに倒れている第二中隊長レギウスが、クラインを霞む目で睨みながら零した。
腹に大穴が開いており、死を待つのみとなっているレギウスの脳裏に浮かぶ先程の光景。
蜥蜴人の大軍相手に優勢に戦っていた第二中隊だが、クラインが出てきて戦況を覆されてしまった。
小型の火炎球を複数放つ術により部隊は半壊、大混乱。
距離を詰めてきたクラインが放った光の槍により、隊長の土手っ腹に大穴が開けられ轟沈。
指揮官を失った部隊は、蜥蜴人の大軍に飲み込まれて壊滅と相成る。
「お前たちさあ、何か偉そうにしてたけど、こんな実力じゃ通用しないよ。こんな所でふんぞり返ってないで、最前線のルキアンにでも行って戦っておくべきだったね」
クラインの嘲笑を聞きながらレギウスは薄れゆく意識の中、最後の望みに思いを馳せる。
『俺たちが敗れても、まだ聖剣の勇者様がいる。後を頼みます、キャサリン様……』
* * *
キタン南東部オレノ街区。役場や裁判所などの官公庁、職人の工房などがあるビジネス街区だ。
ここに向かった第三中隊は、ある意味一番悲惨な戦いをしていた。
「くそがぁ! 何で不死者が真っ昼間、太陽の下で活動してんだ!」
第三中隊長シュタイナーが、動く骸骨を星球鎚矛で叩き潰しながら怒鳴る。
第三中隊の前には無数の動く骸骨、骸骨兵士、骸骨騎士がいた。
そして、それの犠牲者が不死者化した動く死体が。
「てゆうか、何で魔族が昼間に攻めてくんだよ!」
シュタイナーの疑問はもっともであった。
闇と破壊の女神の成れの果て、闇の大聖母に生み出された魔族は、太陽の下では活動が制限される。
陽光に耐性を持つ竜や一部の者たちを除いて、格段にパワーダウンしてしまうのだ。
不死者は特にその傾向が顕著であり、陽光を浴びればダメージを受け、そのままでいたら活動停止となってしまう。
それなのに、この不死者の軍勢は些かも動きに淀みが無い。
「何でか教えてあげましょうか?」
美声と共に現れたのは、血のように赤い真紅のドレスに身を包んだ絶世の美女。
その女性を見て、伝えられた話と照合して正体に思い当たるシュタイナー。
「ま、まさか! 魔神将、真紅の女帝ジュネ?!」
不死者を統括する吸血女王、真紅の女帝ジュネ。
「大当たり。良く分かったわね」
クスクスと笑う真紅の美女。
「まさか魔神将の一人が来てるなんて……」
「あ、来てるのは私だけじゃないわよ」
「は?」
ジュネの言葉に間の抜けた顔になるシュタイナー。
「他にも魔神将が来てるのか?」
「ええ、魔老公のお爺ちゃんが、ね」
「ムドウが?!」
絶句するシュタイナー。
真紅の女帝ジュネだけじゃなく、最強の魔力を誇る魔老公ムドウまで。勝ち目などあるわけが無い。
「安心して。ムドウのお爺ちゃんは、街の中にはいないから」
「街の中にはいない?」
「そう。魔老公、今ねえ、貴方たちのトップを殺しに行ってるの」
「トップって……まさか、法王様か?!」
「その通り~」
コロコロと笑うジュネ。
「ふ、馬鹿な。今、法王様は最深部の専用礼拝堂におられるはずだ! いくら魔神将といえど入り込めはしない!」
鼻で笑うシュタイナー。
最初は驚きはしたが、あの神聖なる太陽の波動で充たされた最深部に魔族が入れるわけはない、と思い直したのだ。
自信満々なシュタイナーだが、ジュネの言葉で絶望に落とされる。
「お馬鹿さん。じゃあ何で太陽の下で不死者が平気で動いてんのかしらね」
「そ、それは……」
「それはね、太陽の波動と似たような魔力波動を放つことによって相殺・中和する術式を、魔老公が開発したから。それを応用すれば、魔老公程の魔力の持ち主なら法王庁最深部にも入れるわよ」
愕然とするシュタイナー。
「パ、法王様が危ない!」
「人のことより自分のこと心配しなさいな」
ジュネが手を振ると、会話の間止まっていた不死者の軍勢が動き始めた。
「さあ、新しい人魔戦役が始まるわよ」
聖都の一番長い日 その4 終了
響き渡る聖堂騎士団の掛け声。
彼らが向かっているのはキタン南西部ケネヤ街区。王侯貴族がキタンに滞在する際の別荘が建ち並ぶ高級住宅街だ。
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元団長であった武闘派枢機卿ブレナンの信任厚きアーネストと、その子飼いの部下で構成された第一中隊は、その実力もさることながら血筋の良さでも他の隊とは隔絶されていた。
この隊は、たとえ実力があろうとも血統のはっきりしない者は弾かれてしまう。皆、実家が爵位を持った貴族であり、リカルドのような傭兵出身の不良中年は一人としていない。
隊長のアーネストも、グレイズ王国のボルグ侯爵家当主の弟であり、立派な貴族様だ。
「皆の者、いいか! 聖堂騎士団の勇姿を見せるときは今だ! 館に避難して篭もっている各国の貴族の前で魔族を蹴散らし、我ら聖堂騎士団こそが世界の守護者なのだと知らしめよ!」
檄を飛ばすアーネスト。
「勿論です、団長!」
「目の物見せてくれるわ!」
「大通りの方で、ルキアンの飛竜騎士が戦闘をしているとのことですが、我らの方が頼りになるところを証明してやりましょう!」
口々に高揚感ダダ漏れの言葉を垂れ流す聖騎士たち。
三十名からなる隊員たち皆、ハイになっているのが見て取れる。
「うむ、その意気や良し。グレイズ支部の部隊がほぼ全滅となったことにより、我らの実力が王侯貴族の間で疑問視されているのは知っての通りだ。その汚名を雪ぐのは、この機会を置いて他に無い。この栄光ある聖都に攻めてきた愚か者を殲滅し、法王庁に喧嘩を売るということがどういうことか、魔族にも王侯貴族にもとくと教えてやろうぞ! 我は正義なり!」
「「「我は正義なり!」」」
瀟洒な住宅の玄関前、庭などで魔族・魔獣と護衛の騎士が戦闘中のケネヤ街区に、法王庁の最精鋭部隊は突入する。
「おおお!」
神聖術・聖なる武器の掛けられた光る長剣を振るって、アーネストは手近な大鬼の脚に切りつけた。
「聖堂騎士団、見参!」
脚を切られバランスを崩して倒れこむ大鬼の首筋にトドメの一撃を食らわしながら、高らかに宣言するアーネスト。
「団長に続けぇ!」
他の騎士たちも雄叫びを上げて、手近な敵へと攻撃を仕掛ける。
攻撃力増加の聖なる武器・身体強化の祝福・防御力増強の防御膜といった定番の神聖術をその身に掛けた聖騎士たちは、瞬く間に手前の住宅を襲撃していた獣鬼と小鬼で構成された魔族の一団を殲滅する。
「良し、次!」
と、次の一団に向かおうとした聖堂騎士たちに、唸り声を上げて襲いかかる魔獣。
魔狼の群れだ。
普通の狼よりも一回り大きな体躯を持つこの魔獣は、魔族に飼い慣らされて一緒に行動していることがよく見受けられる種族である。
魔狼の突進を方形の盾で受け止める聖堂騎士。
「ぐっ!」
「ああ!」
受け止めきれずに押し倒された者は、太く鋭い牙にて首回りを守るカマイユごと喉を噛み破られて命を落とした。
「おのれ、畜生めが!」
仲間の仇の魔狼を袋叩きにする騎士たち。
乱戦状態となった聖堂騎士と魔狼。
そこへ飛来する矢の雨。
獣鬼たちが、粗末であるが人族のより大きな弓で射かけているのだ。
聖堂騎士の装備は、鎖帷子を板金で補強した板金鎧。
板金で守られている部分は矢を弾いたが、隙間の鎖帷子だけの部分に当たった矢は突き刺さるものもあった。
「この程度の矢、なんということはない!」
矢を引き抜き投げ捨てる聖堂騎士。
戦闘の躁状態に置かれている者にとって、多少の負傷など気分を高揚させるカンフル剤でしかない。
「狼どもを向かわせて自分たちは後ろから安全に弓を撃つなど、見下げ果てた奴らだ! 今からそちらに行ってや……る……」
獣鬼弓兵たちに盾を前面に押し立てて突進しようとした騎士は、呂律が回らなくなって足元も覚束なくなり、そのまま倒れこんだ。
口から泡を吹いて痙攣を起こしている。
「毒か!」
どうやら矢に毒の類いが塗ってあったようだ。
倒れた仲間に駆け寄り、解毒の神聖術を掛けようとする者もいたが、そこにも矢が襲いかかり術を掛けるための集中ができない。
「卑怯な真似を!」
矢を盾で防ぎながら歯噛みする騎士たち。
とはいえ、一騎打ちならともかくこれは戦争である。どんな手段を取ろうとも最後まで生きて立っていた者が正義なのだ。
「神よ 邪悪なる敵を撃ち倒したまえ! 神聖衝撃!」
好き放題に矢を射かけてくる獣鬼弓兵に、アーネストは神聖衝撃を叩き込んだ。
血反吐を吐いて倒れる獣鬼。
「手の空いてる者は、あの弓兵に神聖衝撃を叩き込め!」
団長の指示の元、魔狼の相手をしていない者が神聖衝撃を獣鬼弓兵に撃ち込む。
「グァ!」
悲鳴を上げて獣鬼たちが次々と倒れていく。
「このまま、押し切るぞ!」
「了解!」
団長アーネストの檄が飛び、神聖衝撃を撃ちこみ続ける団員たち。
その中には、解毒を掛けられて復活した者も混ざっている。
「死ね、クソ魔族が!」
しかし、そんな一斉掃射も長くは続かなかった。
空から敵が襲ってきたからだ。
腕の代わりに翼を生やした鳥人族である。
後方より空へと舞い上がった彼らは、仲間の魔族の上を飛んで、この前線へと。
下肢の爪にて保持している短槍を握り直し、急降下。聖堂騎士団を頭上より強襲したのだ。
「クソッ、鳥野郎が!」
騎士の罵声に、人と全く変わらない顔を不愉快げに顰める鳥人。
「鳥野郎……その呼び方は非情に不愉快だ。訂正して貰おう」
騎士たちの頭上を飛び回り短槍を突き立てようとしながら、わざわざ共通語で訂正を要求する鳥人。
「鳥モドキを鳥野郎と言って何が悪い!」
傲岸不遜に言い放つ聖堂騎士の喉元に突き立てられる短槍。
カマイユを槍は突き抜けて喉を刺し貫く。
「ゲボ……」
倒れる騎士。
「お前ら平人は、どれだけ傲慢なのだ」
騎士を仕留めた鳥人は吐き捨てるように言うと、他の騎士へと向かった。
「ウゴァァ!」
地上の魔狼、頭上の鳥人族。二種類の敵を相手にしている聖堂騎士団であるが、更に苦境に追い込まれることになる。
他の邸宅の護衛騎士を蹴散らして手空きになったのだろう大鬼の群れが、雄叫びを上げながらこっちへ向かってきているのだ。
「くそっ、敵の数が多すぎる。第一中隊だけじゃなく、第二も連れてくるんだった!」
己の子飼いの部下の第一中隊だけで何とかなるだろうと高をくくって、第二・第三中隊をそれぞれ別の所に向かわせたのだが、判断が甘かった。
魔狼を切り捨て、上から襲ってきた鳥人に盾を叩きつけながら、歯噛みするアーネスト。
しかし、そんな第二・第三中隊も苦境の真っ只中にいた。
* * *
「この程度なの、聖堂騎士団って? 拍子抜けだな、法王庁最強戦力が聞いて呆れるよ。昨晩戦った冒険者の方がよっぽど強かった」
キタン北東部シンド街区。王侯貴族の別荘の建ち並ぶケネヤ街区とは違い、こちらはここの市民たちの住む住宅地だ。
王侯貴族の前でいいとこを見せて印象を良くするのも大事だが、一般市民たちを見捨てたとあっては先の支持率にも影響が出る。
故に第二中隊を向かわせたのであるが。
蜥蜴人の大軍と、それを率いる青年によって第二中隊は壊滅状態となっていた。
頬の一部を覆う鱗に右手の人差し指を当てながら、青年・竜人クラインは冷笑を浮かべていた。
「ア……アイツはなんなんだ。蜥蜴どもだけなら何とかなったのに」
うつ伏せに倒れている第二中隊長レギウスが、クラインを霞む目で睨みながら零した。
腹に大穴が開いており、死を待つのみとなっているレギウスの脳裏に浮かぶ先程の光景。
蜥蜴人の大軍相手に優勢に戦っていた第二中隊だが、クラインが出てきて戦況を覆されてしまった。
小型の火炎球を複数放つ術により部隊は半壊、大混乱。
距離を詰めてきたクラインが放った光の槍により、隊長の土手っ腹に大穴が開けられ轟沈。
指揮官を失った部隊は、蜥蜴人の大軍に飲み込まれて壊滅と相成る。
「お前たちさあ、何か偉そうにしてたけど、こんな実力じゃ通用しないよ。こんな所でふんぞり返ってないで、最前線のルキアンにでも行って戦っておくべきだったね」
クラインの嘲笑を聞きながらレギウスは薄れゆく意識の中、最後の望みに思いを馳せる。
『俺たちが敗れても、まだ聖剣の勇者様がいる。後を頼みます、キャサリン様……』
* * *
キタン南東部オレノ街区。役場や裁判所などの官公庁、職人の工房などがあるビジネス街区だ。
ここに向かった第三中隊は、ある意味一番悲惨な戦いをしていた。
「くそがぁ! 何で不死者が真っ昼間、太陽の下で活動してんだ!」
第三中隊長シュタイナーが、動く骸骨を星球鎚矛で叩き潰しながら怒鳴る。
第三中隊の前には無数の動く骸骨、骸骨兵士、骸骨騎士がいた。
そして、それの犠牲者が不死者化した動く死体が。
「てゆうか、何で魔族が昼間に攻めてくんだよ!」
シュタイナーの疑問はもっともであった。
闇と破壊の女神の成れの果て、闇の大聖母に生み出された魔族は、太陽の下では活動が制限される。
陽光に耐性を持つ竜や一部の者たちを除いて、格段にパワーダウンしてしまうのだ。
不死者は特にその傾向が顕著であり、陽光を浴びればダメージを受け、そのままでいたら活動停止となってしまう。
それなのに、この不死者の軍勢は些かも動きに淀みが無い。
「何でか教えてあげましょうか?」
美声と共に現れたのは、血のように赤い真紅のドレスに身を包んだ絶世の美女。
その女性を見て、伝えられた話と照合して正体に思い当たるシュタイナー。
「ま、まさか! 魔神将、真紅の女帝ジュネ?!」
不死者を統括する吸血女王、真紅の女帝ジュネ。
「大当たり。良く分かったわね」
クスクスと笑う真紅の美女。
「まさか魔神将の一人が来てるなんて……」
「あ、来てるのは私だけじゃないわよ」
「は?」
ジュネの言葉に間の抜けた顔になるシュタイナー。
「他にも魔神将が来てるのか?」
「ええ、魔老公のお爺ちゃんが、ね」
「ムドウが?!」
絶句するシュタイナー。
真紅の女帝ジュネだけじゃなく、最強の魔力を誇る魔老公ムドウまで。勝ち目などあるわけが無い。
「安心して。ムドウのお爺ちゃんは、街の中にはいないから」
「街の中にはいない?」
「そう。魔老公、今ねえ、貴方たちのトップを殺しに行ってるの」
「トップって……まさか、法王様か?!」
「その通り~」
コロコロと笑うジュネ。
「ふ、馬鹿な。今、法王様は最深部の専用礼拝堂におられるはずだ! いくら魔神将といえど入り込めはしない!」
鼻で笑うシュタイナー。
最初は驚きはしたが、あの神聖なる太陽の波動で充たされた最深部に魔族が入れるわけはない、と思い直したのだ。
自信満々なシュタイナーだが、ジュネの言葉で絶望に落とされる。
「お馬鹿さん。じゃあ何で太陽の下で不死者が平気で動いてんのかしらね」
「そ、それは……」
「それはね、太陽の波動と似たような魔力波動を放つことによって相殺・中和する術式を、魔老公が開発したから。それを応用すれば、魔老公程の魔力の持ち主なら法王庁最深部にも入れるわよ」
愕然とするシュタイナー。
「パ、法王様が危ない!」
「人のことより自分のこと心配しなさいな」
ジュネが手を振ると、会話の間止まっていた不死者の軍勢が動き始めた。
「さあ、新しい人魔戦役が始まるわよ」
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